

matterは2022年10月に正式リリースされた、スマートホーム分野の国際標準規格です。Apple、Google、Amazon、Samsungなどの大手IT企業が参加するConnectivity Standards Alliance(CSA)が策定しており、異なるメーカーやプラットフォーム間でのスマートデバイスの相互運用性を実現することを目的としています。
参考)https://optage.co.jp/business/contents/article/20230510.html
従来のスマートホーム市場では、各メーカーが独自のエコシステムを構築し、自社製品同士でしか連携できない「囲い込み」が一般的でした。その結果、消費者は単一メーカーの製品に縛られるか、複数のアプリやハブを使い分ける不便さを受け入れるしかありませんでした。matterはこうした課題を解決し、メーカーの垣根を越えたシームレスな連携を可能にします。
参考)https://space-core.jp/media/28317/
matter対応製品であれば、スマートロック、照明、エアコン、センサーなどのIoTデバイスが、ブランドを問わず相互に通信し、連携して動作できるようになります。これは不動産業界にとって、物件へのスマートホーム導入のハードルを大幅に下げる革新的な変化です。
参考)https://www.m2ri.jp/topics/detail.html?id=844
三菱地所が日本の不動産会社として初めてCSAに加盟したことからもわかるように、不動産業界でのmatter導入が加速しています。スマートホームサービス「HOMETACT」では、matter対応により200種類以上のスマートホーム機器との接続を実現し、30社以上のメーカーとの連携が可能になっています。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000025.000138677.html
不動産オーナーや管理会社にとって、matter対応のスマートホーム化は複数のメリットをもたらします。第一に、物件の差別化と付加価値向上が挙げられます。スマートホーム対応物件は入居希望者にとって魅力的な設備として認識され、入居率の向上や賃料設定の優位性につながります。
参考)https://linkjapan.co.jp/blog/smart-home-real-estate-value-2025
第二に、管理業務の効率化です。NTT東日本の事例では、11ahの広域通信とmatterを組み合わせることで、建物の状態を遠隔で一括把握できるシステムを構築しています。不法駐車や駐輪の監視、物件内覧の立ち会い削減、鍵紛失リスクの解消など、従来は現地対応が必要だった業務を遠隔で処理できるようになります。
参考)https://robotstart.info/2025/01/28/ntte-smarthome-property-solutions.html
第三に、長期的な投資効果です。築古物件や長期空室物件でも、比較的小さな投資でスマートホーム化することにより、物件の価値と印象を大きく変えることができます。費用対効果の高い「価値向上」策として、不動産業界での注目が高まっています。
参考)https://space-core.jp/media/29933/
matterの最大の特徴は、デバイス間の相互運用性(Interoperability)です。この相互運用性の実現には、IPベースのプロトコルを採用したことが大きく貢献しています。matterは、Wi-Fi、Thread、Ethernet、Bluetoothといった既存の通信プロトコルを基盤として使用しており、これらの上に共通の「言語」を構築しています。
参考)https://blog.grasys.io/post/komal-teke/matter-smarthomeandiot/
特にThreadプロトコルは、matter対応デバイスにとって重要な通信方式の一つです。Threadは2.4GHz帯の短距離無線通信で、低消費電力かつメッシュネットワークを構築できるため、通信距離の延長や信頼性の向上が可能になります。ホームコントロールハブの電波が直接届かない場所に置かれたスマート家電機器も、メッシュネットワークを介して制御できます。
参考)https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2410/08/news006.html
matterはIPv6ベースのプロトコルであり、TCP/UDPなどのトランスポート層プロトコルを利用してネットワークアドレス指定とデータパケットの信頼性の高い送信を実現します。このため、matterは複数の接続オプション(ThreadやWi-Fiなど)と互換性があり、異なるネットワーク技術を採用している製品同士でも、matterを介して相互に通信できるようになりました。
参考)https://techlabo.ryosan.co.jp/article/24011209_1048.html
