
ケミカルアンカーは、コンクリートや岩盤などの母材に後から穴を開け、その中に樹脂系接着剤と金属部材を挿入して固定する「あと施工アンカー」の一種です。機械的な拡張力ではなく、化学的な接着力で定着するため、高い引抜き強度や耐震性を発揮します。建築・土木工事において、重量物の固定や補強工事など幅広い用途で使用されています。
ケミカルアンカーの最大の特徴は、その高い固着強度と耐久性にあります。適切に施工されたケミカルアンカーは、母材の強度に近い固着力を発揮し、振動や衝撃に対しても優れた耐性を示します。また、母材との間に隙間がなく接着するため、水や化学物質の侵入による劣化が少なく、長期間安定した性能を維持できます。
カプセル型ケミカルアンカーは、ガラス管やプラスチック容器に主剤と硬化剤を別々に封入した製品です。このタイプは施工が比較的簡単で、現場での作業効率が高いという特徴があります。
カプセル型の主な特徴。
施工手順は以下の通りです。
カプセル型は施工が簡単である反面、アンカーボルトの回転による撹拌が必要なため、異形鉄筋やねじ付きアンカーなど表面に凹凸のあるものに限定されます。また、長い埋め込み長さが必要な場合は複数のカプセルを使用することがあります。
注入型ケミカルアンカーは、専用のディスペンサーを使用して樹脂を穴に注入するタイプです。カートリッジに充填された主剤と硬化剤が、ミキシングノズルを通過する際に自動的に混合される仕組みになっています。
注入型の主な種類と特徴。
注入型ケミカルアンカーの選定ポイントとしては、以下の要素を考慮する必要があります。
注入型は様々な形状のアンカーボルトに対応できる柔軟性が高く、穿孔条件も比較的自由に設定できるため、現場の状況に応じた施工が可能です。特に、ARケミカルセッターEA-350のような製品は、非スチレン系エポキシアクリレート樹脂を採用し、臭いが少なく、天井方向への施工でも液ダレしないという特徴があります。
ケミカルアンカーの性能を最大限に発揮させるためには、適切な施工と品質管理が不可欠です。施工時の主な注意点は以下の通りです。
特に注意すべき点として、孔内清掃の不足は接着強度を50%以上低下させる可能性があります。また、気温による硬化時間の変化も重要で、一般的に気温が10℃下がると硬化時間は約2倍になると言われています。
品質管理においては、製品の保管状態、使用期限、施工環境(温度・湿度)、施工手順の遵守などを記録し、トレーサビリティを確保することが重要です。これにより、万が一の不具合発生時にも原因究明と対策が容易になります。
ケミカルアンカーの耐荷重性能は、使用する樹脂の種類、アンカーボルトの径、埋め込み深さ、母材の強度など様々な要因によって決まります。設計時には以下の点を考慮する必要があります。
ARケミカルセッターEA-350を例にとると、M16ボルトを埋め込み深さ100mm(6d)で施工した場合、長期許容引張荷重は15.5kN、短期許容引張荷重は23.2kNとなります。同じボルトでも埋め込み深さを130mm(8d)にすると、長期許容引張荷重は23.5kN、短期許容引張荷重は35.2kNまで増加します。
設計上の重要な考慮点として、アンカーの破壊モードがあります。主な破壊モードには以下があります。
安全な設計のためには、最も弱い破壊モードを想定し、適切な安全率を考慮する必要があります。また、地震時の動的荷重や疲労荷重、環境条件(温度、湿度、化学物質の影響)なども設計段階で検討すべき重要な要素です。
近年、建設業界においても環境への配慮が重要視されており、ケミカルアンカー製品にも環境負荷を低減する取り組みが進んでいます。最新の環境配慮型ケミカルアンカーには以下のような特徴があります。
例えば、ARケミカルセッターEA-350は、非スチレン系エポキシアクリレート樹脂を主成分としており、従来製品に比べて臭いが少なく、施工現場の環境改善に貢献しています。また、硬化剤にはBPO(ベンゾイルパーオキサイド)ペーストを低濃度化することで安全性を高めています。
最新の研究開発では、バイオマス由来原料を一部使用した樹脂や、より低温でも硬化性能を発揮する配合技術、水中でも施工可能な特殊樹脂など、さらなる技術革新が進んでいます。これらの環境配慮型製品は、グリーンビルディング認証(LEED、CASBEE等)の取得にも貢献するため、今後ますます需要が高まると予想されます。
また、製品のライフサイクルアセスメント(LCA)に基づく環境負荷評価も進められており、製造から廃棄までの各段階での環境影響を最小化する取り組みが行われています。これにより、建設プロジェクト全体の環境性能向上に寄与することが期待されています。
環境配慮型ケミカルアンカーの選定にあたっては、単に「環境に優しい」というラベルだけでなく、実際の成分や製造プロセス、第三者機関による認証の有無などを確認することが重要です。また、環境性能と施工性・耐久性のバランスを考慮し、プロジェクトの要件に最適な製品を選ぶことが求められます。