

超音波と赤外線は、不動産業界における建物診断において重要な技術ですが、その物理的性質は全く異なります。超音波は20kHz以上の高周波数を持つ音波で、空気や液体、固体などの媒質を伝わる機械的波動です。一方、赤外線は可視光線より波長が長い電磁波の一種で、約0.7μmから1000μmの波長範囲に分布し、媒質を必要とせずに伝播します。
参考)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14129009349
この違いは測定の基本原理に直接影響を与えます。超音波は反射波が戻ってくるまでの時間を計測して距離を算出する音響的手法を用いるのに対し、赤外線は物体から放射される赤外線エネルギーを検出して温度分布を可視化する光学的手法を採用しています。伝搬速度も大きく異なり、超音波は約340m/秒の音速で伝わりますが、赤外線は約30万km/秒の光速で伝わります。
参考)https://jp.seeedstudio.com/blog/2020/08/10/distance-sensors-types-and-selection-guide/
不動産従事者にとって重要なのは、この物理的特性の違いが建物診断における適用範囲や測定精度に直結するという点です。超音波は物体の内部構造や厚さの測定に優れ、赤外線は表面温度の分布測定による劣化診断に強みを持ちます。
参考)https://www.keyence.co.jp/ss/products/sensor/sensorbasics/us_comparison.jsp
超音波の周波数と波長には反比例の関係があり、医療用や建物診断用の超音波装置では一般的に2MHzから20MHz程度の周波数帯が使用されています。周波数が高いほど波長は短くなり、距離分解能が向上して微細な構造の検出が可能になりますが、同時に減衰も大きくなるため到達距離が短くなる特徴があります。
参考)https://www.jsmoc.org/kiso/kiso1.html
周波数と波長の関係は「v = f × λ」という波の式で表され、音速を一定とすると周波数fと波長λは反比例します。例えば、周波数が2MHzの超音波の波長は約0.75mmですが、10MHzになると約0.15mmと短くなります。この特性により、高周波数の超音波は表面に近い構造物の詳細な検査に適しており、低周波数は深部まで到達できるため厚い構造物の検査に向いています。
参考)https://www.kk-co.jp/use/onpa/
建物診断においては、コンクリートの厚さ測定や内部欠陥の検出に適した周波数を選択することが重要です。一般的に、建築構造物の非破壊検査では比較的低い周波数帯が使用され、指向性が低下する代わりに強度の減衰が少なく、深部までの測定が可能になります。
参考)https://3rrr-btob.jp/archives/column/measuring-equipment/21424
赤外線は波長によって近赤外線(0.7~2.5μm)、中間赤外線(2.5~4μm)、遠赤外線(4~1000μm)の3種類に分類され、それぞれ異なる特性と用途を持ちます。近赤外線は可視光線に近い性質を持ち、赤外線カメラや赤外線通信、静脈認証などに応用されており、光ファイバーでは代表的な波長として1.55μmが使用されています。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E5%A4%96%E7%B7%9A
中間赤外線は赤外分光の分野で重要な役割を果たし、波数1300~650cm⁻¹の領域は指紋領域と呼ばれ、物質固有の吸収スペクトルが現れるため化学物質の同定に用いられます。遠赤外線は熱線とも呼ばれ、性質が電波に近く、すべての物質が温度に応じたスペクトルの電磁波を熱放射により発しています。
参考)https://www.iwasaki.co.jp/optics/chishiki/ir/12.html
建物診断で使用される赤外線サーモグラフィは、主に遠赤外線領域の8μm以上の波長を利用しており、常温の物体が放射する赤外線のピーク波長(約10μm)を検出します。この波長帯は大気の窓と呼ばれる透過性の高い領域に含まれており、外壁調査において正確な温度測定が可能となります。遠赤外線の検出により、外壁タイルの浮きや剥離、断熱材の劣化、雨水の浸入といった温度差を伴う異常を非接触で特定できます。
参考)https://www.techbuilcare.com/column/wallinvest/column-1705/
超音波と赤外線の最も根本的な違いは、伝搬に必要な条件です。超音波は音波であるため、空気、液体、固体といった媒質が必要ですが、赤外線は電磁波なので真空中でも伝搬できます。この特性により、超音波は媒質の種類や状態によって伝搬速度や減衰率が大きく変化しますが、赤外線は媒質の影響を受けにくく安定した測定が可能です。
参考)https://qq-bell.com/column/motion-sensor-guide/
測定対象物への適応性も大きく異なります。超音波は色とは無関係に動作し、金属、プラスチック、ガラス、液体など幅広い材料の測定が可能ですが、表面が複雑な物体や音波を吸収しやすい素材では測定精度が低下します。一方、赤外線は物体表面の温度を非接触で測定できますが、物体の表面特性(テクスチャや色)の影響を受けやすく、反射率の高い表面では正確な測定が困難になることがあります。
