

大気汚染は現代社会における最大の環境要因による健康脅威のひとつとされています。世界保健機関(WHO)の報告によると、2021年には大気汚染が原因で世界中で810万人が死亡し、第2位の死亡リスク要因となっています。特に建築業に従事する作業員は、工事現場での粉じんや有害物質への曝露リスクが高く、より深刻な健康被害を受ける可能性があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7044178/
大気汚染物質の中でも特に問題となるのがPM2.5(微小粒子状物質)です。PM2.5は直径2.5マイクロメートル以下の極めて小さな粒子で、通常の鼻やのどのフィルター機能をかいくぐって肺胞まで到達し、血液中にまで入り込むことがあります。この微小な粒子が体内に侵入することで、呼吸器系だけでなく、循環器系、神経系など全身に影響を及ぼします。
参考)https://www.bumrungrad.com/jp/health-blog/january-2024/the-health-risks-of-pm-2-5
PM2.5などの微小粒子状物質は粒子の大きさが非常に小さいため、吸い込むと細い気管支や肺の奥深くまで入り込みます。南カリフォルニアで実施された8年間の追跡研究では、PM2.5高濃度地域の子どもは低濃度地域と比較して、肺機能が低下するリスクが4.9倍になることが報告されています。
参考)PM2.5の健康影響について - 神奈川県ホームページ
建設現場で発生する粉じんやPM2.5は、作業員にとって日常的な曝露リスクとなっています。気道や肺に炎症反応を誘導し、より高濃度な曝露の場合には肺障害が発現します。具体的には、ぜんそく、気管支炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器系疾患を悪化させる可能性があります。
参考)工場の空気は汚染されている?工場内の対策や各業界の取り組み
長期的な曝露によって肺がんのリスクも高まります。世界保健機関は、世界で約28万人が大気汚染が引き起こす肺がんで亡くなっていると推定しています。また、PM2.5の呼吸器への影響として、気道の抗原反応性を増強し、喘息やアレルギー性鼻炎を悪化させ、さらに呼吸器感染の感受性を高めることも報告されています。
参考)https://www.shanghai.cn.emb-japan.go.jp/life/siryou4.pdf
大気汚染は呼吸器系だけでなく、心臓血管系にも深刻な影響を与えることが明らかになっています。世界保健機関の最新情報によると、心臓病と血管疾患による死亡の20%以上が大気汚染が原因であり、毎年300万人以上が死亡しています。さらに驚くべきことに、大気汚染による死亡者の40~80%が心血管疾患に起因しているとの報告もあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9310863/
PM2.5濃度の上昇は、狭心症や心筋梗塞などの虚血性心疾患、心不全、心臓のリズム異常、虚血性脳卒中の入院頻度を増加させます。中国の主要184都市で実施された研究では、大気中のPM2.5の濃度が上がれば上がるほど、これらの心臓血管疾患の入院頻度が増えることが確認されています。
参考)心臓発作の入院にPM2.5が関係している
日本の全国規模の調査でも、PM2.5濃度の上昇が心停止の発生に影響を与えていることが示されています。具体的には、PM2.5濃度が四分位範囲7.9μg/m³上昇すると、急性心筋梗塞のリスクが2.4%増加することが報告されています。PM2.5の心臓への影響メカニズムとして、血管の脆弱性、血管壁細胞の機能障害、血液の固まりやすさの増加、全身の炎症促進などが挙げられます。
参考)心はなぜPM 2.5のほこりによって傷つけられるのか
大気汚染への長期的な曝露は、慢性疾患の発症リスクを大幅に高めます。特に子ども、高齢者、心臓や肺に既存疾患がある人など、特定のグループはPM2.5の影響を受けやすいとされています。高濃度のPM2.5にさらされた妊婦は、低体重児や早産になる危険性が高まることも報告されています。
参考)大気汚染が人々の健康に及ぼす影響
職場での大気汚染曝露による健康影響は特に深刻です。世界では12億人以上の労働者が労働時間の大半を屋外で過ごしており、屋外大気汚染への曝露リスクにさらされています。WHOは、毎年86万人の死亡が大気汚染物質への職業曝露によるものと推計していますが、実際の大きさははるかに大きいと考えられています。
参考)ILO:労働における有害な化学物質への曝露と結果としての健康…
