

塗膜に傷がついても、その周囲の鉄が錆びないのはなぜか、知っていましたか?
ジンクリッチペイントとは、亜鉛末(亜鉛の粉末)を大量に含んだ防錆下塗り塗料です。橋梁・鉄塔・プラント・港湾設備など、過酷な腐食環境にさらされる鋼構造物の下塗りとして広く使われています。
この塗料が高い防食性を持つ理由は、2つの作用が組み合わさっているからです。1つ目は「犠牲防食」と呼ばれるメカニズムで、亜鉛は鉄よりもイオン化傾向が高い、つまり錆びやすい金属です。そのため、塗膜に傷が入って鋼材が露出しても、亜鉛が先に腐食して鉄を守ります。まるで盾として身を犠牲にするイメージです。
2つ目は「保護被膜」の形成です。亜鉛が大気中の酸素や水と反応して生成する酸化亜鉛や塩基性炭酸亜鉛が、塗膜表面に緻密な保護層を形成し、物理的なバリアとして機能します。
つまり、ジンクリッチペイントは2重の防御メカニズムを持っているということですね。
この仕組みは溶融亜鉛めっき(どぶ漬けめっき)と同じ原理を応用しています。ただし、あくまでも塗装であるため、溶融亜鉛めっきと同等の防食性能は期待できない点は理解しておく必要があります。防食性能は「無機ジンクリッチペイント > 有機ジンクリッチペイント ≧ 溶融亜鉛めっきの補修用」という序列が一般的な見解です。
JIS規格では2液タイプについて、乾燥塗膜中の亜鉛含有率が以下のとおり定められています。
| 規格名 | 無機系 | 有機系 |
|---|---|---|
| JIS K 5552(ジンクリッチプライマー) | 80%以上 | 70%以上 |
| JIS K 5553(厚膜形ジンクリッチペイント) | 75%以上 | 70%以上 |
数字が示すとおり、乾燥した塗膜の中に亜鉛が7~8割以上入っているわけです。A4用紙1枚くらいの面積(約600㎠)に換算すると、塗料中の亜鉛末の量は想像以上に多く、それが密着して初めて犠牲防食が機能するという点が重要です。
なお、1液タイプのジンクリッチペイントにはJIS規格が存在しません。各メーカーが独自に亜鉛含有率を設定しているため、製品を選ぶ際は必ず仕様書で乾燥塗膜中の亜鉛含有率を確認しましょう。
参考:ジンクリッチペイントの亜鉛含有率とJIS規格の詳細については、日新インダストリー株式会社のコラムで詳しく解説されています。
【あわせて読みたい!用語解説】ジンクリッチペイントとは?亜鉛含有率との関係や防錆メカニズムを解説 - 日新インダストリー株式会社
日本ペイントがジンクリッチペイントとして展開するのが「ジンキーシリーズ」です。現場でよく使われる主要製品の特徴を把握しておくことが、適切な仕様選定につながります。
代表的な製品は以下の3つです。
| 製品名 | 種別 | JIS規格 | 溶剤 | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| ジンキー1000GU | 無機ジンクリッチペイント | JIS K 5553 1種 | 強溶剤 | 防食性が最高水準。工場塗装専用。素地調整は必ずSa2.5が必要。 |
| ジンキー8000HB | 厚膜形有機ジンクリッチペイント | JIS K 5553 2種 | 強溶剤 | 標準乾燥膜厚75μm/回。速乾性があり、現場塗装にも対応。 |
| ジンキー8000ファインHB | 弱溶剤厚膜形有機ジンクリッチペイント | JIS K 5553 2種 | 弱溶剤 | 塗料用シンナーAで希釈可能。臭気が少なく環境に配慮した設計。現場での扱いやすさが特長。 |
無機系のジンキー1000GUは防食性能が最も高い製品です。アルキルシリケート系の樹脂を使用しており、耐熱性にも優れています。ただし、塗膜を硬化させるために空気中の水分(湿気)が必要で、下地の清浄度として「ISO Sa2.5(ブラスト処理1種相当)」の厳格な素地調整が必須です。現場施工には不向きで、工場塗装に限定されることが多い点を覚えておきましょう。
