

加熱温度を1種類だけ使い回すと、測定値が最大4%もズレて手直し費用が発生します。
塗料の缶を開けると、そこには樹脂・顔料・溶剤(または水)の混合物が入っています。塗装が乾燥すると溶剤や水分は大気中に揮発し、残った樹脂と顔料が固まって塗膜になります。この「乾燥後に残る成分の質量割合」が不揮発分(Non-Volatile matter content)です。英語の頭文字をとってNV値とも呼ばれ、建築塗装の現場では固形分と呼ぶこともあります。
不揮発分は塗料のカタログスペックに必ず記載されている数値ですが、実際に現場で活用できている担当者はそれほど多くありません。つまりNV値が重要です。
なぜ重要かというと、不揮発分の数値が分かれば乾燥後の膜厚を事前に計算できるからです。例えば、外壁の防水性能を確保するために必要な乾燥膜厚が100μm(0.1mm=ハガキ1枚の厚さの約1/3)と指定されている場合、NV値40%の塗料であれば250μmのウェット膜厚(塗りたての厚さ)で塗装しなければ目標を達成できない計算になります。この計算を省略して感覚頼りで塗布量を決めると、乾燥後に膜厚不足が発覚して手直し工事が発生します。
| 不揮発分(NV値) | 目標乾燥膜厚100μm達成に必要なウェット膜厚 |
|---|---|
| 30% | 約333μm |
| 40% | 約250μm |
| 60%(ハイソリッド) | 約167μm |
| 80% | 約125μm |
さらに不揮発分の値はVOC(揮発性有機化合物)排出量の計算にも直結します。大気汚染防止法の改正を受けて建築塗装でのVOC削減が求められるようになった現在、「使用塗料量×(1-NV値)」がVOC排出量の概算値になります。行政への届け出や自社の環境管理記録を作成する際にも、NV値の正確な測定は欠かせない作業です。
不揮発分の測定は、JIS K5601-1-2「塗料成分試験方法-第1部:通則-第2節:加熱残分」で標準化されています。この規格は国際規格ISO 3251を基に作成されており、建築塗装現場や塗料メーカーの品質管理部門で広く使われています。測定は必ず2回繰り返すのが原則です。
必要な器具を確認する
測定には以下のものを用意します。
- 📋 直径75±5mm・縁の高さ5mm以上の平底皿(アルミ製または金属製)
- ⚖️ 1mg単位まで計量できる化学天秤
- 🌡️ 設定温度を±2℃(150℃以上の場合は±3.5℃)以内に保てる強制排気式乾燥器
- 🧪 デシケータ(乾燥剤入りの密閉容器)
- 🔬 必要に応じて10mLの針なしシリンジ
測定の具体的な手順
手順は大きく4ステップに分けられます。
まず皿の調整と秤量(ひょう量)を行います。脱脂・清浄にした平底皿を乾燥させ、デシケータで保管後、使用直前に1mg単位まで質量を測定します(この値をm0とします)。次に塗料試料を皿に載せ、試料+皿の質量を1mg単位まで測定します(m1)。試料量は1±0.1gが標準です。
皿に入れた試料を底面に均一に広げます。ここが重要なポイントです。均一に広げないと見かけの加熱残分が高くなり、測定誤差の原因になります。高粘度の試料(粘度500mPa・s以上の場合)は、適切な溶剤を2mL加えてから針金などで均一に広げ、10〜15分間室温で静置してから乾燥器に入れます。
次に乾燥器で加熱します。塗料の種類に合わせた温度と時間で加熱します(詳しくは次のH3で解説)。加熱終了後はデシケータに移して室温まで冷却し、皿+残さの質量を1mg単位まで測定します(m2)。
計算式と判定基準
加熱残分(NV値)は以下の式で計算します。
$$NV = \frac{m_2 - m_0}{m_1 - m_0} \times 100\%$$
2回の測定結果の平均値を、質量分率0.1%のけたまで報告します。2回の測定結果の差が質量分率2%を超えた場合は測定手順をやり直します。これが基本です。
参考:JIS K5601-1-2の試験条件詳細はこちらで確認できます。
塗料成分試験方法 JIS K 5601-1-2(加熱残分)-SEKIGIN(セキジン)
加熱温度と時間を全ての塗料に同じ条件で使い回すのはNGです。JIS K5601-1-2では、塗料の種類によって最適な試験条件が細かく定められています。条件の選択ミスは再現精度(異なる試験室間での誤差)が質量分率4%以内に収まらなくなる原因になります。4%の誤差がどれほど大きいか、たとえるならNV値60%の塗料が実質56〜64%に変動するのと同じことです。
建築塗装で使われる主な塗料ごとの標準試験条件をまとめます。
| 塗料の種類 | 加熱温度(℃) | 加熱時間(分) | 試料量(g) |
|---|---|---|---|
| 自然乾燥塗料(建築外壁用など) | 105 | 60 | 1±0.1 |
| アクリル樹脂塗料・合成樹脂系 | 125 | 60 | 1±0.1 |
| ニトロセルロース・ラッカー | 80 | 60 | 1±0.1 |
| ポリマーディスパージョン(水性エマルション) | 80〜125 | 30〜120 | 1±0.2 |
| 粉末樹脂 | 200 | 20 | 1±0.1 |
