
ガス事業法は、ガス事業の運営を調整することによって、ガスの使用者の利益を保護し、ガス事業の健全な発達を図ることを目的とした法律です。主に都市ガス事業者やガス導管事業者など、一般家庭や事業所に対して導管を通じてガスを供給する事業者を対象としています。
参考)https://contents.jobcatalog.yahoo.co.jp/qa/list/10120836930/
建築業従事者にとって重要なのは、ガス事業法が「ガス工作物」の工事、維持及び運用について技術基準への適合を義務付けている点です。ガス工作物とは、ガスの製造・供給に使用される設備全般を指し、導管や製造設備、貯蔵設備などが含まれます。これらの設備を建築現場で扱う際には、経済産業省令で定められた技術基準を満たす必要があります。
参考)e-Gov 法令検索
ガス事業法では、事業許可制度や業務改善命令といった事業規制と、技術基準や保安規制が相まって全体として保安を確保する仕組みになっています。つまり、単に技術的な安全性だけでなく、事業者としての適格性や供給能力も審査される点が特徴です。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/kihon_seisaku/gas_system/pdf/021_03_00.pdf
高圧ガス保安法は、高圧ガスによる災害を防止するため、高圧ガスの製造、貯蔵、販売、移動その他の取扱及び消費を規制することを目的としています。ここでいう「高圧ガス」とは、圧力が1MPaG(メガパスカルゲージ)を超える圧縮ガスや、0.2MPaGを超える液化ガスを指します。
参考)e-Gov 法令検索
この法律が対象とするのは、酸素・窒素などの高圧ガスや冷凍機におけるフルオロカーボン、LPガス(液化石油ガス)などを扱う事業所です。建築現場で使用される業務用エアコンや冷凍冷蔵設備、溶接用ガスボンベなども、その処理能力や貯蔵量によっては高圧ガス保安法の規制対象となります。
参考)高圧ガス保安法は怖くない!まずは基本を知っておこう
高圧ガス保安法では、「製造」「貯蔵」「販売」「移動」「消費」「容器の製造・扱い」「廃棄」という7つのキーワードで規制が行われています。それぞれの行為について、一般高圧ガス保安規則(一般則)、コンビナート等保安規則(コンビ則)、特定設備検査規則(特定則)、容器保安規則(容器則)などの技術基準が定められており、事業者はこれらに適合させる義務があります。
参考)高圧ガス保安法等の法規|総合エネルギー|岩谷産業株式会社
ガス事業法におけるガス小売事業者には、以下のような法律上の義務が課されています。
参考)ガス事業法改正で何が変わる?改正内容と小売事業者の義務の概要…
また、ガス導管事業者は、経済産業大臣の許可を受けなければ事業の全部または一部を休止・廃止できません。建築工事に関連する部分では、ガス工作物を技術基準に適合するよう維持する義務があり、内管の漏えい検査や消費機器の点検なども実施する必要があります。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/gas_anzen/pdf/011_03_00.pdf
ガス事業者には、ガス使用者に対して使用に伴う危険の発生防止に関する必要事項を周知する義務も課されています。これは、事業規制と保安規制が組み合わさった、ガス事業法独自の特徴といえます。
参考)https://www.tokyo-gas.co.jp/IR/library/pdf/anual/1407.pdf
高圧ガス保安法では、高圧ガスを扱う事業者に対して、その規模や施設に応じた厳格な義務が定められています。
建築業従事者が特に注意すべき主な義務は以下の通りです:
参考)高圧ガスに関する申請/大阪府(おおさかふ)ホームページ [O…
これらの手続きを怠ると罰則の対象となります。例えば、無許可で高圧ガスの製造や貯蔵を行った場合、3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金、またはその両方が科される可能性があります。
