
建築業従事者が工事現場で油汚染に遭遇する機会は少なくありません。油類による土壌・地下水汚染については、土壌汚染対策法では直接的な法的規制がなく、基準等も定められていないのが現状です。しかし、環境省が制定した「油汚染対策ガイドライン」が実務上の指針として広く採用されています。
参考)https://www.env.go.jp/water/dojo/oil/full.pdf
このガイドラインでは、油汚染問題を「鉱油類を含む土壌に起因して、その土地又はその周辺の土地を使用している又は使用しようとする者に油臭や油膜による生活環境保全上の支障を生じさせていること」と定義しています。対象となる鉱油類には、ガソリン、灯油、軽油、重油等の燃料油と、機械油、切削油等の潤滤油が含まれます。
参考)掘削したら油が出てきたけど、どうしたらいい?
油汚染には具体的な数値基準は無く、油臭や油膜に対する「人の感覚」を基準として調査や対策を行うとしています。これは他の土壌汚染物質とは大きく異なる特徴です。
参考)土壌汚染・油汚染の基準値|土壌汚染対策法やガイドライン、処理…
環境省「油汚染対策ガイドライン」全文PDF - 油汚染問題の定義や対応の考え方が詳しく解説されています
油汚染土壌の浄化基準は法律で明確に定められていませんが、実務上よく用いられるのがTPH(Total Petroleum Hydrocarbons:全石油系炭化水素)1,000mg/kg以下という基準です。しかし、この数値の出所は明確ではなく、重量法の定量下限の10倍程度という説もあります。
参考)https://www.eic.or.jp/qa/?act=viewamp;serial=23013
実際の建設現場では、より幅広い浄化目標が設定されています。一般的には、油含有量500~2,000mg/kg程度(ノルマルヘキサン抽出法、GC-FID法等の試験法による)や、油臭・油膜が感じられなくなる程度を浄化目標とすることが多いです。重質油汚染土壌の処理事例では、浄化目標を油臭1とした場合、TPHは430~850mg/kgであったという報告もあります。
参考)土壌環境修復技術(油類)|技術・ソリューション|Be a C…
環境省ガイドラインでは、汚染問題の指標として油膜・油臭のほかにTPHを補足的な項目としており、評価項目と浄化目標値は、汚染物質の毒性、土地の利用方法、および施工条件等を考慮してケース毎に設定されることが望ましいとしています。
参考)https://www.konoike.co.jp/solution/thesises/pdf/2010_civil_02.pdf
以下の表に、実務で用いられる主な目標値をまとめました。
評価項目 | 一般的な目標値 | 備考 |
---|---|---|
TPH濃度 | 500~2,000mg/kg | 工法や土地利用により設定 |
油臭 | 油臭判定1以下 | 6段階評価で最低レベル |
油膜 | 油膜なし | 視覚的判定 |
ベンゼン土壌溶出量 | 0.01mg/L未満 | 環境基準適用の場合 |
油汚染の判定において中心的な役割を果たすのが、官能試験による油臭・油膜判定です。油臭や油膜については、それらの程度を人の感覚である嗅覚と視覚により把握することが基本とされており、油臭についてはその程度を判定者の嗅覚に基づいて6段階の表示で評価します。
参考)環境保全(油臭・油膜対策)│浄化技術解説│株式会社エンバイオ…
具体的な判定方法として、環境省ガイドラインでは土壌50gを試験管に入れて30分放置した後ににおいを嗅いで0~5(無臭~強烈なにおい)の5段階で評価する方法が参考にされています。調査では、基本的には人為的な油汚染について調べるため、土壌汚染調査と同じく50cmで判断することになりますが、油汚染の場合には15cmと50cmの深度で油臭判定と油膜判定を行います。
参考)花王
しかし、官能試験は主観的なデータになるため、判定結果のばらつきが大きいという課題があります。油臭標準試料を用いて油臭いの感じ方をキャリブレーションすることにより、判定結果のばらつきが抑えられることが確認されていますが、判定者の個人差の低減には限界があります。
参考)https://www.gepc.or.jp/engineer/actual/kenkyu17_H_S6-20.pdf
客観的なデータとして、実際に土壌及び地下水に含まれる全石油系炭化水素(TPH)を二硫化炭素で抽出して測定する方法が併用されます。
油汚染は基本的に土壌汚染対策法の対象外ですが、油の種類によっては同法の適用を受ける場合があるため注意が必要です。特にガソリンは揮発性が高く、環境基準が定められているベンゼンやTEX(トルエン、エチルベンゼン、キシレン)が多く含まれているため、これらの物質が検出された場合は土壌汚染対策法の規制対象となります。
参考)https://www.zenchiren.or.jp/e-Forum/2007/045.PDF
