
サージ電流と突入電流は、どちらも通常の定常状態を超える大電流ですが、発生原因と性質が根本的に異なります。サージ電流は電気回路に対して瞬間的に発生する規格外の大電流で、主に落雷などの外部要因やスイッチング操作による内部要因で発生します。一方、突入電流は電気機器に電源を投入した際に一時的に流れる大電流で、機器内部のコンデンサや変圧器などの特性により必然的に発生する現象です。
参考)突入電流 - Wikipedia
両者の最も重要な違いは、発生の予測可能性にあります。突入電流は電源投入時に必ず発生する現象であり、機器の設計段階で対策が可能です。これに対してサージ電流は、雷などの外的要因によって予測不可能なタイミングで発生し、時には桁違いの規模になることがあります。
参考)サージ電流 - Wikipedia
電流の規模についても明確な差があります。雷サージによるサージ電流は数十kAから数百kA、場合によっては30万アンペアにも達することがあります。一方、突入電流は定格電流の数倍から数十倍程度で、変圧器の励磁突入電流でも定格電流の20倍前後が一般的です。持続時間についても、サージ電流は数マイクロ秒から数ミリ秒、突入電流は数ミリ秒から数サイクル程度と異なります。
参考)突入電流って何?
サージ電流は主に電圧の急激な変化に伴って発生し、その原因によっていくつかの種類に分類されます。最も破壊力が大きいのが雷サージで、直撃雷サージ、誘導雷サージ、逆流雷の3種類があります。直撃雷サージは建物や電柱に直接落雷した際に発生し、雷の持つエネルギーの多くが導体に伝搬して建物内の電子機器に致命的なダメージを与えます。
参考)サージ電流
誘導雷サージは、落雷によって発生した電磁界の急変による影響で金属線路に誘導される異常電圧および異常電流です。直撃雷が近傍で発生した際、短時間に大きく変動する電磁界が形成され、回路に雷電流が直接侵入しなくても、その磁束変化により大きなサージ電圧が誘導されます。誘導雷は直撃雷ほどではありませんが、建築現場の電気設備に深刻な被害を与える可能性があります。
参考)雷サージとは?発生の仕組み・電圧や被害、対策を詳しく解説
開閉サージも建築現場で重要な問題です。リレーやスイッチの断続によって電流が急変する際、特に回路が切れるときに回路のもつインダクタンスにより接点に一過性の高電圧が誘導されます。開閉サージの電圧は非常に高く、場合によってはスパークが生じたり、大きな減衰振動電流によって熱や電磁波を放出したりします。送電線のインダクタンスや変圧器による誘導電流、送電線のキャパシタンスによる電荷の放電などに起因し、遮断器や断路器等の開閉操作によって系統のある地点に発生する過電圧として現れます。
参考)https://www.tdk.com/ja/tech-mag/core-technologies/14
突入電流は電源投入時に機器内部で発生する物理現象で、主にコンデンサや変圧器などの素子の特性に起因します。コンデンサを含む回路では、電源投入直後にコンデンサを充電する必要があるため、その充電電流として大電流が流れます。コンデンサに流れ込む電流は、その時点でのコンデンサ電圧と電源電圧の差によって決まり、通常電源が切られているときコンデンサは放電されているため、電源投入時には電圧差が最大となり大電流が流れます。
参考)突入電流とは??発生のメカニズム – アナログ回路設計サラリ…
理論的には、RC回路の過渡応答により突入電流は i(t)=RE×e−CR1t という式で表されます。この式から、時間tが0の時に回路に流れる電流が最大となり、その値は RE になることがわかります。実際の電子機器では配線抵抗や基板パターンの抵抗は数mΩ~数十mΩと非常に小さいため、理論上は非常に大きな突入電流が流れる可能性があります。
参考)突入電流って、そもそもナニ? - 計測技術研究所
変圧器の励磁突入電流も建築現場では重要な問題です。変圧器を電源に接続する際、遮断器投入時の電圧位相によって著しく大きな励磁電流が流入する場合があります。励磁突入電流は定格電流の数倍から数十倍に達する場合があり、変圧器の保護リレーやヒューズの誤動作の原因になります。電源の電圧波形が0位置で投入された場合に最大値に達し、鉄心の磁束が飽和して変圧器の励磁インピーダンスの値が激減することで大きな励磁電流となります。
参考)励磁突入電流とはどのような現象ですか?
