

加水分解型の防汚塗料を塗っても、淡水域では防汚効果がゼロになります。
船底防汚塗料を一切塗装しないまま航行を続けると、燃費が最大40%悪化するという研究データがあります。これは中国塗料株式会社など複数の専門機関が示している数字であり、決して誇張ではありません。東京ドーム約1.5個分に相当する広い船底表面にフジツボや海藻が付着すると、それだけで水の抵抗が劇的に増大するのです。
フジツボは水温が高くなる5月頃から急激に繁殖を始め、セメント質を分泌しながら強固に船底に固着します。これが厄介なのは、放置すると冷却水の取水口まで詰まらせてエンジン故障を招くケースもあるからです。海藻類も同様で、目には見えにくい薄い付着物でも、年間を通じて積み重なると燃料費への影響は無視できない水準になります。
つまり、防汚塗料は「あれば良い」ではなく「なければ高くつく」ものです。
建築業従事者の方が港湾工事や船舶補修に関わる機会がある場合、この基本的な仕組みを押さえておくだけで、船の所有者や管理者との会話がぐっとスムーズになります。正しい知識が、現場での信頼につながるということです。
| 条件 | 燃費への影響 |
|---|---|
| 防汚塗料あり・適切な塗装 | 基準値(100%) |
| 防汚塗料なし・生物付着あり | 最大40%悪化 |
| 低摩擦型防汚塗料を使用 | 一般塗料比5〜15%改善 |
参考:中国塗料株式会社が公開している防汚塗料の防汚機構と燃費への影響に関する専門解説ページです。
防汚塗料は大きく3つのタイプに分かれます。それぞれ仕組みが異なり、船の使われ方によって適切な選択が変わってきます。
まず「水和分解型(自己消耗型)」は、塗膜の中に含まれる防汚成分が水中に徐々に染み出すことで効果を発揮するタイプです。コストが抑えられる半面、防汚成分が抜けたあとに「スケルトン層」と呼ばれるスカスカの塗膜が残り、これが表面の凸凹を生み出します。凸凹が増えると走行時の抵抗が大きくなり、燃費の悪化やフジツボの足がかりになるという弱点があります。
次に「加水分解型」は、現在の船底防汚塗料の主流です。海水の弱アルカリ成分と化学反応を起こし、分子レベルで塗膜表面が均一に溶解していく仕組みです。スケルトン層が残らないため表面が常に滑らかに保たれ、防汚性能が長期間安定して続くという大きなメリットがあります。
加水分解型が優秀なのは確かです。ただし、一点重大な弱点があります。それが「淡水では溶けない」という特性です。海水の弱アルカリ成分との化学反応が必要なため、湖や川、淡水マリーナに係留されている船には防汚効果がほとんど発揮されません。これが冒頭で触れた「意外な事実」です。
「低摩擦型(シリコン系)」は比較的新しいカテゴリで、防汚成分を配合せずに塗膜表面の超平滑性を利用して生物の付着を防ぐタイプです。AkzoNobelの「インタースリーク」シリーズなどが代表的で、一般的な防汚塗料と比較して約6%の燃費削減が認証されている製品もあります。丸紅が自社保有船での検証で確認した5〜15%の燃費改善も、この低摩擦型塗料を使用した結果です。
3種類を整理しておきましょう。
| 種類 | 仕組み | 主なメリット | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 水和分解型 | 防汚成分が染み出す | 比較的安価 | 表面が凸凹になりやすい |
| 加水分解型 | 海水と化学反応で均一溶解 | 高防汚・長持ち | 淡水では効果なし |
| 低摩擦型 | 超平滑表面で付着阻害 | 燃費5〜15%改善 | コストが高め |
参考:ネオネットマリンによる塗料の種類・成分・重ね塗り適合に関する詳細解説ページです。
防汚塗料の中に含まれる防汚剤(防汚成分)には、主に「亜酸化銅」と「酸化亜鉛」の2種類があります。どちらが正解かは、船の素材と使用環境によって変わります。ここが多くの方がつまずく部分です。
