
労働災害は、労働安全衛生法において「労働者の就業に係る建設物、設備、原材料、ガス、蒸気、粉じん等により、又は作業行動その他業務に起因して、労働者が負傷し、疾病にかかり、又は死亡すること」と明確に定義されています。災害は物の不安全な状態と人の不安全な行動が異常接触して発生するケースが大部分を占めており、単一の要因だけでなく複数の要因が重なって起こる現象です。
参考)https://rikusai.or.jp/kisotishiki/
業務災害として認定されるには、業務遂行性(事業主の支配・管理下にあること)と業務起因性(業務が原因となって災害が発生したこと)の2つの要件を満たす必要があります。一方、通勤災害は住居と就業場所との間の移動中や、複数の就労場所を移動する際に生じた災害を指し、業務外の事故として扱われます。
参考)業務災害とは?労働災害との違いや保険の給付内容を解説
業務災害と通勤災害では労災保険からの給付名称が異なり、業務災害の場合は「療養補償給付」「休業補償給付」「障害補償給付」となりますが、通勤災害の場合は「療養給付」「休業給付」「障害給付」という名称になります。これは雇用者の直接的責任の有無によって補償と給付が区別されているためです。
参考)通勤災害とは?業務災害との違いや労災の手続き方法を解説
厚生労働省が定める事故の型は、傷病を受けるもととなった起因物が関係した現象のことを指し、災害発生の状況を示す重要な分類方法です。事故の型は「墜落・転落」「転倒」「激突」「飛来・落下」「崩壊・倒壊」「激突され」「はさまれ・巻き込まれ」「切れ・こすれ」「踏み抜き」「おぼれ」「高温・低温物との接触」「有害物等との接触」「感電」「爆発」「破裂」「火災」「交通事故(道路)」「交通事故(その他)」「動作の反動・無理な動作」「その他」「分類不能」の21項目に分類されています。
参考)労働災害の種類とは?建設業に多い事故の型と一人親方に関する注…
物と人との組み合わせによる接触現象が事故の型として分類され、災害防止対策を考える上で主要なものを選択することとされています。例えば機械を修理中に手を挟まれた場合は「はさまれ・巻き込まれ」、ガス溶接作業をしていて火傷した場合は「高温・低温物との接触」に分類されます。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo20_1.html
令和4年度の労働災害統計では、事故の型別で最も多いのが「転倒」で35,295人、次いで「動作の反動・無理な動作」が20,879人、「墜落・転落」が20,620人となっており、この3つの型だけで全体の約6割を占めています。死亡災害に限定すると「墜落・転落」が234人で最多、次いで「交通事故(道路)」が129人、「はさまれ・巻き込まれ」が115人となっています。
参考)労働災害(労災)とは?発生しやすい業種のランキング・事例・認…
起因物とは、災害をもたらすもととなった機械、装置もしくはその他の物または環境等のことを指し、災害発生にあたっての主因であり、なんらかの不安全な状態が存在するものを選択します。起因物は「動力機械」「物上げ装置、運搬機械」「その他の装置等」「仮設物、建築物、構築物等」「物質、材料」「荷」「環境等」「その他」の8項目に大きく分類され、さらに24の中分類、87の小分類から構成されています。
参考)【第3章】 労働災害の発生プロセス①|(一財)中小建設業特別…
起因物と加害物(災害をもたらした直接のもの)は同一になる場合が多いものの、異なる場合もあることに留意が必要です。2種以上の起因物が競合している場合や起因物を決める判断に迷う場合には、災害防止対策を考える立場で重要度で決めることとされ、なお判断がしがたい場合は分類番号の若い番号を優先します。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/yougo/yougo13_1.html
衛生的な災害の場合は有害物に分類され、溶接装置のように機械・装置等の一部と一体となって動くものが加害物の場合は、当該機械・装置等を起因物として選択します。この起因物分類は、災害の根本原因を特定し、効果的な再発防止策を立案するために不可欠な情報となります。
参考)http://www.joshrc.org/files/19990331-002.pdf
令和5年の労働災害発生状況では、死亡者数は755人と過去最少となった一方で、休業4日以上の死傷者数は135,371人と3年連続で増加しています。業種別の死亡者数では、建設業が223人(前年比58人・20.6%減)で最も多く、次いで製造業が138人(同2人・1.4%減)、陸上貨物運送事業が110人(同20人・22.2%増)となっています。