消費者やデベロッパーは、各カテゴリーで最適な製品を自由に選べるようになり、特定メーカーの「囲い込み」から解放されます。これにより、Apple HomeKit、Amazon Alexa、Google Home、Samsung SmartThingsといった異なるスマートホームプラットフォームが、matterを中心的なハブとして連携できるようになります。
参考)https://jp.silabs.com/applications/matter-standard-aligns-the-smart-home-market
プライバシーとセキュリティは、スマートホーム空間における消費者の第一の関心事です。matterでは、さまざまな脅威に対する防御を多層的に構築しています。
参考)https://jp.silabs.com/applications/smart-home/matter-security
第一に、デバイスの真正性の証明です。matter対応製品は、CSA認証局によるデジタル署名を受けており、製品が信頼できるメーカーのものであることを保証しています。これにより、偽造品や不正なデバイスがホームネットワークに侵入するリスクを低減しています。
参考)https://note.com/fumi_shingai/n/n05867452bdb2
第二に、通信の常時暗号化です。matterでつながるスマート家電同士のコミュニケーションは常に暗号化されており、悪意のある第三者が会話を盗み聞きしたり改ざんしたりすることを防ぎます。自動で高度な暗号技術を適用する設計により、利用者は意識することなく安全な通信を享受できます。
第三に、個人情報の取り扱いです。matterが標準として扱う情報には、名前やメールアドレスのような個人情報は含まれておらず、製品のIDや認証情報に限定されています。個人を特定できるような情報(名前、住所、顔写真など)は含まれていないため、プライバシー面でも安心できる設計となっています。
第四に、通信相手の信頼性チェックです。matterでは、デバイス同士が通信を始める前に「この相手は本当に信頼できるデバイスか?」「なりすましではないか?」をしっかりとチェックする仕組みが組み込まれています。デバイスがユーザーの操作なしに勝手にネットワークに参加したり通信を始めたりすることはできない設計になっており、ユーザーが許可した範囲の中でのみ通信が行われます。
matter対応デバイスのセットアップは、従来のスマートホームデバイスと比較して大幅に簡素化されています。最も一般的な設定方法は、QRコードのスキャンです。デバイスごとのQRコードをスキャンするだけで接続可能で、シームレスにつながるため、すでに設定済みのデバイスとも容易に統合できます。
参考)https://space-core.jp/media/11943/
Google Homeアプリを例にとると、matter対応デバイスの電源を入れてペア設定モードにした後、スマートフォンでQRコードをスキャンするだけで設定が完了します。QRコードをスキャンできない場合は、セットアップキー(11桁の短縮コード)を手動で入力することも可能です。
参考)https://support.google.com/googlenest/answer/13127223?hl=ja
matter 1.4.1のアップデートでは、NFCによるセットアップ機能が追加されました。これまでQRコードが本体裏や天井など、スマホでスキャンしにくい場所にある場合に課題となっていましたが、NFCを搭載したスマートデバイスはスマホをかざすだけでセットアップが可能になりました。電球や壁スイッチのように既に設置されているデバイスも簡単にセットアップできるようになり、ユーザー体験が大幅に向上しています。
参考)https://note.com/fumi_shingai/n/nb034c2ded25c
市場動向に関しては、2023年4月時点でCSA公式サイトで紹介されている認定製品は4,000以上に増えています。Aqaraは、matter対応の人感センサー「P2」やMatterコントローラー「M3ハブ」などを日本市場に展開しており、対応デバイスを50種類以上に拡大すると発表しています。照明や温湿度計だけでなく、ロボット掃除機や空気清浄機、冷蔵庫なども管理可能になる予定です。
参考)https://businessnetwork.jp/article/27113/
北米市場では、スマートスピーカーの普及率(出荷ベース)が35%に達しており、そのほとんどがmatter対応製品で、照明器具や電動カーテンの制御などに広く利用されています。一方、日本市場の動きは北米に比べると鈍いものの、ライフスタイルの多様化に伴ってスマートホーム化のニーズも高まりつつあります。「便利で快適、安全な住環境を実現するための有効手段」との見方が増えてきており、matterが登場したことでスマートホーム市場はこれまで以上に活性化するとみられています。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000057987.html