
スイッチング電源から発生するノイズには、コモンモードとノーマルモード(ディファレンシャルモード)という2つの伝搬経路があります。効果的なノイズフィルターを自作するには、この2つのモードに対応した回路設計が不可欠です。
参考)https://www.tdk.com/ja/tech-mag/power/007
基本的なノイズフィルター回路は、入力側にコモンモードチョークコイルを配置し、その後段にXコンデンサとYコンデンサを組み合わせたLC回路で構成されます。コモンモードチョークコイルは、同相で流れるノイズ電流に対してのみ高いインピーダンスを示し、正常な電源信号は通過させる特性を持っています。一方、Xコンデンサは電源ライン間のノイズを吸収し、Yコンデンサはコモンモードノイズをグラウンドにバイパスする役割を果たします。
参考)ノイズ対策の基礎 【第6回】 コモンモードチョークコイル
実際の回路設計では、ノイズの周波数帯域を測定した上で、LCフィルタのカットオフ周波数と次数を決定する必要があります。建築現場で使用される電動工具などの負荷特性に応じて、フィルタの減衰特性を調整することが重要です。フェライトビーズとコイルを組み合わせた簡易的な回路でも、適切に設計すれば45mVp-p程度までノイズを低減できることが実験で確認されています。
参考)スイッチングACアダプタのノイズフィルタ基板の製作 - 工作…
コモンモードチョークコイルは市販品を購入することもできますが、自作することで必要なインダクタンス値を自由に設定でき、コストも抑えられます。製作には、フェライトコアと巻線用のケーブルが必要です。
参考)魔界チョークの作り方(コモン) href="https://audio-monster.com/?p=854" target="_blank">https://audio-monster.com/?p=854amp;#8211; Monste…
フェライトコアの選定では、日立金属のファインメットコアFT-3K50T-F7555GSなど、最新世代の材料を使用すると優れたノイズ削減効果が得られます。コアの形状はトロイダル型が一般的で、断面積が大きく磁路長が短いほど高いインピーダンスを持つため、効果的なノイズ除去が可能です。
参考)フェライトコアの基礎|EMC村の民
巻線方法には、バイファイラ巻きとW1JR巻きの2種類があります。バイファイラ巻きは、2本の線を並行して巻く最も簡単な方法で、ベルデン19364などのツイスト線を使用すると作業が容易です。より高い性能を求める場合は、W1JR巻きを採用することで、バイファイラ巻きを超えるノイズ削減効果を実現できます。この巻き方では、ツイスト線を数回巻いた後、コアの反対側に線を渡してから再び同じ回数巻くという手順を繰り返します。
AC100V用途であれば、協和ハーモネットのUEW線(1.2mm~1.6mm径)を使用すると、柔軟性と電流容量のバランスが良好です。ただし、作業性を重視するなら、ベルデン19364の内部導体を使用する方法も音質特性と施工性の両面で優れています。
ノイズフィルターの性能は、使用する部品の特性に大きく依存します。特にコンデンサとインダクタの選定では、単に容量値やインダクタンス値だけでなく、高周波特性を考慮する必要があります。
参考)LCフィルタの種類とローパスフィルタにおける部品選定事例 -…
コンデンサには、静電容量(C)の他に等価直列抵抗(ESR)と等価直列インダクタンス(ESL)という寄生成分があります。高周波域ではESLの影響が顕著になり、コンデンサがインダクタとして振る舞うため、フィルタ効果が低下します。実際のシミュレーション結果では、C値が大きいコンデンサよりもESLが小さいコンデンサの方が、FM帯(80MHz)のような高周波域で優れた減衰特性を示すことが確認されています。そのため、部品選定ではインピーダンスの周波数特性グラフを参照し、対策したいノイズ周波数帯域で最小インピーダンスを示す製品を選ぶことが重要です。
参考)コンデンサを使用したノイズ対策とは