参考)令和5年の労働災害発生状況を公表|厚生労働省
休業4日以上の死傷者数を業種別に見ると、製造業が26,694人で最多、次いで第三次産業(小売、社会福祉施設、清掃・と畜、飲食店を除く)が25,362人、陸上貨物運送事業が16,580人、小売業が16,414人、建設業が14,539人となっています。建設業における労働災害は、全業種の中でも死亡事故が最も多く、2023年の死亡者数755人中223人と全体の約30%近くを占めています。
参考)労働災害の種類を徹底解説!建設業で起こりやすい事故と対策|積…
事業所規模別では、度数率(発生率)・強度率(重大度)ともに事業所規模が小さいほど大きくなる傾向があり、中小規模の事業所において労災の頻度・重度が高いという特徴があります。また、転倒事故は製造や建設の現場だけでなく商業などのサービス業の現場でも起こりえる災害であり、多様な業種で注意が必要です。
参考)労働災害統計から考える - 山本労働衛生コンサルタント事務所
労働災害の発生状況を評価するために、複数の統計指標が用いられています。年千人率とは、在籍労働者千人当たり年間の死傷者数の割合を示す災害発生率の一表現形式で、全産業では令和3年に2.0となっています。度数率は100万延労働時間当たりの労働災害による死傷者数の割合で、全産業では令和22年に1.61、一般貨物では3.36となっています。
強度率(災害強度率)は、災害の重軽度合を表現する形式で、千延労働時間当たりの労働損失日数の割合を示します。労働損失日数は、身体障害等級に応じて算出され、等級1-3級は7,500日、等級4級は5,500日というように定められています。全産業の強度率は令和22年に0.09、一般貨物では0.1となっています。
これらの指標を用いることで、単純な発生件数だけでなく、労働時間や在籍者数を考慮した客観的な比較が可能になり、業種間や事業所間での安全水準の評価に活用されています。また、死傷災害の漸増傾向はリーマンショックによる経済の停滞が影響した2009年以来、10年以上続いており、特に高年齢労働者の労災増加が鮮明になっています。
参考)増加し続ける休業4日以上の死傷者数~2023年労働災害発生状…
建設業における墜落・転落災害は、死亡災害の中で最も多くを占めており、重篤な災害になりやすい特徴があります。建設業の労働災害を事故の型で見ると、全体の発生件数14,020件のうち「墜落・転落」が4,702件とほぼ3分の1を占め、建設現場で最も多い災害類型となっています。令和5年の事故の型別死亡者数では「墜落・転落」が204人(前年比30人・12.8%減)で最多となっています。
参考)工事中の労働災害とは?(墜落・転落・はさまれ・巻き込まれ・転…
墜落・転落災害は様々な状況下で発生し、階段で踏み外したり、足場や屋根の上での作業中に転落したりするケースが多く見られます。高所での作業が多い建設業の特性上、この災害類型への対策が極めて重要となります。死傷者数20,758人という数字が示すように、墜落・転落は死亡だけでなく重傷事故も多く発生しています。
参考)【最新】労働災害の事例13選|種別ごとの死亡事例や防止策も解…
墜落災害防止のための主な点検項目として、高さ2m以上の作業には作業床が設けられているか、作業床の端や開口部には囲い・手摺・覆い等が設けられているか、手摺の高さは最低75cm以上か(足場は85cm及び中さん)、高さ・深さが1.5m以上の作業場所に昇降設備があるかなどが挙げられます。これらの基本的な安全対策の徹底が、墜落・転落災害の防止に不可欠です。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/fukui-roudoukyoku/content/contents/001167279.pdf
建設業において「はさまれ・巻き込まれ」は墜落・転落に次いで多い災害類型で、発生件数は1,593件となっています。機械を扱う作業では、手や指をはさまれたり、回転部分に巻き込まれたりする事故が多く発生しており、死傷者数は13,928人に上ります。令和4年度の死亡災害では「はさまれ・巻き込まれ」が115人となっており、重大な結果をもたらす災害類型です。
建設機械による重機等接触や重機転倒等の労働災害も、この分類に含まれる重要な事例です。建設現場では多様な機械設備が使用されるため、機械の操作や取扱いをした物が起因物となり、加害物として労働者に直接危害を及ぼします。定期的な機器の点検により、故障や誤作動による事故を防ぐことが重要な対策となります。
参考)建設現場における安全管理とは?事故を防ぐ12の方法と導入事例…