「亜酸化銅タイプ(銅アクリル系)」はカキやフジツボなどの動物性付着生物に対して非常に強い防汚効果を発揮します。多くの漁船や大型船の船底が赤く塗られているのは、この亜酸化銅由来の色によるものです。防汚性能という点では優秀ですが、銅が空気に触れると酸化して喫水線あたりが黒ずんでしまうため、外観を重視する場合には不向きです。
ここで最大の注意点があります。亜酸化銅タイプをドライブ部分・シャフト・プロペラ・トリムタブなどのアルミや鉄の金属部分に塗ってしまうと、電蝕(ガルバニック腐食)が発生します。これは、イオン化傾向において鉄・アルミが銅よりも先に海水中で溶け出してしまう化学的な現象です。最悪の場合、わずか1シーズンで金属がボロボロになってしまうほどのダメージになります。
電蝕は修理費用が数十万円単位になることも珍しくありません。痛いですね。
一方、「酸化亜鉛タイプ(亜鉛アクリル系)」は発色が良く、金属部分にも使用できるため、アルミ製ボートやプロペラ専用塗料として選ばれます。スライムや海藻などの植物性付着物に対してはこちらが有効ですが、フジツボなどの動物性生物に対しては亜酸化銅タイプより防汚効果が劣ります。
シンプルに覚えるなら「船底はどちらでもOK、金属部分は亜鉛系か専用塗料」が原則です。
参考:船底塗料の成分・種類・注意点について詳しくまとめられたDIYショップRESTAのページです。
船底塗料の種類と防汚剤・注意点 - DIYショップRESTA
防汚塗料の多くは効果の持続期間が約6ヶ月とされています。これが原則です。そのため、年2回の塗り替えが理想とされており、具体的には「5月頃」と「10月頃」が推奨される時期です。
5月を選ぶ理由は、水温が高くなるとフジツボが急増殖を始めるため、その前に防汚成分を新しくしておく必要があるからです。10月は、船底に蓄積した生物を取り除き、秋以降の繁殖に備えて再塗装するタイミングとして適しています。
正しい作業の流れは次の通りです。
長年の重ね塗りが積み重なると、古い塗膜の凸凹が燃費やスピードに悪影響を与えます。数年に一度は古い塗膜を全て除去してから再塗装するのがベストです。
塗り替え前に塗料メーカーの「重ね塗り適合表」を確認しておくことも大切です。前回と異なるブランドや種類の塗料を使う場合、バインダーコート(プライマー)が必要になるケースがあり、これを省くと新しい塗料が剥がれやすくなります。適合表はネオネットマリンや中国塗料のサイトで公開されています。
参考:船底塗装の時期・工程・使用量の計算例まで詳しく解説されているオンズマリネットのページです。
防汚塗料の世界には、2008年に発効した「AFS条約(有害防汚方法規制条約)」という国際条約が存在します。この条約はIMO(国際海事機関)が採択したもので、日本もこれに批准しています。
条約の核心は「有機スズ化合物(TBT:トリブチルスズ)」の使用禁止です。かつてTBTを含む防汚塗料は、強力な防汚効果と優れた発色を持ち、アルミ金属部への電蝕も起こさないとして船舶業界で広く使用されていました。しかし、TBTが海洋生態系に深刻な影響を与えること——具体的には貝類のメス化や生態系の撹乱——が明らかになり、2003年以降は新たな塗装が全面禁止、2008年以降は既存の塗膜も含めて船体外部への残留が禁じられています。
2017年以降はさらに審議が進み、「シブトリン」と呼ばれる除草剤系防汚成分についても禁止の検討が続いています。日本は2020年の国際会議で「科学的根拠が不十分」として禁止の根拠に異議を唱え、規制導入を一時阻止した経緯もあります。
つまり規制は今も進化中ということです。
建築・土木業者が船舶補修や港湾施設の塗装に関わる際、古い在庫や海外から流入した塗料がTBT含有品である場合、使用すると国際条約違反になるリスクがあります。使用する塗料がAFS条約に適合していることは、製品のラベルや仕様書で必ず確認する必要があります。
参考:日本塗料工業会(JPMA)による船底防汚塗料と国際条約規制の解説ページです。
船底防汚塗料に関するAFS条約の解説 - 日本塗料工業会(JPMA)
参考:国土交通省による内航船向けの低摩擦防汚塗料と燃費削減効果に関するPDF資料です。