

収益還元法は「不動産が将来生み出す収益に着目して価格を求める」考え方で、鑑定評価の代表的な枠組みに位置づけられます。根拠として、国土交通省の資料では収益還元法が「不動産から生ずる収益を一定率で割り戻して現在価値を求める方法」と整理され、直接還元法とDCF法から構成されると明示されています。
このうち建築実務の現場で最も使われやすいのが直接還元法です。基本式は、国土交通省資料のとおり「収益価格=一期間の純収益/還元利回り」で、1年分の安定した純収益を前提にシンプルに価格を概算します。
ここでのキーワードは「純収益」と「還元利回り」です。純収益は一般に、賃料等の総収益から運営に必要な総費用を差し引いたものとして扱い、直接還元法は“その1期間が将来も続く”という見立てを暗黙に含みます。還元利回りは、国土交通省資料では「類似資産や国債等の利回り、類似不動産の市場動向、投資家の意識等をもとに総合的に判断」とされ、単に表面利回りを機械的に入れるものではありません。
建築従事者の視点で重要なのは、直接還元法の計算式自体よりも「その1年が“何年目の姿”なのか」を明確にすることです。例えば、竣工直後でリーシングが未完了の年、または大規模修繕直前で費用が一時的に薄い年を“代表年”にしてしまうと、計算式は正しくても評価が実態から逸脱しやすくなります。したがって、設計・改修・設備更新の計画がある物件ほど、直接還元法は「当てはめの注意」が必要になります。
参考(直接還元法・DCF法の基本式、割り戻す率の考え方がまとまっています)
国土交通省:収益還元法(直接還元法・DCF法の基本式)
収益還元法(特に直接還元法)を実務で回すとき、計算式の「純収益」をどう作るかが勝負になります。三井不動産リアルティの解説でも、直接還元法は(総収益-総費用)÷還元利回りと表現され、純収益が“総収益と総費用の差”として扱われることが確認できます。
総収益は、単純な満室想定賃料だけでなく、共益費・駐車場・看板・自販機等の付帯収入の扱いでブレます。逆に総費用も、管理委託費・清掃・点検・保険・固定資産税等の恒常費だけでなく、修繕の見込み方で数百万円〜数千万円単位で差が出ます。建築の現場では「修繕は工事費」になりがちですが、収益還元法では“将来の収益を得るための運営費”として、NOI(純収益)にどう織り込むかを決めなければいけません。
意外に見落とされやすいのが「費用のタイミング」です。例えば給排水更新や屋上防水のように周期が長い工事は、単年度の総費用には出てきません。直接還元法は“1年の純収益を永続還元する”性格があるため、周期工事をまったく見ない1年を代表年に置くと、将来必要になる支出を取りこぼした価格になりやすいです。そこで、修繕の平準化(毎年の修繕費として見込む)や、後述のDCF法で時点を置いて反映させるなど、設計・改修計画と評価モデルの整合を取る必要があります。
また建築従事者が関与する局面では、用途変更・増床・設備グレードアップなどで収益(賃料水準や稼働率)が変わることが多く、これも“純収益の代表性”を揺らします。こうした場合、直接還元法は便利ですが、説明責任が重い案件ではDCF法の方が筋が通ることがあります。三井不動産リアルティの解説でも、DCF法は毎期の予測純収益や復帰価格を明示するため説明性に優れる一方、数値設定で結果が大きく変動すると注意喚起しています。
参考(直接還元法の式、DCF法の説明性と注意点が整理されています)
三井のリハウス:収益還元法(直接還元法・DCF法)
DCF法は、国土交通省資料で「保有期間中に得られる純収益」と「期間満了後の売却によって得られると予測される価格」を、割引率で現在価値に割り引いて足し上げる方法として定義されています。式としては、毎期の純収益を \((1+割引率)^k\) で割り戻し、期末の売却予測価格も同様に割り引いて合計する構造です。
建築従事者にとってDCF法が効くのは、「工事があるから収益が揺れる」物件を正面から扱える点です。たとえば、2年目に外壁改修で一時的に稼働率が落ちる、3年目に空調更新で賃料が上がる、5年目にテナント入替でフリーレントが発生する、といった“年ごとのイベント”をキャッシュフローに置けます。直接還元法だと、こうした凹凸を平均化して1年に潰すしかなく、説明が苦しくなる場面が出ます。
