

電気工事士や施工管理技士として現場で電気を扱う私たちにとって、電気の「発生原理」を知ることはトラブルシューティングの勘を養う上で非常に重要です。その根幹にあるのが、高校物理で習った「ファラデーの電磁誘導の法則」です。現場では変圧器(トランス)や発電機の原理として直感的に理解していることも多いですが、数式として厳密に理解し直すことで、ノイズ対策や配線のインダクタンスへの理解が深まります。
まず、結論となる「公式」を再確認しましょう。ファラデーの電磁誘導の法則は、コイルを貫く磁束が変化するとき、その変化を打ち消そうとする方向に起電力(電圧)が生じるというものです。これを数式で表すと以下のようになります。
V=−NΔtΔΦ
ここで登場する各変数の意味を整理します。
電気工事の現場で、通電中の大きな負荷を開閉器で遮断した瞬間にアークが飛ぶことがあります。あれはまさに、電流が急激にゼロになる(Δtが極小)ことで、回路のインダクタンス成分(コイル的性質)が「磁束の急激な減少」を感知し、ファラデーの法則に従って極めて大きな逆起電力を発生させている現象なのです。この式を頭に入れておくことで、なぜスイッチング時にサージ電圧が発生するのか、その物理的背景が明確になります。公式は単なる暗記対象ではなく、現場現象を読み解くためのツールなのです。
参考リンク:電磁誘導の基礎とファラデーの法則の直感的理解(電気の管理技術者向け解説)
高校物理において、ファラデーの法則を「導出」する最も有名なアプローチは、磁場中を動く「導体棒」を用いた方法です。これは公式を丸暗記するのではなく、「なぜ電圧が生まれるのか」というメカニズムを電子の動き(ローレンツ力)から解き明かすプロセスであり、非常に論理的です。
1. 設定の確認
一様な磁束密度 B [T] の磁場が、紙面の裏から表に向かって垂直にかかっているとします。この磁場の中に、「コの字型」のレールを置き、その上を長さ l [m] の導体棒が、右向きに速さ v [m/s] で滑らかに移動している状況を想像してください。このとき、導体棒には起電力が発生し、一種の「電池」になります。
2. 電子にかかるローレンツ力
導体棒の中には自由電子(電荷 −e)がたくさん存在します。導体棒が右へ速さ v で動くと、中の電子も一緒に右へ動きます。
磁場中で電荷が動くと、ローレンツ力を受けます。ローレンツ力の大きさは f=qvB なので、電子1個あたり f=evB の力を受けます。
フレミングの左手の法則(あるいはローレンツ力の向きの規則)を適用すると、正電荷なら下向きに力を受けますが、電子は負電荷なので、上向き(図の設定によっては逆になりますが、ここでは棒の片側に電荷が偏る力)に力を受けます。これにより、導体棒の一端にマイナスの電荷が、もう一端にプラスの電荷が溜まり始めます。
参考)なぜ「ファラデーの電磁誘導の法則」は2とおりの方法で導かれ…
3. 電場による力とのつり合い
電荷が溜まると、導体棒内部に電場 E [V/m] が発生します。電子はこの電場から fE=eE の力を受けます。
電荷の蓄積は、ローレンツ力と電場による力がつり合うまで続きます。
evB=eE
これより、導体棒内部の電場の強さは E=vB となります。
4. 電位差(電圧)の導出
一様な電場 E が長さ l の区間に発生しているため、導体棒の両端の電位差(電圧) V は次のように計算できます。
V=El=(vB)l=vBl
これが、導体棒が動くことで発生する誘導起電力の大きさです。
参考)【ファラデーの電磁誘導の法則】難し目の典型問題で効率的に慣れ…
5. ファラデーの法則との一致
では、これを「磁束の変化」という視点で見てみましょう。
導体棒が Δt 秒間に動く距離は vΔt です。
この移動によって、回路(コイル)が囲む面積 S は ΔS=l×(vΔt) だけ増加します。
面積が増えた分、回路を貫く磁束 Φ も増加します。その増加分 ΔΦ は、
