貯蔵弾性率と損失弾性率の違いを建築材料で徹底解説

貯蔵弾性率と損失弾性率の違いを建築材料で徹底解説

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貯蔵弾性率・損失弾性率の違いと建築材料への活用

損失弾性率が高い建築材料は「柔らかくて弱い」と思われがちですが、実は制振性能において貯蔵弾性率の高い材料より優れた効果を発揮するケースがあります。


🏗️ この記事の3つのポイント
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貯蔵弾性率とは?

外力で生じたエネルギーを材料内部に「貯蔵」する成分。弾性(バネ的な性質)を示し、E'(またはG')で表します。

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損失弾性率とは?

外力で生じたエネルギーを熱として外部へ「散逸(損失)」する成分。粘性を示し、E''(またはG'')で表します。

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tanδとの関係

損失正接 tanδ = E''/E' の比率で材料の「固体寄り・液体寄り」を判断でき、制振材・シーリング材の選定に直結します。


貯蔵弾性率と損失弾性率の基本的な違い:粘弾性の仕組み

建築現場で使われるシーリング材や制振ダンパー防振ゴムは「粘弾性材料」に分類されます。粘弾性とは、弾性(バネのように力を蓄え、元に戻る性質)と粘性(流体のように力を熱として逃がす性質)の両方を持ち合わせた性質のことです。


この粘弾性を数値で表したのが「複素弾性率 G*(またはE*)」であり、それを実部と虚部に分けると以下のようになります。




























パラメータ 記号 意味 材料の傾向
貯蔵弾性率 E'(G') エネルギーを内部に貯蔵する成分(弾性) 大きいほど固体的・硬い
損失弾性率 E''(G'') エネルギーを熱として散逸させる成分(粘性) 大きいほど液体的・柔らかい
損失正接 tanδ = E''/E' 両者の比:粘性の強さを表す指標 大きいほど制振・衝撃吸収に優れる


フックの法則(σ = Eε)に従う理想弾性体では、外力を取り除けば瞬時に元の形に戻り、エネルギーは完全に「貯蔵」されます。一方、ニュートンの粘性法則に従う理想粘性体では、外力を取り除いても元に戻らず、エネルギーは熱として「損失」します。


つまり、貯蔵弾性率とは「戻ってくるエネルギー」、損失弾性率とは「二度と戻らないエネルギー」と捉えると理解しやすいです。


建築材料のほとんどは、この2つの中間にある粘弾性体です。たとえば、硬いコンクリートは貯蔵弾性率が支配的で損失弾性率はほぼゼロに近く、逆にシーリング材や防振ゴムは損失弾性率が比較的大きくなります。


粘弾性体が基本です。
建築で扱う材料の多くはこの性質を持っています。


参考:粘弾性の基本原理について、弾性・粘性・粘弾性体の違いをわかりやすくまとめたThermo Fisherの技術資料


初心者必見!粘弾性と動的粘弾性測定の基礎 | Thermo Fisher Scientific(日本語)


貯蔵弾性率と損失弾性率を測る「動的粘弾性測定」とは何か

建築材料の貯蔵弾性率・損失弾性率を求めるには、「動的粘弾性測定(DMA:Dynamic Mechanical Analysis)」という手法が使われます。静的な引っ張り試験と何が違うのかを押さえておくと、現場でのデータの読み方が一段と明確になります。


静的測定では、一定の荷重をかけて変形量を測るだけです。その方法では弾性率の数値は出ますが、「粘性による損失成分」は分離できません。これが大きな相違点です。


動的粘弾性測定では、材料に正弦波(サイン波)状の振動ひずみを連続的に与えます。このとき、応力(力)とひずみ(変形)の波形の間に「位相差δ(デルタ)」が生じます。



  • 位相差δ = 0°に近い → 貯蔵弾性率E'が支配的 → 固体・弾性体に近い(例:硬化後のエポキシ樹脂、コンクリート)

  • 位相差δ = 90°に近い → 損失弾性率E''が支配的 → 液体・粘性体に近い(例:アスファルト高温時、シーリング材未硬化時)

  • δがその中間 → 粘弾性体(例:建築用シーリング材、防振ゴム、制振ダンパー素材)


