

建築現場、特に木造住宅のリフォームやクリーニングの現場で「あく洗い」のエースとして活躍する過酸化水素水ですが、その化学式がなぜ「H₂O₂」という、いかにも水(H₂O)に何かが余計にくっついたような形をしているのか、不思議に思ったことはありませんか。
結論から言えば、この化学式は**「酸素原子(O)が2つの手(結合手)を持つ」**という化学の基本ルールに従って、無理やり手をつなぎ合わせた結果生まれた構造だからです。
参考)過酸化水素って何?どうやって製造するの?何に使われるの?関係…
通常、酸素原子は水素原子2つと結びついて安定した「水(H-O-H)」になります。しかし、過酸化水素の場合は、酸素原子同士が直接手をつないだ「酸素-酸素結合(-O-O-)」が存在し、その両端に水素がついている「H-O-O-H」という構造をしています。
参考)過酸化水素ってどうして不安定なのですか? - Clearno…
この「酸素同士の結合」こそが、過酸化水素水のすべての性質の鍵を握っています。酸素原子には、結合に使われていない「非共有電子対(ローンペア)」という電子のペアが存在します。
参考)過酸化水素 - Wikipedia
狭いスペースで酸素原子同士が隣り合うと、このマイナスの電気を帯びた電子対同士が猛烈に反発し合います。人間で言えば、仲の悪い二人が無理やり狭い部屋に押し込められているような状態です。
そのため、過酸化水素の分子構造は、平面ではなく、教科書を半開きにしたようなねじれた形(二面角を持つ構造)をとることで、なんとか反発を避けようとしています。
この「構造的な無理」が、過酸化水素を特殊な薬品足らしめている根本的な理由なのです。
現場で過酸化水素水のポリタンクがパンパンに膨らんでいたり、蓋を開けた瞬間に「プシュッ」とガスが抜けたりする経験があると思います。
これは、過酸化水素の化学式に含まれる「過剰な酸素」が、一刻も早く外に出て自由になりたがっている証拠です。
化学的に見ると、過酸化水素(H₂O₂)中の酸素-酸素結合(O-O結合)の結合エネルギーは非常に小さく、切れやすい状態にあります。
参考)Reddit - The heart of the inte…
この結合が切れると、過酸化水素は以下のように分解し、よりエネルギー的に安定した「水」と「酸素」に戻ろうとします。
この反応は発熱反応であり、一度始まると熱がさらに分解を促進させるという連鎖が起きます。
特に、以下の条件が揃うと分解は劇的に加速します。
建築現場で、コンクリートや金属に過酸化水素水をこぼすと激しく泡立つのは、コンクリートのアルカリ分や金属イオンが触媒となって、一気に酸素ガスが発生しているからです。
この「不安定さ」こそが、次に解説する強力な洗浄力の源泉でもありますが、同時に保管における最大のリスク要因でもあります。
なぜ過酸化水素水は、木材の古びた黒ずみやカビをあれほど綺麗に消し去ることができるのでしょうか。
その答えは、分解しようとする瞬間に生まれる「活性酸素」の猛烈な酸化力にあります。
過酸化水素は、相手(汚れや色素)から電子を奪い取る「酸化剤」として働きます。
参考)【高校化学基礎】「過酸化水素vsヨウ化カリウム」
特に建築の「あく洗い」においては、以下のようなメカニズムで汚れを落としています。
木材の美しさを取り戻せる!あく洗い工事を解説 | リフォーム・塗装の知識
上記リンクでは、あく洗いの工程で過酸化水素水がいかに重要か、汚れを浮かすプロセスの詳細が解説されています。
特筆すべきは、過酸化水素水が最終的に「水と酸素」にしかならないという点です。
参考)かさんかすいそ【過酸化水素】
塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)のように、残留塩素が塩(NaCl)として木材の中に残ったり、強烈な塩素臭が残ったりするリスクが少ないのが特徴です。
しかし、その酸化力は強力すぎるため、木材の繊維(セルロース)そのものを傷める可能性もあります。
そのため、プロのあく洗いでは、過酸化水素水で漂白した直後に、必ずシュウ酸などの酸性薬品を使って中和・還元処理を行い、木肌を整える工程がセットになっています。
参考)【オススメ!】木部再生システム :: Nihon-lifec…
建築用や工業用として流通している過酸化水素水は、通常濃度が35%程度のものが多く、これは**「劇物」**に指定されています(濃度6%を超えるものが該当)。
参考)https://direct.hpc-j.co.jp/sds/jpn/Q3-20.pdf
ドラッグストアで売られているオキシドール(濃度約3%)とは、危険度が桁違いであることを認識しなければなりません。
なぜ劇物なのか?