参考)https://tofsensors.com/ja/blogs/news/comparison-between-tof-sensors-and-other-types-of-distance-sensors
環境条件への耐性においても違いが見られます。超音波は温度、湿度などの環境条件の影響を受けやすく、風や気流によって測定精度が変化することがあります。赤外線は直射日光や強い光、周囲の温度変化の影響を受けやすく、特に熱線型の赤外線センサは温度変化による誤作動が起こりやすい特徴があります。しかし、超音波は暗闇でも問題なく動作するため、照明条件に左右されない測定が可能です。
参考)https://www.yahata-home.com/blog/blog-5336/
測定精度において、超音波と赤外線は異なる強みを持ちます。超音波センサは一般的に数センチメートルの精度を持ち、測定範囲は0.16mから6.00mが一般的で、近距離から中距離の測定に適しています。高精度な超音波センサでは0.01mから3.00mの範囲で確実な計測が可能であり、タンクの残量管理や人の検知といった用途に最適です。
参考)https://neqto.jig-saw.com/ja/blog/device/distance-measurement-sensors/
赤外線センサの測定精度も数センチメートル程度ですが、測定範囲は最大数メートルまでとされ、超音波よりやや短い傾向があります。ただし、赤外線の定格範囲は0.03mから2.00m(白色対象物)、0.03mから0.80m(灰色対象物)といったように、対象物の色や反射率によって有効範囲が変化します。測定条件によってはセンサーが使用不可能になることもあり、低反射率のエリアでのテストには不向きです。
建物診断における実用的な測定範囲では、超音波による厚さ測定は数十センチメートルから数メートルのコンクリート構造物に対応できますが、赤外線による外壁調査は表面から数センチメートル程度の深さの異常検出に限定されます。応答時間においては、赤外線がリアルタイムで温度分布を可視化できるのに対し、超音波は反射波の往復時間を測定するため、赤外線よりやや遅い応答特性を示します。この違いにより、広範囲の外壁調査では赤外線サーモグラフィが効率的であり、局所的な内部構造の詳細検査では超音波探傷試験が有効です。
参考)https://www.livingcolor.co.jp/media/tips/a9
不動産取引における価格査定や資産価値評価の場面で、超音波と赤外線の診断データを戦略的に活用する手法が注目されています。従来の目視点検では発見できない潜在的な劣化を数値化・可視化することで、売買交渉における客観的な根拠資料として提示できるようになりました。特に築年数が経過した物件では、赤外線サーモグラフィによる断熱性能の定量評価や、超音波による躯体健全性の確認データが、適正価格の算定や修繕計画の立案に不可欠な情報となっています。
参考)https://yuki-k.jp/blog/blog/170124
マンション管理組合における長期修繕計画の見直しでは、両技術を組み合わせた総合診断が効果を発揮しています。赤外線調査で外壁タイルの広範囲な浮き・剥離のリスクエリアを特定し、その後超音波検査で重点箇所の詳細調査を行うという二段階アプローチにより、調査コストを最大40%削減できた事例も報告されています。このハイブリッド診断手法は、限られた修繕積立金を効率的に配分する意思決定ツールとして、多くの管理組合で採用が進んでいます。
参考)https://www.s-mankan.com/information/8868/
さらに、ドローンと赤外線カメラを組み合わせた高所外壁診断や、ロボットに搭載した超音波センサによる狭小部の自動検査など、先端技術との融合が建物診断の可能性を広げています。これらの技術革新により、従来は足場設置が必要だった高層建築物の診断が短期間・低コストで実施できるようになり、不動産オーナーの維持管理負担が大幅に軽減されています。
参考)https://www.sei.ne.jp/drone/blog/?p=260
建物診断技術は単なる劣化検出の手段ではなく、不動産の資産価値を保全し、取引の透明性を高めるための経営戦略ツールとして位置づけられるようになってきました。超音波と赤外線という異なる物理原理を理解し、状況に応じて使い分けることが、これからの不動産従事者に求められる専門知識となっています。
建物診断における判断基準の統一化も進んでおり、国土交通省の診断指針では「赤外線法+部分打診法+外観目視法」による外壁調査が認められています。この標準化により、診断結果の信頼性が向上し、第三者への説明責任も果たしやすくなりました。超音波による非破壊検査も、溶接部や鍛造品などの内部きず検出において長年の実績があり、建築物の構造安全性評価における信頼性の高い手法として確立しています。
参考)https://www.unicus.info/gaiheki-1
国土交通省の外壁調査に関する診断手法と判断基準の資料(PDF)では、赤外線調査法の実施要領や判断基準について詳細な技術情報が記載されています