有機系のジンキー8000HBは、エポキシ樹脂系の厚膜タイプです。無機系に比べると防食性では若干劣りますが、作業性に優れており、現場塗装にも適用できます。標準乾燥膜厚が75μm/回と厚く、1回の塗装でしっかりとした膜厚が確保できます。NEXCO(高速道路各社)の規格品としても採用実績があります。
ジンキー8000ファインHBは、弱溶剤タイプであるため強溶剤に比べて臭気が少なく、環境負荷が低い製品です。鋼道路橋防食便覧(平成26年3月)での仕様適用だけでなく、東京都建設局(令和7年版)の規格にも対応しており、近年の現場で採用が増えています。これが選べるなら積極的に検討する価値があります。
いずれの製品も25kgセットで、塗料液と硬化剤の混合比は9:1(重量比)となっています。混合比を守ることが防食性能の発揮に直結するため、計量は必ず正確に行ってください。
参考:日本ペイント公式サイトでは各ジンキーシリーズの製品仕様や塗装仕様書(PDF)を確認できます。
素地調整(ケレン)は、ジンクリッチペイントの防食性能を発揮させるための最も重要な工程です。どれだけ高価な塗料を使っても、素地調整が不十分では意味がない、といっても過言ではありません。
無機ジンクリッチペイントの場合、ISO Sa2.5以上(国内規格では1種ケレン)のブラスト処理が必須です。これは「表面に錆や旧塗膜がほぼ残らず、均一な金属光沢が見える状態」を意味します。日本道路協会の「鋼道路橋防食便覧」でも、無機ジンクを使う場合はSa2.5を前提としていることが明記されています。
有機ジンクリッチペイントの場合も、基本はブラスト処理(1種ケレン)が推奨されます。ただし、補修塗装などの場合は条件によって2種ケレン(動力工具処理)が認められるケースもあります。
特に見落とされがちな点として「素地調整後の放置時間」があります。ブラスト処理を行った鋼材の表面は非常に活性化された状態で、短時間で酸化(フラッシュラスト)が始まります。国土交通省の指針では、ブラスト後は原則として4時間以内に塗装を開始することが求められています。晴天の夏場ではさらに短時間で酸化が進むため、現場の状況に応じた工程管理が欠かせません。
素地調整が肝心です。
また、素地の粗さ(表面粗さ)も重要な要素です。ブラスト処理によって適切なアンカーパターン(凹凸)を形成することで、塗料が食い込んで密着力が大幅に向上します。推奨される表面粗さはRz(十点平均粗さ)で50~85μm程度とされています。この凹凸は、紙やすりの目より細かく、指で触れるとザラザラする程度をイメージすると分かりやすいでしょう。
素地調整に関してよく起きる失敗のひとつが「水性有機ジンクリッチペイントを2種ケレンで施工してしまう」ケースです。日本橋梁・鋼構造物塗装技術協会(JASP)の研究では、水性有機ジンクを2種素地調整で施工した場合、1種(ブラスト処理)と比べてフラッシュラストの発生が著しく増加することが確認されています。2種では清浄度が不十分なため、防食性能が大幅に低下するリスクがあります。施工仕様書の素地調整欄は必ず確認が必要です。
参考:素地調整の等級と重防食塗装への影響については、専門解説記事をご覧ください。
ケレン・素地調整の種類「1種・2種・3種・4種ケレン」の概要、違い - 大日本塗料株式会社
ジンクリッチペイントには、他の一般塗料とは異なる厳格な使用期限ルールが設けられています。この点を見落とすと、規格違反につながる可能性があります。
国土交通省および各道路管理者(NEXCO、大阪市など)の仕様書では、以下のルールが規定されています。
