
プレストレストコンクリート(PC)は、コンクリート内部にPC鋼材を用いてあらかじめ計画的に圧縮応力を与えた高性能コンクリートです。この技術により、本来引張力に弱いコンクリートの弱点を克服し、優れた構造性能を実現します。PC鋼材は一般的な鉄筋の5~6倍の強度を持つ緊張材で、この高強度材を緊張させることでコンクリートに圧縮力を封じ込めます。
プレストレストの最大の特徴は、外力による引張応力が生じても、あらかじめ導入された圧縮応力が打ち消す仕組みです。この原理により、ひび割れの発生を大幅に抑制でき、一時的なひび割れが生じても地震終了後には圧縮力によって閉じる復元力を持ちます。この特性により、橋梁や大空間建物、重量物を積載する物流倉庫などに適用されています。
プレストレストには大きく分けて3つのタイプが存在します。フルプレストレストコンクリートは長期間ひび割れを作らないために強いストレスをかけたタイプ、パーシャルプレストレストコンクリートはひび割れではなく引張応力を許容するタイプ、プレストレスト鉄筋コンクリートはひび割れを0.2mm以下に抑えるタイプで橋梁に多用されます。
プレキャストコンクリート(PCa)は、工場や工事現場内の製造設備で予め製作されたコンクリート製品または部材の総称です。製造工程は厳格な品質管理のもとで行われ、型枠の清掃・剥離剤塗布から始まり、鋼製型枠の組立、配筋、コンクリート打込み、仕上げ、養生、脱型、検査までの一連の作業が標準化されています。
工場製作における最大の利点は、徹底した品質管理が可能な点です。コンクリートの高品質化により鉄筋のかぶりを小さくでき、高強度化により薄肉部材の生産も実現できます。製造工程では毎日テストピースによる脱型時強度、出荷日強度、保証日強度の確認を行い、寸法測定と仕上げ状態の検査を実施します。
養生方法にも特徴があり、仕上げが完了した部材を蒸気で加熱養生することで、コンクリート強度の早期発現を図ります。加熱養生の基準は前養生時間3時間が目安、養生温度の上昇勾配は20℃/h以下、最高養生温度とその継続時間はコンクリート調合に応じて設定されます。このような管理された環境での製造により、現場打ちコンクリートと比較して品質のバラつきが少ない製品を安定供給できます。
プレコン工業株式会社の製造工程解説ページでは、実際の工場における詳細な製作フローと品質検査体制が確認できます
プレストレストコンクリートには、プレストレスの導入方法により「プレテンション方式」と「ポストテンション方式」の2つの工法があります。この違いは、PC鋼材をコンクリートの打設前(プレ)に緊張するか、打設後(ポスト)に緊張するかという点にあります。
プレテンション方式の施工プロセス
プレテンション方式は、設備のあるPC工場でのみ製作が可能な工法です。まずPC鋼材をあらかじめ所定の力・位置に緊張しておき、これにコンクリートを打込み、硬化した後に緊張力を解放してプレストレスを与えます。緊張力は鋼材とコンクリートの付着力で保持されるため、PC定着具を使用しません。この方式は製作場所が限定されることから、運搬上の制約を受け、比較的小型で大量に製造されるプレキャスト部材に適用されるケースが多いのが特徴です。
ポストテンション方式の施工プロセス
ポストテンション方式は、コンクリート部材が硬化した後に、内部に設けられたシース(円筒形の管)に配置されたPC鋼材を緊張する工法です。緊張力の保持はPC定着具を使って行われます。現場にて鉄筋、PC鋼材、型枠の組み立てを行い、コンクリートを打設して強度発現を待った後、油圧ジャッキによりPC鋼材の緊張作業を実施します。所定強度の緊張を確認した後、PC鋼材の腐食を防ぐためシース内にグラウトを注入します。この方式はプレキャスト部材のみならず、工事現場で打設する構造物にも容易に適用でき、緊張力の大きさも幅広く選定できる特徴を持っています。
プレテンション方式とポストテンション方式の選定は、製作場所、部材寸法、施工条件、経済性を総合的に判断して決定されます。
建研のPC工法解説ページでは、プレテンション方式とポストテンション方式の詳細な技術資料と適用事例が紹介されています
