

座屈とは、柱や梁などの構造部材に圧縮荷重が作用したとき、ある限界を超えると突然横方向に大きく変形する現象です。細長い部材に圧縮力を加えると、材料の強度に達する前に側方へたわみ変形が生じて破壊に至ります。座屈は構造の不安定現象の一つであり、擾乱(風などの外乱)を受けて横方向に変形すると、荷重が座屈荷重以上の場合は元に戻らず倒壊します。
参考)https://www.jsme.or.jp/kaisi/1212-36/
座屈が発生すると、部材の耐力が急激に低下するため建築物の崩壊につながる非常に危険な現象です。特に鋼材は建築材料の中で最も強い材料ですが、細く長く加工されて使われるため、材軸方向から圧縮力を受けると急激に折れる可能性があります。座屈荷重はその構造の剛性および形状に依存し、材料の強度以下で起こることもある点が特徴的です。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%A7%E5%B1%88
建築実務では座屈破壊の事例として、橋梁の工事中に床版コンクリートを打設して死荷重を増やしていく際、ある時点で突如圧縮フランジが座屈して落橋した例があります。また、設計不備により拘束条件を過大評価した結果、長柱が座屈破壊した事故事例も報告されています。
参考)https://orchid.fujii-kiso.co.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/11/c0d286fb2577942be057c531beeaf234.pdf
降伏とは、材料に応力が作用して弾性限界を超えた際、主にひずみだけが増加する現象です。引っ張りや圧縮、せん断などの応力によって発生する永久ひずみを指します。降伏が起こる応力を降伏点(または降伏応力)といい、鋼材の場合は上降伏点と下降伏点が存在します。
参考)https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13174222023
材料が降伏すると、応力を取り除いても元の形状に戻らない永久変形が残ります。一般的な構造用鋼材(SS400など)の降伏応力は235N/mm²程度です。降伏点がはっきり現れない材料(アルミニウムなど)では、一定のひずみ(通常0.2%)に対応する応力を降伏点として定義します。
参考)https://www.rs.noda.tus.ac.jp/nog/documents/sekkei1/s1-7.pdf
降伏現象は材料自体の性質に関わるもので、部材の形状や長さにはあまり依存しません。ただし、圧縮力を受ける場合、圧縮で発生する永久ひずみに限っては別名「座屈」と呼ばれることもあり、用語の使い分けには注意が必要です。
座屈応力と降伏応力の大小関係は、部材の細長比によって決まります。座屈応力は降伏応力より小さい値になることが多く、特に細長い部材では顕著です。針金のように細い鋼材を圧縮すると、降伏応力よりも小さな応力で折れ曲がってしまいます。
参考)http://kentiku-kouzou.jp/struc-zakutuouryoku.html
座屈応力は次の式で計算されます:σcr = π²×E/λ²(λは細長比、Eはヤング係数)。この式から分かるように、座屈応力は細長比の二乗に反比例して小さくなります。一方、降伏応力は材料固有の値であり、鋼材の場合は約235N/mm²程度です。
座屈が生じないようにするには、降伏応力が座屈応力を越えないようにすればよいとされています。つまり、σy ≦ σc の関係を満たすように設計する必要があります。細長い柱では座屈応力が降伏応力を下回るため、座屈が支配的になります。逆に、太短い柱では降伏応力の方が小さくなり、降伏破壊が先に起こります。
建築設計では、限界細長比を超えた鉄骨圧縮材の座屈荷重は、鋼材の強度を上げても増加しないという特性があります。そのため、細長い部材では単に高強度材を使っても座屈は防げず、形状や支持条件の工夫が必要です。
参考)https://www.titech.ac.jp/graduate_school/news/pdf/26_H2904.H2809_sotei_doboku.pdf
座屈と降伏では、部材の破壊形態が根本的に異なります。座屈は形状の不安定性による破壊で、部材が急激に横方向に曲がって大きな変形を生じます。一方、降伏は材料の塑性化による破壊で、応力が降伏点に達すると材料全体が永久変形します。
参考)https://tsukunobi.com/keywords/zakutu
座屈には複数の種類があります。局部座屈はフランジやウェブの局部的な薄板部分が波打つ現象で、全体座屈は柱や梁が全体として変形する座屈です。さらに、細長比によって弾性座屈と非弾性座屈に分類されます。スレンダーな部材では弾性理論で予測される弾性座屈が支配的ですが、実務では残留応力や塑性化の影響を受ける非弾性座屈も考慮が必要です。
参考)https://zumen.net/post-6542/
降伏現象では、材料が降伏点に達すると応力がほぼ一定のまま大きなひずみが生じる特徴があります。鋼材の応力-ひずみ曲線では、降伏棚と呼ばれる水平部分が現れます。降伏後も荷重を増やし続けると、最終的には引張強さに達して破断します。