一方でDCF法は、入力の自由度が高い分だけ恣意性も生まれます。三井不動産リアルティの解説は、DCF法が説明性に優れる反面、計算に用いる各数値の設定次第で結果が大きく変動するため注意が必要としています。つまり「割引率」「復帰価格(期末価格)」「保有期間」「賃料成長率」「空室率」「費用の将来変化」をどう置いたかが、評価の根拠そのものになります。
ここで、あまり表に出にくい実務ポイントがあります。復帰価格は“期末に売れる価格”ですが、期末のNOIと最終還元利回り(ターミナルキャップ)で作ることが多く、実質的に「期末の直接還元法」を内蔵します。すると、DCF法を採っていても、最後は“還元利回りの置き方”が結果を支配することがあり、設計・修繕で改善したNOIをどのタイミングで復帰価格に反映するかが重要になります。建築計画と評価モデルが噛み合っていないと、改善工事をしているのに復帰価格側に反映されず「投資が評価に乗らない」という事態が起こり得ます。
直接還元法の計算例は、仕組みを腹落ちさせるのに有効です。国土交通省資料の基本式「収益価格=一期間の純収益/還元利回り」に沿って、例えば年間の純収益が400万円、還元利回りが5%(0.05)なら、収益価格は400万円÷0.05=8,000万円という形で直感的に計算できます。
ただし、現場での“計算例”はここで止めない方が安全です。建築従事者の仕事は、単年度の数字だけでなく「その数字が成立する物理条件」を扱うからです。例えば、同じ年間純収益400万円でも、①設備の故障リスクが高く翌年に更新費が集中する、②遵法性の是正工事が控えている、③断熱改修で賃料上昇余地がある、など背景が違えば、還元利回り(投資家の要求利回り)も、将来の純収益見通しも変わります。結果として“割る数字”が変わり、価格は大きく変動します。国土交通省資料が、割り戻す率を国債等の利回り、市場動向、投資家の意識等から総合判断するとしているのは、この背景の違いを織り込むためです。
シミュレーションとしては、最低でも次の3パターンを並べると、上司・施主・金融機関との会話がスムーズになります。
この3つを作ると、「計算式が合っているか」ではなく「前提が現実的か」に議論を移せます。DCF法の基本構造(毎期純収益と売却予測価格を割引率で割り引いて合計)は国土交通省資料で整理されているので、社内説明のよりどころにもなります。
さらに意外と効くのが「“工事が賃料に効くまでの遅れ”を入れる」ことです。例えば共用部改修や外構更新は、完成した瞬間に満室になるわけではなく、リーシング期間の遅れが出ます。DCF法なら、改修完了から賃料上昇が実現するまでのタイムラグを1〜2期遅らせて置けるため、工事効果を過大評価しにくくなります。
検索上位の解説は「式の紹介」と「直接還元法 vs DCF法」でまとまりがちですが、建築従事者にとって重要なのは“設備・修繕をどう数字に翻訳するか”です。国土交通省資料の直接還元法は「一期間の純収益」を使う前提ですが、その純収益に、修繕・更新の考え方を入れないと、建物の物理的な劣化が価格に反映されにくくなります。
現場で起こりがちなズレを、あえて言語化しておきます。
これらは計算式の誤りではなく、前提の誤りです。だからこそ、建築側が「いつ・何を・いくらで直す(入れる)」を工程表ベースで示し、評価側が直接還元法・DCF法のどちらで表現するかを決めるのが、実務として強い進め方になります。
もう一段踏み込むなら、「還元利回りの説明」を建築情報で補強するのが有効です。国土交通省資料がいう“投資家の意識”は、結局のところリスクの見立てであり、設備の故障率・更新履歴・劣化診断・修繕計画の精度がリスクを押し下げます。つまり、同じ立地・同じ賃料でも、修繕計画が具体で、更新履歴が整っていて、劣化リスクが見える建物ほど、投資家の要求利回り(還元利回り)が下がりやすく、結果として収益還元価格が上がる可能性があります。これは“工事で賃料を上げる”だけでなく、“工事で利回りを下げる”という別ルートの価値向上です。
最後に、上司チェックで突っ込まれやすい観点を先回りしておきます。「直接還元法は簡便」「DCF法は精緻」といった一般論だけだと、案件の意思決定に足りません。建築従事者の提案としては、①工事の有無と時期、②稼働・賃料への効き方、③費用の発生のさせ方、④それを“直接還元法で平均化するのか、DCF法で年別に置くのか”までをセットで書くと、計算式が“使える道具”になります。国土交通省資料の基本式と、三井不動産リアルティの「DCF法は説明性に優れるが設定で変動する」という注意点を押さえた上で、建築側の情報を評価に接続するのが実務的な落としどころです。