高濃度の過酸化水素水が皮膚に付着すると、皮膚のタンパク質を一瞬で酸化・変性させ、激しい痛みとともに皮膚が白くただれます(化学熱傷)。
目に入れば失明の危険性もあり、吸入すれば肺水腫を引き起こす可能性もあります。
さらに、有機物(木くず、ウエス、油など)と混ざると、乾燥した後に自然発火したり、密閉容器内で爆発したりする火災リスクも極めて高い物質です。
正しい保存方法
現場での保管には、以下の厳守事項があります。
過酸化水素 35% 安全データシート (SDS) | キシダ化学
このSDS(安全データシート)には、廃棄時の注意や、万が一漏洩した際の緊急措置が詳述されており、管理者必読の内容です。
建築洗浄において、過酸化水素水(酸性~弱酸性領域で安定)と、次亜塩素酸ナトリウム(強アルカリ性)は、どちらも「漂白剤」として使われますが、その特性と用途は明確に異なります。
ここが一般のDIYとプロの分かれ目となる「独自視点」のポイントです。
| 特徴 | 過酸化水素水 (H₂O₂) | 次亜塩素酸ナトリウム (NaClO) |
|---|---|---|
| 液性 | 弱酸性(使用時は中性~アルカリ性に調整も) | 強アルカリ性 |
| 木材への影響 | 比較的穏やか。木本来の色に戻す。 | 強烈。木材の繊維を溶かし、「白木」以上に白く焼ける。 |
| 漂白メカニズム | 活性酸素による酸化 | 次亜塩素酸イオンによる酸化 |
| 後の処理 | シュウ酸等での中和・還元が必要 | 大量の水洗いと酸洗いが必要(残留すると黄変する) |
| 適した用途 | 白木のあく洗い、デリケートな古材 | カビの除去(浴室・外壁)、安価な漂白 |
検索上位の記事では「どちらも漂白剤」と括られがちですが、**「木材の年輪(冬目と夏目)の浮き上がり方」**に決定的な差が出ます。
次亜塩素酸ナトリウムは強アルカリ性のため、木材の細胞(リグニン・ヘミセルロース)を分解・溶解させる力が強すぎます。
これを無垢材に原液で使うと、木の柔らかい部分(夏目)が溶けて痩せてしまい、硬い部分(冬目)だけが浮き上がる「浮造り(うづくり)」のような状態になってしまうリスクがあります。
また、アルカリ焼けによって、時間が経つと黒ずんだり黄色くなったりする「戻り」が発生しやすいのも難点です。
対して過酸化水素水は、木材組織への攻撃性が比較的低いため、**「木材の質感や風合いを残したまま、汚れだけを抜く」**という高級な仕上げが可能です。
参考)外装木部のあく洗い - leco paint|神戸市西区・明…
ただし、過酸化水素水単体では反応が遅いため、現場では少量の水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)などを助剤として加え、PHを意図的に上げて反応速度をブーストさせるテクニック(A液・B液混合法)が使われます。
この「反応のコントロール」こそが、過酸化水素水を使いこなす職人の腕の見せ所と言えるでしょう。