

塗膜が「合格」でも、試験板の厚みが違うと同じ結果にならない。
デュポン衝撃試験(JIS K 5600-5-3)は、塗膜の「耐おもり落下性」を評価するために広く使われる落錘衝撃試験です。先端に一定の丸みをもつ撃ち型と、それに合うくぼみを持つ受け台の間に試験片(塗装鋼板)を挟み、規定の高さからおもりを落下させて塗膜の割れ・はがれの有無を目視で確認します。
建築分野でこの試験が重要視される理由は明確です。鋼橋・鉄骨構造物・外装鋼板など、施工中や供用中に工具などの予期しない打撃を受けても塗膜が損傷しないことが、防食性能を維持するうえで欠かせないからです。塗膜が割れた箇所から水分が侵入すれば、下地鋼材の腐食が始まります。これが建物の耐久性低下に直結します。
試験方法は大きく「合否試験」と「等級付け試験」の2種類に分かれます。合否試験では規定の条件でおもりを落下させ、塗膜に割れ・はがれがないかどうかで判定します。等級付け試験は、25mm刻みで高さを変えながら「最初に割れが生じた高さ」を記録し、上下25mmの各高さで5回ずつ合計15か所の結果を表にして報告します。これが基本です。
他の衝撃試験(シャルピー、アイゾット)との違いも押さえておく必要があります。シャルピーやアイゾットは振り子式ハンマーで試験片を破断させるのに対し、デュポン衝撃試験は「おもりの落下による面衝撃」で塗膜の付着耐久性を評価します。薄い塗膜を持つ塗料分野に特化した試験であり、日本の塗料産業では国際規格よりも早くからデュポン式が主流として使われてきた歴史があります。
| 試験方法 | 衝撃方式 | 主な対象 | 評価指標 |
|---|---|---|---|
| デュポン式 | 落錘(撃ち型あり) | 塗膜付き鋼板 | 割れ・はがれの有無 |
| 落球式 | 落錘(鋼球) | 塗膜・ガラス | 割れ・はがれの有無 |
| シャルピー | 振り子ハンマー | 金属・樹脂材料 | 吸収エネルギー (J) |
| アイゾット | 振り子ハンマー | 樹脂・複合材 | 吸収エネルギー (J) |
参考:デュポン式落下衝撃試験の概要と試験装置について詳しく解説されています。
安田精機製作所:デュポン式落下衝撃試験とは?おもり落下性試験について解説!
デュポン衝撃試験における衝撃エネルギーの計算は、位置エネルギーの公式がそのまま使われます。試験片が破損しない状態でのおもりの落下高さと質量から衝撃エネルギーを算出する方法です。
$$E = m \times g \times h$$
式中の各変数は次のとおりです。
- E:衝撃エネルギー(単位:J=ジュール)
- m:おもりの質量(単位:kg)
- g:重力加速度(9.8 m/s²)
- h:落下高さ(単位:m)
具体的な計算例で確認しましょう。JIS K 5633(エッチングプライマー)の規定条件は「おもり500g、落下高さ300mm」です。
$$E = 0.5 \text{ kg} \times 9.8 \text{ m/s}^2 \times 0.3 \text{ m} = 1.47 \text{ J}$$
約1.47ジュールの衝撃エネルギーに塗膜が耐えれば「合格」となります。数字だけでは少し想像しにくいので比べてみましょう。1.47Jは、テニスボール(約58g)を約2.6mの高さから垂直に落としたときのエネルギーに相当します。
一方、JIS K 5552(ジンクリッチプライマー)や JIS K 5551(構造物用さび止めペイント)では「おもり300g、落下高さ500mm」という条件も使われます。
$$E = 0.3 \text{ kg} \times 9.8 \text{ m/s}^2 \times 0.5 \text{ m} = 1.47 \text{ J}$$
計算すると同じく約1.47Jです。つまり、「おもりが重い×低い高さ」と「おもりが軽い×高い高さ」で衝撃エネルギーが一致することがあります。これが原則です。現場担当者が試験条件を確認する際、おもりの重さだけで「厳しさ」を判断するのは危険です。高さとのセットで比較する必要があります。