座屈は部材の長さ、断面形状、支持条件などの要因に強く依存しますが、降伏は主に材料の強度特性に依存します。同じ材料・断面でも、短い柱では座屈を起こさず、長い柱のみに座屈が発生する点が大きな違いです。
座屈を防ぐための設計対策は多岐にわたります。まず、断面形状の工夫として、単純に断面積を増やすだけでなく、断面二次モーメントが大きくなるように形状を設計します。H形鋼よりもボックス断面や丸形断面など、弱軸がない断面を採用すると効果的です。
参考)https://www.archi-skills-note.com/%E5%BA%A7%E5%B1%88%E3%81%AE%E5%9F%BA%E6%9C%AC%E3%82%92%E5%AE%8C%E5%85%A8%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%EF%BC%81%E4%B8%80%E7%B4%9A%E5%BB%BA%E7%AF%89%E5%A3%AB%E3%81%A8%E8%B3%87%E6%A0%BC%E5%8F%97%E9%A8%93/
座屈長さを短くすることも重要な対策です。鉄骨造で見られる横補剛材は、座屈長さを短くするために設けられています。仮橋の設計事例では、H型鋼支柱に補強を行うことで座屈範囲を短くし、座屈に対する抵抗力を補っています。座屈長さを500cmから250cmに半減させると、許容応力度は約4倍に増加します。
支持条件の最適化も効果的です。岡山県のカモ井加工紙第三撹拌工場史料館では、既存のRC壁部分から柱を立て、屋根全体の動きを拘束することで座屈係数を小さくし、細柱を実現しています。支持条件によって座屈長さが変わり、両端固定では両端ピンの4倍の座屈荷重が得られます。
降伏を防ぐには、より高い降伏強度を持つ材料を選定することが基本です。また、断面積を増やして応力度を下げることで、降伏点に達しないようにします。ただし、細長い圧縮材では座屈が先に起こるため、単に高強度材を使うだけでは不十分な場合があります。
実務では、細長比の管理が重要です。柱の設計では細長比が200以下(場合によっては150以下)に制限されることが多く、これにより座屈破壊を防いでいます。補剛材を追加したり、部材の断面形状を変更したりすることで、細長比の影響を低減できます。
参考)https://kozosekkeiblog.com/hosonagahi
座屈と降伏では、使用する計算式が全く異なります。座屈荷重はオイラーの座屈式で求められます:Pc = π²EI/(lk)²。ここで、Eはヤング係数、Iは断面二次モーメント、lkは座屈長さです。座屈応力は座屈荷重を断面積で割ることで算定され、σcr = π²E/λ²(λは細長比)となります。
参考)https://www.ksknet.co.jp/nikken/guidance/architect2q/road/hamazaki/archive/question/question191111.aspx
座屈長さlkは支持条件によって異なります。一端固定の柱ではlk = 2l、両端回転自由ではlk = l、両端固定ではlk = 0.5lとなります(lは部材長)。実務では、これらの理論値を覚えておく必要があります。細長比λは座屈長さを断面二次半径で割った値(λ = lk/i)で定義されます。
降伏に関する計算では、単純に作用応力が降伏応力を超えないことを確認します。一般構造用鋼(SS400)の降伏応力は245MPa程度であり、長期許容応力度はその2/3程度に設定されます。降伏に対する検討では、断面力を断面積で割った応力度が許容応力度以下であることを確認します。
参考)https://fa-cty.com/technical-tips/post-5056.html
実務での使い分けとして、オイラーの式が適用できるのは弾性座屈の範囲、つまり細長比が限界細長比(λe ≈ π√(E/σy))を超える場合です。一般構造用鋼(SS400)では限界細長比は約90程度です。限界細長比より小さい場合は、降伏または非弾性座屈が支配的となり、ジョンソン式などの別の式を使用します。
参考)https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/34418/27025_Dissertation.pdf
座屈が生じないための条件は、降伏応力が座屈応力を越えないこと、つまりσy ≦ σcです。この条件から、柱の直径と長さの比D/l ≧ (4/π)√(σy/E)を満たすように設計すれば座屈しない柱が得られます。
材料別の境界細長比には違いがあり、ステンレス鋼(SUS304)では約96、アルミ合金(A6061-T6)では約50程度です。アルミはヤング係数が低いため、細長部材では座屈に不利になります。設計者はこれらの材料特性を理解し、適切な式を選択する必要があります。
日本機械学会の座屈解説(座屈荷重の求め方と座屈応力の計算式が詳しく説明されています)
建築構造の座屈応力解説(降伏応力との関係と計算方法が分かりやすく解説されています)
鉄骨造の座屈設計実務(実際の設計事例と対策方法が豊富に紹介されています)