残留農薬分析で知っておきたい問答と基礎知識

残留農薬分析で知っておきたい問答と基礎知識

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残留農薬分析、知っておきたい問答あれこれ

隣の農地からの飛散農薬(ドリフト)だけで、あなたの出荷品が即日出荷停止になります。


この記事の3つのポイント
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残留農薬分析とは何か

食品中に残留する農薬濃度を定量する分析作業のことで、試料採取・前処理・抽出・精製・定量という手順で行われます。分析値の精度が法的判断に直結します。

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ポジティブリスト制度の一律基準

2006年施行のポジティブリスト制度では、基準値のない農薬にも一律0.01ppm(25mプール1杯の水にスプーン1杯相当)という非常に厳しい基準が適用されます。

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分析の信頼性を左右する要素

回収率・妥当性確認・試料のコンタミネーション防止が分析値の信頼性を決定します。分析機関の選び方(ISO/IEC17025認定の有無など)も重要な判断基準です。


残留農薬分析とは何か:基本の問答と定義

残留農薬分析とは、食品や農産物の中に残っている農薬の濃度を正確に測定する作業のことです。正式には「食品中に残留している農薬の濃度を定量する」と定義されており、日本農薬学会が2003年から発行している『残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ』(2025年Web版に更新)はその実務的な知識をQ&A形式でまとめた代表的な資料です。


分析の目的は多岐にわたります。食品衛生法に基づく市販野菜や穀類の流通調査、農薬取締法による新規農薬の作物残留性試験、そして食品企業が自主的に行うGAP(農業生産工程管理)認証のための自主検査などが代表例です。つまり「食の安全を証明する土台」として機能しています。


分析の一般的な流れは次の通りです。


- ① 試料の採取・輸送・保存:検体が変質しないよう冷蔵管理し、取り違えがないよう明確にラベルを付ける。


- ② 前処理:法律や指針に従って検体を取り分け、農薬の分解やコンタミネーション(汚染混入)を防ぎながら均一な試料を作成する。


- ③ 秤量:正しく管理された天秤で正確に量る。これは残留農薬分析の基本中の基本です。


- ④ 抽出:農薬を効率よく溶媒に取り出す。ただし農薬だけでなく夾雑物(きょうざつぶつ:不要成分)も一緒に抽出されるため、ここに分析上のパラドックスが生じます。


- ⑤ 精製:夾雑物の中から分析対象の農薬だけを分離する工程。担当者の技術が問われる工程です。


- ⑥ 定性・定量・データ解析:GC/MSやLC/MS/MSなどの分析機器で測定し、基準値と比較します。


「食品をそのまま機器にかければ測れるのでは」と思う方も多いですが、それは誤解です。粉砕・溶解・精製を経てはじめて測定可能な状態になります。


一連の工程すべてが分析値の精度に影響します。特に①試料採取の段階でのミスは、その後どれだけ精緻な分析をしても取り戻せません。分析は「スタートが命」ということです。


参考:日本農薬学会の公式資料「残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ 2025 Web版」。問答形式で約240問以上のQ&Aを収録した実務必携の資料です。


日本農薬学会 – 残留農薬分析 知っておきたい問答あれこれ 2025 Web版


残留農薬分析とポジティブリスト制度の問答:一律基準0.01ppmの衝撃

2006年5月29日に施行されたポジティブリスト制度は、残留農薬分析の世界を大きく変えた制度改革です。それ以前は「基準値が設定されていない農薬は規制対象外」でした。しかしこの制度によって「基準値のない農薬にも一律0.01ppm(mg/kg)という基準が適用される」ことになりました。


0.01ppmという数値のイメージがつかみにくい方も多いと思います。わかりやすく言えば、25mプールの水(約750トン)にスプーン1杯の農薬を入れた程度の濃度です。東京ドームの容積(約124万㎥)で例えると、プール約1,650杯分の水に対してわずか1gの農薬が検出されるレベルです。それほど微量でも「基準超過」となり、出荷停止や回収の対象になります。


この制度で特に注意が必要なポイントがあります。


- 基準値が設定されていない農薬でも0.01ppmを超えると違反となり、食品の販売・流通が禁止される。


- 自分が使っていない農薬でも、隣の農地からのドリフト(飛散)で自分の作物に残留した場合も対象になる。日本GAP協会の調査(2016年〜2019年)では、農薬基準値超過の原因のうち31%がドリフトによるものでした。これは使用基準違反(16%)の約2倍に相当します。


- ポジティブリスト制度での残留農薬検査は、報告値が基準値違反となれば即座に流通停止の処分が下されるため、分析結果に対する法的責任は非常に重くなります。


ドリフトは盲点です。自分がいかに適切に農薬を管理していても、周囲の状況次第で違反に問われる可能性があるということです。これは決して他人事ではありません。


この一律基準への対応として、残留農薬の定量下限値を0.01ppm以下に設定できる分析機器(LC/MS/MSやGC/MS/MS)が事実上必須となっています。つまり高精度機器への投資が法令遵守に直結しているわけです。


