
日本産業規格(JIS)は、かつては日本工業規格と呼ばれていましたが、2019年に産業標準化法の改正により現在の名称に変更されました。この変更は、対象範囲を鉱工業品だけでなく、電磁的データやサービス、マネジメントシステムにまで拡大するためでした。
建築分野においては、JIS A分類として「土木及び建築」に関する規格が体系化されています。この分類には、建築材料の品質基準から製図法、構造設計に関する規格まで幅広く含まれています。JIS規格は建築物の安全性と品質を確保するための国家基準として機能しており、建築業界では欠かせない存在となっています。
建築基準法においても、JIS規格は「指定建築材料」として位置づけられており、建築物の主要構造部など重要な部分に使用できる材料として指定されています。これにより、JIS規格に適合した材料を使用することで、建築物の安全性と品質が担保されるのです。
建築物に使用される材料の多くは、JIS規格品であることが求められています。特に鉄筋コンクリート造や鉄骨造で使用される材料のほとんどはJIS規格品です。これらの材料は、JISマークが付けられることで、その品質が保証されています。
JIS規格品と「JIS規格に適合するもの」の違いについては注意が必要です。建築基準法上では、JIS規格に適合していればよく、必ずしもJIS規格品(JISマーク付き製品)である必要はありません。ただし、公共工事においては、特記仕様書でJIS規格品を指定している場合があり、その場合は従わなければなりません。
JIS規格は、材料の品質だけでなく、試験方法や性能評価方法も規定しています。これにより、材料の品質が一定水準以上であることが保証され、建築物の安全性と耐久性が確保されるのです。
建築材料に関するJIS規格の例。
建築製図においても、JIS規格は重要な役割を果たしています。JIS A 0150「建築製図通則」は、建築及び建築構成材の製図に関する共通事項や基本的事項を規定しています。この規格には、図面配置や組合せの表現に関する一般原則が定められており、作図一般の表示記号も規定されています。
建築製図に関するJIS規格の体系は以下のように整理されています。
これらの規格によって、建築製図の標準化が図られ、設計者や施工者間での情報伝達が円滑に行われるようになっています。例えば、図面の大きさや様式、製図に用いる線・文字・記号、図形の表し方(投影法、尺度)、寸法の表記方法などが統一されています。
製図規格の標準化により、以下のようなメリットがあります。
建築構造設計においても、JIS規格は重要な役割を果たしています。JIS A 3306「建築構造物の設計の基本―構造物への地震作用」などの規格は、建築構造物の設計における基本的な考え方や方法を規定しています。
これらの規格は、国際規格であるISO規格やIEC規格を翻訳し、日本の状況に合わせて修正したものが多くあります。例えば、JIS A 3306は、ISO 3010:2017を基にしていますが、日本の地震環境に合わせた修正が加えられています。
建築構造設計に関するJIS規格は、以下のような内容を規定しています。
これらの規格に基づいて設計することで、建築物の構造安全性が確保され、地震や台風などの自然災害に対する耐性が高まります。
JIS A 3306:2020 建築構造物の設計の基本に関する詳細情報
近年、建築業界ではBIM(Building Information Modeling)の導入など、デジタル化が急速に進んでいます。JIS規格もこうした動きに対応し、デジタル製図や3Dモデリングに関する規格の整備が進められています。
従来の紙ベースの製図から、デジタルデータによる情報共有へと移行する中で、JIS規格はデータ形式や表現方法の標準化において重要な役割を果たしています。例えば、BIMモデルのデータ交換形式や、3Dモデルの表現方法などについても、JIS規格の整備が進められています。
また、IoT(Internet of Things)技術の発展により、建築物のセンシングやモニタリングが可能になってきています。こうした新しい技術に対応するため、JIS規格も随時更新されています。
デジタル化に対応したJIS規格の例。
このように、JIS規格は建築業界のデジタル化に対応し、新しい技術や方法を取り入れながら進化を続けています。これにより、建築プロセスの効率化や品質向上が図られ、より安全で快適な建築物の実現に貢献しています。
JIS規格の認証を取得するためには、一定の手続きと審査が必要です。JIS認証の取得には、申し込みから認証取得まで通常3〜4ヶ月程度かかります。長期間の製品試験が必要な場合は、さらに時間がかかることもあります。
JIS認証の取得手順は以下のとおりです。
JIS認証を取得することで、製品の品質が一定水準以上であることが証明され、市場での信頼性が高まります。また、公共工事などでJIS規格品が指定されている場合は、JIS認証の取得が必須となります。
建築分野におけるJIS認証の維持・管理は、建材試験センターなどの機関が行っています。これらの機関は、中立な試験機関および認証機関として、様々な知見や技術力を活かし、標準化活動に参画しています。
JIS認証の取得にかかる費用は、製品の種類や試験の内容によって異なりますが、日本品質保証機構のホームページでは、JIS認証料金表が公開されています。
グローバル化が進む中、建築業界においても国際標準との整合性が重要になっています。JIS規格は、国際標準化機構(ISO)規格との擦り合わせを行うなど、国際的な整合性を調整しながら内容が見直されています。
例えば、JIS A 3306「建築構造物の設計の基本―構造物への地震作用」は、ISO 3010:2017を基にしていますが、日本の地震環境に合わせた修正が加えられています。このように、国際規格を基にしながらも、日本の状況に合わせた修正を加えることで、国際的な整合性と日本の特殊性の両方に対応しています。
国際標準化への取り組みには、以下のようなメリットがあります。
日本の建築技術は世界的にも高い評価を受けており、特に耐震技術などは国際的にも注目されています。JIS規格を通じて日本の建築技術を国際標準に反映させることで、日本の建築業界の国際競争力を高めることができます。
また、海外の建築材料や技術を日本で活用する際にも、JIS規格と国際規格の整合性が重要です。整合性が高いほど、海外製品の日本での利用がスムーズになり、建築コストの削減や技術の多様化につながります。
建築業界を取り巻く環境は、技術の進化や社会のニーズの変化により、常に変化しています。JIS規格もこうした変化に対応し、継続的に見直しと更新が行われています。
今後のJIS規格の展望と課題としては、以下のような点が挙げられます。
環境負荷の低減が求められる中、建築材料の環境性能評価や、省エネルギー建築に関する規格の整備が進められています。
気候変動による自然災害の増加に対応するため、建築物の耐震性や耐風性、耐水性などを高めるための規格の強化が求められています。
バリアフリーやユニバーサルデザインに関する規格の整備が進められています。
BIMやAI、IoTなどのデジタル技術を活用した建築プロセスに対応するための規格の整備が求められています。
グローバル化が進む中、国際標準との整合性を高めつつ、日本の特殊性に対応した規格の整備が求められています。
これらの課題に対応するため、JIS規格は継続的に見直しと更新が行われています。産業標準化法では、JISの制定、確認または改正の日から5年を経過する日までに、それがなお適正であるか見直しが行われ、主務大臣が確認、改正または廃止を行うことが定められています。
建築業界に携わる者として、JIS規格の最新動向を把握し、適切に活用することが重要です。JIS規格は、建築物の安全性と品質を確保するための基盤であり、建築業界の健全な発展に欠かせない存在です。