

厚く塗るほど塗膜は長持ちするはずが、実は膜厚が規定の2倍を超えると塗装の付着力がかえって下がり、再塗装費用が丸ごとかかります。
乾燥膜厚(Dry Film Thickness、略してDFT)とは、塗料が完全に乾燥・硬化した後に残る塗膜の厚みのことです。液体の状態の塗料を塗布した直後は溶剤分が含まれているため、乾燥後には体積が大きく縮小します。つまり「塗った厚み」と「乾いた後の厚み」は別物です。これが基本です。
塗膜の厚みは、一般的に μm(ミクロン・マイクロメートル)という単位で表されます。1μmは0.001mm、つまり1mmの1,000分の1という極めて薄い単位です。たとえば、上塗り1回あたりの乾燥膜厚の目安は20〜40μm程度ですが、これはコピー用紙1枚(約100μm)の4分の1程度の薄さです。数字だけでは実感しにくいですね。
一般に「膜厚」と言えばDFT(乾燥膜厚)を指すことがほとんどです。耐久性・耐錆性・防水性といった塗装の性能評価や、検査合否の基準はすべてDFTで定められています。施工中の管理に使うWFT(ウェット膜厚・湿潤膜厚)と混同しないよう注意が必要です。
| 用語 | 英語表記 | タイミング | 主な用途 |
|---|---|---|---|
| 乾燥膜厚 | DFT(Dry Film Thickness) | 乾燥・硬化後 | 品質検査・性能評価 |
| 湿潤膜厚 | WFT(Wet Film Thickness) | 塗装直後(濡れた状態) | 施工中のコントロール |
建築現場での適正な乾燥膜厚の目安は、部位や塗料の種類によって大きく異なります。たとえば内装壁・天井の合成樹脂エマルション塗料では上塗り1回あたり20〜40μm程度、鉄部の防錆エポキシ下塗りでは1層あたり30〜60μm程度、ウレタン塗膜防水では総膜厚1〜2mm(1,000〜2,000μm)と、用途によって桁が変わるほどの差があります。部位ごとの確認が条件です。
必ずメーカーの施工仕様書や技術資料で部位・塗料ごとの指定値を確認してください。目安はあくまでも参考であり、最終的な合否判定には仕様書の数値が最優先となります。
参考:塗膜厚の定義・単位・現場での用語整理について詳しく解説されています。
ドライ膜厚 トソウペディア-塗装用語百科事典- | AP ONLINE
乾燥膜厚を理解する上で切り離せないのが「体積固形分(SV:Solids by Volume)」という概念です。塗料には乾燥後に残る樹脂・顔料などの固形成分と、乾燥中に蒸発する溶剤分が含まれています。SVとは、塗料の全体積に対して乾燥後に残る固形分の体積が占める割合(%)のことです。これが計算の鍵です。
DFT(乾燥膜厚)とWFT(湿潤膜厚)の関係は、以下の式で表されます。
$$DFT(\mu m) = WFT(\mu m) \times \frac{SV(\%)}{100}$$
たとえば、体積固形分が50%の塗料で目標DFT 60μmを確保したい場合、必要なWFTは次のように計算できます。
$$WFT = \frac{DFT}{SV \div 100} = \frac{60}{0.5} = 120\mu m$$
つまり、塗装直後にWFTコーム(コームゲージ)で120μm前後の湿潤膜厚が確保されているかを確認すれば、乾燥後に約60μmのDFTが得られる見込みになります。これは使えそうです。
この計算式のポイントは、SVが低い塗料ほど「塗った量の多くが蒸発してしまう」という点です。たとえばSV30%の塗料でDFT 60μmを確保しようとすると、必要なWFTは200μmになります。薄めすぎた塗料をどれだけ厚塗りしても、乾燥膜厚が一向に確保できない、という現場あるあるはこれが原因です。希釈率の管理がいかに重要かがわかります。
SVは塗料メーカーの技術資料・TDS(技術仕様書)に記載されています。現場で塗料を受け取ったら、まずSVを確認する習慣をつけることが大切です。また、希釈した場合はSVも変化するため、希釈後の実質SVを計算し直す必要があります。
