マレイン酸とフマル酸の融点と構造異性体の比較と樹脂の安定性

マレイン酸とフマル酸の融点と構造異性体の比較と樹脂の安定性

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融点と構造の完全比較
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融点の劇的な差

マレイン酸は約130℃で溶けるが、フマル酸は約287℃まで溶けない。

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構造異性体の違い

シス型(マレイン酸)は分子内で結合しやすく、トランス型(フマル酸)は分子間で強固に結合する。

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現場でのリスク

無水マレイン酸は水と反応して発熱し、フマル酸へ転移する際にさらに発熱する危険性がある。

マレイン酸とフマル酸の融点

建築材料や樹脂の原料として使用されるマレイン酸とフマル酸は、化学式(C4H4O4\text{C}_4\text{H}_4\text{O}_4C4H4O4)が全く同じであるにもかかわらず、その物理的性質、特に融点において驚くべき差を持っています 。この二つは典型的な「幾何異性体(シス-トランス異性体)」の関係にあり、この構造の違いが物質としての安定性を大きく左右しています。
参考)http://fastliver.com/list/kurabe/theme6hutten.pdf

一般的に、融点が高い物質ほど結晶としての結合エネルギーが強く、熱的に安定していると言えます。以下の表は、両者の基本的な物性を比較したものです。

特性 マレイン酸 (Maleic Acid) フマル酸 (Fumaric Acid)
構造 シス型 (Cis) トランス型 (Trans)
融点 130 ~ 139 ℃ 287 ℃ (昇華性あり)
水への溶解度 極めて高い (79g/100ml) 非常に低い (0.63g/100ml)
酸解離定数 (pKa1) 1.9 (かなり強い酸) 3.0 (比較的弱い酸)
毒性 刺激性が強い 食品添加物にも使われる


参考リンク:複合材料講座 - 不飽和ポリエステル樹脂の基礎化学と構造特性について
この表からわかる通り、融点には150℃以上の開きがあります 。なぜこれほど劇的な違いが生まれるのか、その理由は「分子がどのように並んでいるか(結晶格子)」と「水素結合の相手が誰か」という点に集約されます。次項からそのメカニズムを深掘りしていきましょう。
参考)フマル酸 - Wikipedia

マレイン酸とフマル酸の構造異性体の違い

 

マレイン酸とフマル酸の違いを理解するためのキーワードは「構造異性体」と「対称性」です。化学式が同じでありながら、二重結合(C=C\text{C}=\text{C}C=C)に対するカルボキシ基(COOH-\text{COOH}−COOH)の配置が異なります。



  • マレイン酸(シス型)


    • 二つのカルボキシ基が二重結合の同じ側に配置されています。


    • この配置により、分子全体が「折れ曲がった」ような形状(馬蹄形に近い)をしています。


    • 構造的に歪みがあり、分子同士がきれいに整列しにくいため、結晶を作る力(格子エネルギー)が弱くなります 。youtube​
      参考)どうやって解くのですか?また、分子内で結合、分子間で結合とは…


  • フマル酸(トランス型)


    • 二つのカルボキシ基が二重結合の反対側に配置されています。

    • 分子が直線に近い形状をしており、点対称の構造を持っています。

    • この高い対称性により、分子同士が隙間なく「密」にパッキング(充填)されることが可能です 。
      参考)マレイン酸とフマル酸の酸の強さとそのメカニズム

建築現場で例えるなら、形の揃ったレンガ(フマル酸)は高く積み上げても崩れにくく頑丈ですが、いびつな形の石(マレイン酸)は積み上げても隙間ができやすく崩れやすい、というイメージです。この「積み上げやすさ(パッキング効率)」が、融点の高さに直結しています。フマル酸は分子が整然と並ぶため、結晶を崩す(融解させる)のに多大な熱エネルギーが必要となり、結果として融点が高くなります 。
参考)フマル酸

参考リンク:5分でわかるマレイン酸とフマル酸の構造決定 - Try IT

マレイン酸の融点にかかわる分子内水素結合のメカニズム

融点の差を生み出すもう一つの、そして化学的に非常に興味深い要因が「水素結合」の形成スタイルの違いです。ここで重要なのは「自分の中で完結するか、他人と手をつなぐか」という点です。


  • マレイン酸:分子内水素結合(孤独な結合)


    • マレイン酸はシス型であるため、二つのカルボキシ基が物理的に非常に近い距離にあります。

    • そのため、一方の OH-\text{OH}−OH ともう一方の C=O\text{C}=\text{O}C=O の間で、分子内で水素結合を作ってしまいます(キレート環のような構造)。


    • 分子内で手がふさがってしまうため、隣の分子と手をつなぐ(分子間水素結合)力が弱くなります。結果として、分子同士の結びつきが弱くなり、低い温度でバラバラになりやすい(融点が低い)のです 。​




  • フマル酸:分子間水素結合(強固なネットワーク)


    • フマル酸はトランス型であり、カルボキシ基が反対側に離れているため、自分の分子内で水素結合を作ることができません。


    • その代わり、隣り合う別のフマル酸分子と強力な分子間水素結合を形成します。


    • これが結晶全体にわたって網の目のように広がるため、非常に強固な結晶格子を作ります。これが、フマル酸が287℃という高温まで溶けない(あるいは昇華する)主な原因です 。​




この「分子内」か「分子間」かという違いは、水への溶解度にも逆の影響を与えます。マレイン酸は分子構造に極性があり、水分子ともなじみやすいため、水に非常によく溶けます。対照的にフマル酸は、自分同士の結束が固すぎるため、水分子が入り込む隙間がなく、水にはほとんど溶けません 。