実際の事例として、重質油汚染土壌の処理において、ベンゼンが検出された範囲についても同処理によって環境基準の土壌溶出値0.01mg/L未満に低減したという報告があります。また、油含有土壌試料のベンゼン土壌溶出量が定量下限値未満であることを確認した事例も報告されています。
参考)https://www.zenchiren.or.jp/e-Forum/2013/PDF/2013-057.pdf
土壌汚染対策法で定められている主な特定有害物質の基準値は以下の通りです。
特定有害物質 | 土壌溶出基準(mg/L) | 土壌含有量基準(mg/kg) |
---|---|---|
ベンゼン | 0.01以下 | ー |
カドミウム及びその化合物 | 0.003以下 | 45以下 |
鉛及びその化合物 | 0.01以下 | 150以下 |
ヒ素及びその化合物 | 0.01以下 | 150以下 |
これらの基準を超える場合は、油汚染対策とは別に土壌汚染対策法に基づく対応が必要となります。
建設工事において油類を扱っていた事業所や工場跡地等で掘削中に土中から油や油汚染土壌・地下水に遭遇する場合があります。油そのものであれば廃油として産業廃棄物処理ができますが、油を含む建設発生土は産業廃棄物には該当しないため、その措置対策には十分な検討が必要となります。
処理方法としては、軽微な油汚染における現地での油低減剤等の散布から、重度な汚染における汚染土壌の掘削除去・敷地外での専門処理施設での処理や現地での薬剤や微生物による浄化工事等まで、汚染状況や諸条件により多様な方法があります。環境省ガイドラインでは、対策方法に掘削除去のほか、洗浄、熱処理、化学的分解、バイオレメディエーション等があげられています。
実際の工事事例では、推定汚染範囲である半径26m内で、新築建屋掘削工事にかかる部分のみの掘削搬出処理を行い、当該敷地全域において約60ヶ所のサンプリングを実施したケースが報告されています。また、油汚染土に特殊な改良材を添加混合して油分が出ないようにし(特に油膜の除去)、この材料を現場の埋め戻し材料として使用した事例もあります。
参考)https://www.nishimatsu.co.jp/solution/report/pdf/vol26/g026_24.pdf
対策の基本は、調査地のある敷地内において、その土地利用状況に応じ、油含有土壌に起因して生ずる油臭や油膜による生活環境保全上の支障を解消することです。
参考)https://www.env.go.jp/water/dojo/oil/01.pdf
以下は主な対策工法の概要です。
参考)https://www.obayashi.co.jp/technology/shoho/076/2012_076_36.pdf
参考)https://www.pref.chiba.lg.jp/shigen/3r/sanpai-3r/documents/2_suisituhozenka.pdf
JFEミネラル株式会社「掘削したら油が出てきたけど、どうしたらいい?」- 建設現場での油汚染遭遇時の実務的な対応方法が解説されています
建設廃棄物の中には、原材料として再利用できるものも多く、建設リサイクル法により再資源化が義務づけられた品目もあります。油汚染土壌についても、適切な処理を行うことで再利用の道が開けます。
参考)建設工事で出る建設廃棄物の処理方法をわかりやすく解説 - 株…
実際の事例として、含油水・含油汚泥を工事解体現場から回収し、水は抜き取り焼却処理、油泥は固形燃料へとリサイクルした例があります。また、地中から発掘された中身が不明なドラム缶について、分析の結果処理可能と判断され、固形燃料へとリサイクルされたケースも報告されています。製造業原水ピット清掃で発生した排水処理汚泥を重機で掘削回収し、搬入後は固形燃料へとリサイクルした事例もあります。
参考)https://www.pref.chiba.lg.jp/shigen/3r/sanpai-3r/documents/toua_oil.pdf
建設廃棄物の再利用・リサイクルは、代表的な脱炭素化の取り組みの一つとして注目されています。建設廃棄物のリサイクルは、自然資源の節約、エネルギーの節約、固形廃棄物の削減、大気・水質汚染の削減、温室効果ガスの削減につながります。
参考)建設廃棄物とは?建設副産物や処理方法も解説 - TansoM…
ただし、油汚染土壌の再利用にあたっては、基準を満たしていることの確認が不可欠です。浄化目標に達した際のTPH濃度、油臭・油膜の状態を十分に確認し、必要に応じてベンゼン等の土壌溶出量も測定する必要があります。
建設業界全体としては、廃棄物管理からコンポーネント管理への移行が提唱されており、既存の建築部材の再利用が持続可能な発展のために重要な役割を果たすと考えられています。油汚染土壌についても、適切な処理と管理により、環境負荷を低減しながら資源として活用する視点が求められています。
花王株式会社「油で汚染された土壌専用の洗浄剤を開発」- 汚染により再利用できなかった土壌の有効活用に関する最新技術が紹介されています