
建築業における電気設備の安全管理では、絶縁抵抗基準値の理解が不可欠です。電気設備技術基準第58条により、低圧電路の絶縁抵抗値は使用電圧によって明確に区分されています。対地電圧150V以下(一般家庭の100V回路など)では0.1MΩ以上、対地電圧150V超300V以下(三相200V回路)では0.2MΩ以上、300V超(三相400V回路)では0.4MΩ以上という基準が定められています。
参考)https://www.fa.omron.co.jp/product/special/maintenance-solution/column/column09/
この基準値設定には明確な根拠があります。漏洩電流を1mA以下に抑えることを目的としており、オームの法則を用いて計算すると100V÷0.001A=0.1MΩという値が導き出されます。つまり、絶縁抵抗基準値は感電や火災などの事故を防ぐための最低限の安全ラインといえます。
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実務上の注意点として、これらの基準値はあくまで法的な最低基準であることを認識する必要があります。病院や高層ビル、工場などの重要施設では、より高い安全性が求められるため1MΩ以上の絶縁抵抗値が推奨されています。新設時の絶縁抵抗値についても、1MΩ以上が望ましいとされており、施工品質の確認指標となっています。
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建設現場では、測定結果が基準値ギリギリの場合、法的にはセーフでも火災の危険性があるため注意が必要です。例えば0.28MΩという測定値が出た場合、基準の0.2MΩは超えていますが安全マージンが小さいため、管理者によっては独自の厳格な基準を設けているケースもあります。
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絶縁抵抗測定を正確に実施するには、段階的な手順の遵守が重要です。まず測定前の準備として、絶縁抵抗計(メガテスター)のバッテリーチェックを行い、測定器自体が正常に動作することを確認します。バッテリーが不十分な状態では正確な測定ができないため、この確認作業は省略できません。
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次にゼロ確認作業を実施します。これはラインテストリードとアーステストリードを意図的に短絡させた状態で、0MΩと表示されるかを確認する作業です。もし0MΩ以外の数値が表示される場合、測定器に異常がある可能性があり、漏電があっても正しく検出できないリスクがあります。
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測定対象の確認では、必ず停電状態(無電圧状態)で測定を行うことが大原則です。ブレーカーを遮断した後、検電器を使用してすべての電線の停電状態を確実に確認してください。通電状態での測定は感電事故の原因となるだけでなく、測定器の故障にもつながります。
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実際の測定では、絶縁抵抗計の電圧レンジを適切に選定することが重要です。JIS C 1302では、一般的な電気機器の絶縁抵抗検査における推奨測定電圧が定められています。測定電圧を高くするほど低い値に測定される傾向があるため、高電圧機器の絶縁判定を行う場合は特に留意が必要です。測定時は図面で測定箇所を確認し、リード線を対象部分に正確に当てて数値を読み取ります。
参考)絶縁抵抗測定の要領
測定電圧の選定は測定精度と機器保護の両面で重要な判断ポイントです。負荷設備の定格電圧に応じて、250V、125V、100V用などから適切な測定電圧を選定し、測定電圧によって設備に損傷が生じないよう注意が必要です。電圧計の原理と同様に、100Vレンジでは100V以上の電圧を測定できないため、実際の数値が500Vでも正確な測定ができません。
参考)絶縁抵抗試験と判定
高圧電路の場合、測定電圧の選定はさらに重要性を増します。施工ミスの発見程度であれば1000V、絶縁診断の場合は5000V以上を印加することが推奨されています。高圧受電設備規程の資料によると、5000Vで測定した場合の一次判定目安は、絶縁体の絶縁抵抗値が5000MΩ以上で良判定、500MΩ以上5000MΩ未満で要注意、500MΩ未満で不良と分類されます。
