

素手で散布したその日、腎障害が数日後に起きる可能性があります。
グリホサートは、植物の光合成に不可欠なアミノ酸合成酵素(EPSPS)を阻害することで、雑草を根まで枯らす非選択性の茎葉処理型除草剤です。日本では昭和55年に農薬登録されて以来、農業用途だけでなく、造成工事中の空き地、道路脇、駐車場など、いわゆる「非農耕地」にも幅広く使われてきました。
建設業の現場では、工事前後の雑草処理や、現場周辺の緑地管理として使われるケースが多くあります。「ラウンドアップ」という商品名で知られる製品が代表格で、散布後に土壌に触れると微生物によって比較的速く分解されるため、「環境にやさしい除草剤」というイメージが浸透してきました。
ただし、この「安全」「環境にやさしい」という認識には注意が必要です。グリホサート製剤は単体成分ではなく、製品には必ず界面活性剤などの補助成分が含まれています。つまり、毒性を考えるときは「グリホサート単体」の話だけでは不十分ということになります。
日本国内の流通量も相当なもので、農薬要覧によれば液剤だけで年間1万キロリットルを超える出荷実績があります。これは20リットル入りのタンクに換算すると50万本以上に相当する量です。それだけ広く普及している一方、正しい知識なく使っている作業者が多いのも実情です。
内閣府食品安全委員会|グリホサートの概要・中毒症状・毒性に関する情報(PDF)
グリホサートの危険性を語るうえで外せないのが、2015年にWHO(世界保健機関)の外部機関であるIARC(国際がん研究機関)が下した評価です。IARCはグリホサートを「グループ2A:ヒトに対しておそらく発がん性がある」に分類しました。これは「発がん性が確定している」という意味ではありません。
意外ですね。
この分類は「一定の証拠がある」という性質評価であり、「どの程度の量を摂取すると危険か」というリスク評価ではないのです。そのため、日本の内閣府食品安全委員会やアメリカのEPA(環境保護庁)、欧州食品安全機関(EFSA)は、「通常の使用量・曝露レベルでは発がん性が認められない」という立場を維持しています。
しかし問題は、「職業的に長期間・高濃度で曝露される人」のリスクです。建設現場で繰り返し除草剤散布を担当する作業員は、一般消費者よりもはるかに高い曝露機会があります。複数の疫学研究で、職業的なグリホサート曝露と「非ホジキンリンパ腫(NHL)」との間に統計的に有意な関連性が観察されており、特に長年にわたる高頻度使用のケースで関連性が示唆されています。
訴訟の実態を見れば、問題の深刻さがよく分かります。グリホサートを有効成分とする「ラウンドアップ」を巡っては、アメリカだけで約12万5000件もの訴訟が起こされました。製造元の会社を買収した独バイエル社は、2024年1月に米ペンシルベニア州の裁判でがん患者への賠償として約3300億円の支払いを命じられ、2026年2月にも新たに最大72.5億ドル(約1兆円超)の集団訴訟和解案を提案しています。これは「問題がなかった」製品には起こりえない規模の話です。
世界各国の規制の動向としては、オーストリアがすでに使用禁止を実施し、ドイツも段階的な禁止を進めてきた経緯があります。フランスでも使用禁止の動きが続いています。
ロイター(2026年2月)|バイエルが除草剤発がん性を巡る集団訴訟で72.5億ドルの和解提案
国立医薬品食品衛生研究所|グリホサートのIARC評価に関連した詳細資料(PDF)
グリホサート本体の毒性は「毒物及び劇物取締法」上では普通物に相当し、塩分(食塩)と同程度の急性毒性という評価もあります。しかし現場で実際に使われるのは、グリホサート単体ではなく「製剤」です。ここに重要な落とし穴があります。
製剤には必ず「界面活性剤」が含まれており、この界面活性剤こそが急性中毒症状の主な原因となっています。つまり「グリホサートは安全」という情報を鵜呑みにして、製品をそのまま素手で扱うのは危険なのです。
内閣府食品安全委員会の資料によると、グリホサートイソプロピルアミン塩製剤を大量に曝露した場合、界面活性剤の消化管刺激・腐食作用により次のような症状が現れます。
| 時間経過 | 主な症状 |
|---|---|
| 数時間以内 | 嘔吐・下痢・腹痛・咽頭痛・意識障害 |
| 数時間〜数日後 | 腎障害・肝障害・中枢神経障害・低血圧・肺水腫 |
| その他 | 頻脈・徐脈・顔面紅潮・瞳孔異常・筋肉痛 |
特に「肺水腫」は、肺に液体が溜まる状態で、最悪の場合は命に関わります。散布時のミスト(細かい霧状の液滴)を吸い込むことで呼吸器症状が引き起こされるリスクもあります。これが基本です。
さらに、目に製剤が入った場合は直ちに大量の流水で15分以上洗浄する必要があります。皮膚に付着した場合も、石けんで最低15分間は洗い続けることが求められます。建設現場での防護対策として、マスク・手袋・長袖長ズボン・保護メガネの着用は「任意」ではなく「必須」だと認識してください。
内閣府食品安全委員会|グリホサートのハザード概要シート(応急処置・皮膚付着時の対応を含む)
