高張力鋼規格の種類と強度の選び方

高張力鋼規格の種類と強度の選び方

記事内に広告を含む場合があります。

高張力鋼規格の基準と種類

高張力鋼規格の重要ポイント
📋
JIS規格の強度体系

SM490から SM570まで引張強さで分類され、数字が保証最低値を示します

🌍
国際規格との対応

ASTM・EN規格など海外規格との相互理解が重要です

⚙️
製造方法の違い

TMCP鋼は従来鋼より溶接性に優れた特性を持ちます

高張力鋼の規格定義と強度基準

高張力鋼とは引張強さが490MPa以上の構造用鋼材を指し、一般構造用圧延鋼材(SS材)よりも高い強度を持つ鋼材です。普通鋼板が引張強さ270MPa以上であるのに対し、高張力鋼板は一般的に340MPa~790MPaの範囲で定義されていますが、この定義は各国や鉄鋼メーカーによって異なります。国内では引張強さ490MPa以上を高張力鋼とする見方が主流ですが、ドイツでは180MPa以上を高張力鋼と呼ぶこともあり、グローバルな調達では注意が必要です。引張強さ980MPa以上のものは「超高張力鋼板」と呼ばれ、さらに高度な強度が求められる用途に使用されます。
参考)https://www.jsme.or.jp/jsme-medwiki/doku.php?id=08%3A1004055

日本製鉄のWEL-TENシリーズでは55キロ鋼以上を高張力鋼として設定しており、50キロ鋼はすでに汎用的なため含まれていません。60キロ鋼はWEL-TEN590シリーズ、70キロ鋼、80キロ鋼としてWEL-TEN780シリーズなど多岐にわたる製品ラインナップが存在します。特に80キロ鋼にはWEL-TEN780、WEL-TEN780E、WEL-TEN780C、WEL-TEN780EXなど用途別に最適化された複数の種類があり、それぞれ靭性重視型、汎用型、厚手対応型、予熱低減型などの特徴を持ちます。
参考)高張力鋼とは? 専門商社がわかりやすく解説します。vol.3…

高張力鋼のJIS規格体系と種類

JIS G 3106「溶接構造用圧延鋼材」は橋梁、船舶、車両、石油貯槽、容器などの溶接構造物に用いられる鋼材を規定しており、特に溶接性に優れた特性を持ちます。この規格には11種類の鋼材種類が存在し、SM400A/B/C、SM490A/B/C、SM490YA/YB、SM520B/C、SM570という分類がなされています。記号の数字(例:SM490の490)は引張強さの最低保証値を表しており、SM490であれば引張強さ490N/mm²が保証されています。数値が大きいほど硬く引張強度が高く、より大きな荷重に耐えられる性能を持ちます。
参考)SM材 溶接構造用圧延鋼材 JIS G3106 【SM490…

JIS G 3106のSM570やJIS G 3140のSBHS500は橋梁用として広く使用されており、引張強さ570N/mm²級と500N/mm²級の高強度鋼板です。さらに高強度が必要な場合はJIS G 3128のSHY685やJIS G 3140のSBHS700といった780N/mm²級の鋼材も利用可能です。耐候性が求められる用途にはJIS G 3114のSMA400W、SMA490W、SMA570Wなどの耐候性高張力鋼板が適用され、塩分環境に対応した高塩分対応型高耐候性鋼としてLALAC400-HSやLALAC490-HSも開発されています。
参考)https://www.jfe-steel.co.jp/products/atuita/catalog/c1j-003.pdf

規格 鋼種 引張強さ(N/mm²) 降伏点・耐力(N/mm²) 主な用途
JIS G 3106 SM490 490~610 325~ 溶接構造物全般
JIS G 3106 SM570 570以上 460以上 橋梁・船舶
JIS G 3140 SBHS500 500以上 - 建築構造物
JIS G 3140 SBHS700 780級 - 高強度要求部材
JIS G 3136 SN490 490~610 325~445 建築構造用

