

制振材のtanδは「高ければ高いほど良い」は間違いで、設計周波数帯でのピーク位置がズレると制振効果がほぼゼロになります。
動的粘弾性測定(DMA:Dynamic Mechanical Analysis)は、試料に正弦波状のひずみ(または応力)を与え、それに対する応力(またはひずみ)の応答を計測することで、材料の力学的性質を定量評価する手法です。静的な引張試験が「一方向に引っ張る」のとは異なり、DMAは「繰り返し振動する力」を材料にかけ続ける点が特徴です。
🔑 原理の核心は「位相差δ(デルタ)」にあります。
理想的な弾性体(バネのような素材)に正弦波のひずみを与えると、応力の応答は入力ひずみと完全に同位相で返ってきます。一方、理想的な粘性体(水などの液体)では応力の応答はひずみより90度(π/2)進んで発現します。実際の建築材料の多くは、この中間の性質=「粘弾性体」です。そのため応力応答はひずみに対し、0度より大きく90度より小さい位相差δだけ遅れて観測されます。
この位相差δを利用して、以下の3つの主要パラメータが算出されます。
| パラメータ | 記号 | 意味 |
|---|---|---|
| 貯蔵弾性率 | E'(またはG') | 材料内部に蓄積されるエネルギー成分(弾性の強さ) |
| 損失弾性率 | E''(またはG'') | 熱として散逸するエネルギー成分(粘性の強さ) |
| 損失正接 | tanδ = E''/E' | 粘性と弾性のバランスを示す減衰指標 |
測定装置の構成はシンプルです。試料をクランプで固定し、ヒーターで温度制御しながら、設定した周波数の正弦波荷重をプローブ経由で印加します。発生した変位(ひずみ)を変位検出部が捉え、入力応力と応答ひずみの両波形のピーク値と時間軸上の位相差から、各粘弾性パラメータを算出する仕組みです。
つまり「振動させて遅れを測る」が基本です。
JIS規格ではJIS K 7244(ISO 6721)が動的粘弾性測定の試験規格として定められており、建築・高分子材料の品質評価において共通の基準として参照されています。リサージュ図(応力σ対ひずみγのXYプロット)を確認することで、測定が線形粘弾性領域内で正しく行われているかをチェックできます。円形が液体、楕円が粘弾性体、直線が固体の特性を示します。
参考:DMAの原理・装置構成・測定パラメータの詳細解説(日立ハイテク)
https://www.hitachi-hightech.com/jp/ja/knowledge/analytical-systems/thermal-analysis/basics/dma.html
DMAで得られるデータは、温度や周波数を横軸にとったグラフとして出力されます。建築業従事者にとって重要なのは、この3つのパラメータが何を意味し、どの数値がどんな材料特性を示すのかを正確に把握することです。
貯蔵弾性率(E')は「材料の硬さ・剛性感」を表します。値が大きいほど変形に対して強く、弾性的に元の形状へ戻ろうとする特性が強いことを意味します。コンクリートや硬質樹脂は高いE'を示し、シーリング材やゴム系制振材は相対的に低い値を示します。
損失弾性率(E'')は「材料が振動エネルギーをどれだけ熱として逃がすか」を表します。これが原因でビルの制振ダンパーは振動エネルギーを熱に変換して建物を安定させます。値が高いほど、エネルギーを熱として散逸しやすい素材です。
tanδ(損失正接)はE''/E'の比です。この値が大きいほど粘性的、小さいほど弾性的な挙動を示します。
ガラス転移温度(Tg)を検出できるのも、DMAの強みです。
温度分散測定を行うと、温度の上昇に伴いE'が大きく低下し、その近傍でtanδがピークを示します。このtanδのピーク温度付近が、ガラス状態(固体的)からゴム状態(柔軟)への転移、すなわちガラス転移温度の目安となります。ただし、Tgの定義にはtanδのピーク・E''のピーク・E'の変曲点など複数の基準があり、採用する基準によって数値が変わる点には注意が必要です。建築用接着剤などでは、このTgが施工現場の使用温度範囲に入っていないかを事前に確認することが、劣化予防の観点から非常に重要です。
また、「周波数依存性」もDMAならではの評価ポイントです。材料の粘弾性特性は測定する振動の速さ(周波数)によっても変化します。周波数が高い(=素早く変形させる)ほど弾性的に振る舞い、低い(=ゆっくり変形させる)ほど粘性的に振る舞う傾向があります。これは「同じ素材でも、実際に受ける振動の速さによって見える物性が変わる」ということを意味します。
E'やtanδの温度・周波数同時測定が条件です。
参考:動的粘弾性測定の基礎から応用、パラメータの解釈まで詳述(メトリス技研)
https://metreslab.com/viscoelasticity-theory/
建築物の制振設計において、動的粘弾性測定は欠かせない評価ツールです。制振材料が振動エネルギーを熱として効率よく散逸させるためには、材料が持つtanδ(損失係数)の値だけでなく、そのピークが「設計上の目的周波数帯」に合っているかどうかが決定的に重要です。
これは意外に思われるかもしれませんが、tanδが数値として高くても、そのピークが実際の建物に想定される振動数帯とずれていれば、ほとんど制振効果を発揮できません。
建物に作用する地震動や風による振動は、一般に0.1~数Hz程度の低周波数帯域が支配的です。制振ダンパーに使われるゴム系・粘弾性系素材は、DMAで周波数分散測定を行うことで、この低周波数帯でのtanδ挙動を事前に確認できます。
たとえば、建築用免震アイソレーターや粘弾性ダンパーに用いられる高減衰ゴムは、設計対象の振動数帯域において動的tanδが0.3以上を確保することが性能の目安とされている事例もあります。実際の評価では、温度と周波数の両方の依存性を把握したうえで、使用環境(外気温が-10℃になる北海道の冬季や、40℃を超える夏季の屋外)を想定した測定条件を設定することが求められます。
