
キー溝規格は、機械設計における動力伝達システムの根幹を成す重要な技術仕様です。特に回転軸とハブ(プーリー、歯車、カップリング等)を確実に結合し、トルクを効率的に伝達するために不可欠な要素となります。
キー溝規格の基本概念は、軸の外周に設けた溝とハブの内径に設けた溝に平行キーを挿入することで、回転方向の力を伝達する機構です。この仕組みにより、滑りやガタつきを防ぎ、精密な動力伝達を実現します。
日本においてはJIS B 1301:2009「キー及びキー溝」が標準規格として制定されており、平行キー、こう配キー、半月キーおよびそれぞれに対応するキー溝の寸法や許容差を詳細に規定しています。
この規格により、設計者は軸径に応じて適切なキー寸法を選定でき、製造業者は統一された基準で加工を行うことが可能となります。また、国際的にはISO規格との整合性も図られており、グローバルな互換性も確保されています。
JIS B 1301規格は、1996年に制定され2009年に改正された日本の工業標準規格で、キー及びキー溝の寸法、形状、許容差について詳細に定めています。
この規格の対象となるのは一般機械に用いる鋼製のキーで、主に以下の3種類に分類されます。
平行キーの寸法体系では、キーの呼び寸法をb×h(幅×高さ)で表現し、軸径dに対応した標準寸法が設定されています。例えば、軸径10~12mmには4×4mmのキーが、軸径22~30mmには8×7mmのキーが標準的に使用されます。
キー溝の深さ寸法は、軸側をt1、ハブ側をt2として規定され、キーが適切に収まるよう精密に設計されています。軸径6~8mmの場合、t1=1.2mm、t2=1.0mmという具合に、軸径に比例して深さも増大します。
許容差については、キー幅にh9(軸)とJs9(ハブ)のクラスが適用され、適切な嵌合状態を保持できるよう配慮されています。この許容差システムにより、過度な締まりばめや緩みばめを防ぎ、組み立て性と保持力のバランスを最適化しています。
キー溝規格における軸径とキー寸法の対応関係は、伝達トルクと軸の強度を考慮して体系的に設定されています。この対応表は設計者にとって最も重要な参照資料となります。
軸径(mm) | キー呼び寸法(mm) | キー溝深さ(mm) | 適用例 |
---|---|---|---|
6-8 | 2×2 | t1:1.2, t2:1.0 | 小型モーター |
10-12 | 4×4 | t1:2.5, t2:1.8 | 一般産業機械 |
17-22 | 6×6 | t1:3.5, t2:2.8 | 中型ポンプ |
22-30 | 8×7 | t1:4.0, t2:3.3 | 工作機械主軸 |
38-44 | 12×8 | t1:5.0, t2:3.3 | 大型減速機 |
軸径が大きくなるにつれて、キー幅(b)と高さ(h)も段階的に増大しますが、必ずしも比例関係ではありません。これは材料強度、加工性、コスト等を総合的に勘案した結果です。
特筆すべき点は、軸径30mm以上になるとキーの高さがやや抑制される傾向にあることです。例えば30-38mm軸径では10×8mmキーが使用され、幅に対する高さの比率が小さくなります。これは大径軸での応力集中を軽減し、軸の疲労強度を確保する設計思想によるものです。
また、同一軸径に対して複数のキー寸法が選択可能な場合もあります。設計者は伝達トルク、軸材質、使用環境等を考慮して最適な組み合わせを選定する必要があります。
キー溝規格における許容差管理は、適切な嵌合状態を実現し、動力伝達性能を確保するために極めて重要な要素です。JIS B 1301では、キー幅の許容差クラスとして軸側にh9、ハブ側にJs9を規定しています。
h9クラスは「穴基準」の考え方で、基準寸法に対してマイナス側のみに許容差を持ちます。例えば4mmキーの場合、0~-0.030mmの許容差となり、わずかに細めに仕上げることで組み立て性を確保します。
一方、Js9クラスは「軸基準」で、基準寸法に対してプラスマイナス対称の許容差を持ちます。4mmの場合±0.015mmとなり、キー溝の幅がキー幅とほぼ同等になるよう設計されています。
この許容差設定により、以下の効果が得られます。
製造現場では、これらの許容差を満足するために高精度な切削加工が要求されます。特にキー溝の側面は、平面度や平行度も重要な品質要素となり、専用のキー溝加工機械や治具を用いた精密加工が一般的です。
品質管理においては、三次元測定機やキー溝専用ゲージを使用した寸法検査が不可欠となっています。
キー溝規格は時代とともに進化を続けており、特に1996年の大幅改正では国際規格ISO 14579との整合性を図るため、従来の日本独自規格から大きく変更されました。この変更は設計者にとって重要な転換点となっています。
旧JIS規格(1996年以前)の特徴。
新JIS規格(1996年以降)の特徴。
この変更により、輸出入機械の互換性が向上し、グローバルサプライチェーンでの部品調達が容易になりました。しかし、既存設備の保守・改造では新旧規格の混在に注意が必要です。
特に注意すべきは、旧規格機械に新規格キーを使用した場合の嵌合不良や、逆のケースでの過締まり状態です。設備更新時には図面や仕様書で規格年代を確認し、適切な部品選定を行う必要があります。
現在でも一部の特殊用途や既存設備では旧JIS規格が使用されているため、部品メーカーでは両規格に対応した在庫管理を行っているのが実情です。
キー溝は軸に切り欠きを設けるため、必然的に応力集中が発生する構造的弱点となります。この課題に対して、従来の標準規格では十分にカバーされていない独自の設計アプローチが重要になります。
応力集中係数の最小化技術。
キー溝の角部R形状を標準規格より大きく設定することで、応力集中係数を2.5から1.8程度まで低減可能です。特に疲労荷重が作用する回転軸では、この改善効果が顕著に現れます。
段付き軸でのキー溝配置最適化。
段差部近傍でのキー溝設置は避け、軸径が一定の部位に配置することで、複合的な応力集中を回避します。やむを得ず段差近傍に設ける場合は、段差からキー溝端部まで軸径の1.5倍以上の距離を確保することが推奨されます。
材料特性を活かした設計。
高強度鋼を使用する場合、キー溝深さを標準より10-15%浅くすることで軸強度を向上させつつ、キー接触面圧を適正範囲内に維持する手法があります。ただし、この場合はキー材質の選定も重要になります。
表面処理による疲労強度向上。
キー溝加工後のショットピーニング処理により、溝底部に圧縮残留応力を導入し、疲労き裂の発生を抑制する技術も効果的です。特に高速回転機械や変動荷重環境では、この処理により寿命を2-3倍向上させることが可能です。
これらの独自手法は、標準規格の範囲を超えた付加価値の高い設計技術として、競合他社との差別化要素にもなり得ます。
キー溝規格の正しい理解と適用により、信頼性の高い動力伝達システムを構築できます。設計段階での十分な検討と、製造段階での精密な品質管理が、長期間にわたって安定した機械性能を支える基盤となります。また、新旧規格の違いや独自の設計手法を活用することで、より優れた製品開発が可能になるでしょう。