高張力鋼の国際規格とメーカー規格

ASTM規格ではA678 Gr.C/D、A841などが高張力鋼として定義され、JISのSM570に対応する590N/mm²級として使用されます。EN規格(欧州規格)でも同等の強度レベルの鋼材が規定されており、国際的なプロジェクトではこれらの規格間の対応関係を正確に理解することが不可欠です。船級協会の規格(A47、D47、E47、F47など)も存在し、船舶用途では船級規格に適合した鋼材の選定が求められます。
参考)https://www.jfe-steel.co.jp/products/atuita/catalog/c1j-002.pdf

JFE鋼板のHITENシリーズやWES規格(HW450、HW490、HW550など)も業界で広く使用されており、JFE-HITEN570U2、JFE-HITEN590S、JFE-HITEN610など用途に応じた多様な製品が提供されています。各メーカー規格は公的規格に準拠しつつも独自の品質保証や特性を付加しているため、発注仕様に合わせた事前相談が重要です。特に大型プロジェクトでは複数の規格体系が混在することがあり、材料証明書の確認と規格間の整合性チェックが施工品質を左右します。​

高張力鋼の引張強さと降伏点の関係

引張強さは材料の破壊限界を示す強さであり、この値を超える力が加わると材料は破断します。一方、降伏点は力を加えた時に材料が変形して元に戻らなくなる強さを示し、弾性の上限とも呼ばれます。降伏点以下の力であれば力を除けば元の形状に戻るため、機械や構造物の設計では降伏点をベースに安全率を加味して検討が行われ、引張強さよりも設計者にとって重要な指標となります。
参考)https://www.toishi.info/metal/ten.html

降伏点と引張強さの比率は「降伏比(YR:Yield Ratio)」と呼ばれ、降伏比=(降伏点÷引張強さ)×100の式で表されます。例えば降伏点が200MPaで引張強さが400MPaの場合、降伏比は50%となります。降伏比が低いほど破壊されるまでの衝撃吸収能力が高く、地震などの動的荷重を受ける構造物では重要な評価指標です。鉄鋼材料では熱処理していない生材の場合、降伏点は引張強さの約50%前後、熱処理した鋼材では約80%前後(焼きのよく入るものでは約90%)となる一定の関係があります。​

高張力鋼の製造方法とTMCP鋼の特徴

高張力鋼の製造方法には大きく分けてAs-Roll(AR:高温圧延後自然空冷)、Controlled Rolling(CR:低温圧延で未再結晶域の歪みを利用)、TMCP(Thermo-Mechanical-Control-Process:圧延温度と冷却速度を制御)があり、広義ではCRもTMCPの一部に含まれます。これに加えて圧延後に焼きならしや焼入れ焼戻しなどの熱処理が実施される場合もあります。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0050010120

TMCP法は近年飛躍的な発達を遂げており、国内で製造されるHT490クラス高張力鋼のほとんど全てがTMCP法で製造されています。TMCP鋼は高強度でありながら化学成分を低く抑えることが可能なため、従来法で同等強度を確保する場合と比較して合金元素の添加量を削減できます。このため必要予熱温度がTMCP鋼の方が低温で済み、溶接割れの懸念が大幅に改善されています。​
TMCP鋼は成分調整に加え加熱温度・圧延温度を制御し、圧延後そのままオンラインで水冷を実施する製造プロセスが特徴です。炭素などの靭性を劣化させる元素の低減が可能なため、HAZ(熱影響部)靭性が従来鋼より優れており、耐食性やその他の特性においても成分の影響を受けて従来鋼との差異が生じます。建設機械や船舶用途ではTMCP鋼が標準的に採用され、溶接施工の効率化とコスト削減に大きく寄与しています。
参考)高張力鋼とは? 専門商社がわかりやすく解説します。vol.2…

高張力鋼の用途と適用事例

高張力鋼は橋梁、建築構造物、船舶、自動車、建設機械など幅広い分野で使用されています。橋梁分野では長大橋の主塔や桁部材に適用され、1974年完成の「港大橋」、1988年完成の「瀬戸大橋」、1998年完成の「明石海峡大橋」ではHT780が大量に使用されました。明石海峡大橋では設計荷重に応じてさまざまな強度レベルの鋼種が配置され、最適な材料配置による軽量化と高強度化が実現されています。
参考)高張力鋼

