

硬い塗膜ほど優秀だと思って選んでいると、木部では逆に早期剥離を招きます。
鉛筆硬度試験とは、既知の硬度を持つ鉛筆を塗膜表面に一定の角度・荷重で押し当て、どの硬度の鉛筆まで塗膜が傷つかずに耐えられるかを確認する試験です。正式名称は「引っかき硬度(鉛筆法)」であり、JIS K5600-5-4(塗料一般試験方法 第5部 塗膜の機械的性質 第4節)として1999年に制定されました。
旧JIS K5400の「鉛筆引っかき試験」を受け継ぐ形で現行規格になっており、対応する国際規格はISO/DIN 15184です。旧規格では荷重が1kgでしたが、現行のJIS K5600では750±10gに改定されているため、旧規格と現行規格の数値を単純に比較することはできません。注意が必要です。
硬度の段階は、現行規格では以下の14段階となっています。
| 方向 | 段階(軟→硬) |
|------|-----------|
| 軟(B系) | 6B → 5B → 4B → 3B → 2B → B |
| 中間 | HB → F |
| 硬(H系) | H → 2H → 3H → 4H → 5H → 6H |
ポイントは、1999年の改訂前(JIS K5400時代)は6B〜9Hの17段階で評価されていたという点です。7H・8H・9Hは現行規格の適用外になっています。しかし古い技術資料や古参の職人の間では今でも「9H」という表記が用いられることがあります。これは規格上は正確ではありません。カタログを読むときに時代背景を確認するのが基本です。
試験で使用する鉛筆には指定があります。三菱鉛筆株式会社のuniが規格内に「製品・製造会社の例」として挙げられていますが、あくまでも筆記用鉛筆の硬度規格(JIS S 6006)と、塗膜試験で求められる「芯の外側皮膜の物理的硬度」は別物です。市販の鉛筆は製造ロットごとにわずかなばらつきがあるため、厳密な品質管理や比較試験を行う場合は、一般財団法人 日本塗料検査協会が検査した「引っかき硬度試験用鉛筆」を使うことが原則です。これを知らずに市販品でそのまま試験を続けている現場は、少なくありません。
三菱鉛筆株式会社|塗膜引っかき硬度試験用鉛筆に関するよくある質問
(JIS試験に使う鉛筆の選び方・品質保証の範囲が明記されており、試験精度を確保する上で重要な情報)
試験は厳密な条件のもとで実施されます。まず前提として、環境条件は温度23±2℃・相対湿度50±5%のなかで行うことが規定されています。この条件から大きく外れた状態で試験をすると、塗膜の硬化状態や柔軟性が変化してしまい、正確な評価結果が得られません。試験室の温湿度管理は見落とされやすいポイントです。
試験手順を順に追うと、以下の流れになります。
1. 🔧 鉛筆の準備:芯を尖らせず、木部のみを削り取り芯を5〜6mm露出させる。その後、#400の研磨紙に対して芯先を垂直に当ててこすり、先端を平らな円柱状に整える
2. 📐 セッティング:専用試験機器に鉛筆をセットし、塗膜面に対して45±1°の角度で当て、荷重750±10gがかかる状態にする
3. ➡️ 引っかき操作:試験装置を速度0.5〜1mm/sで動かし、最低7mm以上引っかく
4. 🔍 傷跡の観察:肉眼で傷跡(塑性変形・凝集破壊)の有無を確認する
5. 🔁 繰り返し判定:傷跡が生じなければ一段硬い鉛筆に上げて繰り返し、傷跡が生じなかった最も硬い鉛筆の硬度を「その塗膜の鉛筆硬度」とする
6. ⚠️ 再試験の判断:2回実施して結果に1ランク以上の差がある場合は再試験
ここで特に建築業従事者が注意すべき点が1つあります。JIS K5600には「この方法は、手かき法で実施してもよいが、機器を用いることが望ましい」と明記されています。つまり、手で鉛筆を持って引っかく「手かき法」は認められているものの、あくまで次善策です。手かき法は試験者の技術や力加減による誤差が生じやすく、同じ試料でも担当者が変わると結果が変わってしまう可能性があります。再現性のある評価を求めるなら、専用の試験機器の使用が前提です。
COTEC|ひっかき硬度(鉛筆法)どんな試験?