参考)https://zenyoren.com/wp-content/uploads/2022/06/bassoku.pdf
高圧ガス保安法の詳細な解釈と運用については、経済産業省の逐条解説が参考になります
ガス事業法と高圧ガス保安法では、保安を確保するための規制手法に大きな違いがあります。
ガス事業法は、ガスの使用者の利益を踏まえつつ、事業許可や業務改善命令といった事業規制と保安規制が相まって全体として保安を確保する仕組みです。つまり、事業者の経営面での健全性や供給能力なども審査対象となり、総合的に安全性を担保しようとする考え方が採られています。
一方、高圧ガス保安法は基本的に保安規制(技術基準、第三者による保安検査等)のみで保安を確保しています。事業の許可制度はあるものの、主眼は技術的な安全基準の遵守にあり、設備の構造や管理方法、検査の頻度などが細かく定められています。
この違いは、保安規制の具体的な手法・水準にも現れています。例えば、ガス事業法では開放検査(ガスの供給を停止して行う検査)の頻度が比較的緩やかに設定されていますが、高圧ガス保安法では年1回の保安検査が義務付けられるなど、より厳格な基準が適用されます。
また、液化石油ガス(LPガス)を導管で供給する簡易ガス事業については、従来はガス事業法の適用を受けていましたが、制度改正によりガス事業法の適用から外れ、液化石油ガス法および高圧ガス保安法の規制を受けることになりました。これは、設備構成や供給圧力に差異がないため、より技術基準に特化した規制体系に統一する方が合理的と判断されたためです。
参考)https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/ekika_sekiyu/pdf/011_04_01.pdf
建築業従事者にとって実務上極めて重要なのが、ガス設備の設置時に確保すべき設備距離と離隔距離の規定です。
ガス事業法では、ガス工作物の設置にあたり、保安物件との離隔距離を確保することが求められています。具体的には、増熱器、ガス精製設備、排送機、圧送機などの製造設備は、事業場の境界線から3メートル以上の距離を確保する必要があります。また、第一種保安物件(学校、病院、劇場など)や第二種保安物件(住宅など)に対しては、ガス工作物の処理能力や貯蔵能力に応じた計算式で算出される離隔距離を確保しなければなりません。
参考)https://www.meti.go.jp/policy/safety_security/industrial_safety/law/files/gikokuji.pdf
高圧ガス保安法においても、保安距離の確保は重要な規制項目です。保安距離とは、一定規模以上の高圧ガス設備を設置する際、事故発生時に周囲の保安物件(重要施設や民家等)への危害を防止するために確保すべき距離のことです。この距離は、高圧ガス設備の種類、ガス種、処理能力、貯蔵量、対象となる保安物件の種類(第一種または第二種)により細かく定められています。
参考)第1種保安距離、第2種保安距離について教えてください。
興味深いことに、液化石油ガスを扱う場合、ガス事業法と高圧ガス保安法の間で火気を取り扱う設備との距離の規定に違いがあります。ガス事業法では一律8メートル以上とされていますが、液化石油ガス法(高圧ガス保安法の特別法)ではより柔軟な基準が適用される場合があります。
なお、所定の離隔距離を確保できない場合でも、障壁を設ける、埋設するなどの方法により距離を短縮できる場合があります。建築現場でスペースに制約がある場合は、このような代替措置の活用も検討する価値があります。
建築基準法における危険物の貯蔵等に係る規制との関係については、国土交通省の検討会報告書が詳しく解説しています
建築業従事者が見落としがちなのが、建築基準法とガス関連法規の関係性です。建築基準法第6条および施行令第9条では「建築基準関係規定」が定義されており、その中に高圧ガス保安法とガス事業法が含まれています。
参考)建築基準法とは?関連法と合わせて簡単解説
これは何を意味するかというと、建築物の建築確認申請の際に、これらのガス関連法規にも適合していることを確認しなければならないということです。つまり、建築基準法単独では建築確認が下りず、高圧ガス保安法やガス事業法の要件も同時に満たす必要があるのです。
