水素化物発生法の原理と建設現場での分析活用法

水素化物発生法の原理と建設現場での分析活用法

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水素化物発生法の原理と建設現場での分析活用を徹底解説

建設現場で掘り起こした土壌に、基準値の15倍のヒ素が検出されて工事が全停止した事例があります。


この記事の3つのポイント
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水素化物発生法とは?

ヒ素・セレンなどを水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)で揮発性ガスに変え、ppbレベルの超微量まで高感度に検出できる分析法。

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なぜ感度が高いのか?

目的元素をガス化して液体マトリックスから完全に分離し、石英セル内に閉じ込めて光路に長時間滞留させることで、通常の100〜1000倍の感度を実現。

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建設現場との接点

土壌汚染対策法で指定されたヒ素の公定分析法(JIS K0102)として採用されており、建設発生土の処理可否判定に直結する分析法。


水素化物発生法の原理:NaBH4による還元反応の仕組み

水素化物発生法とは、試料溶液中に含まれるヒ素(As)、セレン(Se)、アンチモン(Sb)などの特定元素を、水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)と塩酸を使って化学還元し、常温・常圧で揮発性のガス状水素化物に変換する分析手法です。この「ガス化」という操作が、分析の感度を劇的に高める核心的な仕組みです。


反応式で示すと次のようになります。


$$\text{As}^{3+} + \text{NaBH}_4 + 3\text{H}^+ \rightarrow \text{AsH}_3 \uparrow + \text{(副生成物)}$$


ヒ素であれば三水素化ヒ素(AsH₃:アルシンガス)、セレンであれば二水素化セレン(SeH₂)というガスがそれぞれ生成されます。これらのガスは常温で液体と明確に区別できるため、気液分離装置で溶液成分から物理的に切り離すことができます。分離されたガスはアルゴン(Ar)などのキャリアガスで運ばれ、加熱した石英セルの中に導入されます。


石英セルの中では800〜1000℃ほどの熱によって水素化物ガスが熱分解し、金属原子が遊離した「原子蒸気」の状態になります。つまり原子化です。この原子蒸気にホロカソードランプからの特定波長の光を照射すると、目的元素の原子が光を吸収します。吸収した光量(吸光度)から元素の濃度を定量するのが、水素化物発生原子吸光法(HG-AAS)の一連の流れです。


これが基本原理です。手順を整理すると、①試料溶液の調製→②NaBH4と塩酸の添加による水素化物生成→③気液分離→④加熱石英セルへのガス導入と原子化→⑤吸光度測定→⑥濃度換算、という流れになります。



水素化物発生法の測定原理について、日立ハイテクのSI NEWSでは装置構成や測定フローを図解つきで解説しています。


HFS-4水素化物発生装置と紫外線照射装置の紹介:日立ハイテク SI NEWS


水素化物発生法が超高感度を実現する3つの理由

通常のフレーム原子吸光法(Flame-AAS)と比べて、水素化物発生法はなぜ100〜1000倍もの高感度を達成できるのでしょうか?理由は大きく3点あります。


第1の理由は、マトリックス干渉の完全排除です。フレーム法では試料溶液をそのまま霧状にして炎に吹き込むため、溶液中の塩類や有機物(マトリックス成分)が測定シグナルに干渉します。一方、水素化物発生法では目的元素だけをガス化して液体部分から物理的に切り離します。つまり干渉源ごと取り除けるということです。バックグラウンドノイズが劇的に下がるため、微量な目的元素でも明確に検出できます。


第2の理由は、原子の石英セル内への高濃度閉じ込めです。フレーム法では原子蒸気が炎の外へ拡散してしまい、光が当たる時間がごく短い。しかし加熱石英セルは閉鎖に近い空間なので、生成した原子蒸気が光路内に長時間滞留します。イメージとしては、煙が広い体育館に広がる場合と、狭い電話ボックスに閉じ込めた場合の違いです。後者の方が当然濃度が高くなり、光の吸収量も増大します。これが高感度の理由です。


第3の理由は、目的元素をほぼ100%回収できる点です。フレーム法では噴霧効率が通常10%以下であり、試料の大部分が分析に使われずに廃棄されます。水素化物発生法では化学反応によって溶液中の目的元素をほぼ全量ガス化するため、ロスがほとんどありません。


この3要素が重なることで、水素化物発生法はppb(10億分の1)どころか、条件次第でppt(1兆分の1)レベルの超微量検出も可能になります。1ppbは1Lの水の中に1マイクログラム(1/1,000,000グラム)が溶けている濃度です。針の先ほどの量でも正確に検出できる、そういうレベルの感度です。



なぜ高感度なのかの3つの機序については、東レリサーチセンターの技術情報ページが原子化方式の比較とともに整理されています。


水素化物発生法の適用元素と化学形態による発生効率の違い

水素化物発生法には、感度の高さという大きな強みがある一方で、適用できる元素が限定されるという特性があります。NaBH4による還元で揮発性の水素化物を生成する元素は、主にヒ素(As)、セレン(Se)、アンチモン(Sb)、ゲルマニウム(Ge)、ビスマス(Bi)、スズ(Sn)、テルル(Te)の8元素程度です。これ以外の元素には適用できません。鉛(Pb)や銅(Cu)、亜鉛(Zn)などは、この方法では測定できないということです。


さらに重要な点が、同じ元素でも化学形態(価数)によって水素化物の発生効率が大きく異なることです。たとえばヒ素では、3価のヒ素(As³⁺)は効率よくAsH₃を生成しますが、5価のヒ素(As⁵⁺)はAsH₃の発生が著しく低くなります。そのため、ヒ素を正確に分析するには事前にヨウ化カリウム(KI)を添加して5価を3価に還元しておく「予備還元」処理が必須です。この工程を省略すると測定値が大幅に低く出てしまい、実際の汚染を見落とす危険があります。