温度条件の設定が条件です。
また、制振鋼板などの複合材では、鋼板とポリマー系コアの界面特性もDMAで評価が可能です。コアの樹脂が持つE'やtanδの温度・周波数依存性を詳細に把握することで、制振性能が発揮できる温度域と周波数域を設計段階から予測できるようになります。これは現場での施工後に「思ったほど振動が収まらない」というトラブルの事前回避につながる、非常に実用的な活用法です。
👷 実務上の注意点:制振材料の選定に際してはDMAによる周波数分散測定のデータシートを確認し、想定使用温度域でのtanδ値とそのピーク位置を必ずチェックしてください。メーカーへの問い合わせの際も「設計周波数での損失係数」を具体的に確認することが重要です。
参考:建築用制振材料のtanδ・周波数依存性に関する研究論文(制振工学研究会)
https://bunken.sdt-jp.com/wp-content/uploads/sdtb022601.pdf
建築現場で日常的に使用されるシーリング材、複合床材、構造用接着剤——これらの材料も、DMAを使った動的粘弾性測定によって詳細な品質評価が可能です。それぞれの特性と評価ポイントを整理します。
シーリング材の評価
外壁目地に使われるシリコーン系・変成シリコーン系シーリング材は、気温の変化による膨張収縮に追従する柔軟性を求められます。DMAで温度分散測定を行うことで、低温時(たとえば-20℃の北海道の冬)での貯蔵弾性率(E')の急激な上昇(硬化)、逆に高温時での軟化挙動が数値で把握できます。シーリング材がガラス転移温度付近でE'が急上昇すると、目地の追従が難しくなり亀裂や剥離の原因になります。
この測定は「なぜ低温でシーリングが割れるか」の根拠となります。
複合床材(スクリード)の評価
地下室や倉庫、道路基盤に使われる複合床材は、大きな動的荷重を受けながら変形しないことが求められます。硬化過程の時間依存的な粘弾性変化をレオメーターで測定することで、硬化剤(遅延剤)の適切な添加量を決定し、施工可能時間を最適化できます。G'(貯蔵弾性率)がG''(損失弾性率)を上回る交差点(ゲル化点)を把握することで、実際の施工条件に合わせた材料配合の調整が可能です。
これは使えそうです。
構造用接着剤の評価
エポキシ系やウレタン系の構造用接着剤は、硬化後の弾性率と温度依存性が重要です。DMAで硬化物の温度分散測定を行うと、ガラス転移温度(Tg)や弾性率の使用温度域での変化が定量的に確認できます。建築補修用のJIS A 6024規格に適合する材料であっても、施工後の現場温度がTg付近に達する状況では強度が大きく低下するリスクがあります。接着剤の選定時には、使用温度範囲でのE'の変化をDMAデータで確認することが、長期的なクレームリスクを下げる実践的な方法です。
外部委託でのDMA分析を活用したい場合、神奈川県産業技術総合研究所(KISTEC)などの公設試験機関では動的粘弾性測定の受託測定サービスを提供しており、自社に装置がない建築材料メーカーや施工業者でもデータを取得できる環境が整っています。
参考:建築材料(セラミック・複合床材・ガラス・石膏)の粘弾性測定と評価方法(Anton Paar)
https://wiki.anton-paar.com/jp-jp/basics-of-rheology/rheological-investigation-of-building-materials/
多くの建築従事者が「引張試験や硬度試験があれば十分」と考えがちですが、静的試験とDMAは評価できる情報の次元が根本的に異なります。ここが最も見落とされやすいポイントです。
静的測定(クリープ試験・応力緩和試験)は、一定のひずみや応力を「静止した状態でかけ続けたときの変化」を見る手法です。得られるのは、時間とともに応力や変形がどう変化するかという情報です。これに対しDMAは「繰り返し振動を与えながら、弾性成分と粘性成分を同時に分離して測定する」手法であり、より実際の使用環境(風・地震・交通振動・音振動)に近い条件で材料を評価できます。
静的試験とDMAは補完関係です。
建築業に特有の視点として、「夏と冬で建材の振動応答が大きく変わる」という現象があります。たとえば、建築用制振ゴムパッドを夏(35℃以上)と冬(-5℃以下)で使用した場合、DMAのデータ上では同じ材料でもE'が1桁以上変化することがあります。夏は柔らかく粘性的、冬は硬く弾性的に振る舞う——これを「感覚」ではなく数値として把握できるのがDMAの強みです。
また、「竣工後に制振ダンパーの効果が設計値を下回っていた」という事例も、現場ではゼロではありません。その原因の一つが、材料のtanδの周波数依存性を十分に評価しないまま設計時の数値を固定してしまうことです。DMAを活用した定期的な材料評価を品質管理プロセスに組み込むことで、竣工後の性能保証精度を高めることができます。
DMAデータの活用は現場の信頼性向上につながります。
さらに、改修・リノベーション工事の現場では、既存の建材(古いシーリング材・防振ゴム・接着剤)の劣化評価にもDMAが活用できます。新品と劣化品のE'やtanδの変化量を比較することで、材料がどの程度経年劣化しているかを定量的に判断する根拠が得られます。これは、漠然と「劣化している気がする」という感覚判断から、「E'が当初比で約30%低下しており更新を推奨」という数値根拠を持った判断への転換を可能にします。
参考:動的粘弾性測定の原理・静的測定との比較・測定パラメータの解説(高分子学会)
https://www.spsj.or.jp/equipment/news/news_detail_30.html