参考:厚生労働省のポジティブリスト制度解説ページ。制度の全体像と一律基準の根拠法令が確認できます。


厚生労働省 – 食品に残留する農薬等に関する新しい制度(ポジティブリスト制度)について(PDF)


残留農薬分析の問答:分析機器の種類と選び方(GC-MS・LC-MSの違い)

残留農薬分析に使われる機器は大きく2系統に分かれます。GC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析計)とLC/MS/MS(液体クロマトグラフタンデム型質量分析計)です。この2つは農薬の性質によって使い分けられています。


GC/MS系:揮発性・熱安定な農薬に適用


GC(ガスクロマトグラフ)は試料を高温で気化させて分離するため、揮発性があり熱に比較的強い農薬の分析に向いています。有機塩素系・有機リン系・ピレスロイド系農薬の多くがこの方法で分析されます。GC/MS/MSはさらに感度が高く、妨害成分の影響を受けにくいため信頼性が上がります。


LC/MS/MS系:熱不安定・水溶性農薬に適用


カーバメート系農薬や、近年問題視されているネオニコチノイド系農薬(アセタミプリド、イミダクロプリド、クロチアニジンなど)は水溶性で熱に不安定なため、GCでは分析が難しい成分です。LC/MS/MSはこれらを高感度で検出できる点で現代の残留農薬分析の主力機器となっています。


一斉分析(多成分同時分析)においては、GC系とLC系を組み合わせることで500成分以上を一度に分析できる体制が実現しています。例えば、GL-532という532項目対応の分析セットでは、LC/MS/MSとGC/MS/MSの両方を使って検査します。これがいわゆる「マルチレジデュー分析」と呼ばれる手法です。


費用面では、220項目の一斉分析で24,000円(税別)〜、532項目で80,000円(税別)が目安です(各分析機関により異なります)。個別農薬の単独分析は1成分あたり20,000〜22,000円程度が相場です。


分析機関を選ぶ際の判断基準は2点です。


- 食品衛生法登録検査機関であるかどうか:法的な位置づけがある国認定の機関です。


- ISO/IEC 17025認定機関であるかどうか:測定の正確さを第三者が認定している品質の証明です。


JGAPやGLOBALG.A.P.などのGAP認証取得の際は、これらの認定を持つ機関への依頼が条件になっているケースが多いです。認定機関に依頼するのが原則です。


参考:環境科学研究所の残留農薬検査ページ。各セットの費用・項目数・特徴が一覧できます。


環境科学研究所 食品分析センター – 残留農薬検査・PFAS検査


残留農薬分析の問答:試料採取と回収率の留意点

残留農薬分析において「分析値の信頼性」を左右する最大の要因は、実は機器の性能ではなく「試料採取の適切さ」と「回収率の管理」です。ここを誤解している方は非常に多い印象です。


まず試料採取について整理しましょう。農産物の残留農薬分析では、試料が全体を代表していることが前提です。例えば、野菜の一部だけを取り出して分析しても、農薬が特定の部位に集中していた場合は正確な全体の濃度を反映しません。厚生労働省の通知に従う場合は生鮮野菜で1kg以上の採取が目安とされており、代表性を確保することが求められます。


試料採取段階で注意すべきポイントを下にまとめます。


- 変質防止:試料採取後は速やかに冷蔵・冷凍管理する。常温放置による農薬の分解・揮散が発生すると、実際より低い値が出てしまいます。


- クロスコンタミネーション(交差汚染)防止:複数の試料を扱う場合、器具の洗浄が不十分だと別の試料の農薬が混入します。


- 容器管理:農薬が容器素材に吸着するケースがあります。ガラス容器や農薬吸着の少ない素材を使うことが基本です。


次に「回収率」の問題です。回収率とは、「試料に添加した既知量の農薬が、分析操作後にどれだけ検出されたか」をパーセントで示したものです。厚生労働省の妥当性評価ガイドラインでは、添加回収率の目標値として70〜120%の範囲、かつ変動係数10〜20%以内が求められています。


回収率が低い場合は、試料中の実際の農薬濃度を過小評価してしまいます。逆に高すぎる場合は過大評価につながります。どちらも分析値の信頼性を損ない、基準値との比較判断を誤らせる原因になります。


実際の業務では「添加回収試験」を繰り返して分析法の妥当性を確認するプロセスが必要です。妥当性確認を省略した分析は、どれだけ高価な機器を使っても「信頼できる結果」とはいえません。回収率の管理が条件です。


参考:厚生労働省の食品中残留農薬等の試験法妥当性評価ガイドライン。回収率の目標値や手順の詳細が記載されています。


厚生労働省 – 食品中に残留する農薬等に関する試験法の妥当性評価ガイドライン(PDF)


