

建築現場における木材保存処理として、安全性と持続効果の高さから再注目されているのがホウ酸塩処理です。しかし、単に市販のホウ酸粉末を水に溶かすだけでは、プロフェッショナルが求める防蟻・防腐性能を満たす水溶液を作ることは極めて困難であることをご存知でしょうか。建築従事者が現場で直面する最大の課題は「濃度」と「溶解度」の壁です。本記事では、DIYレベルの知識とは一線を画す、JIS規格や認定工法に準拠しうるレベルのホウ酸塩の作り方と、その背景にある化学的なメカニズム、そして施工品質を左右する現場テクニックについて詳細に解説します。
建築用防腐・防蟻剤としてホウ酸塩溶液を作成する場合、最も重要となる指標が**BAE(Boric Acid Equivalent:ホウ酸当量)**です。これは溶液中に含まれるホウ素の量をホウ酸(H₃BO₃)に換算した濃度を示すもので、木材保存業界における共通言語となっています。
一般的に、シロアリ(特にイエシロアリ)や腐朽菌に対して十分な阻止効力を発揮するためには、木材内部に一定量以上のホウ酸成分が留まる必要があります。日本の劣化対策等級や長期優良住宅の基準を満たす認定薬剤の多くは、BAE濃度で15%〜20%程度の高濃度水溶液を使用しています。しかし、ここに物理的な壁が存在します。
したがって、プロが実践するホウ酸塩の作り方においては、いかにしてこの「4.7%の壁」を突破し、15%以上の高濃度溶液を安定して作るかが最大の技術的焦点となります。単にお湯で溶かせば一時的に濃度は上がりますが、冷えれば即座に再結晶化し、配管詰まりや塗布ムラを引き起こします。この問題を解決するために必要なのが、次項で解説する「ホウ砂」を用いた化学的なアプローチです。
高濃度化を実現するための計算式や、BAE濃度の厳密な管理は、施工後の保証能力に直結します。適当な目分量ではなく、比重計を用いた濃度管理を行うことが、建築従事者としての責務と言えるでしょう。
有用な情報:ホウ酸塩の特性やDOT(8ホウ酸塩)に関する基本的な化学的知識が網羅されています。
ホウ酸防蟻剤の作り方 | ホウ素系難燃剤SOUFAのブログ
高濃度のホウ酸塩水溶液を自作しようとする際、不可欠な添加剤が**ホウ砂(Borax:四ホウ酸ナトリウム十水和物)**です。ホウ酸とホウ砂を特定の比率で水に溶解させることで、ポリホウ酸イオンが形成され、単体で溶かすよりも遥かに高い溶解度を実現できます。これは「相乗溶解」と呼ばれる現象で、海外の木材保存剤(例えばTim-Borなど)の主成分であるDOT(Disodium Octaborate Tetrahydrate:八ホウ酸二ナトリウム四水和物)に近い組成を液中で作り出す技術です。
具体的なホウ酸塩の作り方における配合比率の一例として、以下のバランスが知られています。これはDOTを化学的に合成する際のモル比に基づいています。
理想的な配合比率は、重量比でおよそホウ酸:ホウ砂 = 1:1.1 〜 1:1.5の範囲内と言われていますが、目的とするpH値(中性付近が木材への浸透性が良いとされる)や保存安定性によって微調整が必要です。この混合水溶液を作ることで、常温でも10%〜15%近いBAE濃度を維持できる安定した溶液を作成することが可能になります。
この配合ノウハウを知らずに、ホウ酸だけを大量のお湯で溶かそうとするのは、エネルギーの無駄であり、施工品質の低下を招きます。プロの現場では、あらかじめ配合された粉末剤を使用することが一般的ですが、そのメカニズムを理解しておくことは、トラブルシューティングにおいて非常に重要です。
有用な情報:ホウ酸とホウ砂の混合による溶解度向上の特許技術や具体的な実験データが記載されています。
室温で安定なホウ素化合物の水溶液、その製造方法およびその用途
どれほど優れた配合比率を用いたとしても、物理化学的な溶解度の限界は存在します。特に日本の冬場の建築現場において、この限界点はシビアな問題となります。
