

窒素酸化物(NOx)は、主に一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)で構成される大気汚染物質です。環境基本法第16条に基づき、二酸化窒素に係る環境基準は「1時間値の1日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること」と定められています。この基準は昭和53年に告示され、人の健康を保護する上で維持されることが望ましい基準として設定されました。
参考)二酸化窒素に係る環境基準について
環境基準の測定方法は、ザルツマン試薬を用いる吸光光度法またはオゾンを用いる化学発光法により測定することが規定されています。ザルツマン法は、大気中の二酸化窒素とザルツマン試薬(N-1ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩、スルファニル酸および酢酸の水溶液)とのジアゾ反応により生成するアゾ染料の発色を利用して、二酸化窒素濃度を測定する方法です。この測定法では反応係数(ザルツマン係数)を0.84と定めています。
参考)https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=viewamp;serial=4168
なお、環境基準は工業専用地域、車道その他一般公衆が通常生活していない地域または場所については適用されません。1日平均値が0.04ppm以下の地域にあっては、原則として0.04ppmを大きく上回らないよう防止に努める配慮が求められています。
参考)二酸化窒素に係る環境基準の改定について
窒素酸化物、特に二酸化窒素(NO2)は高い濃度のときに人の呼吸器(のど、気管、肺など)に悪い影響を与えます。NO2は硫黄酸化物(SO2)より難溶性であるため、気道におけるNO2の摂取率がSO2より低く、肺の奥深くまで到達する特性があります。水に溶けにくいオゾンや窒素酸化物は、喘息や慢性気管支炎の他に、肺気腫を引き起こす可能性があります。
参考)排出物質:窒素酸化物(ちっそさんかぶつ)|わたしたちの生活と…
窒素酸化物の人体影響は長期暴露によるリスクが特に懸念されており、呼吸器系への慢性的な影響が報告されています。交通警察官など高濃度のNO2に曝露される職業では、13.3から193.6 mg/m³の範囲の濃度が測定されていますが、これらのレベルは急性の健康被害とは関連していないものの、長期的な問題を避けるための注意が必要とされています。
参考)https://www.qeios.com/read/LS7C7E/pdf
さらに窒素酸化物は大気中で炭化水素と共存して光化学反応を起こし、オキシダント(総酸化性物質)を発生させます。このため、NOxは単独での健康影響だけでなく、二次的な大気汚染物質の生成源としても重要な環境課題となっています。酸性雨の原因物質としても知られており、環境全体への影響も深刻です。
参考)https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/s46/11718.html
大気汚染防止法では、窒素酸化物について、ばい煙発生施設の種類ごとに詳細な排出基準が適用されます。建設業に関連する主要な施設の排出基準は以下の通りです。
参考)ばいじんとNOxの排出基準値一覧
ボイラーの場合、ガス専焼ボイラーでは排出ガス量が50m³N以上の施設で60ppm、4万m³N以上50万m³N未満で100ppm、1万m³N以上4万m³N未満で130ppm、1万m³N未満で150ppmと規定されています。石炭燃焼ボイラーは70万m³N以上で200ppm、4万m³N以上70万m³N未満で250ppm、4万m³N未満で300ppmとなっています。
参考)窒素酸化物の排出基準(大気汚染防止法)|横須賀市
建設機械に直接関連する排出基準として、ディーゼル機関は950ppm、ガスタービンは70ppm、ガス機関とガソリン機関は600ppmと定められています。廃棄物焼却炉については、連続炉で排出ガス量が4万m³以上の施設で250ppm、特殊な化合物を含む廃棄物を焼却する場合は700ppmという厳しい基準が設定されています。
これらの排出基準と比較する際は、次の式で算出された窒素酸化物の量を用いることが規定されています:C=(21-On)÷(21-Os)・Cs。この式により酸素濃度を補正した標準状態での排出濃度を算出します。総量規制基準を適用する場合における窒素酸化物の量の測定方法は、JIS K0104に定める方法により窒素酸化物濃度を、JIS Z8808に定める方法により排出ガス量をそれぞれ測定して算定する方法が定められています。
参考)窒素酸化物に係る規制基準
建設業では、建設省告示1918号(平成6年9月5日)により「建設業に係る特定地域における自動車排出窒素酸化物の排出の抑制を図るための指針」が定められています。この指針では、建設業者が講ずべき措置として3つの柱が示されています。
参考)建設業に係る特定地域における自動車排出窒素酸化物の排出の抑制…
第一に輸送の効率化として、建設資材等の輸送について積載効率の向上を図り、窒素酸化物の排出抑制に努めることが求められます。具体的には、車両当たりの最大積載量による輸送を行うこと(ただし積載超過は厳禁)、方面別・行先別・時間別等で建設資材等の輸送をまとめることによる積合せの促進が示されています。
