

はんだ付けを「軽い作業」と思っているなら、無資格で作業を続けると労働安全衛生法違反で事業者に50万円以下の罰金が科されます。
建築現場や電気設備工事の現場で日常的におこなわれるはんだ付け作業ですが、使用するはんだの種類によって法律上の扱いがまったく異なります。鉛を含むはんだ(含鉛はんだ)を使った作業は、労働安全衛生法に基づく「鉛中毒予防規則(鉛則)」の適用対象になります。これが基本です。
鉛則第1条では「鉛業務」の定義が列挙されており、その中に「鉛若しくは鉛合金の溶融、鋳造、加工又は鉛等の焼結の業務」が含まれています。はんだのうち「鉛-スズ合金」を溶かして接合するいわゆる有鉛はんだ作業は、この「鉛合金の溶融・加工」に該当すると解釈されます。つまり有鉛はんだを使う限り、鉛則が適用されるということです。
一方、現在広く普及している無鉛はんだ(RoHSはんだ)は鉛を含まないため、鉛則の対象外です。しかし現場では古い部材や在庫品として有鉛はんだが依然として使用されているケースがあります。使っているはんだが有鉛か無鉛かを確認することが最初の一歩です。
鉛則第33条では、一定の鉛業務については「鉛作業主任者技能講習」を修了した者の中から作業主任者を選任し、その者に作業を直接指揮させることが義務づけられています。作業主任者なしで作業を継続すると、事業者は50万円以下の罰金(労働安全衛生法第119条)の対象になります。
| はんだの種類 | 鉛含有 | 鉛則の適用 | 作業主任者選任 |
|---|---|---|---|
| 有鉛はんだ(Sn-Pb系) | あり(通常37~40%) | 対象 | 必要 |
| 無鉛はんだ(Sn-Ag-Cu系など) | なし | 対象外 | 不要 |
現場で使用しているはんだの成分表示(SDS:安全データシート)を確認し、鉛含有量をチェックする習慣をつけることが重要です。SDSは製品納入業者に依頼すれば必ず入手できます。
厚生労働省「鉛中毒予防規則」関連情報(鉛業務の定義・規制内容を確認できます)
鉛作業主任者になるには「鉛作業主任者技能講習」を修了する必要があります。特別な受験資格は原則として不要です。18歳以上であれば誰でも受講申し込みができます。
講習は各都道府県の労働局登録教習機関(建設業労働災害防止協会・中央労働災害防止協会など)が実施しており、全国各地で定期的に開催されています。費用は機関によって多少差がありますが、おおよそ1万2,000円〜1万6,000円程度が相場です。テキスト代を含めると2万円前後になることもあります。
講習期間は2日間(合計12時間)が標準的で、以下のカリキュラムで構成されています。
修了試験の合格率は比較的高く、しっかりテキストを読んでおけば大部分の受講者が一発合格しています。試験に合格した当日(または翌日)に修了証が交付され、その日から作業主任者として選任できます。これは使えそうです。
選任後は事業者が「作業主任者の氏名・職務の掲示」を作業場所の見やすい箇所に貼り出す義務があります(鉛則第35条)。掲示を怠ることも法令違反になるため、選任と同時に忘れずに対応しましょう。
中央労働災害防止協会(JISHA)の鉛作業主任者技能講習案内(日程・費用・申込方法が確認できます)
有鉛はんだを使う際に発生する「鉛ヒューム」の問題は、建築現場ではあまり深刻に受け止められていないことが多いです。意外ですね。しかし鉛ヒュームは粒径が非常に小さく(0.1〜1μm程度、人間の髪の毛の太さの約100分の1)、吸い込んだ場合に肺胞から血液中へ直接吸収されます。
日本産業衛生学会が定める鉛の許容濃度は0.05mg/m³です。これはA4用紙1枚(約5g)を1万m³の空気(25m×20m×20mの空間)に均等に広げたときの濃度に相当します。この濃度を超える環境で継続的に作業した場合、血中鉛濃度が上昇し、やがて神経障害(手足のしびれ・筋力低下)、腎機能低下、貧血、消化器障害などを引き起こします。
特に問題なのは、鉛中毒の初期症状が「なんとなく体が重い」「疲れやすい」といった非特異的なものである点です。これは気づきにくいですね。症状が進行してから発覚するケースが後を絶たず、厚生労働省の労働衛生統計でも毎年一定数の鉛による職業病が報告されています。