吊橋では予熱温度を50℃まで低減した予熱低減型高張力鋼が採用され、Cu析出強度型と低Pcm(溶接割れ感受性)型の二種類が開発されています。2006年には耐疲労特性に優れたFCA鋼(Fatigue Crack Arrester)が世界で初めて橋梁(和歌山県の入野橋)に適用され、橋梁の疲労寿命について大幅な改善が確認されました。
参考)耐疲労特性に優れた高張力厚鋼板の橋梁への初適用について

建築分野では軽量単管足場や農業用ビニールハウスの骨材など建材分野でも活用が広がり、作業負担の軽減や強度改善・コストダウンを目的とした導入が進んでいます。自動車産業では車体の軽量化と衝突安全性向上のため、SAPH440、SPFH590、JSC780、JSC980、JSC1180といった各種高張力鋼板が部位ごとに使い分けられています。
参考)軽くて強い!高張力鋼板(ハイテン材)の基礎知識

日本製鉄の耐疲労特性に優れた高張力鋼板の橋梁適用事例
橋梁分野でのFCA鋼の初適用について詳細な技術情報が掲載されています。

 

高張力鋼の強度クラス別の選定ポイント

🔧 490N/mm²級(50キロ鋼)
最も汎用的な高張力鋼で、溶接構造物全般に広く使用されます。SM490A/B/Cやその他の同等規格が存在し、溶接性と強度のバランスが良好なため初めて高張力鋼を採用する場合の標準選択肢となります。​
⚙️ 570N/mm²級(60キロ鋼)
橋梁の主要部材や高層建築の骨組みなど、より高い強度が求められる用途に適用されます。SM570やWEL-TEN590シリーズが代表的で、板厚範囲も広く設定されているため大型構造物にも対応可能です。​
💪 780N/mm²級(80キロ鋼)
建設機械のアーム部材や長大橋の高応力部材など、最高レベルの強度が必要な箇所に使用されます。WEL-TEN780Eは汎用的な80キロ鋼として板厚60mmまで対応し、WEL-TEN780Cは球形タンクや厚手部材(60mm超)向けに開発されています。WEL-TEN780EXは銅(Cu)含有により溶接割れが発生しにくい予熱低減型として、溶接施工の効率化が求められる現場で重宝されます。​
⚠️ 高強度になるほど溶接時の予熱温度管理や材料選定が厳格になるため、80キロ鋼以上では応力除去焼鈍(SR)実施時のSR脆化リスクも考慮し、事前に鋼種の確認と指定が必須です。疲労荷重を受ける用途では溶接接手部の疲労強度が軟鋼と差がほとんどないため、UIT(超音波衝撃処理)などの疲労強度向上処理の適用も検討価値があります。​

高張力鋼選定時の設計上の注意点

高張力鋼は強度が高い一方で、たわみ量は普通鋼と変わらないため、板厚を薄くすると剛性が低下します。このため剛性を確保するには補強材の配置や構造の工夫が必要であり、単純な板厚削減だけでは設計が成立しない場合があります。繰り返し荷重を受ける用途では疲労強度の評価が重要で、高張力鋼自体の亀裂発生強度は軟鋼より高いものの、溶接接手部では軟鋼との差がほとんどありません。​
高張力鋼を使用すると部材にかかる応力も高く設計されるため、溶接残留応力と相まって微小亀裂が発生しやすくなります。これを緩和する方法として溶接接手部へのUIT処理があり、高張力鋼本来の疲労性能に近い状態まで向上させることが可能です。また曲げ加工では降伏強さが高いためスプリングバック(曲げた形状から元に戻る現象)が大きくなり、計算で予測できても鋼材間のばらつきがあるため初期調整が必要です。​
溶接施工では高張力鋼特有の割れリスクに対応するため、低水素系溶接材料の選択が必須となります。軟鋼と高張力鋼を溶接する異種鋼材接合では、高強度側鋼材のPcm値と継手全体の拘束度に適した予熱温度の選定が割れ防止のために必要です。日本溶接協会のWES3001ではルート割れ防止予熱温度の選定方法が提唱されており、溶接情報センターの「鋼材溶接性計算」ツールで必要な予熱温度を計算できます。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0050020140

日本溶接協会の軟鋼と高張力鋼の溶接施工Q&A
異種鋼材溶接時の予熱温度選定や溶接材料の選択について専門的な解説があります。