
結晶構造とは、原子や分子が規則正しく周期的に配列した固体物質の構造を指します。建築業で使用される金属材料やセメント、コンクリートなどの性質は、この結晶構造によって大きく左右されます。
参考)結晶粒界とは?href="https://www.material.tohoku.ac.jp/dept/applicants/lecture/lecture04.html" target="_blank">https://www.material.tohoku.ac.jp/dept/applicants/lecture/lecture04.htmlamp;nbsp;
結晶構造を理解するには、まず7つの結晶系を把握する必要があります。これらは三斜晶系、単斜晶系、斜方晶系(直方晶系)、正方晶系、六方晶系、立方晶系、三方晶系に分類され、それぞれ格子定数(単位格子の辺の長さa、b、c)と軸間の角度(α、β、γ)によって特徴づけられます。
参考)結晶構造 - Wikipedia
さらに詳細な分類として、14種類のブラベー格子が存在します。これは7つの結晶系に、単純格子、体心格子、面心格子、底心格子という4種類の格子点配列パターンを組み合わせたものです。結晶構造の完全な記述には、格子定数、空間群(対称操作の組み合わせ)、結晶構造パラメータが必要となります。
参考)http://crystallization.eng.niigata-u.ac.jp/%EF%BC%92%E7%AB%A0-%E7%B5%90%E6%99%B6%E6%A7%8B%E9%80%A0210903.pdf
7つの結晶系は、対称性の高さによって分類されます。立方晶系は最も対称性が高く、3本の結晶軸が互いに直交し、すべて同じ長さです。正方晶系は3本の軸が直交し、2本の側軸が同じ長さで主軸のみ異なります。
参考)結晶系 - Wikipedia
斜方晶系(直方晶系)は3本の軸が互いに直交しますが、長さはすべて異なります。単斜晶系では1つの2回回転軸または鏡映面を持ち、3本の軸のうち2本が斜交します。最も対称性が低い三斜晶系では、3本の結晶軸の長さがすべて異なり、互いに斜交しています。
参考)結晶の世界(後編)【近山コレクション見聞】 - JEWELR…
建築材料として重要なペロブスカイト構造は、立方晶系の単位格子を持ち、立方晶の各頂点に金属Rが、体心に金属Mが位置し、酸素Oが各面心に配置されます。この構造は温度や不純物添加により、より対称性が低い直方晶や正方晶に相転移し、物性が劇的に変化する特性があります。
参考)ペロブスカイト構造 - Wikipedia
ブラベー格子は、空間を周期的に分割する14種類の基本的な格子構造です。7つの結晶系に対して、単純格子(P)、体心格子(I)、面心格子(F)、底心格子(C)の配列パターンを適用すると、全ての空間格子を14種類に区分できます。
参考)https://u.muroran-it.ac.jp/hydrogen/lec/Ceram03PPT.pdf
立方晶系には単純立方格子、体心立方格子、面心立方格子の3種類が存在します。斜方晶系には単純、底心、体心、面心の4種類すべてが存在し、単斜晶系には単純と底心の2種類があります。三斜晶系、正方晶系、三方晶系、六方晶系にはそれぞれ特定の格子タイプのみが存在します。
参考)金属結晶まとめ
注意すべき点として、底心正方格子は14種類のブラベー格子に含まれません。これは底心正方格子が、より小さい単純正方格子として表現できるためです。この分類により、結晶構造の基本骨格を体系的に理解できます。
参考)http://acbio2.acbio.u-fukui.ac.jp/phychem/maeda/kougi/IC/2013/03JUL13.pdf
格子定数は、単位格子の形状を定義する基本パラメータです。3辺の長さa、b、cと、各辺がなす角α、β、γによって単位格子の幾何学的形状が決定されます。例えば、立方晶系ではa=b=c、α=β=γ=90°となります。
参考)https://www.ceramic.or.jp/ikyoiku/2010_kadaiforum_koen.pdf
空間群は、結晶の対称性を記述する重要な概念です。対称操作(回転、回反、空間並進、らせん、映進など)を元とし、必ず空間並進を含む群として定義されます。点群が「ある点を中心とした回転操作や反転操作」で分類されるのに対し、空間群は3次元空間全体の対称性を表現します。
結晶構造データベースでは、これらのパラメータを使って物質を特定します。産業技術総合研究所の結晶構造ギャラリーでは、123種類の物質について空間群、格子定数、結晶構造パラメータ、文献名を公開しており、VESTAなどのソフトウェアで三次元結晶構造図を描画できます。
