

エリクセン試験で「合格」した金属板でも、施工後の折り曲げ加工で塗膜が剥がれてクレームになる事例がある。
エリクセン試験は、金属薄板の「張り出し加工性(成形性)」を評価するために設計された実用成形性試験で、建築・製造・素材メーカーを問わず幅広く採用されています。試験の原理は非常にシンプルで、「しわ押さえ」と「ダイス」の間に金属板の試験片を固定し、球形のパンチを押し付けて、板に貫通割れが生じるまで押し込んでいく、というものです。
貫通割れが発生するまでにパンチが移動した距離(mm)を「エリクセン値(IE)」と呼び、この数値が大きいほど成形性・加工性に優れた材料と判断されます。つまり数値が高いほど優秀です。
日本における試験方法の規定は JIS Z 2247「エリクセン試験方法」 に定められており、試験機についての規定は JIS B 7729「エリクセン試験機」 に分かれています。この2つはセットで理解しておく必要があります。JIS Z 2247は国際規格 ISO 20482:2003 を翻訳・技術的修正のうえ作成(対応程度:MOD)した日本産業規格で、2019年7月の法改正により「日本工業規格(JIS)」から「日本産業規格(JIS)」に名称が変更されています。
| 規格番号 | 内容 | 対応国際規格 |
|---|---|---|
| JIS Z 2247 | エリクセン試験方法(試験手順・試験片・条件) | ISO 20482:2003(MOD) |
| JIS B 7729 | エリクセン試験機(機器の寸法・精度・構造) | ISO 20482:2003(MOD) |
JIS Z 2247が規定する試験の適用範囲は、厚さ0.1mm以上2mm以下・幅90mm以上の金属薄板が「標準」です。ただし、厚さが2mmを超え3mm以下、または幅が30mm以上90mm未満の金属薄板については標準外の試験片寸法を使って適用することもできます。これは建築用途で多く使われる0.4〜0.8mm程度のカラー鋼板や塩化ビニル被覆金属板にも十分に対応する範囲です。
試験片に関する重要なルールも覚えておきましょう。試験前に試験片を「ハンマでたたく」「熱間加工・冷間加工する」ことは厳禁です。事前の加工が加工性の評価結果に直接影響するためです。試験温度は通常10〜35℃の範囲で行い、受注者側から要求がある場合は23±5℃の厳格な条件下で実施します。
パンチを押し込む速度は、標準試験片(幅90mm以上)で5〜20mm/min、幅が90mm未満の狭い試験片では5〜10mm/minと規定されています。スピードが試験結果に影響するため、速度管理が品質管理の精度を左右します。
製品規格で別途定めがない限り、少なくとも3回の試験を実施し、その平均値をエリクセン値(IE)とすることが原則です。1回や2回の結果だけで合否を決めることは規格的に正しくありません。結果はミリメートル単位で表示します。
JIS Z 2247:2006 エリクセン試験方法の全文(kikakurui.com)- 試験片寸法・手順・報告項目の詳細が確認できます
エリクセン試験機の性能・構造は JIS B 7729 によって細かく規定されています。試験機が規格に適合していないと、計測精度が保証されず、エリクセン値の信頼性が失われます。精度要件は意外に厳しいです。
JIS B 7729で定められた標準試験の主要なジグ寸法は次の通りです。
| 部品名 | 寸法(記号) | 規格値 |
|---|---|---|
| パンチ端の球状直径 | d1 | 20 ± 0.05 mm |
| ダイスの内径 | d2 | 27 ± 0.05 mm |
| しわ押さえの内径 | d3 | 33 ± 0.1 mm |
| ダイスの外径 | d4 | 55 ± 0.1 mm |
| ダイス内かどの丸み半径 | R2 | 0.75 ± 0.05 mm |
パンチの鏡面精度も規定されており、表面粗さ平均(Ra)は 0.4μm以下 でなければなりません。Ra 0.4μmというのは非常に滑らかな鏡面仕上げで、いわば光が反射するほどの表面状態です。パンチに傷や摩耗があると摩擦特性が変わり、測定誤差につながります。