また、等級付け試験での50%衝撃破壊エネルギー(E₅₀)は、JIS K 7211-1(パンクチャー衝撃試験)の計算式として次のように表されます。
$$E_{50} = H \times g \times M_{50}$$
- H:落下高さ(m)
- M₅₀:50%破壊質量(kg)
この計算式は等級付け試験で「大部分が合格から不合格に変わる質量と高さの組み合わせ」を数値化するためのものです。建築材料の品質管理上の記録として活用されます。
| JIS規格名 | おもり質量 | 落下高さ | 衝撃エネルギー(概算) |
|---|---|---|---|
| JIS K 5633(エッチングプライマー) | 500 g | 300 mm | 約1.47 J |
| JIS K 5551(構造物用さび止めペイント) | 300 g | 500 mm | 約1.47 J |
| JIS K 5552(ジンクリッチプライマー) | 500 g | 500 mm | 約2.45 J |
| JIS K 5553(厚膜形ジンクリッチペイント) | 500 g | 500 mm | 約2.45 J |
| JIS K 5659(鋼構造物用耐候性塗料) | 300 g | 500 mm | 約1.47 J |
参考:JIS K5600-5-3の試験条件とデュポン式の規格詳細が確認できます。
技術情報館「SEKIGIN」:塗料・塗装 耐衝撃性(デュポン式試験解説)
デュポン衝撃試験で見落とされやすい重要なポイントがあります。試験板(鋼板)の厚みです。同じ衝撃エネルギーを与えても、試験板の厚みによって「試験片が受ける変形量」が大きく変わります。これが測定結果に直接影響します。
標準的なデュポン式試験(JIS K 5600-5-3)では、試験板として厚さ0.6mmの鋼板が使われます。これは薄いため、おもり落下の衝撃で試験板自体がくぼんで変形します。この「衝撃+変形」に同時に耐えることが求められる仕組みです。
しかし実際の建築構造物では話が変わります。鋼橋や鉄骨構造物に使われる鋼板は一般に9mm超の厚みを持ちます。こうした厚板では衝撃を与えても試験板がほとんど変形しないため、衝撃力のほぼ全てが塗膜に集中してしまいます。意外ですね。
そのため、鉄道分野の「鋼構造物塗装設計施工指針」では、ジンクリッチ系塗料やエポキシ樹脂系下塗り塗料の耐衝撃性試験に厚み3.2mmの鋼板を試験板として採用しています。さらに産業界では、一部の試験規格で実用環境に近い「厚み3.2mm以上のブラスト処理鋼板」を用いています。
建築現場で塗膜の品質確認をする際、試験成績書の「試験板の種類と厚み」を必ず確認することが重要です。同じ「合格」でも、試験条件が異なれば実用環境での挙動は大きく異なります。これが条件です。
参考:試験板の厚みと試験方法の違いによる評価のポイントが詳しく解説されています。
建築塗装の品質管理でデュポン衝撃試験を活用するとき、「合否試験」だけでなく「等級付け試験」の考え方も重要です。ここでは50%破壊エネルギーという概念が登場します。
50%破壊エネルギー(E₅₀)とは、試験片の半数が破壊される確率が50%となるときの衝撃エネルギーのことです。この値が高いほど塗膜の耐衝撃性が高いと判断できます。等級付け試験では次の手順で求めます。
この方法の計算例をみてみましょう。例えば、おもり500gで高さ250mmでは5回中5回合格、275mmでは5回中3回合格(境界)、300mmでは5回中0回合格だった場合、E₅₀は次のように計算されます。
$$E_{50} = 0.5 \text{ kg} \times 9.8 \text{ m/s}^2 \times 0.275 \text{ m} \approx 1.35 \text{ J}$$
この数値が塗膜の「等級」として記録されます。品質管理上の記録として活用しやすいですね。建築向けの塗装仕様書や施工管理記録にこの数値を記載することで、経年変化の比較や補修判断の根拠にできます。
