

労務費とは、製品の製造やサービスの提供に直接的・間接的に関わった労働力への対価として支払う費用のことです。建設業であれば工事現場の職人、製造業であれば工場の作業員に支払う給与や手当が該当します。
参考)https://www.oro.com/zac/blog/labor-cost/
一方、人件費は企業が雇用する全従業員に支払う費用全体を指します。営業部門や管理部門、役員報酬なども含まれるため、労務費よりも広い概念です。つまり、労務費は人件費の一部であり、人件費は労務費・販売費・一般管理費の3つで構成されています。
参考)https://keiyaku-watch.jp/media/kisochishiki/about-roumuhi/
この違いを理解することは、正確な原価計算と適切な経営判断のために不可欠です。労務費は製造原価として損益計算書の売上原価に計上されますが、販売費や一般管理費は原価に含まれません。
参考)https://www.freee.co.jp/kb/kb-hanbai-kanri/labor_cost/
労務費は会計上「労働力の消費」として扱われ、材料を消費することと同じように製造原価に算入されます。これは労務費が他の人件費とは異なる会計管理を必要とする理由です。
参考)https://journal.bizocean.jp/corp01/a11/4461/
製造部門の従業員にかかる費用が労務費となり、工事原価報告書や製造原価報告書に記載されます。一方、事務職員や営業スタッフなど直接製造に携わらない従業員の給与は、販売費及び一般管理費として損益計算書に計上されます。
参考)https://biz.moneyforward.com/accounting/basic/45329/
建設業では、工事にかかわる労務者の賃金や福利厚生費は変動費として労務費に分類され、総務や経理部門のスタッフに支払う費用は固定費として一般管理費で処理します。この区別により、工事ごとの採算性を正確に測定できます。
参考)https://process.uchida-it.co.jp/itnavi/info/c20240913/
労務費には5つの主要な費用項目が含まれます。第一に賃金・割増賃金で、製造部門の従業員の給与や残業手当、休日出勤の割増分が該当します。時間外労働は25%以上、深夜労働は25%以上、休日労働は35%以上の割増率が法律で定められています。
第二に雑給があり、製造部門で働くアルバイトやパートタイマー、日雇い労働者といった期間の定めがある臨時雇用の労働者に支払われる給与です。第三に労働者賞与手当で、製造部門の従業員に支払われる賞与、通勤手当、住宅手当、家族手当、役職手当、危険手当などが含まれます。
第四に退職給付費用があり、製造部門の従業員が将来退職する際に支払う退職金や企業年金に備えて、毎期少しずつ費用として計上する引当金です。第五に法定福利費で、健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料、労災保険料のうち企業が負担する部分を指します。
労務費は直接労務費と間接労務費の2つに大別されます。直接労務費とは、製品やサービスの製造に直接関わったと特定できる労働コストです。システム開発を例にすると、エンジニアがシステム開発に直接関わっている時間に対して発生する費用が直接労務費に該当します。
間接労務費は、製品の製造やサービスの提供を支えるために要した労働コストで、特定の製品やサービスと直接結び付けられない全体共通のコストです。具体的には、経費申請など直接工が生産以外の作業を行なった時間分の賃金(間接作業賃金)、制作部門の管理職など直接生産に携わらず支援を行う従業員の賃金(間接工賃金)、設備故障で稼働できず待機している時間分の賃金(手待ち賃金)、会社都合で休ませた従業員に支払う賃金(休業賃金)などが含まれます。
間接労務費は配賦手続きにより、各製品やサービスの原価に振り分けられるため、明確なルールを設けて適切に処理する必要があります。