交流回路では電源ONのタイミングによって突入電流値が大きく異なります。電圧波形がサイン波となる交流電源では、位相角90度もしくは270度(電圧のピークとなるところ)で電源ONされた時が最も突入電流が大きくなり、AC100Vの回路であれば最大値は141.2Vとなるため、抵抗成分を1Ωとした場合の突入電流のピーク値は141.2Aとなります。
サージ電流は電気設備や電子機器に深刻なダメージを与える可能性があります。特に落雷による雷サージは1億ボルト級の電圧になり、周囲に甚大な影響を与えます。サージ電流はPCB基板やそれに実装されているメモリなど各種チップにダメージを与え、ショートなど物理障害を発生させる原因となります。電子機器の実装部品の耐圧を超える信号が入ると、機器が故障や破損する原因となり、特にemmcやNANDフラッシュなど基板上に記録装置が実装されている場合はダメージが深刻です。
参考)「雷サージ」とは?電子機器の保護に役立つ発生の仕組みと対策方…
建築現場における電気設備では、サージによってリレーの接点が破損したり、機器の誤動作や完全な故障が発生したりします。直撃雷で発生する電流や電圧は雷サージ保護素子で保護するには桁違いに大きく、事実上保護が不可能な場合もあります。誘導雷サージでも金属線路に接続している機器に被害を与え、配電線や通信線を通して屋内に侵入してくる雷サージは電子機器に最も大きな被害をもたらします。
参考)サージとは何ですか?
開閉サージも電気設備に悪影響を及ぼします。リレーやスイッチの断続によって発生する開閉サージは、接点に一過性の高電圧を誘導し、スパークや電磁波の放出を引き起こします。これにより接点の劣化や周辺機器へのノイズ伝搬が発生し、システム全体の信頼性が低下する可能性があります。
参考)サージの種類と対策部品 - パナソニック
突入電流は適切に対策されていない場合、様々な設備トラブルを引き起こします。突入電流の大きさが使用部品の許容値を超えている場合、そのピーク電流値と定常電流値の差、およびパルス幅(ピーク電流値が定常電流値まで収束するまでの時間)によっては、回路に使用している部品が過剰に発熱し、電気機器の誤作動や故障の原因となります。
参考)突入電流とは?基礎知識や発生時のリスク、対策方法を解説
配電用変圧器では、最大励磁突入電流が定格電流の20倍前後に達することがあり、電源投入後10サイクル程度でほぼ定常状態に戻りますが、その間に保護リレーが誤動作する可能性があります。特にリアクタンス値が大きい(容量が大きい)ほど減衰時間が長くなり、また一般に低圧コイルから励磁する場合の方が高圧コイルから励磁するよりも励磁突入電流が多くなるという特性があります。
参考)よくあるご質問(FAQ)|(株)日立産機システム
スイッチング電源を複数台用いる場合には入力サージ電流(突入電流)が加算されるため、各電源のヒューズ定格の総和かそれ以上のものを使用する必要があります。特に突入電流で前段のブレーカーが落ちるトラブルが発生することがあり、建築現場では電源系統全体の設計において突入電流の影響を考慮する必要があります。
参考)スイッチング電源の入力サージ電流
進相コンデンサや交流フィルタが影響を受ける場合の実運用面の対策として、励磁突入電流が減衰してからこれらを投入する方法が暫定対策として行われることもあります。しかし根本的には、設計段階での適切な突入電流抑制対策が重要です。
参考)変圧器励磁突入電流(インラッシュ電流)によるトラブルとその対…
建築現場でのサージ電流対策として最も効果的なのは、SPD(サージ防護デバイス)の設置です。SPDは雷サージなどの過渡的な過電圧を制限しサージ電流を分流させる目的で、MOV(金属酸化物バリスタ)、GDT(ガス入り放電管)、ABD(アバランシブレークダウンダイオード)、TSS(サージ防護サイリスタ)などの非線形素子を内蔵しています。通常の使用電圧では高抵抗状態を保ち、雷サージなどの過電圧に対しては瞬時に低抵抗となってサージ電流を接地側に流すと共に電圧を抑制します。
参考)SPD(避雷器)とは href="https://www.otowadenki.co.jp/basic2/" target="_blank">https://www.otowadenki.co.jp/basic2/amp;#8211; 雷対策製品の知識