職場での粗雑な有害物質の取り扱いにより、長期的な健康被害がさまざまな形で引き起こされる可能性があります。特に影響を受けやすいのは肺などの敏感な臓器で、微粒子・ガス・蒸気などの有害物質が肺から血流に取り込まれると、石綿肺、喘息、がんなどの職業関連性疾患を引き起こす可能性があります。大気汚染による健康影響は女性と男性では異なる可能性もあり、生物学的要因とジェンダーに関連した要因の作用によるものと考えられています。
参考)Draeger.Web WWW - Draeger Mast…
建築業における大気汚染対策は、特に粉じんとアスベストへの対応が重要です。建設工事の際に回避が難しい粉じんの排出は、周辺環境への配慮とともに作業員の健康保護の観点から厳格な管理が求められます。特に、アスベストを使用した建築物の解体工事を実施する際は、必ず都道府県へ届出を行い、その工事に従事する作業員に対してばく露(有害物質を浴びること)を防止する対策を義務付けています。
参考)大気汚染防止法とは?【建築業向け】背景や排出規制を分かりやす…
粉じん障害防止対策として、国家検定合格品の呼吸用保護具の使用が基本となります。大量の粉じんが舞う中で作業を行う場合には、一般的な不織布マスクではなく、国家検定に合格した防じんマスクを着用することが重要です。N95規格のマスクは、呼吸耐性とろ過効率に関する厳しい承認要件を満たしており、微小粒子の侵入を効果的に防ぎます。
参考)https://jsite.mhlw.go.jp/hokkaido-roudoukyoku/content/contents/001679609.pdf
大気汚染防止法では、石綿を含む建築材料が使用されている建築物及び工作物の解体、改造、補修を行う作業を「特定粉じん排出作業」として規制しています。令和3年4月からはレベル3(石綿含有成形板等)を含む全ての石綿含有建材が作業基準の遵守対象となり、事前調査の方法が法定化されました。令和5年10月以降に着工する全ての建築物の解体・改修工事において、有資格者による事前調査の実施が義務化されています。
参考)特定粉じん(石綿・アスベスト)排出等作業について(大気汚染防…
呼吸用保護具の適正な選択、使用、顔面への密着性の確認に関する指導、保守管理及び廃棄に至るまで、包括的な管理体制の構築が求められています。
建築現場での大気汚染対策には、作業環境の改善と個人防護具の適切な使用が不可欠です。高濃度の大気汚染が予測される日には、屋外での激しい身体活動を制限することが推奨されます。大気質指標をモニターし、汚染度の高い日の暴露を減らすこと、微粒子をろ過するように設計されたマスク(N95)を着用することなどが有効です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7270362/
アスベストが飛散しないよう養生を行い、作業現場を負圧に保つなどの具体的な対策も重要です。建設現場では、覆いや囲いなどの設置により粉じんの飛散を抑制し、機械の稼働部に適切な覆いが設置されているか、破損や老朽化がないかを定期的に確認する必要があります。
参考)https://occ.optic.or.jp/media_images/files/kouen1-1.pdf
個人レベルでの対策としては、VOC(揮発性有機化合物)を含んでいない製品を選ぶことも効果的です。屋外塗装工事では、VOC発生の少ない塗料を使用することで、不燃で引火の恐れが無く、臭気が大幅に少なく周辺への悪臭対策や作業環境が改善されます。
参考)屋外塗装工事における夏季のVOC対策
健康管理の観点から、作業員に対する定期的な健康診断と呼吸器機能検査の実施が推奨されます。大気汚染物質への曝露歴に基づいた診断と、肺機能検査によって肺が侵されているかどうかを判断し、早期発見・早期対応を行うことが重要です。作業環境の改善、適切な呼吸保護具の使用、定期的な健康チェックという三つの柱を組み合わせることで、建築業従事者の健康を守ることができます。
参考)大気汚染関連疾患 - 07. 肺と気道の病気 - MSDマニ…
環境省によるPM2.5の健康影響と対策に関する詳細資料
この資料では、PM2.5の基準値や光化学スモッグとの関係、呼吸器系への具体的な影響について詳しく解説されています。
神奈川県による微小粒子状物質(PM2.5)の健康影響について
PM2.5がぜんそくや気管支炎などの呼吸器系疾患、肺がんのリスクをどのように高めるかについて分かりやすく説明されています。
ドレーゲルによる職場における空気汚染と呼吸保護の知識
建築現場などの職場で発生する空気汚染の種類と、適切な呼吸保護具の選択方法について専門的な情報が提供されています。
Taidacent ダストセンサー pm2.5 MCU内蔵 ソフトウェアダストセンサー付き 低電力電流 大気汚染検知器 GP2Y1010AU0F