(JIS K5600の手かき法と機器法の違い、試験機器の条件が具体的に記されており、試験精度の確保に役立つ情報)
鉛筆硬度は「高い数値が正義」ではありません。これは建築の現場では特に重要な考え方です。
塗装仕上げの種類ごとの代表的な鉛筆硬度は、以下のようになります。
| 建材・塗装の種類 | 鉛筆硬度の目安 |
|----------------|-------------|
| メラミン化粧板 | 6H〜9H程度 |
| 一般的な焼付塗装 | 2H〜3H程度 |
| エポキシ塗装 | 2H程度 |
| アクリル樹脂塗装 | H〜2H程度 |
| ウレタン樹脂塗装 | F程度 |
| 無塗装スギ材(晩材) | HB〜2H程度 |
| 無塗装スギ材(早材) | 6B〜4B程度 |
数字だけ見ると、ウレタン塗装の「F」はずいぶん軟らかく見えます。しかし実際の建築工事では、ウレタン塗装は内装木部に広く使われており、決して剥がれやすい塗装ではありません。つまり鉛筆硬度が低い=密着性が低い、という関係にはなりません。これが重要な点です。
特に公共建築の木部塗装では、学校の体育館床を例に挙げると、硬度の高い塗膜ほど耐久性があると思いがちです。しかし体育館床のような木材下地には「傷つきにくさ」と「追従性」のバランスが求められます。大谷塗料の体育館フロア向け塗料「セーフティワルツ ネオデラック1000A」や「ソワード2液フロアーT」の鉛筆硬度はHBに設定されており、これは意図的に硬すぎない設計です。床材としての動的な荷重に耐えながら、木材の変形に追従するためです。
一方で、家具やドア・カウンターのように「直接物が当たる」「汚れやすい」部位では、硬度の高い仕上げが適しています。たとえば特殊UV塗装で鉛筆硬度「4H」を実現した建材(恩加島木材工業のKDパネルなど)は、天然木の質感を保ちながらメラミン化粧板に近い表面強度を持ちます。HBと4Hは硬度の段階で言えば5ランク以上の差があり、その分だけ傷への耐性も大きく変わります。人がよく触れる壁面や什器には高硬度、足で踏む床材には中硬度、これが部位別選定の基本です。
恩加島木材工業|鉛筆硬度は表面強度を示す基準|試験方法からおすすめ建材まで解説
(建築材料別の鉛筆硬度一覧やモース硬度との比較が整理されており、建材選定時の参考データとして有用)
「数値が高ければ高品質」という発想は、木部塗装においては危険な思い込みです。
木材はコンクリートや金属と根本的に異なる素材です。スギやヒノキなどの針葉樹は衝撃で凹む柔らかい素材であり、温湿度の変化によって伸縮します。これは自然素材としての宿命です。
もし木材よりも塗膜がはるかに硬い場合、たとえば3H以上の塗膜を軟らかい針葉樹に施した場合、物が落ちた衝撃や季節による木材の収縮・膨張の際に塗膜が追従できずに「クラック(割れ)」が発生します。クラックが生じると、そこから水分が浸入し、さらに剥離や変色が広がります。高硬度塗料を使ったのに1〜2年で大規模な補修が必要になる、というケースは実際に起きています。
この現象は、「塑性変形」と「凝集破壊」という観点でも整理できます。
- 🪵 塑性変形:塗膜が凹んでも素材に追従して元に戻らないが、表面は割れない状態
- 💥 凝集破壊:塗膜材質が取れてひっかき傷や剥離が生じている状態
木部には塑性変形を許容できる、適度に柔軟な塗膜が求められます。公共建築の木部設計では、鉛筆硬度の数値だけを見て塗料を選ばず、密着性(碁盤目テープ試験:JIS K5600-5-6)や耐液体性(JIS K5600-6-1)などの複数の試験データをバランスよく確認することが欠かせません。
なお、コロナ禍以降は消毒用アルコールの使用頻度が大幅に増えています。学校・病院・福祉施設などの木部テーブルや手すりには、耐アルコール試験をクリアした塗料(ウレタン系など)が不可欠です。ラッカー塗料は白化しやすいため注意が条件です。
大谷塗料|試験データの読み方:塗膜の硬度・耐薬品性・密着性能
(公共建築の木部塗装における鉛筆硬度の誤読リスク、耐アルコール性・密着性データの読み方を具体的に解説)
現場の担当者が鉛筆硬度のカタログ数値を信じて塗料を選ぶとき、見落としやすいのが「その数値はどんな条件で測られたものか」という点です。
まず鉛筆の品質問題があります。JIS K5600の試験に使う鉛筆は、一般財団法人 日本塗料検査協会が検査・認定したものを使うことが推奨されています。市販の文具鉛筆は筆記用途向けに製造されており、芯の「皮膜部分の物理的硬度」は保証されていません。三菱鉛筆株式会社自身も「製造単位ごとにわずかなばらつきがある」と公式に述べており、市販鉛筆で試験した数値と認定試験鉛筆での数値は一致しない可能性があります。これは数値が1〜2ランク変わることを意味し、硬度の判定結果に直接影響します。
次に環境条件の問題です。試験は温度23±2℃、相対湿度50±5%の条件下で行うことが規定されています。夏の蒸し暑い現場や冬場の乾燥した倉庫で行った簡易試験は、条件が大きく外れています。塗膜は温湿度によって硬さが変わるため、同じ塗料でも季節や試験場所によって結果が変わることがあります。季節ごとの変動は意外ですね。
さらに、試験結果として記録される硬度は「単一塗膜または多層塗膜系の上層膜」に対して適用されるものです。複数の塗重ねをした場合でも、評価されるのはあくまで最表面の層だけです。下塗り・中塗り・上塗りのトータル性能ではないことを理解した上でカタログを読む必要があります。つまり上層膜の硬度が基準です。
このような試験精度の問題に対処するためには、社内での試験精度管理だけでは限界があります。外部の公的試験機関(あいち産業科学技術総合センター等)や認定機関に評価を依頼することも、大規模公共工事や性能保証が求められるプロジェクトでは現実的な選択肢です。試験を外部委託するコストよりも、施工後のクレーム対応にかかるコストのほうが大きくなるケースも実際に存在します。
あいち産業科学技術総合センター|塗膜の引っかき硬度試験について(PDF)
(試験用鉛筆の種類・芯形状・試験機の設定条件が写真つきで解説されており、試験の実施精度を高めるために参考となる公的資料)