参考)産総研:極限機能材料研究部門-固体イオニクス材料グループ-結…
X線回折装置は、試料にX線を照射し、原子の周りの電子によって散乱・干渉した結果起こる回折を解析する測定原理を持ちます。X線回折パターンの形状は結晶を構成する原子や分子の配列に依存するため、構造が異なれば回折角度や強度が変化します。
参考)X線回折装置の原理と応用
粉末X線回折法では、未知物質と既知物質のX線回折パターンを比較し、各ピークの位置や強度比が一致するかを確認することで物質を同定します。この定性分析には、既知物質の回折パターンを集めたデータベースが広く利用されています。
参考)DDView+の詳細
X線回折から得られる情報は多岐にわたります。結晶相の同定、格子定数の決定、結晶構造の解析、結晶粒径の評価、配向性の測定などが可能です。建築材料の品質管理や新規材料開発において、X線回折法は不可欠な分析手法となっています。
参考)結晶構造が必要な方
結晶構造に関する情報は、複数のデータベースで体系的に管理されています。Crystallography Open Database(COD)は、無機物、金属有機化合物、小分子有機化合物の構造を80,000件以上収録し、オープンアクセスモデルを採用しています。
参考)http://journals.iucr.org/j/issues/2009/04/00/kk5039/kk5039.pdf
Cambridge Structural Database(CSD)は、小分子結晶構造の世界的リポジトリとして機能しています。日本では、産業技術総合研究所が結晶構造ギャラリーを公開し、123種類の物質の結晶構造図とCIF(Crystallographic Information File)をダウンロード可能にしています。
参考)http://journals.iucr.org/b/issues/2016/02/00/bm5086/bm5086.pdf
これらのデータベースでは、物質に含まれる元素の種類、組成式、化合物名、鉱物名、文献情報、結晶の色や密度など、さまざまな条件を単独または組み合わせてデータを検索できます。網羅性と正確性を兼ね備えた結晶構造データベースは、研究の事前リサーチや合成後の新規性確認、リートベルト解析などに広く利用されています。
金属結晶には主に3種類の結晶構造があり、全金属の70%はこれらで説明できます。体心立方格子(BCC)は、立方体の各頂点と中心に原子が配置された構造で、単位格子内の原子数は2個です。鉄、モリブデン、タングステンなどがこの構造を持ち、展延性に乏しい傾向があります。
参考)https://www.kabuku.io/case/plan/metals-basic_01/
面心立方格子(FCC)は、立方体の各頂点と各面の中心に原子が配置され、立方最密構造とも呼ばれます。単位格子内の原子数は4個で、配位数は12です。銅、アルミニウム、ニッケルなどが該当し、展延性が豊かで薄肉へ伸ばすことができる特徴があります。
参考)https://jp.misumi-ec.com/tech-info/categories/plastic_mold_design/pl04/c0859.html
六方最密構造(HCP)は、稠密六方格子とも呼ばれ、配位数は12です。マグネシウム、チタン、亜鉛などがこの構造を持ち、加工性において特有の性質を示します。それぞれの結晶構造には、動きやすい面(すべり面)と動きやすい方向(すべり方向)があり、これが材料の機械的性質を決定します。
金属材料の強度は、結晶構造と密接に関連しています。体心立方格子(BCC)金属では、らせん転位のPeierls応力が刃状転位と比べて非常に大きいため、強度などのマクロな力学特性はらせん転位の運動によって決定されます。鉄、モリブデン、タングステンなど、BCC構造を持つ金属の降伏応力は、元素によって異なり、温度やひずみ速度によっても大きく変化する特徴があります。
参考)電子構造解析に基づく転位運動のモデリングとナノスケールの力学…
金属材料の変形は塑性変形が支配的であり、転位の運動が強度や延性などの力学機能を決める最も重要な因子となります。転位論に基づく材料設計は、対象によらず強化機構を評価できる一方、元素や材料ごとの特徴を陽に扱うことはできません。
電子構造に起因した転位芯の特性から合金系の力学機能の起源を捉える研究が進められています。電子状態計算による欠陥構造解析とそれを用いた力学特性評価のモデリングにより、元素によって異なる電子の結合状態を考慮した力学特性の評価が実現しつつあります。
