

電気工事士の試験勉強や、現場でのトラブルシューティングにおいて、多くの人が混同しやすいのが「レンツの法則」と「ファラデーの法則」です。これらは別々の現象を説明しているのではなく、「電磁誘導」という一つの現象を、異なる側面から切り取って説明したものです。建築現場で私たちが日常的に使用しているインパクトドライバー、丸ノコ、発電機、変圧器(トランス)などは、すべてこの電磁誘導の原理によって動いています。
まず、電磁誘導とは何かを正確に定義しましょう。電磁誘導とは、コイル(導線)を貫く「磁束(磁力線の束)」が時間とともに変化したとき、そのコイルに電圧が発生し、電流が流れようとする現象のことです。このとき発生する電圧を「誘導起電力」と呼び、流れる電流を「誘導電流」と呼びます。
ここで重要なのが、この誘導起電力が「どのくらいの強さ(ボルト数)なのか」と「どちらのプラス・マイナス(向き)で発生するのか」という2つの要素です。
つまり、発電機を回すときに「速く回すと電圧が上がる」のはファラデーの法則によるものであり、「回すときに手応えが重くなる(反発力を受ける)」のはレンツの法則によるものです。この二つはコインの裏表のような関係にあり、切り離して考えることはできません。現場でモーターが焼損したり、高負荷時に電圧降下が起きたりする現象も、基本的にはこれらの法則が複雑に絡み合った結果として理解することができます。
詳細情報|ファラデーの法則の公式や微分形・積分形の解説(大きさの定義について詳しく書かれています)
参考)【ファラデーの法則とは?】『公式』や『積分形』や『微分形』な…
電気の資格とお勉強|レンツの法則(磁束の変化と誘導起電力の関係が図解されています)
参考)https://eleking.net/study/s-electromagnetism/se-lenz.html
「向き」と「大きさ」の違いについて、もう少し物理的な視点から深掘りしてみましょう。ここを理解すると、なぜ電動工具のスペック表に特定の数値が書かれているのか、その意味が少し変わって見えてくるはずです。
ファラデーの法則は、「磁束の変化するスピード」が重要であると説いています。ゆっくり磁石を動かしてもわずかな電圧しか発生しませんが、素早く動かせば大きな電圧が発生します。これを建築現場の状況に例えるなら、重い荷物を運ぶ台車のようなものです。台車をゆっくり押せば反発は少ないですが、急激に加速させようとすると、慣性の法則によって強い抵抗(重さ)を感じます。この「急激な変化に対する反応の大きさ」を数式化したものがファラデーの法則です。
一方、レンツの法則は「天邪鬼(あまのじゃく)な法則」と言えます。自然界は現状維持を好む性質があり、磁場の変化を極端に嫌います。
この「変化を打ち消そうとする働き」こそがレンツの法則の本質です。この抵抗勢力があるからこそ、エネルギー保存の法則が成り立っています。もしレンツの法則が逆で、変化を助長する向きに力が働いたとしたら、一度発電機を回せば勝手に加速し続け、無限にエネルギーが得られることになってしまいます(永久機関)。しかし現実には、電気エネルギーを取り出そうとすればするほど、レンツの法則によって回転を止める方向の重い負荷がかかります。私たちが現場で発電機を使う際、サンダーや溶接機を使った瞬間にエンジンの音が「ウオォン」と変わって重くなるのは、まさにレンツの法則が働いて、回転を止めようとする磁力のブレーキが発生したため、エンジンがそれに負けないようにスロットルを開けた証拠なのです。
わかりやすい高校物理の部屋|レンツの法則(磁石の動きと反発力の関係がアニメーション的に解説されています)
参考)レンツの法則 ■わかりやすい高校物理の部屋■
受験の月|ファラデーの電磁誘導の法則(磁束の時間変化と電圧の関係について詳細な記述があります)
参考)ファラデーの電磁誘導の法則ってなに?わかりやすく解説
現場で扱う機器の多くには「コイル」が内蔵されています。モーター、トランス、リレー、ソレノイドバルブなど、電気で動く機械部品の心臓部はコイルです。ここでは「コイル」と「磁束」というキーワードを使って、二つの法則を視覚的にイメージしてみましょう。
