
炭酸カルシウム(CaCO₃)は中性の水に極めて溶けにくい物質で、25℃での溶解度は0.0014g/Lまたは5.6×10⁻⁴mol/Lと非常に低い値を示します。これは炭酸ナトリウム(Na₂CO₃)が水に溶けやすいのとは対照的な性質です。炭酸カルシウムがイオン結晶として水に溶解する際、Ca²⁺イオンとCO₃²⁻イオンに電離しますが、溶解前のクーロン力によるイオン結晶の安定性が高いため、中性の水道水などにはほとんど溶けません。
参考)炭酸カルシウムの性質|炭酸カルシウム博物館|株式会社カルファ…
しかし、水の酸性度が高くなると溶解性が大きく向上するという重要な特徴があります。石灰水に二酸化炭素を吹き込むと炭酸カルシウムの白い沈殿が生成されますが、さらに二酸化炭素を吹き込み続けると水は炭酸水となり酸性度が高まるため、生成した炭酸カルシウムが再び水に溶ける現象が起こります。この現象は自然界における石灰石侵食のメカニズムそのものであり、カルスト地形などの特異的な地形を作り出す要因となっています。
参考)炭酸カルシウム - Chemist Eyes
溶解度積(Ksp)は25℃で3.3×10⁻⁹とされており、この値は炭酸カルシウムの溶解平衡を理解する上で重要な指標となります。温度依存性についても興味深い特性があり、純粋な水中のCaCO₃の溶解度は温度が上がると減少するという一般的な塩とは異なる挙動を示します。
参考)炭酸カルシウム - Wikipedia
炭酸カルシウムの溶解度は、pH値とCO₂分圧(二酸化炭素濃度)に大きく影響されることが知られています。酸性溶液中では炭酸カルシウムは溶けやすくなり、CO₂分圧の増加に伴って溶解度も増加します。この性質は建築事業において極めて重要で、炭酸化反応や材料の劣化メカニズムを理解する基礎となっています。
参考)https://data.jci-net.or.jp/data_pdf/20/020-01-2161.pdf
炭酸カルシウムが過剰の二酸化炭素を含む水と反応すると、炭酸水素カルシウム(Ca(HCO₃)₂)が生成されます。化学式で表すと「CaCO₃ + CO₂ + H₂O → Ca(HCO₃)₂」となり、この炭酸水素カルシウムは炭酸カルシウムより約100倍水に溶けやすい性質を持ちます。炭酸カルシウムの溶解度が25℃で0.15g/100gの水であるのに対し、炭酸水素カルシウムの溶解度は20℃で16.6g/100gの水と大幅に高くなります。
参考)無題ドキュメント
pHが低下すると炭酸イオンは炭酸水素イオンや溶存二酸化炭素に解離し、溶存二酸化炭素は水に良く溶解して弱酸性を示します。そのため、水の加熱や濃縮により炭酸水素カルシウムが分解して炭酸カルシウムになり、生成した炭酸カルシウムは溶解度が小さいため固体として析出する現象が起こります。この溶解析出挙動は、水垢の生成や建築材料の長期的な変化を理解する上で重要な知見となっています。
参考)https://sce-net.jp/main/wp-content/uploads/2022/11/r-87.pdf
炭酸カルシウムの溶解度とpH・CO₂分圧の関係に関する詳細な研究データ(東北大学リポジトリ)
炭酸水素カルシウム(Ca(HCO₃)₂)は、カルシウムイオンと炭酸水素イオンからなる塩で、固体として単離できず水溶液中にのみ存在する特殊な化学種です。そのため真の意味で溶解度は定義されませんが、実用上は非常に高い溶解性を示します。二酸化炭素が溶けている水に溶け、二酸化炭素の濃度が高くなるほど水中の存在量は多くなります。
参考)炭酸水素カルシウム - Wikipedia
炭酸カルシウムから電離・溶解した炭酸イオンが加水分解して炭酸水素イオンを生じる反応の平衡を、二酸化炭素を加えることで移動させ、炭酸水素イオンを増加させるメカニズムが働きます。カルシウムイオンとの間に働くクーロン力では、二価の炭酸イオンよりも一価の炭酸水素イオンの方が弱く、結合力が低下するため、炭酸水素カルシウムの溶解度が高くなります。
温度や圧力が高いほど水中の存在量は多くなり、その溶存量は炭酸カルシウムの約100倍に達します。この高い溶解性は、建築材料の製造プロセスにおいて重要な役割を果たしており、特に炭酸カルシウムコンクリートの製造では炭酸水素カルシウム溶液が粒子同士の結合に利用されています。ただし、炭酸水素カルシウムの溶解度が限定的であるため、炭酸カルシウム顆粒の多孔体化には温度変化や循環等が必要となることもわかっています。
参考)DACCUSの炭酸カルシウムコンクリート実用化に目途! —N…
建設業界では、炭酸カルシウムはセメント、コンクリート、モルタルの製造に広く使用されており、日本で採掘される石灰石のほとんどが建築用途に使われています。粒子サイズ、高白色度、低油吸収性により、炭酸カルシウムはこれらの材料の充填剤や増量剤として理想的です。さらに、炭酸カルシウムはレオロジー特性を改善し、耐久性を高め、建設プロジェクトのコストを削減する効果があります。