建築用金属材料の強度向上には、結晶粒界の制御が極めて重要です。結晶粒径が小さいほど強度は高くなり、これはホール-ペッチの関係式で表されます。結晶粒径を小さくすることで結晶粒界の割合が増加し、転位の動きが抑制されて強度が向上します。
参考)金属材料が変形するしくみと金属材料の強化方法について|技術コ…
材料の強度は結晶粒径が小さいほど向上することが知られており、変形を担う転位の伝播が粒界により阻害されるためです。東京大学と京都大学の共同研究により、粒界と転位の動的相互作用の直接観察に成功しました。小傾角粒界(方位差1.2°)では転位はほとんど阻害されずに伝播するため強度向上に寄与しませんが、大傾角粒界(方位差36.9°)では転位伝播が大きく阻害され、転位が粒界に堆積することで材料強度が大きく向上します。
参考)材料強度の源の直接観察に成功! ~転位と粒界の相互作用のリア…
結晶粒界では原子配列が乱れており、この乱れ方は結晶粒界を作る2つの結晶粒の向きによって異なります。不純物原子は隙間に存在する方が安定なため、原子配列がより乱れた結晶粒界に溜まります。原子配列の乱れた結晶粒界を減らし、乱れの少ない結晶粒界を多くすることで、材料の性質を制御できます。
参考)研究内容
ステンレス鋼は種類によって結晶構造が異なり、この違いが材料特性の違いに表れます。オーステナイト系ステンレスは面心立方格子(FCC)構造を持ち、優れた加工性と耐食性を示します。フェライト系ステンレスは体心立方格子(BCC)構造を持ち、マルテンサイト系は変態によって形成される複雑な構造を持ちます。
参考)【簡単解説】金属結合とは?自由電子の役割や金属結晶について …
極低温での靭性においては、面心立方格子構造を持つオーステナイト系ステンレスが優れた性質を示します。これは結晶構造の違いによる転位の動きやすさと関連しています。建築構造物用の鋼材では、フェライト組織の結晶粒径が強度・靭性評価の重要な指標となります。
参考)強度・靭性と結晶粒径
結晶粒ごとの方位を測定するEBSD分析は、フェライト粒径や有効結晶粒径を評価する有用な方法です。マルテンサイト組織では、近い結晶方位を持つラスの集団であるブロックを粒径相当とする有効結晶粒径として扱いますが、ブロックの境界の判定は困難です。
参考)金属材料の結晶方位解析|Pict-Labo|国立大学56工学…
結晶構造は温度によって変化し、建築材料の性質に大きな影響を与えます。ペロブスカイト構造では、酸素と金属Mから成るMO₆八面体の向きが金属Rとの相互作用により容易に歪み、より対称性が低い直方晶や正方晶に相転移します。この相転移により物性が劇的に変化します。
対称性の低下によりモット転移が起こり、金属Mのサイトに局在していた価電子がバンドとして広がることが可能になります。また、金属Mのサイト同士のスピン間の相互作用による反強磁性秩序が崩れて常磁性に転移することもあります。この歪みによる相転移は、温度の上昇による金属Rのイオン半径の増加や、金属Rサイトに不純物原子を導入することで制御可能です。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)関連材料では、安定化ジルコニアがZrサイトへのY添加により正方晶系や立方晶系に安定化されます。このような結晶構造の制御は、高温環境で使用される建築材料の設計にも応用できる知見です。
コンクリートは、セメント、水、細骨材(砂)、粗骨材(砂利)を練り混ぜた建築の主要構造材料です。セメントを水で練混ぜたものがセメントペーストで、これに砂を加えたものがモルタルとなります。コンクリートの硬化過程では、セメントと水の水和反応により複雑な結晶構造が形成されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj/55/11/55_975/_pdf
建築構造物用コンクリートは比較的小さな断面に使用するため柔らかく練られ、土木構造物用コンクリートは硬めに練られます。適度な軟らかさのコンクリートをつくることが重要で、硬すぎれば隅々まで行き渡らず空洞(豆板やジャンカ)ができ、軟らかすぎれば粗骨材が沈んだり余分な水が表面に浮いたりします。
参考)コンクリートとは
ブリーディングは、コンクリート構成材料の水、セメント、骨材のうち、密度が最も小さい水が上昇する現象です。この制御は構造物の耐久性向上に重要であり、水の上昇による沈みひび割れを防ぐために、適切な配合設計が必要です。コンクリートの品質確保には、使用材料の選定、配合決定、練混ぜ、運搬、打込み、養生の各工程で工夫が求められます。
