

1液湿気硬化塗料(代表例:湿気硬化形ポリウレタン樹脂塗料)は、樹脂末端のイソシアネート基(-NCO)が水分と反応して硬化する「反応硬化形」です。大日本塗料の技術報文では、空気中の水分や被塗物面上の吸着水分、さらには錆中の水分とも反応し、カルバミン酸→アミン生成を経て、最終的にウレア結合を形成して三次元網目構造(架橋)になる流れが示されています。混合して硬化剤量を合わせるタイプではないため、計量ミス・撹拌ムラといった“人為起因の硬化不良”を減らしやすいのが現場では大きな利点です。
ここで重要なのは、湿気を「敵」ではなく「反応源」として使う点です。高湿度下で被塗面上の水分を架橋反応に使うので、条件によっては性能に悪影響を与えにくい設計にできます。つまり、結露や湿気の多い環境を“完全にゼロ”にできない現場ほど、理屈としては相性が良い方向に働きます。
意外と見落とされがちなのが、硬化が「表面から順番」だけで進むわけではないことです。技術報文では、塗膜裏面側(被塗面側)でも、巻き込まれる水分や吸着水分などによりイソシアネート反応が速やかに進み、表面と裏面で反応率差がほとんど見られない条件が示されています。膜厚を取る仕様で“内部が生乾き”になるリスクを気にする場面でも、設計次第では理屈が通りやすい(ただし製品の仕様に従うのが前提)ということです。
冬季や寒冷地で問題になるのは、反応硬化形でも温度依存で硬化が遅れ、次工程に進めず工程が詰まることです。大日本塗料の報文では、一液湿気硬化形ポリウレタン樹脂塗料の特長として「5℃以下の低温下でも硬化反応するため、冬場や低温地域での塗装を可能とする」ことが明記されています。さらに、低温環境でも反応硬化が速やかに進行することを、有機溶剤溶解率の比較(変性エポキシは5℃で硬化が遅れやすいが、湿気硬化ウレタンは差が小さい)で示しています。
建築現場の実務に落とすと、次のメリットが具体化します。
・段取り:混合不要なので、塗装直前の計量・撹拌・可使時間(ポットライフ)管理が単純化しやすい。
・工程:低温で“反応待ち”が長引きにくい設計なら、インターバル短縮が狙える。
・補修:天候の窓が短い時期(降雪地域、日照が短い季節)に、作業機会を拾いやすい。
一方で、低温で「硬化する」=「いつも同じ塗膜性能が出る」と短絡しないことが重要です。JIS K 5551(構造物用さび止めペイント)でも、種類によって低温乾燥条件(例:C種2号は5℃で24時間の半硬化乾燥性評価)などが規定され、低温側の試験条件を明示しています。規格が“低温施工”を別枠で扱うのは、現場条件で差が出やすいからです。現場では、気温だけでなく被塗物温度・風・結露・夜間の温度低下まで含めて判断し、メーカーの仕様(標準膜厚、塗装間隔、希釈、養生)を優先してください。
現場の負担が最も大きいのは、実は塗料そのものより下地処理です。特に改修では、錆・旧塗膜・粉化・油分・雨だれ・藻など「混在」が当たり前で、教科書通りの素地調整が工程・予算的に不可能なケースもあります。
大日本塗料の技術報文では、一液湿気硬化形ポリウレタン樹脂塗料の特長の一つとして「下地処理が簡素化できる」こと、具体的には「ハンドツール等により、簡易処理された錆や旧塗膜が残っている被塗物にも塗装できる」旨が挙げられています。ここは、建築従事者にとって“使い所”の核心です。
ただし「簡素化できる」は「下地処理しなくていい」ではありません。塗膜の長期耐久は、結局“剥がれの起点”をどれだけ潰したかで決まります。最低限の現場基準としては、次を外さないのが安全です。
・浮き錆や層状剥離は除去し、固着した錆までで止めるのか、ケレンをもう一段上げるのかを仕様として決める。
・旧塗膜は、密着している部分は残しても、割れ・膨れ・脆弱部は落とす(端部はフェザーエッジ化)。
・油分・離型剤・シリコン汚染が疑われる部位は、溶剤清掃や専用洗浄で“はじき”原因を先に潰す。
