

事後保全だけを続けると、30年後のコストが予防保全の約2.4倍に膨らみ、あなたの会社の受注単価が激変します。
日本の社会インフラの多くは、1960〜70年代の高度経済成長期に集中して建設されました。コンクリート構造物の耐用年数はおよそ50年とされており、今まさにその節目を迎えている施設が全国に急増しています。
国土交通省のデータによれば、2030年時点で道路橋の約54%、港湾施設の約44%、トンネルの約35%が建設後50年以上に達する見通しです。これは「一部の古い施設が老朽化している」という話ではなく、全国に約73万橋ある道路橋のうち半数超が同時に老朽化のピークを迎えるという、極めて深刻な事態です。つまり、大量の施設が一斉に補修・更新フェーズへ突入するということです。
この問題が建設業従事者にとって切実なのは、こうした施設の補修・更新工事を担う主体が、まさに建設業界そのものだからです。2025年1月には埼玉県八潮市で下水道管の老朽化による大規模な道路陥没事故が発生し、トラック運転手が被害を受けたほか、周辺住民の避難や工業用水の緊急停止など地域全体に多大な影響が出ました。インフラの劣化を放置することが、どれほど大きなリスクにつながるかを端的に示しています。
対策は急ぎです。
国土交通省は2013年を「社会資本メンテナンス元年」と位置づけ、橋梁・トンネル等の5年に1回の定期点検を義務化しました。建設後50年を超えるインフラの割合は今後さらに加速度的に増加する見込みで、2040年には道路橋の約75%が50年超に達するとも試算されています。建設業界にとって維持管理工事は、長期にわたって安定した需要が見込める市場に変わりつつあると理解しておく必要があります。
参考:国土交通省によるインフラの老朽化データと施設割合の最新推移
国土交通省「国土交通省におけるインフラメンテナンスの取組」(PDF)
維持管理の需要が急拡大する一方で、予算面は深刻な壁になっています。財源不足が基本です。
国土交通省の試算では、2018年から2048年の30年間に必要な維持管理・更新費の累計は、すべて事後保全(壊れてから直す)で対応した場合に最大約280兆円、すべて予防保全(壊れる前に直す)に移行した場合でも最大約190兆円に上ります。わかりやすく言えば、東京ドームの建設費(約350億円)を約5,400棟分用意しなければならない規模です。しかも、これはインフラを「維持するだけ」のコストです。
市町村の土木費は1993年度のピーク時に約11.5兆円ありましたが、2021年度には約6.5兆円まで落ち込んでいます。ピーク時の約6割程度という水準であり、インフラが急速に老朽化しているにもかかわらず、修繕に使える予算は逆に縮小してきたわけです。痛いところですね。
この財源不足の構造が建設業に与える影響として、「工事は必要なのに発注されない」「補修が先延ばしになって工事規模が大きくなる」という状況が生じています。実際、地方自治体が管理するトンネルや橋の約8割が老朽化に伴う修繕に着手できていないという調査結果(日本経済新聞、2020年)もあります。
では、コスト面でいかに効率よく維持管理を実現するかが問われます。その答えのひとつが「予防保全への転換」です。事後保全に比べ、予防保全では30年間の累積費用が約5割削減できるという試算があります(国土交通省)。少し早めに手を打つことで、将来の工事コストを大幅に抑えられるということです。建設業として顧客(自治体・管理者)に対し、予防保全の考え方を提案できる企業が競争優位を持ちます。
参考:事後保全と予防保全のコスト比較、インフラ老朽化の財源問題を解説
富士フイルム「数字で見る社会インフラ老朽化の現状 課題と対策への取り組み」
財源と並ぶもう一つの根本的な課題が、担い手となる技術職員の不足です。
国土交通省の資料によると、2005年から2024年にかけて市区町村全体の職員数は約7%減少しましたが、土木部門の職員数は約13%減と、全体を大きく上回るペースで減少しています。さらに驚くべきことに、技術系職員が「0人」と回答した市区町村が、全国1,741市区町村のうち4団体に1団体(約25%)にのぼるというデータも公表されています。