残留農薬分析の問答:建設・土地開発に関わる農薬汚染と土壌残留リスク

ここからは、建設業従事者にとって特に見落としがちな視点を紹介します。残留農薬の問題は「食品の話」だけではありません。農地を転用して建設工事を行う際や、隣接農地のある土地での工事においても、農薬汚染は無視できないリスクです。


農地には長年にわたって農薬が散布されており、土壌中に残留している可能性があります。欧州の土壌調査では農地の約80%のサンプルから農薬残留が確認されたというデータもあります(2025年の国内専門家によるnote記事より)。日本でも農薬を長期使用した田畑の土壌には、分解しにくい有機塩素系農薬などが蓄積している場合があります。


建設業者が関係する場面は主に3つです。


- 農地転用後の宅地・施設整備工事:農薬が土壌に残留したまま工事を行い、造成後に作物栽培や植栽をした場合、生育障害が出ることがあります。


- 隣接農地がある工事現場:施工中の振動や風による粉塵で、農地への影響(逆方向の汚染波及)が問題になるケースもあります。


- 解体・改修工事前の土壌調査:土壌汚染対策法では、特定の条件下で土地の形質変更時に土壌汚染調査の義務が生じます。農薬由来の農用地土壌汚染については「農用地土壌汚染防止法(農防法)」が適用され、カドミウム・銅・砒素などの特定有害物質を対象に都道府県知事が監視・調査を行います。


農用地土壌汚染防止法の対象有害物質は重金属が中心ですが、農薬由来の有機塩素系化合物などが問題になる事例も報告されています。土地調査の段階で残留農薬の有無を確認しておくことは、後のトラブルを防ぐ観点からも有効です。


具体的な対応として、農地転用後の工事を予定している場合は工事着工前に土壌の残留農薬スクリーニング分析を行うことが推奨されます。費用は検査セットによりますが、スクリーニング220項目で24,000円前後から対応可能な機関もあります。農地転用後に作物が育たない、あるいは植栽が枯れるといったトラブルが発生してから調査・対応するよりも、事前検査のコストのほうがはるかに小さく済みます。


知らないと損する情報です。農地に関わる工事をするなら土壌の残留農薬を事前に把握するのが原則といえるでしょう。


参考:農林水産省による農用地土壌汚染防止法の解説ページ。対策地域の指定基準や措置の内容が確認できます。


農林水産省 – 農用地の土壌の汚染防止等に関する法律に基づく対策


残留農薬分析の問答:検出限界・定量限界の意味と実務上の誤解

残留農薬分析のQ&Aで必ず登場する用語に「検出限界」と「定量限界」があります。この2つは混同されやすいですが、意味も実務上の扱いも異なります。正確に理解しておくと、分析報告書の読み方が変わります。


検出限界(LOD:Limit of Detection)とは、試料中に農薬が「存在していること」を確認できる最低濃度のことです。S/N比(シグナル対ノイズ比)が3となる濃度が目安とされています。


定量限界(LOQ:Limit of Quantification)とは、農薬の「量を正確に測定」できる最低濃度のことです。S/N比が10となる濃度が目安で、通常は検出限界の3〜5倍程度の値になります。


実務でよくある誤解をここで整理します。


- 「不検出(ND)=農薬がゼロ」ではない:これは定量限界以下であることを意味するだけで、農薬が完全にないことの証明ではありません。定量限界値が0.01ppmなら、それ以下の濃度は「ND(Not Detected)」と報告されます。


- 定量限界と一律基準値が同じ場合の判断:ポジティブリスト制度の一律基準0.01ppmと、多くの分析法の定量限界値0.01mg/kg(=0.01ppm)は同一の値です。つまり定量限界ぎりぎりの検出は、基準値ぎりぎりの違反判定と隣り合わせにあります。


- 基準値ぎりぎりの分析値の取り扱い:日本農薬学会の問答あれこれでは「分析値が基準値ぎりぎりの場合は、不確かさも含めて慎重に判断するべき」と解説されています(Q&A内のQ10に相談)。一概に違反・非違反と断言できない領域が存在するということです。


分析報告書に記載された数値を単純に「基準値以下なら問題なし」と読み飛ばすのは危険です。報告値には不確かさが伴います。


農薬取締法第92条の農薬残留分析検討委員会(日本農薬学会)では、定量限界を一律基準の1/10(0.001mg/kg)に設定することを目安として推奨しています。これにより基準値超過の見逃しを防ぐ「安全マージン」を設けることができます。


分析報告書を受け取ったら、定量限界値と検出値の両方を確認するクセをつけておくことをおすすめします。「ND」が続く報告書でも、その定量限界が何ppmなのかを把握することが重要です。これだけ覚えておけばOKです。


参考:日本農薬学会Q92「検出限界と定量限界の定義とそれぞれの決め方」PDF。実務的な定義と設定方法が解説されています。


日本農薬学会 – Q92 検出限界と定量限界の定義とそれぞれの決め方(PDF)