位相差δが45°のとき、貯蔵弾性率と損失弾性率の値がほぼ等しくなり、tanδ = 1となります。これは「弾性と粘性が同程度」の状態を意味します。


温度依存性も重要です。たとえばプラスチック(PET)を動的粘弾性測定で昇温しながら測定すると、50℃あたりから貯蔵弾性率E'が低下しはじめ、90℃を超えると急落します。損失弾性率E''は110℃付近でピークを迎え、これがガラス転移温度の指標になります。


冬場(0℃以下)と夏場(40℃以上)では同じシーリング材でも「G'(貯蔵弾性率)が10倍以上変わる」ことが報告されています。これが、寒冷地での外壁目地割れや夏場の剥がれといった施工不良の一因になっています。これは使えそうな情報ですね。


測定結果から得られるグラフでは、横軸に温度(または周波数)、縦軸に貯蔵弾性率E'、損失弾性率E''、tanδを同時にプロットするのが一般的です。このグラフを読みこなせると、材料の温度・周波数ごとの挙動を把握でき、適切な材料選定に役立てられます。


参考:動的粘弾性測定(DMA)の概要と測定できること


動的粘弾性測定(DMA)の解説 | 高分子学会


損失正接 tanδの意味と建築制振材・シーリング材への直結する関係

損失正接 tanδ(タンデルタ)は損失弾性率E''を貯蔵弾性率E'で割った無次元の値です。


$$\tan\delta = \frac{E''}{E'}$$


この値が建築従事者にとって特に重要なのは、「材料がどれだけ振動エネルギーを熱として吸収・散逸できるか」を端的に示しているからです。



  • tanδ が大きい(例:0.5以上)→ 衝撃・振動吸収性が高い → 制振ダンパー材料として有効

  • tanδ が小さい(例:0.1以下)→ 振動を吸収せずに伝達する → ばね支持材、剛性が求められる構造部材

  • tanδ ≈ 1.0 前後 → 弾性と粘性が拮抗 → 粘着剤・シーリング材として高い性能帯


制振構造に使われる粘弾性ダンパーは、このtanδが高い材料(アクリル系粘弾性体、ブチルゴム系など)を採用します。阪神・淡路大震災以降に普及した制振構造建築では、粘弾性ダンパーが地震時の振動エネルギーを熱に変換して散逸させる役割を担っています。制振が鍵です。


一方、建築外壁目地のシーリング材(ポリウレタン系、シリコン系など)は、温度変化による外壁パネルの膨張・収縮に追従するため、ある程度の貯蔵弾性率(弾性復元力)と損失弾性率(追従性)のバランスが求められます。この設計において「貯蔵弾性率だけが高い材料」では目地追従性が落ちて、冬季に割れが生じます。


結論はtanδとのバランスです。
どちらか一方が高ければ良いという単純な話ではありません。


粘弾性ダンパーの特性は温度・振動数依存性があります。温度が低いほど・振動数が高いほど貯蔵せん断弾性率G'と損失弾性率G''は大きくなる傾向があり、設計時にはこの温度域での特性評価が欠かせません。


参考:制振材の損失正接(tanδ)の基礎知識と材料ランキング


樹脂&ゴム+衝撃吸収性(損失正接 tanδ)ランキング | ナガセケムテックス


建築現場で知っておきたい貯蔵弾性率・損失弾性率の温度・周波数依存性

建築材料の粘弾性特性は温度と周波数(振動の速さ)に強く依存します。これが現場での「材料の使われ方と実挙動のズレ」を生む根本的な原因です。


温度依存性から見てみましょう。粘弾性材料は温度が下がると固体的になり(貯蔵弾性率E'↑・損失弾性率E''↓)、温度が上がると液体的になります(E'↓・E''↑)。この変化が最も急激に起きる温度域が「ガラス転移領域」と呼ばれます。


具体的な例として、建築用シーリング材の場合、0℃以下でガラス転移が起きてE'が急上昇する材料では、冬季の外壁目地で硬化しすぎて追従できず、ひび割れが発生します。これが「シーリング材が10年を待たずに割れる」トラブルの原因のひとつです。


次に周波数依存性も重要です。一般にポリマー系粘弾性材料では、周波数が高いほど貯蔵弾性率E'は増加し、損失弾性率E''はあるピークを持ちます。これは時間温度換算則(TTS:Time-Temperature Superposition)とも関連しており、「低温・高周波数」と「高温・低周波数」の挙動は等価に扱えることが知られています。