プレキャスト工法は建築事業者にとって多くの経済的メリットをもたらします。最大の利点は工期の大幅な短縮で、在来工法と比較して約3分の2の工期で施工が完了します。現場での基礎工事と同時に工場で壁や床などの部材を生産し、現場で組み立てるだけでコンクリートの養生も不要なため、天候に左右されず計画通りの工事進行が可能です。
コスト構造と費用削減効果
プレキャスト製品の単価構成を見ると、材料費(鉄筋、コンクリート等)が約30%、人件費(製造)が約19%、製品運搬費が約13%、一般管理・販売費が約10%となっています。型枠製作費・修繕費は7~9%程度で、型枠を再利用できる工場生産により材料コストを抑えることができます。ただし、規格外の部材製造が必要になると専用の型枠準備によりコストがかさむため、規格化された製品の使用が経済性向上のポイントとなります。
品質面での優位性
工場製作による品質の均一性も重要なメリットです。鉄筋や型枠のセットを正確に行え、コンクリートの充填も型枠の隅々まで均一に実施できることが高品質につながります。ISO 9000の認証を受けた製造元が多いため、製品の品質保証体制や責任区分も明確になっています。現場打ちコンクリートで発生しがちな雨天による水分量増加、型枠の爆破、施工業者のミス、不陸の発生などのリスクを大幅に低減できます。
施工現場での利点
少ない作業員で工事を進めることができ、年々深刻化する作業員不足にも対応可能です。工事現場でのコンクリート施工が不要となり、騒音や粉塵など公害を防ぐことができるため、都市部の建設工事において近隣からのクレームが少ないという副次的な効果もあります。
プレストレストコンクリートを採用する際には、いくつかの重要な注意点があります。まず、PC鋼材は高炭素鋼であるため、加熱や溶接を行うとその部分が許容緊張力以下の荷重で脆性破断を起こす危険性が極めて高くなります。現場においてPC鋼材の加工・組立てを行う場合、加熱、溶接を絶対に行ってはなりません。
設計と施工の高度な技術要求
プレストレストコンクリートの設計、施工には高度な技術が要求されます。プレストレス量の適切なコントロール、PC鋼材の配置計画、緊張管理、グラウト注入などの各工程で専門的な知識と経験が必要です。施工管理には溶接施工管理項目、溶接チェックシートによる確認、接合部の試験・検査など厳格な品質管理体制が求められます。
プレキャストとの組み合わせにおける接合部対策
プレキャスト部材を使用する場合、接合部が弱点となることを理解する必要があります。工場で製作した完成品同士を接続するため、現場打ちよりも接合部の強度が低下します。防水処理を含む接合部の施工を入念に行わなければ、漏水の発生につながるため、プレキャスト工法の施工実績が豊富な業者の選定が重要です。
接合部に用いる材料は、接合部の寸法形状および施工法に応じて、接合部コンクリート、狭小部充填コンクリート、敷モルタル、充填モルタル、目地部等グラウト、鉄筋継手グラウトから適切に選定し、工事監理者の承認を受ける必要があります。
維持管理における優位性
一方で、プレストレストコンクリートは維持管理面で大きな優位性を持ちます。一般的な鉄筋コンクリート造では、風雨にさらされコンクリートが二酸化炭素と結合し酸化することにより、内部鉄筋の約2割が錆びる期間が約40年程度とされています。これに対し、プレストレストコンクリートのPC圧着工法を採用することで、2~3世紀耐えられる構造を可能としており、長期的な耐久性において圧倒的に優れています。
橋梁形式や部材形式の選定にあたっては、施工品質の確保の容易さのみならず、日常点検、補修・補強作業の容易性など維持管理についても選定条件として考慮すべきです。部材の接合部や打継ぎ境界等の不連続部は、将来の維持管理において着目すべき部位になりうるため、トータルライフサイクルコストを含めた経済性評価が重要となります。
国土交通省の「コンクリート橋のプレキャスト化ガイドライン」では、形式選定時の比較検討方法と維持管理性を考慮した選定基準が詳しく解説されています