セレンについても同様で、4価と6価では発生効率が異なります。これは建設現場の土壌分析に直結する話です。


もう一つ見落とされがちなポイントがあります。有機ヒ素化合物の存在です。食品(海藻、魚介類など)由来の有機ヒ素化合物のほとんどは、水素化物を生成しません。たとえばタラに多く含まれる「アルセノベタイン」という有機ヒ素は、通常の水素化物発生法ではまったく検出されません。これは意外ですね。


この問題を解決する技術として注目されているのが、紫外線(UV)照射による事前分解です。185nmと254nmの紫外線を試料溶液に照射すると、有機ヒ素化合物の化学結合が切断され、無機ヒ素に変換されます。従来の酸を使った加熱分解(400℃以上が必要)と比べ、常温・常圧での処理が可能になるため、前処理の手間と時間を大幅に削減できます。



有機ヒ素化合物への紫外線照射前処理に関する詳細は、日立ハイテクの技術資料で実際の分析事例とともに確認できます。


紫外線照射装置による有機ヒ素の無機化と測定事例:日立ハイテク SI NEWS


水素化物発生法の干渉と前処理:建設現場サンプルで注意すべき落とし穴

水素化物発生法の実際の運用では、干渉物質への対処が測定精度を左右します。これが建設現場の土壌分析で特に問題になるポイントです。


最も代表的な干渉源は残存硝酸です。建設発生土や産業廃棄物の土壌サンプルを分解する際には、硝酸を用いた湿式分解(酸分解)が一般的です。ところが、溶液中に硝酸が残ったままでは、NaBH4との還元反応が阻害され、水素化物の発生量が大幅に低下します。


この問題を防ぐためには、硝酸分解後に「白煙処理」を行い、硝酸を確実に揮発・除去してから塩酸で溶液を再調製する必要があります。この前処理を適切に行わなかった場合、真値の何分の一かしか測定されないケースも生じます。


次に問題となるのが、銅(Cu)やニッケル(Ni)などの遷移金属の共存です。これらの金属イオンが溶液中に高濃度で存在すると、生成したヒ素の水素化物(AsH₃)が分解されてしまい、測定値が低下します。鉄鋼や非鉄金属を扱う工場跡地の建設現場では、こうした干渉が起きやすい条件が整っています。


こうした干渉の影響を確認するためにJIS分析では「添加回収試験」の実施が推奨されています。これは既知量の標準物質を試料に添加し、分析後に添加量に対してどれだけ回収できたか(回収率)を確認する作業です。回収率が80〜120%であれば測定は妥当と判断されます。


実際の土壌分析業務でこれらの確認作業を省略すると、汚染の過小評価につながるリスクがあります。分析結果を判断材料にする建設業従事者としては、受け取った報告書に添加回収試験の結果が記載されているか確認する習慣が重要です。





























干渉要因 影響 対処法
残存硝酸(HNO₃) 還元反応を阻害し感度低下 白煙処理で硝酸を除去後、塩酸で再溶解
銅・ニッケルイオン AsH₃ガスを分解し測定値低下 添加回収試験で干渉の有無を確認
有機物(有機ヒ素) 水素化物が生成されず不検出 UV照射または酸加熱による有機物分解
5価ヒ素(As⁵⁺) 3価より発生効率が著しく低下 ヨウ化カリウム(KI)による予備還元


建設現場と水素化物発生法:土壌汚染対策法での位置づけと実務的な関わり

建設業に従事していると、水素化物発生法という言葉を直接聞く機会は少ないかもしれません。しかし、この分析法は建設現場の土壌調査と深いところで結びついています。


土壌汚染対策法では、建設工事に伴う3,000m²以上の土地の形質変更は、事前の土壌汚染状況調査が義務付けられています。この調査でヒ素(砒素)を測定する場合の公定法として、JIS K0102第61条「水素化合物発生原子吸光法」または「水素化合物発生ICP発光分光分析法」が指定されています。土壌の溶出量基準はヒ素0.01mg/L以下と定められており、この値を超えると汚染土壌として扱われます。


つまり建設現場で発生する土壌・地下水のヒ素分析の多くは、水素化物発生法を使って行われているということです。これが条件です。


建設工事でヒ素汚染が発覚した場合、工事が停止するだけでなく、汚染土壌の指定区域に登録され、適切な処理(掘削除去・封じ込めなど)が義務付けられます。請負金額が500万円以上の汚染土壌処理工事には建設業許可も必要です。


特に注意が必要なのが自然由来のヒ素汚染です。人工的な産業活動とは関係なく、もともと地層に含まれる鉱物成分としてヒ素が存在するケースがあります。2011年の法改正により、自然由来の汚染も土壌汚染対策法の規制対象となりました。山岳トンネル工事、河川護岸工事、大規模造成工事など、地下深部を掘削するプロジェクトで特にリスクが高まります。


前処理や測定条件が不適切な分析報告を鵜呑みにすると、後工程で追加調査や対策費用が発生するリスクがあります。分析機関を選定する際は、JIS K0102に対応した認定分析機関(計量証明事業者)に依頼することが鉄則です。



建設工事における自然由来の重金属汚染への対応については、国土交通省が詳細なマニュアルを公開しています。現場担当者が確認しておくべき内容が網羅されています。


建設工事における自然由来重金属等含有岩石・土壌への対応マニュアル(2023年版):国土交通省