建設業従事者が見落としがちな、しかし非常に重要なポイントがあります。グリホサートを含む除草剤は、大きく「農耕地用(農薬登録あり)」と「非農耕地用(農薬登録なし)」の2種類に分かれています。
農薬登録されている製品であっても、使用できる場所・方法・作物の種類は農薬取締法によって厳格に定められています。農水省の通知では「非農耕地用除草剤を農作物等の栽培・管理のために使用することは農薬取締法改正法第11条違反」と明確に記されています。
建設現場で問題になりやすいパターンは次のとおりです。
農薬取締法違反の場合、3年以下の懲役または100万円以下の罰金が科される可能性があります。これは健康リスクとは別に、法的リスクとして建設業者にとって非常に深刻な問題です。
対策として必要なのは、製品のラベルに記載された「使用場所」「使用作物」「使用方法」を必ず現場責任者が確認することです。農林水産省の農薬登録情報データベース(FAMIC)で、製品の登録内容を事前にチェックする習慣をつけましょう。手順は1つで完結します——製品の農薬登録番号を同データベースで検索し、「非農耕地」「農耕地」の区分を確認するだけです。
日本農薬学会|緑地管理用農薬の使用上の注意点(非農耕地・農耕地の区分を含む解説PDF)
「グリホサートは安全」という漠然とした認識のまま作業を続けることが、最大のリスクです。科学的なデータが示す通り、通常の使用量での急性毒性は高くないものの、防護なしでの繰り返し使用や誤った製品選択は健康・法律の両面でリスクを高めます。
建設現場での実践的な安全対策として、まず個人防護具(PPE)の徹底が挙げられます。散布時は必ず次のアイテムを使用してください。
次に、散布の環境条件を管理することが重要です。風速が毎秒2メートル以上の場合は散布を中止するのが原則です。風があるとミストが周囲に飛散し、作業者の吸入リスクが高まるうえ、近隣の農地や植物にも被害が及びます。散布当日は散布区域への立入禁止措置を取り、完全に乾燥するまで(目安は散布後2〜3時間)は触れないようにします。
また、グリホサートに頼らない代替工法の検討も有効です。建設現場では「防草シート+砂利」の組み合わせが、除草剤なしで雑草の発生を長期間抑制する効果的な方法として広く採用されています。初期コストはかかりますが、繰り返し散布にかかる人件費・薬剤費と比較すると、3年スパンではコスト面でも有利なケースが多くあります。
長期的な健康リスクが気になる方には、定期健康診断に加えて、職業的曝露が多い場合は腎機能・肝機能の検査項目を追加することも選択肢の一つです。これは職業病の早期発見につながります。
農家web|グリホサート系除草剤の人体に対する危険性と安全な使い方の解説
グリホサートは確かに除草効果が高く手軽な一方、本記事で解説してきた複数のリスクが存在します。特に職業的に頻繁に使用する建設業従事者には、代替手段の知識も持っておくことをお勧めします。
まず「グルホシネート系除草剤」は、グリホサートと同様に葉から吸収して除草しますが、土壌への残留性が低く、毒性プロファイルが異なります。発がん性についての訴訟リスクも現時点ではグリホサートほど顕在化していません。ただし、グリホサートと同様に「農耕地用」「非農耕地用」の区別があり、使用場所の確認は同様に必要です。
天然成分系の除草剤として、酢酸(食酢成分)を有効成分とした製品も市販されています。これらは地上部の植物をすばやく枯らす即効性があり、根まで移行する力はグリホサートに劣りますが、散布当日から人やペットが立ち入れるレベルの安全性を持つ製品もあります。建設現場の仮囲い内の雑草処理など、頻度が低く小面積の場合に適しています。
物理的除草として「高熱スチーム除草機」も業務用として普及しています。薬剤を一切使わないため、農薬取締法の縛りがなく、周辺への薬剤飛散の心配もありません。1台あたりの価格は50万〜150万円程度とやや高価ですが、中大規模の建設会社が複数現場をまたいで使い回す場合はコスト効率が高くなります。
重要なのは「グリホサートだから絶対ダメ」でも「グリホサートは完全に安全」でもなく、使用状況・使用者・使用目的に応じてリスクを正確に評価して判断することです。結論はシンプルです——「正しい製品を、正しい場所で、正しい防護をして使う」という原則を守れば、リスクは大幅に低減できます。
| 除草方法 | 効果の持続性 | 法的リスク | 健康リスク | コスト感 |
|---|---|---|---|---|
| グリホサート系 | 高(根まで枯らす) | あり(使用区分に注意) | 長期曝露で要注意 | 低〜中 |
| グルホシネート系 | 中〜高 | あり(使用区分に注意) | 中(同様に防護必要) | 低〜中 |
| 天然酢酸系 | 低(地上部のみ) | なし(農薬非登録品も多い) | 低 | 中 |
| 防草シート+砂利 | 非常に高(数年〜10年) | なし | 高(初期費用) | |
| 高熱スチーム | 中(繰り返し必要) | なし | なし(熱傷注意) | 高(機器費用) |
建設現場の規模・用途・周辺環境を踏まえた除草計画の見直しが、長期的な安全管理の第一歩になります。これは使えそうです。
環境省|農薬に関する法令・農薬取締法の概要と使用制限に関する解説(PDF)