第二に建設資材等の輸送手段の改善として、自ら保有する自動車について特定自動車排出基準適合車への早期転換を強力に推進するとともに、低公害車の導入に努めることが義務付けられています。また、運搬先の施設における利用可能性、運搬距離、運搬量等を勘案しつつ、自動車、鉄道、内航海運等各種交通機関のそれぞれの特性を十分踏まえたモーダルミックスの推進も求められています。
第三にその他配慮すべき事項として、工事の施工計画の策定時に搬入車両の削減を考慮した建設資材等の調達計画策定、工事現場における駐停車場所の確保による路上駐停車の防止、駐停車中のエンジン停止や不必要な空ぶかしの排除などの運転者教育の徹底が規定されています。
建設機械の年間NOx排出総量は自動車等移動排出源排出総量の15%(約14万トン/年)を占めており、台数ベースではわずか2%であるものの、単体あたりの排出量が大きいことが特徴です。このため、建設機械からの排出削減は重要な対策課題となっています。
参考)mic
国土交通省では、建設施工における排出ガスを低減することを目的として「排出ガス対策型建設機械指定制度」を実施し、平成8年度より直轄工事における使用の原則化を行っています。この制度により、排出ガス基準を満たす性能を持つ原動機を「排出ガス対策型原動機」として認定しています。低公害型建設機械の導入を進めることで、窒素酸化物や粒子状物質の排出削減が可能となります。
参考)https://www.env.go.jp/council/07air-noise/y072-60/900426962.pdf
建設機械の保守管理も重要な対策です。点検整備を適切に行うことにより性能・機能が十分発揮され、人体・自然に有害なスス(PM)や窒素酸化物(NOx)の排出を抑制することができます。また、故障の早期発見にもつながるため、定期的なメンテナンスが推奨されています。
参考)http://www.cgr.mlit.go.jp/skill/kankyou/offload.pdf
トンネル等の閉所作業では黒煙の低減等が特に重要となります。地下トンネル建設におけるTBM(トンネルボーリングマシン)工事では、ディーゼル機関車の使用により一酸化窒素(NO)と二酸化窒素(NO2)レベルが課題となっており、EU指令2017/164/EUに基づく厳格な制限への対応が求められています。このような環境では、換気設備の強化や低排出ガス型機械への更新が不可欠です。
参考)https://www.mdpi.com/2076-3417/13/18/10551/pdf?version=1695351971
固定発生源からの窒素酸化物削減対策技術には、燃焼方法の改善と排ガス処理の2つのアプローチがあります。燃焼方法の改善では、低NOxバーナーの導入、燃焼管理方法の改善、燃料の良質化などが効果的です。これらの対策により、NOxの発生自体を抑制することが可能となります。
参考)https://www.env.go.jp/en/water/wq/ine/pdf/tool/1_guideline-fixed%20sources-jp.pdf
低NOxバーナーは、燃焼温度を制御することで窒素酸化物の生成を抑える技術です。NOx生成は燃焼温度が高いほど増加するため、段階的燃焼や燃料と空気の混合比率の最適化により、燃焼温度のピークを下げることが重要です。特にボイラーや加熱炉などの施設では、低NOxバーナーへの交換により大幅な削減効果が期待できます。
参考)ひょうごの環境 :: 第2部 第1章 第1節 大気環境(一般…
排ガス処理技術としては、選択的触媒還元法(SCR)や選択的非触媒還元法(SNCR)などの脱硝技術があります。SCRは触媒を用いてアンモニアまたは尿素とNOxを反応させて窒素と水に分解する方法で、高い除去効率を実現できます。セメント産業では、燃焼条件の改善による発生抑制と事後処理プロセスの組み合わせにより、効率的なNOx除去が行われています。
参考)https://www.mdpi.com/2073-4433/13/1/121/pdf
近年では、光触媒を用いた新しい削減技術も開発されています。TiO2(二酸化チタン)を含むコンクリート材料は、光触媒反応によりNOxを分解する機能を持ち、道路沿いや建築物の外壁に使用することで大気中のNOx濃度を低減できます。表面のTiO2質量比がNOx除去効率に大きく影響するため、適切な維持管理期間を設定することが重要です。
参考)https://downloads.hindawi.com/journals/ace/2022/7661910.pdf
測定と管理の観点では、固定発生源に対する立ち入り検査や対策のアドバイスを行う際に、窒素酸化物の削減対策技術・運転管理技術の種類、それらの特徴、削減効果等の基礎知識が必要です。環境省が監修した「開発途上国の大気汚染問題に係る固定発生源対策マニュアル」では、電力業、鉄鋼業、セメント製造業、ガラス製造業などの業種別にNOx排出対策技術が詳しく解説されています。
参考情報として、環境省の大気汚染防止法に関する詳細なガイドラインが公開されています。
環境省:ばいじんとNOxの排出基準値一覧(施設種類別の詳細な排出基準を確認できます)
環境省:建設業に係る特定地域における自動車排出窒素酸化物の排出の抑制を図るための指針(建設業者が取るべき具体的な措置が記載されています)
環境省:二酸化窒素に係る環境基準について(環境基準の法的根拠と測定方法の詳細)
検知管 10 窒素酸化物 1箱 / 9-800-33