参考)https://www.epicmilling.com/ja/what-is-the-industrial-use-of-calcium-carbonate/
石灰石微粉末として高流動コンクリートの混和材として使用される場合、流動性、不分離性の向上や強度の向上が期待されます。コンクリートの物性は初期スランプ値がやや低下することがありますが、AE減水剤の添加量を若干増加させることで改善され、経時変化は石灰石微粉末の場合と同程度となります。プラスチックでは安価な充填剤として強度を向上させ、製造コストを下げる効果があり、建設用のセメントやコンクリートでも同様の効果が得られます。
参考)https://www.ncic.co.jp/wp/wp-content/uploads/2022/02/220216.pdf
約5000年前に作られたエジプトのピラミッドは、1つの重さが10トンもある大きな石灰石(炭酸カルシウム)を巧みに組み合わせて作られており、現在でも石灰石や大理石は建築材料として使われています。コンクリートの原料として粉状の炭酸カルシウムが大量に使用されており、1トンの鉄をつくるのに約0.2トンの石灰石が使われるなど、鉄鋼分野でも重要な役割を担っています。
参考)身近にある炭酸カルシウム|炭酸カルシウム博物館|株式会社カル…
プレキャストコンクリート製品工場内の未利用資源から製造したエコタンカル(軽質炭酸カルシウム)に関する技術資料
最新の研究では、大気中のCO₂と廃コンクリートのみを原料として生成される炭酸カルシウムが結合材となって硬化体が形成される炭酸カルシウムコンクリート(CCC:Calcium Carbonate Concrete)を用いて、建築物や土木構造物を実際に建設できる目途が立っています。この技術は、カーボンネガティブな建築材料として注目されており、セメント生産時の石灰石の分解によって大気中に放出・蓄積された累計550億トン超のCO₂を回収する可能性を秘めています。
参考)DACCUSの炭酸カルシウムコンクリート 実用化に目途! —…
コールドシンタリング法を用いることで、直径10cmの炭酸カルシウムコンクリート円柱体において圧縮強度38MPa(従来のコンクリートと同等の強度)を実現することに成功しています。この製造プロセスでは、炭酸化した4種類の粒度の廃コンクリート粒子を最密な状態となるように混合した後、廃コンクリート粒子から製造した炭酸水素カルシウム溶液を加えて練り混ぜます。50MPaの圧力を加えると、粒子同士が接触した高圧部分のカルシウムが溶液中に溶け出し、周辺の隙間に炭酸カルシウムとして再析出することで、粒子同士が結合していきます。
105℃で乾燥することでCCC硬化体が得られ、乾燥後に炭酸水素カルシウム溶液への浸漬と乾燥とを繰り返すことで、さらなる強度増加を図ることができます。現在、強度38MPaを有する直径100mmの円柱体(柱部材のユニット)、および強度20MPaを有する210×100×60mmのブロック(壁部材のユニット)が製造できています。ミスト法を用いた炭酸化促進技術により、廃コンクリートによるDAC(Direct Air CO₂ Capture)が従来の50倍速となり、炭酸カルシウムコンクリートがカーボンネガティブな状態になることが世界で初めて明らかになりました。
東京大学による炭酸カルシウムコンクリート実用化に関するプレスリリース
建築分野において、炭酸カルシウムは屋根材にも応用されており、耐久性向上以外にも意外な効果をもたらします。屋根材料に炭酸カルシウムを添加することで、その硬度と耐久性が効果的に向上し、風、雨、雪などの自然要素の影響に耐え、屋根の寿命が延びます。炭酸カルシウムには抗菌および抗真菌の特性があり、効果的に微生物の成長を抑制するため、屋根の損傷の可能性が減少し、生活環境の衛生と健康が保護されます。
参考)屋根材における炭酸カルシウムの多様な用途と追加の利点
特に注目すべきは、屋根材に埋め込まれた炭酸カルシウムが太陽光の紫外線を反射し、室内温度を下げ、エアコンの使用を削減する効果です。これによりエネルギー効率が向上し、家庭のエネルギー支出が削減されます。さらに、炭酸カルシウムは音波を吸収する能力に優れており、外部からの騒音の侵入を減少させる防音性の向上にも寄与します。
廃コンクリートや石膏ボード、スラグ等の廃棄物からカルシウム成分(CaO)を取り出し、CO₂と化学反応させてセメント原料の石灰石(CaCO₃)と同じものを人工的に製造する技術も開発されています。使用後の廃棄したコンクリートもカルシウム成分を含んでいるため、コンクリートからカルシウム成分を分離すれば、使用済みコンクリートもセメントの原料として活用できます。セメントの原料を天然石灰石から人工石灰石に置き換えることで、天然石灰石由来のCO₂発生を大幅に抑制し、人工石灰石を作る過程でCO₂を原料に使うことが今後期待されています。
参考)https://green-innovation.nedo.go.jp/article/co2-concrete/