試験機は試験中に約 10kN の締付け荷重 で試験片をしっかり把持できる構造が必要です。10kNは約1トンの力に相当します。この把持力が不十分だと、試験中に板が「しわ押さえ」と「ダイス」の間でズレてしまい、正確な成形性評価ができません。
エリクセン値指示装置には 0.01mm単位 で計測できることが求められます。ISOでは0.1mm単位を想定していますが、JISは1桁精度を上げており、日本の規格の方が厳格です。また、指示装置が0〜16mmの範囲で、実際のパンチ先端の移動量との誤差が 0.02mmを超えてはならない という精度要件もあります。
さらに、パンチ先端球面の中心とダイス中心軸のズレ(偏心)もパンチ移動範囲全域で 0.10mm以下 に制限されています。この制限は試験片に対して均一に荷重がかかるようにするためのものです。試験機の定期的なメンテナンスと校正が、建築材料の品質管理上は欠かせません。
試験中にパンチが「回転してはならない」という規定もあります。パンチが回転すると、試験片と球面の接触摩擦条件が変わり、再現性が下がるためです。試験機を購入・選定する際には、この「パンチの非回転機構」が備わっているか確認する必要があります。
JIS B 7729:2005 エリクセン試験機の全文(kikakurui.com)- ジグ寸法・精度・表示要件が詳しく規定されています
建築業に携わる方にとって、エリクセン試験が最も直接的に関わるのは 建築用金属外装材・屋根材の品質管理 の場面です。特に重要なのが JIS K6744「ポリ塩化ビニル被覆金属板及び金属帯」 との関係です。
JIS K6744は、ポリ塩化ビニル(PVC)などの被覆物を金属板に積層・塗装した製品の規格で、内装・外装の建築仕上げ材として広く使われています。この規格が試験機として JIS B 7729(エリクセン試験機)を引用しており、密着性試験の方法として 「井桁エリクセン試験」 を採用しています。
井桁エリクセン試験とは、通常のエリクセン試験に「切れ込み加工」を加えた試験方法です。試験片の中心線の両側2.5mmの位置に、鋼板素地に達する長さ50mmの縦横各2本の直線切れ込みを入れてから、パンチを8mm押し込みます。切れ込みが応力を集中させ、基材とフィルム・塗膜の界面における密着性を厳しく評価できる構造になっています。
建築材料として長期間使用する場合、加工時(施工時)の密着性だけでなく、経時後の密着性も問題になります。たとえば、現場で折り曲げ加工を行った際に、塗膜やフィルムが剥離するトラブルが発生するケースがあります。こうしたリスクを事前に把握するために、仕入れ段階でのエリクセン値の確認が重要です。
密着性試験の結果が規定に適合しなかった板やコイルは、JIS G 0404 の再試験規定に基づき再試験を行って合否を決定できます。一度の不合格だけで即廃棄ではありませんが、再試験でも不合格であれば受け入れを拒否できる根拠になります。材料受け入れ時の判断基準として知っておくと役立ちます。
建材用樹脂被覆鋼板の研究では、フィルムとの密着性はコバルト金属量や化成処理の条件によって大きく変わることが明らかになっています。コバルト金属量が 5〜15mg/m² のとき密着性が最も高く(A評価)、過剰になると逆に密着性が低下するというデータがあります。これは「化成処理が多いほど良い」とは必ずしも言えない、という意外な事実です。
JIS K6744:2019 ポリ塩化ビニル被覆金属板及び金属帯(kikakurui.com)- 引用規格・試験方法・再試験の規定が確認できます
エリクセン試験の結果として得られる「エリクセン値(IE)」は、単なる数字ではなく、材料の加工適性を判断する重要な指標です。この値を正しく読み解くことで、現場での材料選定ミスや施工不良を防げます。
エリクセン値(IE)は「貫通割れが発生するまでにパンチが移動した距離(mm)」です。値が大きい=より深く引き伸ばせる=加工性・成形性が高い、という関係になります。一般的な軟鋼板・塗装鋼板では 8〜12mm 程度が目安とされています。折り曲げ加工や絞り加工が多い外装材では、高いエリクセン値の材料を選ぶことがクレームリスクの低減につながります。