インダクタについても同様に、等価並列容量(Cp)が存在します。L値が大きいインダクタほどCpも大きくなる傾向があり、高周波域でのフィルタ性能が劣化します。建築現場で使用されるスイッチング電源のノイズは数十kHzから数MHzの帯域に分布することが多いため、この周波数範囲でインダクタとして機能する製品を選定する必要があります。
参考)スイッチング電源の入力フィルタ
フェライトビーズの選定では、材料の透磁率が重要な要素となります。マンガン系フェライトは高い透磁率を持つため低周波でも高いインピーダンスを示し、ニッケル系フェライトは高周波特性に優れています。除去したいノイズの周波数帯域に応じて、適切な材料を選択することが効果的な対策につながります。また、温度変化による透磁率の変動も考慮し、広い温度範囲で使用する場合は温度特性の安定したフェライトを選ぶことが推奨されます。
参考)https://product.tdk.com/system/files/dam/doc/content/emc-guidebook/ja/jemc_basic_06.pdf
ノイズフィルターの効果を最大限に引き出すには、基板レイアウトと部品配置が極めて重要です。特にスイッチング電源では、ホットループと呼ばれる高周波電流が流れる経路のESRとESLを最小化することが基本原則となります。
参考)https://www.analog.com/jp/resources/analog-dialogue/raqs/raq-issue-207.html
基板レイアウトでは、入力フィルタをできるだけ電源入力部の近くに配置し、配線長を極力短くすることが必須です。パターンのインダクタンス成分がノイズ源となり、異常発振を引き起こす可能性があるため、特にゲート抵抗はMOSFETの直近に配置する必要があります。また、コモンモードチョークコイルとYコンデンサの接続順序により、雑音端子電圧の測定結果が変化するため、一般的な回路の電流の流れを意識した配置が求められます。
参考)スイッチングノイズとは?スイッチング電源で発生するノイズと対…
グラウンドパターンの設計も重要で、信号グラウンドと電源グラウンドを分離し、一点で接続するスター接続が推奨されます。これにより、大電流が流れる電源グラウンドのノイズが信号系統に影響するのを防ぐことができます。さらに、発振回路のパターンと入力フィルタの入力側パターンは物理的に離して配置し、相互干渉を避けることが必要です。
参考)【スイッチング電源の設計手順】安定動作とノイズ対策の要点
実装時には、フェライトビーズをスイッチング素子のリード線に直接挿入する方法も効果的です。MOSFETや整流ダイオードなどのスイッチング素子が発生する高周波ノイズを、発生源で直接抑制できます。この際、除去したいノイズの周波数帯域に対応したフェライトビーズを選定することが成功の鍵となります。
参考)スイッチングノイズ対策の基本
自作したノイズフィルターの性能を確認するには、適切な測定方法と評価基準が必要です。一般的には、LISN(Line Impedance Stabilization Network)を使用した伝導ノイズ測定が標準的な手法となります。
参考)https://arxiv.org/ftp/arxiv/papers/2302/2302.11206.pdf
測定では、フィルタ挿入前後のノイズスペクトラムをオシロスコープやスペクトラムアナライザで比較します。特に建築現場で問題となる周波数帯域でのノイズレベルを確認し、目標値を満たしているかを評価します。実際の測定例では、フェライトビーズ通過後に約45mVp-pまでノイズが減少し、その後のコイルでは大きな追加効果が見られなかったという報告もあります。このような場合、コモンモードチョークコイルの巻数を増やす、または追加のフィルタ段を設けるなどの改善策を検討する必要があります。
トラブルシューティングでは、まずノイズのモードを特定することが重要です。コモンモードノイズとノーマルモードノイズでは対策方法が異なるため、カレントプローブなどを使用してノイズ電流の流れ方を観測します。コモンモードノイズが支配的な場合はコモンモードチョークコイルの強化を、ノーマルモードノイズが問題であればXコンデンサの容量増加やノーマルモードインダクタの追加を検討します。
