

建築物の1次固有振動数とは、最も低い周波数で振動する基本的な振動モードのことです。1次モードでは建物全体が一体となって揺れ、建物の頂部が最も大きく変形する特徴があります。この1次固有振動数は建物の耐震性能を評価する上で最も重要な指標となり、一般的な2階建て木造住宅では5.5~6.5Hz程度の値を示します。
参考)https://monoist.itmedia.co.jp/mn/articles/2007/21/news004_3.html
固有振動数は物体の質量と剛性によって決まり、質量が大きいほど固有振動数は小さく(周期が長く)なり、剛性が高いほど固有振動数は大きく(周期が短く)なります。鉄筋コンクリート造のような堅い建築物は固有周期が短く、木造や鉄骨造のような柔らかい建築物は固有周期が長くなる傾向があります。建物の高さが高くなるほど固有周期は長くなり、超高層ビルでは「ゆーらゆーら」とゆっくり揺れる特性を持ちます。
参考)https://www.mec-h.com/words/detail?n=3844
低層で剛性が高い建築物は固有振動数が大きいため、短い周期の振動が多い直下型地震で大きな被害を受けやすくなります。一方、高層で剛性が低い建築物は固有振動数が小さいため、長い周期の地震動で被害を受けやすい特性があります。この性質を理解することは、不動産物件の地震リスク評価において極めて重要です。
参考)https://www.livable.co.jp/yogo/3844/
2次固有振動数や3次固有振動数は、1次モードよりも高い周波数で振動する高次の振動モードを指します。これらの高次モードでは、建物がより複雑な揺れ方をします。例えば、梁の曲げ振動では、1次モードに節がない振動パターン、2次モードでは節が1個、3次モードでは節が2個といった形で振動形態が変化します。
参考)https://www.i-netschool.com/study/kyouzai/qa2023/gas_qa.html?Newtopic193.html
振動数の低い方から順に1次モード、2次モード、3次モードと呼ばれ、建物の自由度の数だけ固有振動数が存在します。高次モードになるほど周期は短くなり、振動形状は複雑になる特徴があります。実際の地震時には、これら複数の振動モードが同時に励起されることで、建物は複雑な揺れ方をします。
参考)https://www.cybernet.co.jp/ansys/learning/lesson/032/
多質点系の建物では、1次振動モードだけでなく、2次や3次といった高次の振動モードも構造設計において考慮する必要があります。特に高層建築物や複雑な形状を持つ建物では、高次モードの影響が無視できないケースもあり、振動特性の正確な把握が求められます。
参考)https://resp-kke.azurewebsites.net/2019/12/16/%E3%80%90%E6%96%B0%E4%BA%BA%E6%89%8B%E8%A8%98%E3%80%91/
建物の固有振動数を実際に測定する方法として、常時微動計測という手法が広く用いられています。建物は常に人間が感じない程度の小さな振動(微動)をしており、その振動をセンサーで計測することで固有振動数を求めることができます。計測には可搬型の強震計を用いて加速度を測定し、一般的に30分程度の計測時間で十分なデータが得られます。
参考)https://www.forest.ac.jp/academy-archives/morinos-archi41/
固有振動数の評価方法として、フーリエスペクトルの卓越振動数から固有振動数を算出する方法や、RD法(ランダムデクリメント法)を用いて減衰定数と合わせて評価する方法があります。これらの振動測定から得られた固有振動数は、設計時の計算値と比較することで、建物の実際の剛性や耐震性能を検証できます。
参考)https://www.shimztechnonews.com/tw/sit/report/vol102/pdf/102_001.pdf
先進的な設計事務所や工務店では、常時微動測定を木造住宅などの性能検証方法のひとつとして利用しています。新築時に測定して設計時の耐震性能を確認したり、改修の前後で測定して耐震性能の向上を検証したりする用途があります。意外な事実として、実大2階建て建物の振動実験では、固有振動数が5.0Hz以上の建物に阪神大震災レベルの強い地震動を入力しても、内外装材に多少亀裂が生じた程度で済んだという報告があります。