ホウ酸塩の作り方をマスターする上で理解しなければならないのは、「過飽和状態」のリスクです。作成直後は透明な液体であっても、外気温が5℃を下回るような環境では、溶解度が急激に低下します。例えば、20℃で安定していた15%溶液も、5℃になれば結晶が析出し始めます。
この限界を克服するために、一部の高度な製品では**グリコール類(エチレングリコールやプロピレングリコールなど)**を補助溶剤として添加する手法が採られています。グリコール類はホウ酸との親和性が非常に高く、水を媒介とせずにホウ酸を溶解させることができるため、水分の蒸発後も木材内部に液状(あるいはゲル状)で留まり続け、再拡散性を維持する効果があります。
現場で一から調合する場合、このグリコール添加はコストと調達の面でハードルが高いですが、「水だけの溶解には限界がある」という事実を認識し、無理に限界濃度ギリギリを攻めすぎない、あるいは施工時の液温管理を徹底するという判断基準を持つことが重要です。
有用な情報:木材保存におけるホウ酸塩の拡散メカニズムと、他の薬剤との比較データがあります。
ホウ酸塩と木材|拡散型保存剤の特性
建築業界で「ホウ酸処理」と言う場合、厳密には「DOT(八ホウ酸二ナトリウム四水和物)」の水溶液処理を指すことが標準的になりつつあります。では、現場でホウ酸とホウ砂を混ぜて作る「自家製ホウ酸塩」と、工場で製造された「DOT」にはどのような違いがあるのでしょうか。
DOT(Na₂B₈O₁₃・4H₂O)は、あらかじめホウ酸とホウ砂成分が理想的なバランスで結晶化された化合物です。これを水に溶かす際の最大のメリットは、溶解速度と安定性です。
しかし、コスト面では自家調合に分がある場合もあります。重要文化財の補修や、特殊な条件下での施工など、あえて配合比を変えたい場合を除き、現代の建築現場では品質保証(ワランティ)の観点から、メーカーが製造したDOT粉末(認定薬剤)を指定濃度で希釈して使用することが推奨されます。「作り方」を知ることは重要ですが、「作られたものを使う意義」を理解することも、リスク管理の一環です。
シロアリ保証を付帯させる場合、認定施工士による認定薬剤の使用が必須条件となるケースがほとんどです。自作の混合液では、どれだけ高濃度であっても第三者機関の保証対象外となる点には十分な注意が必要です。
有用な情報:ホウ酸塩処理の安全性や、DOTが世界基準である理由について解説されています。
ホウ酸塩を使った世界基準の木材保存&防蟻対策
検索上位の記事にはあまり詳しく書かれていない、しかし現場施工において最も致命的な失敗要因となるのが「施工液の温度管理」です。これはホウ酸塩の作り方のレシピそのものよりも、作った後の運用に関わる独自視点の重要トピックです。
高濃度ホウ酸塩溶液(BAE 15%以上)は、液温が下がると劇的に浸透力が落ちます。これは単に粘度が上がるだけでなく、木材の導管内に入り込む際の分子運動が低下するためです。逆に、液温を40℃〜50℃程度に加温した状態で塗布・噴霧すると、驚くべき効果が得られます。
「ホウ酸塩の作り方」を極めるプロの施工店では、投込みヒーターや保温機能付きのタンクを装備した専用車両で現場に乗り込みます。冬場の現場で、冷え切った水で溶かそうとして白濁した液を無理やり吹き付けている業者は、残念ながらホウ酸の効果を半分も引き出せていません。
また、木材自体が凍結しているような寒冷地では、塗布直後に表面で水分が凍り、ホウ酸塩が弾かれる現象も起きます。この場合、ジェットヒーター等で木材表面を軽く炙り、導管を開いてから温めたホウ酸塩溶液を打ち込むといった、複合的な温度管理技術が求められます。
単に混ぜるだけでなく、「温度という触媒」を使いこなして初めて、ホウ酸塩はその真価を発揮するのです。これが、マニュアルには載っていない現場叩き上げの技術です。