参考)スイッチング電源のノイズ対策を考える|EMC村の民
フィルタを実装しても十分な効果が得られない場合、レイアウトの見直しも必要です。特に入力フィルタと電源回路の距離が近すぎると、電磁結合によりフィルタをバイパスしてノイズが伝搬することがあります。また、Yコンデンサの漏れ電流が規格値を超える場合は、容量を減らす代わりにコモンモードチョークコイルのインダクタンス値を増やすことで対応できます。EMC規格適合を目指す場合は、これらの調整を繰り返し行い、最適なフィルタ設計に到達する必要があります。
参考)コモンモードチョークコイルの選び方|EMC村の民
建築現場で実用する際の注意点として、振動や温度変化への耐性も考慮する必要があります。フェライトコアは機械的衝撃に弱いため、適切な固定方法と保護カバーを設けることが長期信頼性の確保につながります。また、使用環境の温度範囲を考慮し、温度特性の安定した部品を選定することで、季節による性能変動を最小限に抑えることができます。
建築現場では、複数の電動工具や溶接機などが同時に稼働するため、電源ラインに多様なノイズが重畳します。このような環境下では、個別機器へのノイズフィルター設置だけでなく、分電盤レベルでの対策も効果的です。
分電盤に設置する大容量ノイズフィルターを自作する場合、通電電流に応じた部品の定格選定が重要になります。一般的な建築現場では10A~30A程度の電流が流れるため、コモンモードチョークコイルの導線は十分な太さ(1.6mm以上)を確保し、発熱による性能劣化を防ぐ必要があります。また、高電流用途では、複数のフェライトコアを並列接続することで電流容量を確保しつつ、必要なインダクタンスを維持する方法も有効です。
参考)HW Lab/第2回 DCラインフィルターの製作|2025年…
現場での実装では、防塵・防滴性能も考慮した筐体設計が求められます。市販のプラスチックケースやアルミケースを利用し、端子台で配線接続することで、メンテナンス性と安全性を両立できます。接地も重要で、フィルタ筐体を確実にアース接続することで、コモンモードノイズの除去効果が向上します。
参考)フィルタ回路
意外な対策として、電源ケーブル自体にフェライトコアを複数個取り付ける簡易的な方法も有効です。特に問題となる特定の機器がある場合、その機器の電源ケーブルにクランプ式のフェライトコアを数個装着するだけで、ノイズレベルを大幅に低減できることがあります。この方法は回路改造が不要で、既存設備への追加対策として非常に実用的です。
参考)https://www.monotaro.com/k/store/%E9%9B%BB%E6%BA%90%20%E3%83%8E%E3%82%A4%E3%82%BA%E9%99%A4%E5%8E%BB/
さらに、建築現場特有の対策として、仮設電源の配線計画も重要です。ノイズ源となる大型機器と精密制御が必要な機器の電源系統を分離し、それぞれ異なる分岐回路から給電することで、相互干渉を最小限に抑えることができます。また、電源ケーブルと信号ケーブルを並走させないレイアウトを心がけることで、放射ノイズによる影響も軽減できます。
参考)スイッチングモード電源基板設計ガイドライン
建築現場で製作したノイズフィルターの実用例として、DCラインフィルターの製作事例があります。このような実績を参考に、現場の電源環境に合わせたカスタム設計を行うことで、市販品では対応できない特殊な要求にも応えることが可能です。コスト面でも、部品単位での購入により市販完成品の半額以下で同等以上の性能を実現できる場合が多く、複数台必要な現場では大きなメリットとなります。
TDK技術マガジン:スイッチング電源のノイズ対策の詳細解説と4つの対策手法
村田製作所技術記事:コモンモードチョークコイルの動作原理と実装方法
ROHM技術解説:スイッチング電源の入力フィルタ設計とノイズ対策の実践手順