標準試験片より厚い・または幅の狭い試験片では、使用するジグが変わり、エリクセン値の記号に添え字がつきます。
| エリクセン値記号 | 試験片の厚さ | 試験片の幅/直径 |
|---|---|---|
| IE(標準) | 0.1〜2 mm | 90 mm 以上 |
| IE40 | 2 mm超〜3 mm | 90 mm 以上 |
| IE21 | 0.1〜2 mm | 55 mm 以上90 mm未満 |
| IE11 | 0.1〜1 mm | 30 mm 以上55 mm未満 |
試験片の寸法が違う場合は添え字を確認するのが基本です。「IE」と「IE21」は同じ数値でも比較できません。製品仕様書に記載された記号の添え字に注意することが条件です。
潤滑剤の使用も試験結果に影響します。JIS Z 2247 では、試験前にパンチとダイスに接触する試験片の表面に グラファイトグリース を軽く塗布することが規定されています。このグリースの成分(カルシウム石けん・精製鉱油・グラファイト片)や質量分率(グラファイト分23〜28%)まで規格で推奨されています。潤滑剤が異なると試験結果が変わることが知られており、同一条件での比較が求められます。
報告書に記載すべき事項は、受渡当事者間の協定で選択しますが、最低限「規格番号(JIS Z 2247)」「試験片の識別」「試験片の厚さ」「エリクセン値IE」は含まれるべきです。建材の受け入れ検査時には、試験成績書にこれらが記載されているか確認するとよいでしょう。
エリクセン試験を品質管理の指標として使うとき、多くの現場で見落とされがちな問題があります。それは「試験条件のわずかな違いがエリクセン値に予想以上の影響を与える」という点です。バラつきは想定外に大きいです。
JIS Z 2247 ではパンチの押し込み速度を 5〜20mm/min の範囲内で実施することを認めています。しかしこの速度範囲の中でも、「5mm/min」と「20mm/min」では試験片への応力負荷のされ方が変わり、測定値にばらつきが生じる可能性があります。建材メーカーと施工現場で試験機や試験条件が異なる場合、同じ材料でも異なる値が出ることがあります。
特にコンピュータ制御型と手動型の試験機では、割れ発生の検知方法が異なります。手動装置では「操作の終点近くで速度を規定の下限(5mm/min)に下げ、貫通割れが現れる瞬間を正確に決定する」必要があります。一方、コンピュータ制御装置では荷重とパンチ変位の線図から直接求めることができ、割れ発生点の判定精度が高い傾向にあります。これは建材受け入れ試験の精度管理上、注目すべき差です。
温度条件も見逃しやすいポイントです。JIS Z 2247 では通常の試験範囲を「10〜35℃」と定めていますが、受注者の要求がある場合は「23±5℃(18〜28℃)」という厳格な条件下での実施が求められます。屋外や温度変化の大きい環境で行われた試験と、恒温環境での試験では結果が異なることがあるため、現場受け入れ検査の際は試験環境の確認が必要です。
現場監督や品質管理担当者がメーカーの試験成績書を確認する際には、次の3点をチェックリストとして使うと便利です。
また、建材として使用する金属板を発注・受け入れる際には、製品規格(JIS K6744 など)を確認して、密着性試験の基準値と対比しておくと、不合格時の対応(再試験・返品交渉など)がスムーズになります。不合格品を施工してしまうリスクを事前に排除できます。
最近では、エリクセン試験機とデータロガーを組み合わせた「荷重-変位曲線」の定量解析が進んでおり、単なる「割れるまでの深さ」だけでなく変形挙動のより詳細な分析も可能になっています。J-Stageの研究では板幅90mm未満の試験片では標準試験と異なる変形モードが生じることも報告されており、建材の試験仕様に合った試験条件の選択が一層重要になっています。
日本鉄鋼連盟 JIS Z 2247 改正案(PDF)- 試験温度の厳格管理条件(18〜28℃)など最新改正内容が確認できます
J-Stage:エリクセン試験の荷重・変位曲線の定量解析 - 板幅の違いによる変形モードの差異など最新研究を参照できます