| 塗料の種類 | 使用期限の原則 | 期限超過時の対応 |
|---|---|---|
| ジンクリッチペイント | 亜鉛粉末製造後6ヶ月以内 | 抜き取り試験で品質確認が必要 |
| その他の塗料 | 製造後12ヶ月以内 | 抜き取り試験で品質確認が必要 |
注意したいのは、使用期限が「缶に書かれた製造日」ではなく「亜鉛粉末の製造後」を起点としている点です。つまり、缶の製造日からではなく、亜鉛末の製造日から6ヶ月というカウントになります。これは多くの現場担当者が見落としやすい点です。意外ですね。
なぜジンクリッチペイントの使用期限がほかの塗料の半分(12ヶ月→6ヶ月)に設定されているのかというと、缶の中で亜鉛末が徐々に酸化・変質していくためです。酸化が進んだ亜鉛末は犠牲防食能が低下し、塗料として塗布しても本来の防食性能が発揮されません。外見上は問題なさそうに見えても、防食性能は着実に劣化している場合があります。
保管上の注意点としては、直射日光・高温・多湿を避けることが基本です。倉庫内での保管であっても、夏季の高温環境では品質劣化が加速するため、温度管理には注意が必要です。また、2液タイプの塗料は主剤と硬化剤を混合すると可使時間(ポットライフ)があるため、一度に大量に混合することは避けましょう。
6ヶ月が原則です。
工期が長期化した場合など、やむを得ず使用期限を超えてしまうケースでは、必ず抜き取り試験(品質確認試験)を実施してから使用可否を判断してください。試験を実施せずに期限超過品を使用した場合、施工品質上の問題が発生したときに受注者責任を問われるリスクがあります。
なお、ジンキー8000HBの場合、缶の購入後に現場倉庫に長期間放置してしまうケースが散見されます。受注後すぐに材料を発注して在庫しておく運用をしている場合は、使用期限の管理台帳を現場事務所に必ず設置することをお勧めします。
参考:大阪市の橋梁塗装仕様書では、使用期限と管理方法が詳細に規定されています。
大阪市 第4章 鋼橋上部 塗料の有効期限に関する規定(PDF)
現場でジンクリッチペイントを使う際は、単体で完結するのではなく、エポキシ塗料や上塗り塗料との組み合わせ(塗装仕様)として使うのが基本です。日本ペイントでは「鋼道路橋防食便覧(平成26年3月)」などの公的仕様に対応した製品ラインナップを揃えています。
代表的な塗装仕様のパターンを整理すると、以下のようになります。
| 仕様系統 | 防食下地(ジンキーシリーズ) | 中塗り・上塗り(例) | 主な適用場所 |
|---|---|---|---|
| C-5系(重防食・工場仕上げ) | ジンキー1000GU(無機) | ハイポンファインデクロ+ハイポン80ファイン+ふっ素系上塗り | 橋梁・鉄塔(工場塗装) |
| F-13系(重防食・現場塗替え) | ジンキー8000HB(有機) | ハイポン20ファインHB×2+ハイポン90ファイン | 橋梁補修・現場塗装 |
| Rc-I・Rc-II系(塗替え) | ジンキー8000ファインHB(有機・弱溶剤) | 水性ハイポン20+水性デュフロン100 | 現場塗替え(環境配慮型) |
たとえばNEXCO(東日本・中日本・西日本高速道路)の規格では、ジンキー8000HBは「NEXCO P-06」として有機ジンクリッチペイントに認定されており、高速道路橋梁の塗装工事で使われています。ジンキー1000GUは「NEXCO P-05」として無機ジンクリッチペイントに認定されており、新設橋梁の工場塗装段階で用いられます。
塗装仕様の選定において建築業従事者が見落としやすいのが、「塗装工程の間隔時間(インターバル)」の管理です。たとえばジンキー1000GU(無機)の塗装後にエポキシ中塗りを施す場合、「2日以上10日以内」というインターバルが定められています。これは、無機ジンクが十分に硬化するためには最低2日かかり、一方で10日を超えると表面に炭酸亜鉛の層が形成されて次の塗料との密着性が低下するためです。