参考)高圧電路における絶縁抵抗測定値の判定基準値、許容値について解…
高圧ケーブルの絶縁抵抗測定では、低圧回路よりもかなり高い判定基準が設定されています。その根拠は漏れ電流値の判定目安にあり、高圧受電設備規程では線路亘長1km以上で1μA以下が良判定とされています。これは低圧回路の1mA基準と比較すると1/1000の厳格な基準です。オームの法則で計算すると、5000V÷1μA=5000MΩとなり、高圧電路の絶縁抵抗判定基準の理論的根拠が理解できます。
測定時の環境条件も考慮すべき要素です。絶縁抵抗値は測定時の周囲温度、湿度、塵埃の付着状況によって変化するため、測定記録には環境条件も併せて記載することが推奨されます。
参考)https://www.mlit.go.jp/common/001122001.pdf
絶縁抵抗が低下する原因は多岐にわたり、早期発見と適切な対策が事故防止の鍵となります。主要な原因として、絶縁材料の汚れ、湿気の侵入、物理的損傷、経年劣化などが挙げられます。これらの要素により絶縁材の内部に微細な導電パスが形成され、漏電リスクが高まります。
参考)電気設備における絶縁不良とは?原因と対策を専門家が解説 - …
湿気や結露が原因の場合、洗浄・乾燥処理が有効です。絶縁表面に湿気や埃が蓄積して絶縁抵抗が低下している場合は、まず洗浄・乾燥を行った上で、専用の絶縁ワニスや絶縁スプレーを使用してコーティングします。巻線部や機器内部に含湿がある場合は、熱風乾燥やヒータによる通電乾燥を行って水分を蒸発させることで、絶縁抵抗が著しく回復する例も少なくありません。
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環境管理の強化も重要な予防策です。湿度や温度変化が絶縁劣化に影響するため、空調設備の適切な運用や防湿対策を徹底することが求められます。地下ケーブルルートに除湿機を設置して結露を防ぐなど、施設の特性に応じた環境対策が効果的です。
施工品質の確保も絶縁不良の予防に直結します。配線や端子の取り扱い時に過度な力をかけたり損傷を与えたりしないことで、初期の絶縁不良発生を防げます。特に高周波機器や動力設備では振動対策も加味した施工を推奨します。
ただし、乾燥やコーティングはあくまで一時的な対処であり、原因が構造的なものであれば再発の恐れがあります。再発防止の観点から、環境改善(通気・除湿・密閉防止など)や恒久的な絶縁材の交換も併せて検討する必要があります。
建築業における電気設備の安全維持には、定期的な絶縁抵抗測定と適切な記録管理が欠かせません。自家用電気設備の定期点検は、年に1回程度の頻度で実施され、電気設備を停止させて絶縁抵抗測定、接地抵抗測定、保護継電器装置の動作試験などを行います。
参考)自家用電気設備の定期点検のポイント(1)事前準備
高圧受電設備の場合、絶縁抵抗試験を定期点検として実施することで、経年劣化や湿気・ホコリなどによる絶縁低下を数値として的確に把握できます。測定値が規定値を下回った場合は、電気主任技術者や専門技術者が即座に対応策を講じることで、安全な状態を維持します。通常は年に1回の点検が必要ですが、一定の条件を満たす場合には3年に1回まで頻度を延長することが可能です。
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絶縁抵抗測定表への記録は、法令遵守と設備管理の両面で重要です。測定表には測定日時、測定箇所、測定値、判定結果に加えて、周囲温度や湿度などの環境条件も記載することが推奨されます。これらのデータを蓄積することで、経時的な絶縁劣化の傾向を把握し、予防保全に活用できます。
継続的モニタリングシステムの導入も効果的な管理手法です。常時絶縁抵抗を監視できるオンラインモニタリング装置を設置することで、異常値をリアルタイムで検知し迅速な対応につなげられます。大規模ビルや24時間稼働の施設では特に有効な投資となります。
絶縁抵抗が健康な状態を維持できれば、機器や装置の寿命延長や運用コスト削減にも寄与します。予防保全として絶縁抵抗を日常点検・定期点検で管理することが、建築設備の長期的な安全性と経済性の両立につながります。
参考)絶縁劣化が起こる要因は?予防保全の見直しはいかがでしょうか
参考となる国土交通省の資料には、点検・設備の詳細な解説が掲載されています。
国土交通省 参考資料(絶縁抵抗測定の判定基準と記録方法)
電気設備技術基準の解釈については、経済産業省の公式文書が参考になります。