ΔΦ=BΔS=B(lvΔt)
となります。
これをファラデーの法則の形(ΔtΔΦ)に変形してみましょう。
ΔtΔΦ=ΔtBlvΔt=vBl
これは、先ほどローレンツ力から導いた電圧 V=vBl と完全に一致します。
つまり、「導体棒内の電子がローレンツ力を受けて移動すること」と、「回路を貫く磁束が変化すること」は、物理学的に同じ現象を別の視点から記述しているに過ぎないのです。この美しい整合性が、高校物理のハイライトの一つと言えます。
参考リンク:導体棒の誘導起電力とローレンツ力の詳細な計算プロセス
ファラデーの法則の公式 V=−NΔtΔΦ についている「マイナス(-)」の符号。これこそが「レンツの法則」を数式的に表現したものであり、電気回路における「慣性」のような性質を示しています。
レンツの法則を現場感覚で翻訳すると、「コイルは変化を嫌う」という性格を持っています。現状維持をしようとする天邪鬼(あまのじゃく)な性質です。
この「変化を妨げる向き」に発生するという性質が、数式上のマイナス符号として現れています。
高校物理の問題を解く際や、現場で検電を行う際、誘導起電力の「大きさ」はファラデーの法則で計算し、「向き」はレンツの法則で別個に判断する、という手順(2段階法)をとるとミスが激減します。
例えば、電線管の中に並行して敷設された強電線(動力線)と弱電線(通信線)の間でノイズが乗る現象も、このレンツの法則とファラデーの法則の相互作用です。動力線の電流が急変すると周囲の磁束が変化し、隣接する通信線という「コイル」に、その変化を妨げようとする電圧(ノイズ)が誘起されるのです。シールド線を使う理由は、この磁束の結合を切る、あるいは打ち消すためであると理解できます。
参考リンク:レンツの法則の「天邪鬼」な性質と誘導電流の向きの決定法
高校物理の範囲では Δ(デルタ)を使って「平均の変化率」として扱いますが、より厳密な電気工学や物理学の世界では、これを極限まで短くした「微分」の概念が必要になります。
数式を Δt→0 の極限で見ると、以下のように書き換わります。
V=−NdtdΦ
この dtdΦ は、「磁束の時間微分」、つまり「その瞬間にどれだけの勢いで磁束が変化しているか」を表します。
「磁束の量そのもの」ではなく「変化のスピード」が電圧を決めるという点が最大のポイントです。
参考)大学物理のフットノート
この2つは現象としては「磁石とコイルが近づいた」という同じことなのに、説明する物理法則が「ローレンツ力」と「電場の発生」という全く別のものに見えます。しかし、計算結果(発生する電圧)は完全に一致します。「観測する立場(どちらが動いていると見るか)によって物理法則が変わるのはおかしいのではないか?」という疑問が、物理学の革命につながりました。
参考)ファインマンも解けなかった問題を解明 ~ファラデーの電磁誘導…
私たち建設・設備業の実務において、この「相対運動」の原理を極限まで利用しているのが発電機と**変圧器(トランス)**です。
発電機は、タービンで「コイル(または磁石)」を物理的に回転させ、強制的に dtdΦ を作り出し、巨大な電力を生み出します。
一方、変圧器は物理的には全く動きません。しかし、一次側コイルに交流電流(時間変化する電流)を流すことで、鉄心内の磁束を絶えず変化させ、二次側コイルがあたかも「磁石が動いている」かのような状態を作り出します。
動いていないのに電磁誘導が起きるのは、交流という「時間変化する電流」が、「動く磁石」の代わりを果たしているからです。
建設現場に鎮座する巨大なトランスや、非常用発電機。それらはすべて、19世紀にファラデーが発見し、高校物理で私たちが学んだ V=−NΔtΔΦ というたった一行の数式によって支配されています。この数式の意味を「コイル」「磁束」「時間変化」という要素に分解して理解しておくことは、電気設備という巨大なシステムを制御・管理する私たちにとって、最強の武器となるはずです。