  • 🌡️ 夏場(35℃前後):多くのシーリング材や防振ゴムで貯蔵弾性率が低下 → 変形しやすく接着保持力が落ちる

  • ❄️ 冬場(−10℃前後):同じ材料で貯蔵弾性率が数倍〜十数倍に上昇 → 脆くなり、繰り返し変形に弱くなる

  • 🌊 地震動(1〜数Hz):制振ダンパーに入力される振動数帯。この帯域でのtanδが制振性能を左右する

  • 🔊 交通振動(20〜200Hz):防振材のtanδ・E''が評価対象となる周波数帯


制振構造に使われるアクリル系粘弾性ダンパーでは、「0℃と40℃での貯蔵弾性率の比(G'0/G'40)が15.0以下」という設計条件が設定されているケースもあります(特許資料より)。この比率が大きすぎると、冬と夏で性能差が出すぎて制振効果が安定しないためです。これは覚えておくと役立つ知識です。


現場レベルで参考にできる目安として、施工温度と想定使用温度でのE'・E''・tanδのデータシートを材料メーカーに確認することが基本です。JIS A 5758(建築用シーリング材)の試験条件でのデータだけでなく、実温度域でのデータ確認が材料トラブルを防ぎます。


参考:粘弾性ダンパーの温度・周波数依存性についての学術的背景


粘弾性ダンパー付き鉄骨フレームの地震応答性状 | 国立国会図書館デジタルコレクション


建築従事者だけが陥る「貯蔵弾性率だけ見て損失弾性率を無視する」設計ミス

構造設計や材料選定で「弾性率の高さ=材料が優れている」と判断するのは、よくある誤解です。特に制振構造や防振構造において、この思い込みが施工後のクレームや性能不足に直結するケースがあります。


たとえば制振ダンパーの設計では、貯蔵弾性率G'(剛性成分)ではなく、損失弾性率G''(エネルギー散逸成分)と損失正接tanδの方が直接的な制振性能の指標になります。制振ダンパー材料として「硬い=G'が高い材料」を選んでしまうと、地震エネルギーを熱に変えるのではなく、エネルギーを周辺構造に伝達してしまう恐れがあります。


いいことではないですね。この認識を改めるだけで選定ミスを防げます。





























用途 重視するパラメータ 理由
制振ダンパー材(粘弾性系) tanδ・損失弾性率G'' 地震エネルギーを熱として散逸させるため
防振ゴム・防振パッド tanδと貯蔵弾性率G'のバランス 共振領域での減衰とばね性能が必要
建築用シーリング材 貯蔵弾性率E'(適度な弾性)+tanδ 目地追従性と接着保持力の両立が必要
構造用接着剤 貯蔵弾性率E'(剛性) 変形を最小限に抑えて荷重を伝達するため


防振ゴムの場合、tanδの値が高くなるほど共振領域における防振効果が高まります。ただし、tanδが高すぎると高周波域での防振効率が下がるというトレードオフも存在します。これが原則です。


実務的な確認ポイントとしては、材料メーカーのデータシートで「DMAによる温度分散グラフ」を取り寄せ、使用温度域での貯蔵弾性率E'・損失弾性率E''・tanδのすべてを確認する手順が最も確実です。貯蔵弾性率の数値だけで判断すると、温度変化の大きい現場での性能保証が難しくなります。


また、日本シーリング材工業会の資料によれば、シーリング目地は経年劣化等によって10年を経過するまでに性能低下が起きることが指摘されています。この劣化とともに損失弾性率E''が変化し、当初設計の追従性・制振性が変わる点も意識が必要です。


設計段階でのデータ確認が条件です。
現場任せにせず、初期の材料選定に投資する時間が後々のクレーム対応コストを大きく下げます。


参考:建築用シーリング材の劣化・性能評価に関する情報


建材試験情報(建材試験センター)|建築用シーリング材の耐久性評価研究


参考:粘弾性の基礎(貯蔵弾性率・損失弾性率の定義と計算原理)


動的粘弾性測定の基礎 第6回 | 株式会社ユービーエム(レオロジー専門機関)