この災害を防ぐためには、機械装置等の適切な保護カバーの設置、作業開始前の安全確認、複数作業者による相互確認などが効果的です。また、作業員の教育を強化し、危険予知能力を養うことで、はさまれ・巻き込まれのリスクを事前に察知できるようになります。
参考)建設業の安全管理と労災事故対策の重要性|具体事例や注意点を徹…
建設業における「転倒」は1,482件とはさまれ・巻き込まれとほぼ同じ件数で発生しており、床が濡れていたり油で滑りやすくなっている場所、段差のある場所で特に多くなっています。全産業で見ると転倒は36,058人と最も多い災害類型ですが、建設業でも無視できない重要な災害です。
「飛来・落下」は1,306件で、工具や資材が上から落ちてきたり、飛んできたりして作業員に当たる事故が該当します。建設現場では高所での作業が多く、下方で作業する労働者への飛来・落下物による災害リスクが常に存在します。令和4年度の死亡災害では42人が飛来・落下によって命を落としています。
「崩壊・倒壊」は454件発生しており、掘削土砂崩壊による労働災害事例などが含まれます。令和4年度の死亡災害では52人が崩壊・倒壊によって死亡しており、一度発生すると重大な結果をもたらす災害類型です。これらの災害を防ぐには、5Sの徹底(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)による事故防止が効果的です。
参考)トヨタ式5S活動とは何をする?進め方と3つの改善事例
建設業における労働災害には、他の業種にはない独自の課題が存在します。建設現場は工事の進捗に伴って作業環境が日々変化し、複数の事業者が同時に作業を行う複雑な環境であるため、一定の安全状態を維持することが困難です。また、屋外作業が中心となるため、天候に応じた対策が必要で、雨天時の滑りやすい環境への対応や強風時の飛散物対策を行うことが求められます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8871680/
建設業では新規入場者や新人労働者に対する特別教育が法令で義務付けられており、職長・安全衛生責任者教育、足場の組立て等特別教育、フルハーネス型安全帯使用作業特別教育などが実施されています。これらの教育は、建設業特有の危険作業に対応するために専門的な知識と技能を習得させることを目的としています。
参考)建設業労働災害防止協会 石川支部|建災防石川支部
元方事業者には安全衛生管理計画の作成が求められており、安全衛生管理の基本方針、安全衛生の目標、労災防止対策、計画に対する労働者代表の見解などを記載する必要があります。計画的な実施のために、実施期間や次年度計画における検討事項を記載することも重要で、この計画に基づいた体系的な安全管理が建設業の労災防止に不可欠です。
建設業の労災事故を防ぐための実践的な方法として、危険予知訓練(KY活動)の実施が広く推奨されています。KY活動は「危険」と「予知」の頭文字で、事故が起こる前に危険を予知し、その芽を摘むことが目的です。具体的には、職場内で定期的に「どんな危険が潜んでいるか」を話し合い、過去の災害事例なども参考にしながら、注意すべきポイントと対策のためのルールや行動目標を決めます。
参考)製造業における労働災害|統計と対策、KY活動、ヒヤリハット
ヒヤリハット活動とKYTを組み合わせることで、さらなる労働災害の防止対策が期待できます。KY活動やヒヤリハットに関連して、「ハインリッヒの法則」または「1:29:300の法則」があり、1件の重大事故には軽微な事故が29件も存在し、その背景には300の異常が存在するといわれています。この法則は、重大事故を防ぐためには軽微な事故やヒヤリハット事例への対応が重要であることを示しています。
参考)https://www.sat-co.info/blog/kyk210003/
上下・高所作業時の安全対策として、落下防止用のネットの設置や作業員同士のコミュニケーションを強化することが挙げられます。高さ2m以上の箇所での作業の際は墜落防止措置が必要で、作業床を設置すること、作業床を設けることが困難なときは防網を張り労働者に要求性能墜落制止用器具を使用させる等の措置が必要です。作業床の端、開口部等には、囲い、手すり、覆い等を設けなければなりません。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/iwate-roudoukyoku/content/contents/ichinoseki.kensetusandai_syuusei_r612.pdf
厚生労働省の令和5年労働災害発生状況には、建設業を含む各業種の詳細な統計データが掲載されており、安全対策立案の参考になります。
職場のあんぜんサイトの労働災害統計では、過去のデータを遡って閲覧でき、長期的な傾向分析に活用できます。