固体酸化物形燃料電池(SOFC)関連材料には、特定の結晶構造を持つ物質が使用されます。酸化ジルコニウム(ジルコニア)は単斜晶系のホタル石型類似構造を持ちますが、ZrサイトにYを添加することで正方晶系に、Caを添加することで立方晶系に安定化されます。これらは酸化物イオン導電体として電解質に使用されます。
ランタンガレート(LaGaO₃)やランタンスカンデート(LaScO₃)は直方晶系のペロブスカイト型構造を持ち、添加物を含むことで電解質として機能します。カルシウムジルコネート(CaZrO₃)も同様にペロブスカイト型構造を持ち、プロトン導電体として利用されます。
バリウムインデート(Ba₂In₂O₅)は直方晶系のブラウンミラーライト型構造、ランタンシリケート(La₉.₃₃(SiO₄)₆O₂)は六方晶系のアパタイト型構造を持ちます。空気極材料には、ペロブスカイト型構造のストロンチウムドープランタンマンガナイトや、K₂NiF₄型構造のプラセオジムニッケレイトが使用されます。これらの結晶構造の特性が、建築分野での新しいエネルギーシステムに応用されています。
層状ペロブスカイト構造は、シート状に並んだMO₂八面体層と金属Rの層が交互に配置した構造です。この構造による2次元的な電気伝導は、高温超伝導で重要な役割を果たします。建築分野では、この特性を活かした新しい機能性材料の開発が期待されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcrsj/59/5/59_223/_pdf
層状酸ハロゲン化物の構造では、アニオンサイトの自由度と配位構造が物性に大きく影響します。酸素とハロゲンの組み合わせにより、磁性をはじめとする様々な物性を制御できます。これらの知見は、建築材料における新しい機能性付与に応用可能です。
ペロブスカイト構造を持つ材料は、温度変化や不純物添加によって結晶構造が変化し、物性が大きく変わる特性があります。この特性を利用することで、環境条件に応じて性質が変化する建築材料の開発が可能になります。層状構造の制御により、建築物の省エネルギー化や快適性向上に貢献する材料が実現できる可能性があります。
建築材料の品質管理には、X線回折装置による結晶構造解析が広く活用されています。粉末X線回折法では、コンクリートやセメントの水和生成物、鋼材の相組成、配向などの物性を非破壊で分析できます。測定した回折パターンを既知物質のデータベースと比較することで、結晶相を同定します。
参考)XRD(X線回折装置)の原理と概要をわかりやすく説明
ICSD(Inorganic Crystal Structure Database)などのデータベースは、網羅性と正確性を兼ね備えており、建築材料の事前リサーチや合成後の新規性確認、リートベルト解析などに利用されています。調べたい物質に含まれる元素の種類、組成式、化合物名、結晶の色や密度など、さまざまな条件を組み合わせてデータを検索できます。
結晶粒径の評価には、EBSD(Electron Backscatter Diffraction)分析が有用です。この手法により、結晶粒ごとの方位を測定し、フェライト粒径や有効結晶粒径を正確に評価できます。建築用鋼材の強度・靭性評価において、溶解、熱処理、機械試験からミクロ組織観察まで一貫して対応可能な分析技術が確立されています。
建築現場では、使用する金属材料の結晶構造を理解することで、適切な材料選定と施工管理が可能になります。鉄骨構造に使用される鋼材は、主に体心立方格子(BCC)または面心立方格子(FCC)の結晶構造を持ち、それぞれ異なる機械的性質を示します。
結晶粒径と強度の関係を示すホール-ペッチの関係式は、建築用鋼材の強度設計に直接応用されます。結晶粒径が小さいほど強度が高くなるため、熱処理や加工条件を制御して結晶粒を微細化することで、高強度材料を得られます。また、靭性の指標である延性脆性遷移温度も結晶粒径に依存し、細粒化により低温靭性が向上します。
高強度寒中コンクリートの開発では、結晶構造の知識が低温環境での強度発現メカニズムの理解に役立ちます。セメント水和物の結晶成長を制御することで、寒冷地での施工品質を確保できます。建築材料調査では、構造体強度の評価に結晶構造分析が活用され、既存建物の安全性評価に貢献しています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/8b6164495d568400ed8fac52c09d49f42fdf777f
産業技術総合研究所の結晶構造ギャラリー|123種類の物質の詳細な結晶構造データとCIFファイルをダウンロード可能
ICSD結晶構造データベース|網羅性と正確性を兼ね備えた無機化合物の結晶構造情報
日本製鉄による強度・靭性と結晶粒径の解説|ホール-ペッチの関係とEBSD分析手法