デュポン衝撃試験のばらつきは比較的大きい試験です。そのため、n数(試験回数)を十分に確保することが信頼性の高い評価につながります。試験片2枚だけの合否確認では、試験値の信頼区間が広すぎて品質管理には不十分なケースもあります。重要な構造物の塗装管理では、等級付け試験での定量評価が望まれます。
建築業従事者がデュポン衝撃試験の計算知識を現場に活かすための具体的なポイントを整理します。
まず塗料の製品規格書・試験成績書を確認する際は、衝撃エネルギーの数値だけでなく、「おもりの質量」「落下高さ」「試験板の厚みと材質」の3点を必ずセットで確認することが重要です。同じ「耐衝撃性 合格」でも、試験条件が緩い場合と厳しい場合では実用性能が大きく異なります。
次に、試験結果を現場で活用するとき、衝撃エネルギーの計算はシンプルな公式で手計算できます。
$$E = m\text{kg} \times 9.8 \times h\text{m}$$
例えば、現場で落下したハンマー(質量1.5kg)が塗面に当たった際の衝撃を確認したいときは、ハンマーの落下高さ(例:0.5m)から
$$E = 1.5 \times 9.8 \times 0.5 = 7.35 \text{ J}$$
という計算で概算できます。JIS K5552やJIS K5553のジンクリッチプライマーの試験条件(約2.45J)を大きく超えるため、その塗膜では割れ・はがれのリスクが高まると判断できます。塗膜損傷が疑われる箇所は早期に点検対象とすることが得策です。
また、現場でよく使われる「重さだけで耐衝撃性を比較する」という誤りにも注意が必要です。おもりが重くても、高さが低ければエネルギーは小さくなります。つまり数値は高さとセットです。
建築物の塗装仕様を策定する際は、実際に使用される鋼材の厚みと施工環境(工具が当たりやすいか、飛び石リスクはあるか)に合わせて、適切な試験条件の塗料を選ぶことが求められます。これが実務での判断基準です。
参考:JIS K5600-5-3に基づくデュポン式試験の規格詳細と適用塗料の一覧。
kikakurui.com:JISK5600-5-3 塗料一般試験方法 第5部 耐おもり落下性(規格全文)
衝撃エネルギーの計算式はシンプルですが、実際の塗膜性能は試験温度によって大きく左右されます。これは見落とされやすい点です。
JIS K 5600-5-3の試験条件は「温度23±2℃、相対湿度50±5%」で規定されています。しかし実際の建築現場や施工後の環境は、この条件とかけ離れていることがあります。
塗膜材料には「ガラス転移温度(Tg)」という物性値があります。雰囲気温度がTgより高いとゴム状態(柔軟で耐衝撃性が良好)になり、Tgより低いとガラス状態(硬くて脆く、耐衝撃性が悪化)になります。たとえば冬場の橋梁点検作業や、北海道など寒冷地での施工時に-10℃以下の環境下でハンマーなどが当たった場合、23℃での試験では「合格」の塗料でも、実際には割れが生じるリスクがあります。これは痛いですね。
この温度依存性を考慮した試験として、大型建築用雨どいのJIS-G-3312規格では「-10℃ 1/4" 50(kg-cm)」という低温条件での衝撃試験値が設けられています。50 kg-cm はJの単位に換算すると約4.9 Jに相当します。
$$50 \text{ kg·cm} = 50 \times 9.8 \times 0.01 \text{ J} = 4.9 \text{ J}$$
寒冷地や低温下での使用が想定される鋼構造物や外装材の塗装仕様では、通常条件の衝撃エネルギーだけでなく、低温時の耐衝撃性試験結果も塗料選定の根拠として確認することを強く勧めます。これだけ覚えておけばOKです。
温度条件の違いを考慮した塗料選定が必要な場面では、塗料メーカーの技術担当者に「低温条件下での耐衝撃性試験データ」の提供を依頼することが、品質トラブルを未然に防ぐ最善の方法です。試験成績書を確認する、それだけで大きなリスクを避けられます。
参考:塗膜のガラス転移温度と耐衝撃性の関係、低温条件での注意点を詳しく解説。
技術情報館「SEKIGIN」:塗膜の耐衝撃性とガラス転移温度の関係