参考:WFT・DFT比の仕組みと現場での計算方法についての詳細解説です。
WET/DRY膜厚比とはどういう意味でしょうか? | 防錆屋 エヌシー商会
乾燥膜厚を正確に把握するためには、適切な膜厚計(まくあつけい)を使った測定が欠かせません。膜厚計には複数の種類があり、下地材料によって使い分ける必要があります。測定器の選定を間違えると正確な数値が得られないため、まず下地を確認することが原則です。
🔧 電磁誘導法(磁気式)
鉄・鋼材などの磁性体を下地とする場合に使用します。最も普及しているタイプで、プローブを当てるだけでμm単位の数値が即時に表示されます。鉄骨・スチール製品の防錆塗装管理での定番です。
🔧 渦電流法(電磁式)
アルミ・ステンレス・亜鉛めっきなど、非磁性の金属を下地とする場合に対応します。現場では磁気式と渦電流式の両方に対応した「コンビタイプ」が広く使われています。
🔧 超音波法
コンクリート・木材・プラスチック・FRPなど、非金属の下地に対応します。内装下地や外壁コンクリート面の塗膜測定に使えます。ただし曲面や粗い下地では誤差が出やすいため、校正に注意が必要です。
🔧 断面法(破壊検査)
塗膜を微小切断して顕微鏡で測定する方法で精度は最も高いですが、仕上げ面を傷めるため試験片や見えない部位で行うのが基本です。
測定前には必ず「ゼロ点合わせ」と「校正用シムによる精度確認」を行うことが必須です。下地の粗さ・温湿度・プローブの当て方によっても数値が変動します。同一箇所で複数回測定して平均値を取り、端部・角部・溶接止端など膜厚が不足しやすい部位は重点的にサンプリングすることが現場の標準です。
代表的な膜厚計メーカーとしては、英国のElcometer(エルコメーター)、米国のDeFelsko(PosiTectorシリーズ)、国内ではケツト科学研究所や新潟精機(SK)などがあります。現場の下地条件・予算・使用頻度に応じて選定してください。
参考:DFT・WFTの測定方法と膜厚計の選び方を詳しく解説しています。
塗膜厚の基礎知識と測定方法|失敗しない塗装・現場管理のポイント | Mirix
乾燥膜厚の管理が難しい最大の理由は、「塗ったときの厚さ」と「乾いた後の厚さ」が違う上に、施工中は乾燥後の膜厚を直接確認できない点にあります。厳しいところですね。
膜厚不足になる主な原因
- 塗料の希釈しすぎ(規定濃度より薄める):体積固形分が下がり、乾燥後に残る膜が薄くなる
- ローラーの毛丈が短すぎる・スプレーの吐出量が少ない:1回あたりの塗布量が足りない
- 下地の吸い込みが激しい(シーラー不足):塗料が下地に吸われてしまい膜厚が稼げない
- 塗り回数の省略(2回塗りを1回にする):手抜き工事の典型例でもある
膜厚過多(厚塗り)になる主な原因
- 一度に多く塗りすぎる:1回あたりの塗布量が多すぎる
- 乾燥インターバルを守らずに重ね塗り:前層が乾く前に次の塗料が乗り、溶剤が閉じ込められる
- 補修箇所への局所的な塗り重ね:境目が盛り上がって逆に膜厚過多になりやすい
塗膜が薄すぎると、防水性・耐久性・防錆性の低下を招き、建物の想定耐用年数を大幅に下回ることになります。建築用上塗り塗料では1回あたりの乾燥膜厚はおよそ30μm前後が標準とされており、これより10〜20μm薄くなるだけで耐候年数に数年単位の差が出ることがあります。痛いですね。
一方、規定の2倍近くの過厚膜になると、表層と内部の乾燥速度に差が生じ、「割れ」や「剥がれ」「タレ」の原因になります。付着強度が低下し、本来の仕様性能が逆に損なわれてしまうことが研究でも確認されています。膜厚は「多ければ良い」ではないということですね。
現場でよく見られる失敗は「塗りムラによる部分的な薄膜箇所の見落とし」です。面全体の平均膜厚は基準を満たしていても、角部・端部・見上げ面などに膜厚不足の箇所が点在するケースがあります。仕上がりの視感が良くても「平均値」だけで合格とせず、必ず「最小値」も確認することが品質管理の原則です。