SPDは動作開始電圧を越えたサージ部分を大地に流し、このとき電流の大きさに応じて残留電圧(雷サージを処理したときの電圧、制限電圧)が発生します。雷サージを処理した後、すぐに高抵抗に戻るため、電源電圧による電流(続流)が流れない特性があります。建築現場では、受変電設備の一次側と二次側、分電盤、重要機器の近くなど、多段階でのSPD設置が推奨されます。
参考)電気設備の耐雷対策 href="https://www.otowadenki.co.jp/equipment2/" target="_blank">https://www.otowadenki.co.jp/equipment2/amp;#8211; 低圧設備の耐雷対策
耐雷トランスの設置も効果的な対策です。低圧設備の耐雷対策として、SPDと組み合わせて耐雷トランスを使用することで、雷サージの侵入経路を遮断し、建物内の電気設備をより確実に保護できます。特に誘導雷サージに対しては、電磁誘導現象を抑制する構造のトランスが有効です。
参考)https://nipron.co.jp/pdf/cyclopedia/chapter3/3-3.pdf
接地システムの適切な設計も重要です。雷サージ電流を安全に大地に逃がすためには、低抵抗の接地極が必要です。建築現場では、避雷針や避雷導線と連携した総合的な雷保護システムの構築が求められます。また、電気配線の配置においても、誘導雷の影響を最小限にするため、電源線と信号線の分離、シールドケーブルの使用などの対策が有効です。
参考)ノイズは、どうして発生するのですか?
突入電流を抑制する方法として、最も一般的なのはNTCサーミスタや固定抵抗を使用する方法です。NTCサーミスタは通電により自己発熱して抵抗値が下がる特性を利用し、電源投入直後は抵抗成分を挟んで電流を制限し、時間が経過してコンデンサの充電が落ち着いたら抵抗値が下がって通常運転に移行します。この方法は簡便で低コストですが、固定抵抗の場合は常に電力損失を発生させて効率を低下させる欠点があります。
参考)https://product.tdk.com/ja/techlibrary/applicationnote/howto_ntc-limiter.html
ある程度容量の大きい装置では、リレーで抵抗を短絡する回路がよく使われます。電源投入数十ミリ秒後にリレー接点をオンして抵抗を外し、その後はロス無く運転する方式で、高容量リレーを使用することで蓄電システム(ESS)やV2Hなどの高電圧化が進む機器においても安全性を確保できます。この方式は電力損失が少なく効率的ですが、リレーの機械的な動作が必要なため、頻繁な開閉には向きません。
参考)突入電流とは何か?再エネ時代に潜むその課題とは?
より高度な方法として、パワーエレクトロニクスで充電電流をアクティブに制御するソフトスタート方式があります。AC/DCコンバータ部に定電流制御を導入することで、突入電流を精密に制御できます。最近のLED照明用電源などはこうした工夫で突入電流を小さく抑える製品も登場しており、パワーコンディショナや風力発電用コンバータなど系統に接続する電力機器自体に突入電流抑制機能を標準搭載することも進んでいます。
変圧器の突入電流対策としては、変圧器を分割(容量を小さくする)し順次投入する方法や、高圧負荷開閉器に励磁突入電流抑制機能付を採用する方法(エネセーバー)があります。また、コイルの巻き線の構造を変えることで突入電流を抑えることも可能で、出力側を内側にして巻くことで突入電流が抑制されます。これらの対策は設計段階で検討する必要があり、建築現場の電気設備計画において重要な要素となります。
参考)トランスの突入電流を抑えたい|課題解決事例-武蔵野通工
音羽電機工業株式会社:雷サージとは – 雷対策のポイント(雷サージの基礎知識と建築物における雷対策の具体的な方法について詳しく解説されています)
サンコーシャ株式会社:直撃雷と誘導雷(直撃雷と誘導雷の違い、それぞれの被害メカニズムと対策方法について専門的に説明されています)
ダイヘン株式会社:励磁突入電流とはどのような現象ですか?(変圧器の励磁突入電流の発生メカニズムと減衰特性について技術的に解説されています)
突入電流とは何か?再エネ時代に潜むその課題とは?(再生可能エネルギー時代における突入電流の新たな課題と最新の対策技術について詳述されています)