直接労務費の計算は、「賃率(労働者ひとり・1時間あたりの単価)×直接作業時間」という式で算出します。賃率は、基本給や各種手当を合計した月額の賃金を月の総労働時間で割って算出します。例えば、賃率が2,500円の作業員がある製品の製造に20時間従事した場合、製品にかかった直接労務費は「2,500円×20時間=50,000円」となります。
参考)https://www.kendweb.net/tip/449245/
間接労務費の計算は、「労務費総額−直接労務費」という式で算出可能です。まず直接労務費を計算し、それを労務費の総額から控除することで間接労務費が計算できます。また、間接労務費の項目をすべて足していく方法でも計算できます。
実務上の留意点として、給与の締めと原価の締めのずれを考慮する必要があります。原価の締めは月末ですが、給与の締めが20日締め25日払いの場合、21日から月末までの給与支給額を別に計算する必要があります。また、賞与のように支払が集中する費用については、賞与引当金を使って毎月均等にならし、月ごとの原価の突出を防ぐ方法が有効です。
参考)https://www.mcframe.com/column/genka_introduction/genka_introduction05.html
国土交通省「労務費の基準の作成について」
労務単価や歩掛を用いた労務費の計算式について詳しく解説されています。労務費計算の公的な基準を確認する際の参考資料です。
建設業では、労務費率という特殊な指標が労災保険料の算定に使用されます。労務費率とは、請負金額に対する賃金総額の割合のことで、厚生労働省によって事業の種類ごとに定められています。
一般的な業種では「賃金総額×労災保険料率」で保険料が計算されますが、建設業では下請労働者が多く賃金総額の正確な算定が困難です。そのため、「請負金額×労務費率×労災保険料率」という計算式を使って労災保険料を算出します。
具体的な労務費率は、水力発電施設・ずい道等新設事業が19%、道路新設事業が19%、舗装工事業が17%、鉄道または軌道新設事業が24%、建築事業が23%、既設建築物設備工事業が23%、機械装置の組立てまたは据付けの事業(組立てまたは取付けに関するもの)が38%、機械装置の組立てまたは据付けの事業(その他のもの)が21%、その他の建設事業が24%となっています。
ただし、厚生労働省の定期調査によって労務比率の見直しが行われるため、担当者は常に最新の数値を把握しておく必要があります。元請負事業者は下請企業の労働者分も含めて労災保険料を申告・納付する義務があるため、下請の外注費に含まれる労務費相当額を労務費率を用いて正確に把握することが重要です。
国土交通省「令和7年3月から適用する公共工事設計労務単価について」
最新の公共工事設計労務単価と必要経費の取り扱いについて詳細な情報が掲載されています。建設業の労務費計算における公的基準の確認に役立ちます。
労務費と混同されやすい費用として、外注費と派遣費があります。外注費は業務の一部を外部に委託する費用で、業務委託契約に基づいて支払われます。派遣費は人材派遣会社に人材派遣を依頼する際に支払う費用で、労働者派遣契約に基づきます。
参考)https://andpad.jp/columns/0206
これらと労務費の大きな違いは契約形態です。労務費は雇用契約に基づいて自社の従業員に支払う費用であり、消費税はかかりません。一方、外注費と派遣費は他社に属する人の働きに対する支払いであり、課税対象となります。
また、所得税や社会保険料は労務費にのみ関係します。建設業で一部の作業を外部に委託した場合、その費用は外注費として計上され労務費には含まれません。会計上で違いを判断する際は、契約形態をチェックすることがポイントです。
建設業の場合
建設業における労務費管理は、工事案件ごとの正確な原価把握と労災保険料との密接な連動がポイントです。工事ごとに材料費や外注費と並行して労務費の実行予算を作成するのが一般的で、作業員の日報や出面管理によって日々の実績を把握し、予算と実績を比較分析します。
労働災害のリスクが高い業種であるため、労災保険料の算定基礎となる賃金総額の把握も重要です。元請負事業者は下請企業の労働者分も含めて労災保険料を申告・納付する義務があるため、下請の外注費に含まれる労務費相当額を労務費率を用いて正確に把握することが必要です。