参考)Reddit - The heart of the inte…

マレイン酸の無水物生成と脱水のしやすさ

マレイン酸の最大の特徴の一つに、「脱水のしやすさ」すなわち無水マレイン酸へのなりやすさが挙げられます。これは建築用樹脂(不飽和ポリエステル樹脂)の製造において極めて重要な特性です。


  • 無水化のメカニズム
    マレイン酸を加熱すると、約130℃付近で融解し、さらに160℃付近まで加熱すると、近接している二つのカルボキシ基から水分子(H2O\text{H}_2\text{O}H2O)が外れて、「無水マレイン酸」になります。これは、シス型構造によってカルボキシ基同士が「キスできる距離」にあるため、容易に水を受け渡して環状構造を作れるからです 。
    参考)無水マレイン酸 メーカー15社 注目ランキング【2025年】


  • フマル酸の場合
    一方、フマル酸を加熱しても容易には無水物になりません。カルボキシ基が反対方向を向いているため、脱水縮合して環を作るには、一度二重結合を切断して回転させる必要があるからです。無理に加熱すると、高温でマレイン酸に異性化してから無水マレイン酸になるという複雑な経路をたどる必要があります 。​

産業的には、この性質を利用して、ベンゼンやブタンを酸化して直接「無水マレイン酸」を製造し、それを原料として様々な樹脂が合成されています。無水マレイン酸は反応性が非常に高く、アルコール類と反応してエステルを作る能力に長けているため、樹脂原料として最適なのです 。
参考)不飽和ポリエステル樹脂 <SMC・BMC>

参考リンク:無水マレイン酸の産業用途とメーカー一覧 - Metoree

マレイン酸とフマル酸の不飽和ポリエステル樹脂での利用

建築業界、特に防水工事やFRP(繊維強化プラスチック)成形において、「不飽和ポリエステル樹脂」は欠かせない材料です。浴槽、浄化槽、貯水タンク、自動車のバンパー、そしてコンクリートの補修材などに広く使われています。
実は、この樹脂の性能を決定づけているのが、これまで解説してきた「マレイン酸」と「フマル酸」の比率です。


  1. 樹脂の合成プロセス
    通常、不飽和ポリエステル樹脂は「無水マレイン酸」と「グリコール類(プロピレングリコールなど)」を反応させて作ります。しかし、出来上がった樹脂の背骨(ポリマー鎖)の中に、マレイン酸(シス型)のまま残っている部分は実は少なく、大部分が**フマル酸(トランス型)に変化(異性化)**しています 。
    参考)https://dl.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F11013139amp;contentNo=1


  2. 異性化のメリット
    樹脂を合成する際の熱(約200℃)により、不安定なシス型のマレイン酸構造の多く(約80~90%)が、安定なトランス型のフマル酸構造へと「寝返り」ます 。
    参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/networkpolymer1951/15/0/15_51/_pdf/-char/ja



    • フマル酸構造が多い樹脂:分子鎖が直線的になり、結晶性が上がり、硬くなります。耐熱温度(熱変形温度)も高くなります。

    • マレイン酸構造が残った樹脂:分子鎖が折れ曲がっており、樹脂全体が柔らかく、立体的な網目構造が粗くなります。

建築資材として「硬度」や「耐熱性」が求められる場合、この「異性化率(どれだけフマル酸に変わったか)」を高く維持することが品質管理の肝となります 。逆に、柔軟性が必要なパテなどの用途では、あえて異性化を制御することもあります。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscm1975/33/6/33_6_227/_pdf/-char/ja

【現場視点】マレイン酸の吸湿とフマル酸への転移リスク

最後に、現場での取り扱いや安全性に関する、あまり知られていない「独自視点」の情報をお伝えします。特に原料としての「無水マレイン酸」の取り扱いには、化学的な理由からくる厳重な注意が必要です。
現場で保管されている無水マレイン酸の袋が破れたり、吸湿したりすると何が起きるでしょうか?


  • 発熱リスクの連鎖


    1. 加水分解:無水マレイン酸は吸湿性が強く、空気中の水分と反応して「マレイン酸」に戻ります。この反応は発熱反応です。

    2. 異性化によるさらなる発熱:もし周囲に触媒となる物質(微量の金属やアミン類など)があったり、蓄熱して温度が上がったりすると、生成したマレイン酸が安定な「フマル酸」へと勝手に変化(異性化)し始めます。マレイン酸からフマル酸への変化も発熱反応(約22.7 kJ/mol)です 。
      参考)http://www.st.rim.or.jp/~shw/MSDS/13053156.pdf

つまり、「水に濡れただけ」で段階的に熱を出し、条件が悪ければ火災や火傷の原因になる可能性があります。また、一度吸湿してマレイン酸(さらにはフマル酸)に変わってしまった原料をそのまま樹脂製造に使うと、設計通りの反応が進まず、硬化不良や強度不足のFRP製品ができあがってしまいます 。​
参考リンク:無水マレイン酸の安全データシート(SDS) - 危険有害性と保管上の注意
建築現場や工場において、「マレイン酸(無水物)は水厳禁」というのは、単に材料がダメになるだけでなく、化学的な発熱リスクがあるためです。また、生成してしまったフマル酸は水に溶けずに配管を詰まらせる原因にもなり得ます(溶解度の低さがここで仇になります)。
このように、マレイン酸とフマル酸の「融点」や「構造」の違いを知ることは、単なる化学知識にとどまらず、高品質な樹脂製品を作るため、そして現場の安全を守るために不可欠な知識なのです。

 

 


マレイン酸ジアリル CAS 999-21-3 純度 99% 1000グラム