乾燥膜厚の適正値は塗料の種類・使用部位・仕様書によって異なります。以下は現場での参考として広く使われている目安です。必ずメーカー施工要領と設計仕様書を最優先してください。
| 部位・塗料の種類 | 乾燥膜厚の目安(DFT) | 注意点 |
|---|---|---|
| 室内壁・天井(合成樹脂エマルション上塗り) | 1回あたり20〜40μm | 2回塗りで40〜80μm確保が目標 |
| シーラー(ボード用) | 5〜15μm程度 | 吸い込み止めが目的。薄くても役割は重要 |
| 鉄部防錆(エポキシ系下塗り) | 1層あたり30〜60μm | 総膜厚120μm以上の仕様も多い |
| 床塗り(エポキシ・ウレタン) | 1層あたり150〜300μm | 流しのべはさらに厚膜になるケースも |
| ウレタン塗膜防水 | 総膜厚1〜2mm(1,000〜2,000μm) | 部位や仕様で大きく変動する |
| 建築用上塗り塗料(一般) | 1回あたり約30μm前後 | 日本ペイントの定義値に基づく目安 |
現場での合否判定は「エリア平均値が目標DFT以上であること」「各測定点の最小値が許容下限を下回らないこと」「極端な過厚・タレがないこと」の3点セットで判断します。これが原則です。
特に鉄骨防錆塗装では、最小値の下限管理が厳しく設定されています。1箇所でも著しい膜厚不足があると、局所的なサビ発生の起点になるためです。JIS K 5600(塗料一般試験方法)やISO 2808(塗膜厚の測定)が測定方法の参考規格として使われますが、プロジェクトごとの取り決めが最優先となります。
合否判定で「不足」が確認された場合は、追い塗りによる補修と再測定が必要です。「過多」が確認された場合はサンディングや時間をおいた部分塗り直しで対応します。どちらの場合も、是正後に必ず再測定して記録を残すことが品質管理として求められます。
参考:日本ペイントによる膜厚の定義と建築用塗料の標準膜厚についての解説です。
乾燥膜厚の管理不足は、単なる「施工品質の問題」にとどまらず、工事完了後の実際のコスト損失や顧客クレームに直結します。現場ではあまり語られませんが、これが建築業従事者にとって最も直接的なリスクです。
まず膜厚不足による早期劣化の問題があります。適正な乾燥膜厚が確保されていない状態では、防水性・耐候性が大幅に低下し、本来10年持つべき塗膜が2〜3年以内に剥がれ・チョーキング・さびが発生するケースがあります。外壁塗装の再塗装は一般的に足場代を含めると50〜100万円規模になることも多く、手抜き施工による早期劣化が判明した場合、施工業者は瑕疵担保責任(現在は契約不適合責任)に基づき無償補修を求められます。
次に、厚塗りによる施工不良のリスクです。施工者が「しっかり塗った方が安心」という認識で規定量以上を一度に塗布してしまうと、塗膜内部の乾燥が不十分になり、膨れ・割れ・剥がれが発生します。この場合、短期間で施工不良が確認されても「塗り直し費用は誰が負担するか」でトラブルになるケースがあります。規定量を守って記録を残しておくことが、自分を守ることにもなります。
また、公共工事や大規模修繕では検査官による膜厚測定が実施されることがあります。この際に基準値を下回る箇所が複数確認されると、是正指示・追い塗り・再検査のサイクルが発生し、工期延長と追加費用が生じます。記録がない場合は施工者側が不利になりやすいため、測定値・写真・材料ロット番号を組み合わせた「トレーサビリティの記録」を残しておくことが重要です。記録が条件です。
膜厚管理を現場で確実に行うためのシンプルな運用として、施工前に「目標DFT・必要WFT・体積固形分」を計算して壁に貼り出す、WFTコームゲージ(数百円〜数千円程度)を使って施工中にこまめに確認する、という2ステップが効果的です。高価な膜厚計がなくても、WFTゲージだけで施工中の管理品質を大幅に向上させることができます。これだけ覚えておけばOKです。
参考:塗膜の膜厚欠陥の種類と対策について詳しく解説されています。
建築用塗料における塗膜欠陥の種類と対策 | 塗料/コーティング技術解説