岐阜県立森林文化アカデミー:常時微動測定による構造性能検証の詳細事例
実際の建築物における常時微動測定の実施方法と、固有振動数から耐震性能を評価する具体的な手法について解説されています。
建物の固有振動数と地震波の振動数が一致すると、共振現象が発生して想定以上の大きな振動が生じ、構造への負担が増大します。同じ強さの地震波でも、共振するか否かで建物の被害は大きく異なってきます。共振により振幅(揺れの大きさ)が増大し、建物が大きく揺れて長く揺れ続ける現象が起こります。
参考)https://om-seishin.com/glossary/kyoshin-taisaku/
地震による建物への影響は、強い揺れ、繰り返しの揺れ、そして共振現象の3つが主要な要因です。特に共振現象は、地震波の周期が建物の固有周期に近い場合に発生し、建物の耐震設計を超える被害をもたらす可能性があります。周期が約1〜2秒の揺れは「キラーパルス」と呼ばれ、木造住宅に大きな被害をもたらす特徴があります。
参考)https://www.mizuho-re.co.jp/knowledge/dictionary/wordlist/print/?n=3960
阪神大震災や熊本地震でもキラーパルスによる被害が報告されており、建物の固有周期と地震波の周期の関係を理解することは、地震リスク評価において不可欠です。低層建築物は短周期の地震動に、高層建築物は長周期の地震動に弱いという性質があり、物件の特性に応じた地震リスクの把握が重要となります。
参考)https://www.bakko-hakase.com/entry/092_kyoushin
気象庁:固有周期と建物の関係について
地震波の周期と建物の固有周期の関係、そして長周期地震動による高層ビルへの影響について、気象庁による公式の解説が掲載されています。
建物の固有振動数は耐震設計において最も重要な要素のひとつであり、地震による共振を防ぐために固有振動数を適切に設定する必要があります。建築基準法では、建物の1次固有周期を「T=h(0.02+0.01α)」という簡易式で計算することが認められています。ここでhは建物の高さ、αは木造または鉄骨造である階の高さの合計のhに対する比を表します。
参考)https://www.komiyamae.co.jp/works/earthquake.html
耐震構造、免震構造、制震構造という3つの地震対策技術は、それぞれ異なるアプローチで固有振動数を制御します。耐震構造は建物自体を強固にして地震に耐える方法、免震構造は建物と地盤の間に免震装置を設置して地震の揺れを建物に伝えない方法、制震構造は建物内部に制震装置を配置して振動エネルギーを吸収する方法です。
参考)https://www.kintetsu-re.co.jp/libook/detail/39
免震構造は振動の減衰を大きくするとともに、固有振動数を地震動の一般的な振動数より小さくすることで地震による揺れを小さくし、共振を防ぐ仕組みです。制震構造は免震構造ほど地震や風の揺れを小さくする効果はありませんが、超高層建物でも揺れを吸収して抑える効果を発揮しやすい利点があります。また、制震構造は免震構造と比較して導入コストが大幅に抑えられることも大きな特徴です。
参考)https://yamadahomes.jp/media/house-making/4166/
意外な知識として、機械設計においては固有振動数を高くすることが剛性の高さを意味しますが、建築物の地震対策では逆に固有振動数を低く(周期を長く)することで共振を避ける設計が行われることがあります。原子力関係の構造物では指定の固有振動数以下になる設計が要求されるなど、用途によって固有振動数の制御目標が異なる点も注目すべきポイントです。
参考)https://www.bakko-hakase.com/entry/163_menshin-rikigaku
サイバネットシステム:はじめての振動解析(振動の基礎とモーダル解析)
固有振動数とモード解析の理論的な背景、そして実際の構造解析における固有値解析の活用方法について、わかりやすく解説されています。