つまり、全国の4分の1の市区町村は、インフラを管理する専門職員がいない状態です。
これが建設業に何を意味するかといえば、自治体側が「点検・診断ができない」「修繕計画が立てられない」という状況に陥っているため、民間の建設会社が技術的な知見ごと提供するかたちが求められているということです。単に工事を施工するだけでなく、点検から診断、補修設計、施工まで「維持管理トータルパッケージ」を提供できる企業への期待が高まっています。
また、建設業界そのものも就業者数が減少を続けており、帝国データバンクの調査(2025年3月)では建設インフラ関連企業の人手不足指数(DI)が高止まりしています。2024年7月時点でのDIは73.2と、産業全体の平均(60台前半)を大きく超えていました。受注は増えるのに施工できる人員が足りない、という矛盾した状況が建設業の現場で起きています。
問題はシンプルです。建設業従事者が今後のインフラ維持管理市場で生き残るためには、少ない人員でより多くの点検・補修業務をこなせる体制、つまりデジタル技術の活用が不可欠になります。包括的民間委託(複数の施設・業務をまとめて受託する手法)は、受注者側も複数年契約による安定収益が得られるため、中小建設業者にとっても積極的に活用したい手法のひとつです。
参考:市区町村の技術職員不足と包括的民間委託による解決策を解説
人手不足と予算制約を同時に解決する切り札として、建設業界で急速に普及しているのがデジタル技術の活用です。これは使えそうです。
まず注目すべきが、ドローンを使った高所・遠隔点検です。橋梁の橋脚や上部工のコンクリート劣化状況を、従来は高所作業車や仮設足場を組んで確認していました。費用は中規模橋梁で数百万円規模になることもあります。ドローンにズームカメラや赤外線カメラを搭載して点検すれば、足場費用をほぼゼロにしながら見落としを減らせます。さらに撮影した画像をAIで解析することで、ひび割れ・腐食・剥離といった損傷箇所を自動検出できるようになっています。
次にBIM/CIM(Building / Construction Information Modeling)の活用があります。3Dモデルに施設の設計情報・点検履歴・補修記録を紐づけることで、「どこが、いつ、どの状態になったか」を視覚的に管理できます。単なる設計ツールではなく、維持管理データベースとして活用する動きが国交省主導で進んでいます。BIM/CIMを活用した維持管理体制を持つ企業は、自治体からの長期委託契約を獲得しやすい立場にあります。
ただし、課題もあります。2021年の国交省調査では、デジタル技術の導入率は国・都道府県・政令市で99%に達している一方、その他の市区町村では38%にとどまっていました。市区町村側の情報格差が、現場への普及を阻む壁になっています。建設業者がこの格差を埋めるかたちで技術提案を行えれば、地域に密着した長期パートナーとして評価されやすくなります。
IoTセンサーによる構造物の常時モニタリングも、予防保全の精度を上げる技術として期待されています。橋梁や水道管に振動センサーや腐食センサーを取り付け、異常値が出た段階でアラートを発する仕組みです。問題が表面化する前に検知できるため、緊急工事ではなく計画工事として対応でき、コストと安全性の両面でメリットがあります。
参考:老朽化インフラへのBIM/CIM・IoT・点群技術の活用事例を詳解
シリコンスタジオ「老朽化インフラをどう守る?点群・BIM/CIM・IoTを活用した維持管理DX」
国が示す方向性を理解して動けば、建設業者はより有利な立場を取れます。長寿命化が原則です。
国土交通省は2014年に「インフラ長寿命化基本計画」を策定し、インフラ管理者(国・自治体)に対して個別施設ごとの「長寿命化計画(個別施設計画)」の策定を求めています。これは各施設の状態を把握した上で中長期的な補修・更新のスケジュールと費用を計画するものです。この計画に基づいて発注される工事が今後のインフラ維持管理市場の根幹を形成します。