製造業の場合
製造業における労務費管理は、製品1つ当たりの原価の正確な計算と生産効率の改善が特徴です。多くの製造業では、あらかじめ目標となる「標準原価」を設定し、実際にかかった「実際原価」との差異を分析する標準原価計算で労務費を管理します。
近年は工場の自動化が進んでおり、直接作業を行う人員が減って直接労務費の比率が下がっています。一方、機械の維持管理などに関わる間接費の割合が増加するため、間接費の適切な配賦が重要になっています。
IT・サービス業の場合
IT・サービス業における労務費管理は、プロジェクト単位の採算性管理と労働者個人の正確な工数管理がポイントです。IT・サービス業では労働者個人の労働がサービスになるため、労務費が原価の大部分を占めます。
どのプロジェクトに誰がどれだけの時間を費やしたかを正確に把握できなければ、経営に支障が出ます。プロジェクトコードや作業内容ごとに、誰がどの業務に何時間かけたかを日々記録する工数管理が必須です。
労務費削減の第一の方法は人員配置の見直しです。スキルマップなどで労働者の能力を可視化し、活躍できる部署や役割へ配置転換することで、労働者本人のモチベーション向上と生産性アップが期待できます。また、ひとりが複数の業務をこなせる職場環境を作れば、特定の労働者が不在でも業務が滞らず、柔軟な人員運用が可能です。
第二に業務プロセスの見直しが効果的です。部署ごとに行なっている業務をリストアップし、目的や手順、所要時間を可視化する作業から始めます。業務の終了や手順の改善、単純化ができるか確かめながら、不要な業務はやめて必要な業務だけに集中できる形にすることがポイントです。
第三にRPAやAIといったITツールによる業務の自動化が有効です。定型業務をITツールに任せることで、作業時間を大幅に短縮し、業務品質を安定させられます。時間がかかる単純作業やミスが起こりやすい作業を洗い出し、費用対効果の高い業務から少しずつ自動化に移行することが重要です。
参考)https://www.techs-s.com/media/show/31
第四に専門性の高い業務の業務委託を検討する方法があります。外部へ業務を委託すれば、自社で専門人材を雇用・育成するコストや、担当者の急な退職によって業務が滞るリスクを回避できます。自社の業務をコア業務とノンコア業務に切り分け、ノンコア業務は外部の専門家の力を借りる経営判断が重要です。
第五に残業時間の削減が割増賃金の抑制に加えて、健康維持や生産性の向上にもつながります。勤怠管理システムで労働時間を把握し、ノー残業デーの設定や一定以上の残業を事前申請・承認制にすることが有効です。また、残業発生の原因を根本的に突き止め、業務プロセスの改善などで対策していくことも効果的です。
労務費を適切に管理するには、法改正の最新情報を常に把握することと労務管理ツールの活用が重要です。労務関連の法律は頻繁な改正や制度変更があるため、法律が遵守できていないと賃金未払いが起きたり罰則を受けたりする可能性があります。
勤怠管理システムや工数管理システムといった労務管理ツールを導入・活用することで、労働時間や作業内容を正確に把握できるようになります。手作業での労働時間集計やエクセルを使った管理では、入力ミスや集計漏れなどが発生する場合がありますが、ツールを活用すれば自動で労働時間を計算してくれたり、データをリアルタイムで収集できたりするため、ミスやトラブルの可能性が少なくなります。
ERPなどのシステムを活用すれば、製品やプロジェクトごとの労務費を算出でき、より正確な原価計算を行えます。プロジェクト別・工程別の労務費を集計し、配賦基準に応じて間接労務費をプロジェクトへ自動配賦することも可能です。正確な労務費計算を行うためには、従業員が生産にかけている時間とそれ以外の時間を正しく把握し、計算に必要なすべての情報を収集する必要があります。
公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
労務費の転嫁に関する取組事例や算定方法の提案について解説されています。労務費の価格交渉における実務的なガイドラインとして活用できます。