具体的には、高圧ガスによる災害を防止するため、製造、貯蔵、販売、輸入、移動、消費、廃棄等の各段階で規制が行われており、建築物内にこれらの設備を設置する場合は事前に適法性を確認する必要があります。
また、建築工事現場で高圧ガス設備の設置工事を行う場合、完成検査や保安検査といった法定検査のスケジュールも工程計画に組み込まなければなりません。第一種製造者や第一種貯蔵所の場合、使用開始前に都道府県知事、高圧ガス保安協会、または指定完成検査機関による完成検査を受け、技術基準に適合していると認められる必要があります。
参考)製造施設完成検査申請 - 高圧ガス保安法関係 - 愛知県
さらに、高圧ガス設備を含む建築物では、危害予防規程の作成や保安責任者の選任など、ソフト面での対応も求められます。これらは建築工事の完成後、施設を運営する段階で必要となる措置ですが、設計段階から管理体制を考慮しておくことで、スムーズな施設運営が可能になります。
参考)https://www.khk.or.jp/Portals/0/khk/hpg/refrigeration/2020/kikaku/KHKS1301publiccomment/KHKS1301giann.pdf
項目 | ガス事業法 | 高圧ガス保安法 |
---|---|---|
法律の目的 | ガス事業の健全な発達とガス使用者の利益保護 | 高圧ガスによる災害防止 |
主な対象事業者 | 都市ガス事業者、ガス導管事業者 | 高圧ガス製造・貯蔵・販売事業者、冷凍設備保有者 |
規制の特徴 | 事業規制と保安規制の組み合わせ | 技術基準による保安規制が中心 |
許可制度 | 事業許可制、業務改善命令あり | 第一種製造者は許可制、第二種は届出制 |
検査の種類 | 内管漏えい検査、消費機器点検など | 完成検査、保安検査(年1回) |
離隔距離 | 処理能力・貯蔵能力に応じた計算式 | 設備種類・ガス種・処理能力等で決定 |
責任者の選任 | 保安規程の届出、有資格者配置 | 保安統括者、保安技術管理者等の選任・届出 |
罰則 | 事業停止命令、許可取消等 | 3年以下の懲役または300万円以下の罰金 |
建築現場で「どちらの法律が適用されるのか」を判断する際の基準を整理しておきましょう。
まず、都市ガス事業者から供給される導管ガスを使用する建築物の場合、基本的にはガス事業法が適用されます。この場合、ガス事業者側がガス事業法に基づく義務を負い、建築主や施工者は主に内管の工事基準や消費機器の設置基準に注意を払う必要があります。
一方、建築物内に高圧ガスの製造設備や貯蔵設備を設置する場合、あるいはLPガスボンベを使用する場合は、高圧ガス保安法の適用を受けます。具体的には、業務用の大型冷凍冷蔵設備、空調設備、溶接用ガス設備、医療用ガス設備などが該当します。
注意が必要なのは、LPガスを導管で供給する簡易ガス事業の場合です。以前はガス事業法の適用を受けていましたが、制度改正により液化石油ガス法および高圧ガス保安法の規制に移行しました。供給先の戸数に関わらず、LPガスを導管で供給する事業は液化石油ガス法でまとめて規制されるようになっています。
また、同一の建築物内に都市ガス設備と高圧ガス設備が併存する場合もあります。この場合は、それぞれの設備について該当する法律を適用し、両方の基準を満たす必要があります。建築確認申請の際には、両方の法律への適合性を示す必要があるため、設計段階から両法規を意識した計画が求められます。
実務上の留意点として、地方自治体によっては独自の安全基準やガイドラインを設けている場合があります。例えば、大阪府では高圧ガスに関する許可申請・届出の窓口や手続きが詳細に定められており、高槻市内の事業所の場合のみ大阪府が窓口となり、その他の市町村では各消防本部が窓口となるなど、地域ごとに運用が異なります。建築計画の初期段階で、所轄の行政機関に確認することが重要です。
高圧ガス保安協会のウェブサイトでは、高圧ガス保安法の行政手続きについて詳しい情報が提供されています