コイルとは、導線をぐるぐると螺旋状に巻いたものです。ここに磁石(磁束の発生源)を近づけるとどうなるでしょうか。
この一連の流れにおいて、「磁束が何本増えたか(変化量)」と「どれくらいの時間で増えたか(スピード)」に注目するのがファラデーの法則です。そして、「どっち向きに磁束を作ろうとしたか」に注目するのがレンツの法則です。
具体的に、100回巻いたコイルと1000回巻いたコイルで比較してみましょう。同じ磁石を同じスピードで動かした場合、1000回巻いたコイルの方が、発生する誘導起電力の「大きさ」は10倍になります(ファラデーの法則)。これは、それぞれの巻き線一つ一つで発電が行われ、それが直列につながれて合算されるためです。しかし、電流が流れようとする「向き」は、巻き数に関係なく、常に磁石の動きを妨げる方向で一定です(レンツの法則)。
建築現場で使用する「電工ドラム(コードリール)」を巻いたまま使ってはいけない理由の一つも、これに関連しています。巻いたまま大きな電流を流すと、コイルとしての性質が強まり、熱を持つだけでなく、インダクタンス(交流抵抗)が増大して電圧降下を招きます。これは電流の変化を妨げようとするレンツの法則的な作用(自己誘導)が強く働くためとも解釈できます。
リタールBLOG|電磁誘導とは?コイルとの関係(産業用エンクロージャーメーカーによる技術解説です)
参考)電磁誘導とは?コイルとの関係をわかりやすく解説【電磁誘導を利…
理論は分かっても、いざ現場や試験で「どっちがどっちだっけ?」とならないように、明確な覚え方と公式を整理しておきましょう。特に電気工事士試験などの資格取得を目指す方にとって、この公式の理解は必須です。
まず、これら二つの法則を統合した一つの美しい公式があります。
V=−NΔtΔΦ
この数式の各パーツが、それぞれの法則を表しています。
参考)電磁誘導と右ねじの法則
詳細情報|レンツの法則とは(数式の意味とマイナス符号の理由について詳しく解説されています)
参考)【レンツの法則とは】起電力の向きについてわかりやすく解説!
最後に、これが最も建築従事者の方に知っていただきたい「独自視点」のトピックです。皆さんが普段使っている丸ノコや電気ドリル、スイッチを離した瞬間に「バチッ」という火花と共に、ギュッとブレーキがかかって止まりますよね?実は、この安全装置としてのブレーキ機能こそが、レンツの法則の強烈な応用例なのです。
「スイッチを切ったのに、なぜブレーキがかかるのか?」
普通に考えれば、電源を切ればモーターは惰性で回り続けるはずです(昔の高速カッターなどはそうでした)。しかし、最新の電動工具はスイッチを離した瞬間、内部回路でモーターの端子同士を短絡(ショート)、あるいは抵抗を介して接続する回路構成になっています。
これを「回生ブレーキ(または発電ブレーキ)」と呼びます。ハイブリッドカーが減速時にバッテリーを充電するのと同じ原理ですが、電動工具の場合は充電するのではなく、そのエネルギーをすべて「止まるための力」と「熱」として一瞬で消費させているのです。
もしレンツの法則が存在しなければ、丸ノコの刃はスイッチを切っても数分間は回り続け、キックバックが起きた際や作業終了後の事故のリスクが跳ね上がっていたでしょう。私たちが安全に作業できる背景には、この「変化を嫌う」物理法則が常に働いているのです。また、この原理を知っていれば、「ブレーキの効きが悪い」というトラブルが起きたとき、単なるスイッチの故障なのか、カーボンブラシの摩耗による接触不良(短絡回路が形成されない)なのかを推測する手がかりにもなります。
大工道具屋のひとりごと|マルノコ等のブレーキの仕組み(工具販売店によるプロ視点の解説です)
参考)マルノコ等のブレーキの仕組み - 大工道具屋のひとりごと
里山再生|スライド丸ノコの修理・ブレーキが効かない(実際の修理工程でブレーキコイルの役割に触れています)
参考)スライド丸ノコのメンテナンス(2)ブレーキが効かない
マキタ|製品取扱説明書(チェーンブレーキ等の安全機構に関する記述があります)
参考)https://www.makita.co.jp/product/files/881G55A4_DD715.pdf