“意外な盲点”として、錆や旧塗膜が残る面ほど、局所的な吸着水分が増え、湿気硬化が進む一方で、発泡・ピンホール・肌荒れの誘因にもなります(反応が進む=良いことだけではない)。下地の凹凸、鋭利なエッジ、粗いケレン目は、膜厚不足の起点にもなるので、エッジ処理(R取り、増し塗り)を工程に組み込むと事故が減ります。
湿気硬化系は「高湿度でも塗れる」と言われがちですが、現場では“高湿度の種類”を分けて考えるのがコツです。
・相対湿度が高い(空気に水分が多い)
・被塗面に水膜がある(結露、雨上がりの濡れ)
・塩分や汚染物質を含んだ水分がある(沿岸、凍結防止剤、漏水)
大日本塗料の報文では、高湿度下でも塗装が可能な理由として「被塗面上の水分をバインダーである樹脂が架橋反応に使用するので、塗膜及び塗膜形成後の性能に影響を及ぼさない」旨が整理されています。つまり“吸着水分レベル”までなら味方になる可能性がある、という考え方です。
一方で、被塗面に水膜が明確に存在する状態は、別問題になりやすいです。水膜は、密着阻害(界面に水が残る)だけでなく、塗布時に溶剤や気泡の抜けを阻害し、ピンホール・白化・艶引けを誘発します。湿気硬化の反応では炭酸ガス(CO2)発生が反応機構に含まれるため、条件が悪いと“ガス抜け不良”が外観不良として表面化することがあります(施工条件でのリスクとして押さえる価値があります)。
JIS K 5551では、1液形の定義に「単一の製品荷姿で潜在的硬化剤を含み、開缶後反応が始まる形態(例:湿気硬化形ポリウレタン樹脂塗料)」といった注記があり、開缶後の状態変化を前提に扱っています。現場での実務対策は、次が効きます。
・開缶後はフタ開放時間を短くし、必要量だけ小分けして使う(吸湿で粘度上昇やダマ化を起こし得る)。
・希釈は“規定の希釈剤・比率”を守り、粘度を下げすぎない(タレ、膜厚不足、ピンホール増加の原因)。
・湿度が高い日は、厚付け一発で逃げず、膜厚管理を優先(薄すぎても厚すぎても事故る)。
検索上位の一般解説だと「1液は楽」「2液は強い」で終わりがちですが、現場で差が出るのは“施工前”の保管と、開缶後の扱いです。1液湿気硬化塗料は湿気が反応源である以上、保管中の吸湿は「じわじわ品質を変える要因」になり得ます。つまり、施工が上手い職人でも、材料側の状態が崩れていると負けます。
JIS K 5551でも、品質項目として「容器の中の状態(攪拌したとき堅い塊がなく一様になる)」や「ポットライフ」など、施工前後の扱いやすさを規定しています。1液形の定義が“開缶後反応が始まる形態”であることも合わせると、現場の要点は次の通りです。
・保管:直射日光・高温を避け、温度変化の少ない場所へ(温度変化は容器内外の水分移動や結露を招きやすい)。
・先入れ先出し:ロット管理を徹底し、長期在庫を作らない(特に梅雨~夏跨ぎの在庫はリスク)。
・開缶:缶縁に付いた塗料を残さない(フタが密閉しにくくなり、吸湿・皮張りが進む)。
・小分け:その日に使う分だけ別容器へ、元缶は即密閉(“缶を開けっぱなしで段取り”が一番効率が悪い)。
・道具:ローラー・刷毛の保管中も吸湿・溶剤揮発で粘度が変わるため、作業中断時の管理をルール化する。
この「管理」は、技能というより現場運営の領域です。だからこそ、管理が甘い現場では同じ製品でも結果が割れます。逆に、管理が整っている現場では、1液湿気硬化塗料のメリット(工程短縮・ブレ低減)が再現性を持って出ます。
日本語の根拠(硬化機構・低温硬化性・下地処理簡素化の記述がまとまっている技術資料)。
https://www.dnt.co.jp/technology/technique/pdf/giho1-06.pdf
日本語の根拠(1液形の定義、低温施工区分、試験方法など規格構造の把握に有用)。
https://kikakurui.com/k5/K5551-2018-01.html