このインターバル管理を怠ると、後日塗膜の層間剥離が発生するリスクがあります。塗装工程間の時間管理は施工計画の段階で工程表に明記しておくことが、品質管理の基本です。
また、溶接部や切断端部など、塗装困難な部位については、日本ペイントの塗装仕様書でも「ストライプコート(刷毛による先行塗り)」が指定されているケースがあります。エアレス吹き付けだけでは塗膜が薄くなりやすい箇所を、事前に刷毛で補完するこの工程を省略すると、その部分から錆が発生する典型的な失敗パターンとなります。
参考:日本ペイントの橋梁塗装ガイドブックでは、各仕様の塗装工程・乾燥時間・使用量が一覧で確認できます。
橋梁塗装ガイドブック Vol.5 - 日本ペイント株式会社(PDF)
ここからは、ジンクリッチペイントを使う現場で実際に起きやすいトラブルと、その対策を整理します。
まず押さえておきたいのが「混合後の可使時間(ポットライフ)」の問題です。ジンキー8000HBのような2液型エポキシ系ジンクリッチペイントは、主剤と硬化剤を混合したら決められた時間内(目安として気温20℃で5〜8時間程度)に使い切る必要があります。夏季の高温環境(30℃超え)では可使時間がさらに短くなります。時間を超過した材料を使い続けると、塗膜の硬化不良や密着性低下を引き起こします。これは痛いですね。
次に「希釈率の超過」も現場でよくある失敗です。塗りやすくするために過剰希釈してしまうと、塗膜中の亜鉛含有率が設計値を下回り、犠牲防食能が低下します。希釈剤の添加量は製品仕様書に定められた範囲(例:重量の5%以下)を守ることが条件です。
一方、「膜厚不足」も重大な失敗事例として挙げられます。ジンクリッチペイントの標準乾燥膜厚は75μm/回(ジンキー8000HBの場合)ですが、現場での計測を省略して目視のみで施工していると、膜厚が設計値を大きく下回るケースがあります。膜厚計(電磁式)による抜き取り測定を実施して、施工管理記録に残しておくことが品質確保のために必要です。
実際の施工で知っておくと役立つ独自視点のポイントとして、「ジンクリッチ塗膜の上にラッカー系やアクリル系の速乾性塗料を直接塗ると密着不良が起きやすい」という点があります。溶剤の浸透力が弱い塗料では、ジンクリッチ塗膜の表面に残留した亜鉛の酸化物層が密着を妨げることがあります。中塗りにはエポキシ系を選定するのが基本です。
また、ジンクリッチペイント施工後の表面には「ホワイトラスト(白錆)」が発生することがあります。これは亜鉛が大気中の水分と反応して生じる塩基性炭酸亜鉛の白色の被膜で、一定の状態であれば防食機能を損なうものではありません。しかし、上塗りとの密着性を低下させる原因になるため、中塗り施工前にケレン・清掃を行って除去しておくことが推奨されます。
🔵 現場チェックリスト(ジンクリッチペイント施工前後)
このチェックリストを現場の工事記録に組み込んでおくだけで、品質トラブルの発生リスクを大幅に下げることができます。これだけ覚えておけばOKです。
施工品質のトラブルは、後工程の手戻りや補修費用に直結します。重防食塗装の補修は、1㎡あたり数万円規模のコストが発生することも珍しくありません。たとえば500㎡規模の橋梁補修工事で全面補修が必要になった場合、材料・工賃を含めると数百万円単位の追加コストになることも十分あり得ます。予防に投じる手間は、そのコストと比較すれば圧倒的に小さいものです。
参考:重防食塗装の施工管理の詳細は、J-STAGE掲載の専門論文でも確認できます。
耐久・防食講座(第5講)ジンクリッチペイントの防食性と施工管理 - J-STAGE(色材協会誌)