建築の外壁塗装に多く使われる水性エマルション系塗料(ポリマーディスパージョン)は特に注意が必要です。規格では方法A(80℃・120分)〜方法D(140℃・30分)の4パターンが用意されており、製品の種類によってどの条件を使うか受渡当事者間で合意する必要があります。80℃・120分と125℃・60分では得られる数値が異なる場合があるため、塗料メーカーの仕様書を必ず確認します。
もう一つ見落としがちな点として、JISの注記には「加熱残分は絶対的な値ではなく、試験温度と加熱時間によって決まる相対的なもの」と明記されています。つまり異なる条件で測定した数値を単純に比較しても意味がありません。これは重要です。異なるメーカー間で不揮発分の数値を比較するときは、同一の試験条件で測定された値かどうかを確認するのが原則です。
なお、赤外線や電磁波(マイクロ波)を使った乾燥装置で測定することもありますが、一般的ではありません。ポリマーの種類によっては分解が起きて不正確な結果を与えるため、JIS規格では標準的な方法として推奨されていません。
NV値が分かると、現場での品質管理が数字で管理できるようになります。これは使えそうです。
最も実用的な活用方法が、理論塗布量の計算です。目標とする乾燥膜厚(DFT)を達成するために必要な塗布量は、以下の計算式で求められます。
$$\text{理論塗布量}\left\frac{g}{m^2}\right = \frac{\text{乾燥膜厚}\left\mu m\right \times \text{塗料比重}}{\text{不揮発分(小数)} \times 1000}$$
たとえばNV値60%(0.60)・比重1.5・乾燥膜厚100μmの場合を計算すると、理論塗布量は100×1.5÷(0.60×1000)=250g/m²になります。実際には塗り損じやロスが生じるため、通常は理論値の1.1〜1.3倍を目安に塗布量を設定します。
逆算することも大切です。ウェット膜厚計(くし型ゲージ)で塗りたての膜厚を測定し、その値にNV値をかければ乾燥後の膜厚を予測できます。例えばウェット膜厚250μm・NV値40%なら、予測乾燥膜厚は250×0.40=100μmです。塗膜が完全乾燥する前に確認できるため、手直しの判断が早くなります。
VOC排出量の管理にも直結します。大気汚染防止法の届け出対象となる事業者では、塗装作業でのVOC排出量を記録することが求められます。計算式は「塗料使用量(g)×(1-NV値の小数)」で概算排出量を求め、さらにシンナーの使用量を加えます。環境省が提供している「塗装でとり組むVOC削減の手引き」では、この不揮発分データを活用した排出量の算定方法が詳しく解説されています。
参考:VOC削減の考え方と不揮発分データの活用方法についての環境省の資料です。
測定結果の信頼性を損なう失敗は、現場・試験室を問わず繰り返し起きています。主なものを把握しておくと、無駄な手直しを防げます。
試料を均一に広げない
平底皿に塗料試料を載せたとき、均一に広げないまま乾燥器に入れると「見かけの加熱残分が高くなる」ことがJIS規格の注記に明示されています。理由は単純で、厚みのある部分は内部の溶剤が十分に揮発しきらないからです。特に粘度の高い下塗り塗料は要注意です。高粘度試料の場合は溶剤を2mL追加して10〜15分静置してから乾燥器に入れる、という正規手順を省略しないことが条件です。
デシケータ冷却を省略する
乾燥器から取り出したばかりの皿は熱いため、天秤に直接載せると空気の対流によって質量測定に誤差が生じます。また乾燥した残さは大気中の水分を吸収しやすい性質があります。必ずデシケータで室温まで冷却してから秤量します。この作業を怠ると測定精度がデシケータを使った場合より低くなると規格に記されています。急いでいるときほど、冷却に注意すれば大丈夫です。
塗料の種類と試験条件を照合しない
建築現場では複数の塗料を同時に使うことが多いため、全ての塗料を同じ条件(例:105℃・60分)で測定してしまうケースがあります。アクリル樹脂系塗料を105℃で測定すると溶剤が十分揮発しきらず、正確なNV値より低い数値が出るおそれがあります。使用する塗料ごとに仕様書で試験条件を確認するのが原則です。
希釈後の再測定を忘れる
現場でシンナーや水を加えて塗料を希釈した場合、希釈前のカタログNV値をそのまま使うと計算がずれます。希釈後の塗料から改めてサンプルを採取し、不揮発分を測定し直すことで実際の施工条件に合った正確な数値が得られます。特に厚膜仕上げや防水塗膜など、膜厚管理が厳しい工事では希釈後の再測定が欠かせません。
現場レベルでの品質管理を強化したい場合、近年では携帯型・オンライン型の密度計を使って不揮発分を間接的に推定する方法も普及しています。密度と温度から固形分濃度(NV値相当)を瞬時に表示できる装置は、毎回加熱乾燥する従来法に比べて測定時間を大幅に短縮できます。ただし、加熱残分法(JIS法)との相関を事前に確認しておく必要がある点は押さえておきましょう。
参考:塗料の不揮発分(固形分)の定義と理論塗膜厚との関係について詳しく解説されています。
塗料の不揮発分とは トソウペディア-塗装用語百科事典-(AP ONLINE)