鉛則では作業環境測定を6か月以内ごとに1回実施することが義務づけられており、測定結果が第三管理区分(0.1mg/m³超)となった場合は有効な呼吸用保護具の使用が義務になります。第三管理区分なら問題の深刻さは最高レベルです。局所排気装置の設置・改善も求められます。
鉛ヒュームの吸入リスクを低減するための実務的な対策としては、以下のものが有効とされています。
特に局所排気装置は有効性が高く、発生源に近いところで鉛ヒュームを捕捉できるため、マスクだけに頼るより安全マージンが大きくなります。作業環境の整備が健康管理の核心です。
日本産業衛生学会「許容濃度等の勧告」(鉛の許容濃度の根拠と基準値を確認できます)
鉛則は全部で60条以上から構成されており、建築現場に関わる事業者が特に注意すべき条文は複数あります。まず整理しておくことが重要です。以下に実務上の遵守義務をまとめます。
| 義務の種類 | 根拠条文(鉛則) | 頻度・タイミング | 違反時のリスク |
|---|---|---|---|
| 作業主任者の選任・掲示 | 第33〜35条 | 作業開始前 | 50万円以下の罰金 |
| 作業環境測定の実施 | 第52条 | 6か月以内ごとに1回 | 50万円以下の罰金 |
| 特殊健康診断の実施 | 第53条 | 雇入れ時・6か月以内ごと | 50万円以下の罰金 |
| 局所排気装置の設置・点検 | 第16〜18条 | 1年以内ごとに定期自主検査 | 行政指導・改善命令 |
| 保護具の備え付け・使用 | 第58条 | 作業の都度 | 行政指導 |
| 作業記録の保存 | 第38条 | 3年間保存義務 | 行政指導 |
作業環境測定の結果は「測定記録」として3年間保存する義務があります。記録が残っていない場合、労働基準監督署の調査が入ったときに指導・勧告の対象になります。記録管理も鉛則の義務です。
特に「特殊健康診断」は見落とされがちなポイントです。鉛業務に従事する労働者には、雇い入れ時および6か月以内ごとに1回、血液中の鉛濃度・デルタアミノレブリン酸(尿中)などの検査を含む特殊健康診断を受診させる義務があります。この費用は事業者負担です。通常の定期健康診断とは別に実施する必要がある点も注意が必要です。
建設業界では複数の下請け業者が混在する現場が多いため、元請け会社と下請け会社のどちらが鉛則上の義務主体になるかを事前に明確にしておくことが重要です。原則として作業を「実施させる」事業者(下請け含む)がそれぞれ義務を負いますが、元請けが統括安全衛生管理をおこなう場合は連帯的な責任が生じます。
現場での鉛リスクを根本から排除する方法として最も効果的なのが、有鉛はんだから無鉛はんだへの切り替えです。つまり材料の選定が法令遵守の最短ルートです。無鉛はんだを使用している限り鉛則の適用はなく、鉛作業主任者の選任も不要になります。
ただし、切り替えにあたってはいくつかの実務上の注意点があります。まず確認すべき点は「完全に無鉛はんだのみを使用できる作業環境かどうか」です。古い建物の改修工事などでは、既存配線の補修にやむを得ず有鉛はんだを使うケースがあります。こういった場合は部分的に鉛則が適用されるため、作業区分を明確に分けて管理する必要があります。
無鉛はんだの主なデメリットとしては、融点が有鉛はんだ(約183℃)より高く(Sn-Ag-Cu系で約217〜220℃程度)、作業者の技術的習熟が必要になる点が挙げられます。また濡れ性(広がりやすさ)が有鉛はんだより劣る傾向があるため、接合不良が増えるリスクもあります。厳しいところですね。
無鉛はんだへの切り替え時には以下の点を確認してください。
無鉛はんだの製品選定で迷う場合は、千住金属工業や株式会社ハリスジャパンなどのメーカーに問い合わせると、用途別の選定相談に無料で応じてもらえます。切り替えコストも製品によって大きく差がないため(有鉛との単価差は1kg当たり500〜2,000円程度)、早めの切り替えが得策です。
無鉛はんだへの全面切り替えが完了すれば、作業主任者選任・作業環境測定・特殊健康診断のすべてが不要になり、年間コストおよび管理負担が大幅に軽減されます。長期的なメリットは大きいです。
厚生労働省「化学物質管理に関する法令・通達」(無鉛はんだ切り替え後の法的位置づけ確認に役立ちます)