建設業者にとってこの計画が重要なのは、「計画があれば工事は来る」という見通しを立てやすくなるからです。自治体が策定した個別施設計画を確認することで、今後3〜5年の工事発注見込みを把握し、必要な技術・人員・機材を計画的に整備できます。競合他社が「来た仕事をこなす」段階にあるうちに、計画段階から関与できる企業が先行受注の機会を得やすくなります。
また、地域インフラ群再生戦略マネジメントという国の施策も、建設業者にとって見逃せません。これは複数の市区町村が連携して広域・分野横断的にインフラを管理する仕組みで、民間企業が包括的に受託できる案件が生まれます。たとえば大阪府の泉州地域では、貝塚市を含む8市4町が広域連携のモデル地域に選定され、ドライブレコーダーとAIを組み合わせた路面診断なども実施されています(2025年度)。このような広域案件に入れる建設会社は、安定した受注基盤を確保できます。
さらに、アセットマネジメントの視点を持つ企業が高く評価されています。アセットマネジメントとは、施設の価値を最大化しながらライフサイクルコストを最小化するための管理手法です。単に工事を行うだけでなく、点検データを整理・分析し「この橋はあと何年持つか」「どのタイミングで補修すればコストが最小か」を提案できる建設会社は、自治体から「パートナー」として位置づけられます。そのためにも、点検データのデジタル管理と長期的なデータ蓄積が強みになります。
参考:国交省の長寿命化計画・アセットマネジメントの最新政策動向を確認
行政情報ポータル「アセットマネジメント導入・高度化」
多くの建設業者が見落としているのが、「維持管理の情報格差」そのものを収益源にするという発想です。
先述のとおり、市区町村の約25%は土木技術職員がゼロの状態です。こうした自治体は、点検の仕方もわからなければ、補修の必要性を判断する手段も持っていません。つまり、「困っているのに頼む相手がいない」という状態です。ここに、中小の建設業者が入り込める余地があります。
具体的には、定期点検の包括的民間委託の受託が有効です。橋梁・道路・排水施設などを一括して受託し、点検→報告書作成→修繕提案→施工まで一貫して担うモデルです。施工単体の受注と比べ、単価は低くなることもありますが、複数年にわたる安定契約が見込める点で経営リスクの分散になります。地域密着の建設業者にとって、「顔の見えるインフラパートナー」という立ち位置は大きな競争優位です。
もう一つ覚えておくべき点があります。2026年度の国交省の老朽インフラ対策予算は、前年比29%増の1兆783億円が計上されました(日本経済新聞、2025年8月)。補助金・交付金の活用情報を常にキャッチアップすることで、予算獲得に困っている自治体を支援しながら工事受注につなげるという戦略が有効です。自治体が「予算がないから発注できない」と言っているとき、補助制度を一緒に調べて提案できる建設業者は信頼されます。
ドローンや点検AIツールの導入コストについては、国交省が新技術導入を優先的に補助する制度を設けています。2023年には「新技術で維持管理を効率的に」というモデル自治体13団体を選定し、新技術導入を実証支援しています。こうした取り組みに民間パートナーとして参加できれば、先進事例の実績を自社のPRに活用できます。
結論は、待つのではなく提案する会社が勝つということです。老朽化インフラへの対応は「発注を待つ」フェーズを超え、建設業者が自ら情報を持ち、技術を磨き、行政に働きかける「提案型営業」のフェーズに入っています。技術職員がいない自治体にとって、積極的に情報提供と技術提案を行う建設会社は不可欠な存在です。そのポジションを今のうちに取れるかどうかが、10年後の受注量を左右します。
参考:インフラ維持管理分野の補助・新技術活用支援に関する最新情報
国土交通省「新技術で維持管理を効率的にモデル13自治体を選定!」(PDF)