

2024年12月に施行された建設業法改正により、監理技術者や主任技術者の専任義務が大幅に緩和されました。これまで一つの現場に専属で配置しなければならなかった技術者が、一定条件下で複数の現場を兼務できるようになったのです。
参考)https://www.synq-platform.com/blog/site-engineer-rationalization
この規制緩和の背景には、建設業界の深刻な人手不足があります。建設業では過去20年で約30%の就業者が減少しており、2030年には10万人が不足すると予測されています。また、2024年4月からは時間外労働の上限規制が適用され、少ない人数で多くの仕事を回さなければならない状況が加速しています。
参考)https://www.synq-platform.com/blog/deregulation
しかし、一人の技術者が複数現場を担当することで、現場の安全管理や品質管理が十分に行えるのか不安が残ります。特に建設現場では墜落・転落による死亡災害が最も多く、常に安全管理が求められる環境です。遠隔管理ツールの導入が進められていますが、現場には高齢者も多く、複雑なデジタルツールを使いこなせない可能性があります。
参考)https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/const/content/001603865.pdf
国土交通省の監理技術者制度運用マニュアル - 兼務要件の詳細が記載されています
技術者の兼務可能範囲が拡大したことで、現場への目配りが不十分になるリスクが高まっています。遠隔臨場などのデジタル技術を活用した管理体制の確立が急務ですが、導入コストや現場での定着には時間がかかるのが実情です。
規制緩和の最も顕著なデメリットの一つが、参入障壁の低下による競争の激化です。新規企業の参入が容易になることで、企業間の価格競争が激しくなり、受注価格の下落圧力が強まります。
参考)https://www.rieti.go.jp/jp/publications/dp/downloadfiles/m4192-1.pdf
実際、規制緩和を経験した他業界では、競争激化により収益が圧迫されるケースが多く報告されています。中小企業家への調査では、規制緩和のデメリットとして「価格競争激化により収益圧迫」を挙げた企業が41%、「新規参入による競争激化」が30%に達しています。
参考)https://www.doyu.jp/research/issue/yearly/01/045-054_obayashi.pdf
建設業においても同様の懸念があります。価格競争が激化すると、企業はコスト削減を優先せざるを得なくなり、その圧力は現場の労働者に及びます。人件費の削減、安全対策費用の圧縮、教育訓練の省略など、本来削減すべきでない部分にまでコストカットの波が押し寄せる可能性があります。
参考)https://www.arm.or.jp/resource/rm_lesson/lesson_2_2.html
また、建設業界は2024年問題により時間外労働の上限規制が適用され、労働時間の短縮と労働者の給料減少が懸念されています。これに価格競争の激化が加わると、労働力不足に拍車がかかり、建設業から離れる人が増えるという悪循環に陥る恐れがあります。
参考)https://www.orix.co.jp/grp/move_on/entry/2024/10/02/100000
経済産業研究所レポート - 規制緩和と競争激化の関係について詳細な分析が掲載されています
新規参入による競争は市場の活性化という側面もありますが、建設業のような安全性と品質が重視される業界では、過度な価格競争が深刻な問題を引き起こすリスクが高いと言えます。
規制緩和がもたらす最も深刻なデメリットの一つが、安全性の低下です。コスト削減圧力が高まると、企業は安全対策にかける費用を削減する傾向があり、これが労働災害の増加につながる可能性があります。
参考)https://researchmap.jp/read0037264/published_papers/16979451/attachment_file.pdf
交通事業における規制緩和の事例では、行き過ぎた規制緩和が過当競争を激化させ、コスト削減のために運転者の労働条件が悪化し、半ば必然的に事故の誘発につながったことが報告されています。建設業においても同様のリスクが存在します。
建設現場では墜落・転落、クレーンなどの重機による事故、電気工事での感電など、常に危険と隣り合わせの作業が行われています。適切な安全教育、十分な人員配置、定期的な設備点検などが不可欠ですが、コスト削減圧力の下ではこれらが疎かになる恐れがあります。
さらに、技術者の専任義務緩和により一人の技術者が複数現場を担当するようになると、各現場での安全管理が手薄になるリスクも高まります。政府は遠隔監視システムなどのデジタル技術活用を推奨していますが、現場の実態としてはまだ十分に普及しておらず、移行期間中の安全管理体制に不安が残ります。
厚生労働省 建設業におけるリスクアセスメント - 労働災害防止のための具体的手法が紹介されています
過労死ラインに関する議論も活発化しており、時間外労働規制の緩和が検討される中、建設業従事者の健康リスクも看過できない問題です。規制緩和により労働時間が増加すれば、過重労働による健康被害や判断力低下に伴う事故リスクが高まります。
参考)https://news.yahoo.co.jp/articles/d608e1eca327302315ebc67eb8b2636e45f77ce2
規制緩和は建設工事の品質にも深刻な影響を及ぼす可能性があります。価格競争の激化により、企業が短期的な利益を優先するあまり、工事の品質が犠牲になるケースが懸念されます。
ガソリンスタンド業界の規制緩和では、価格低下と共に接客サービスの品質も低下したという指摘があります。消費者は自らの価値観に基づいて選択できるようになった反面、商品やサービスの質が悪くなる、安全性の管理ができなくなる、商品の保証が弱くなるといった問題が発生しました。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsds/2017/40/2017_15/_pdf/-char/ja
建設業においても、以下のような品質低下リスクが考えられます。まず、材料の質の低下です。コスト削減のために安価で低品質な建材が使用される可能性があります。次に、工程の省略や簡略化です。本来必要な検査や確認作業が省かれ、欠陥工事につながるリスクがあります。さらに、技術者の経験不足も懸念されます。コスト削減のために経験豊富なベテラン技術者ではなく、経験の浅い技術者が配置される可能性があります。
医薬品業界でも、急速な事業拡大の機会を得た一方で現場に多大な負荷がかかり、品質を担保して製造・販売を行うという当たり前の運営が疎かにされた事例が報告されています。建設業でも同様に、「安定供給」や「納期優先」が品質管理よりも優先される状況が生まれる恐れがあります。
参考)https://www.strategyand.pwc.com/jp/ja/publications/report/compliance-in-pharmaceutical-industry.html
PwC製薬業界品質問題レポート - 急速な事業拡大と品質低下の関係性について参考になります
工期が遅れ、プロジェクトの納期を守れなかった場合、顧客との信頼関係に影響する可能性があります。また、品質不良による手直し工事や瑕疵担保責任の履行など、長期的には企業のコストと信用の両面で大きな損失につながります。
規制緩和のデメリットに対処するためには、建設業従事者自身が主体的に行動する必要があります。まず重要なのは、デジタル技術への適応です。遠隔臨場システムや施工管理アプリなど、現場で活用できるツールを積極的に習得することで、複数現場の管理や効率的な業務遂行が可能になります。
次に、専門性の強化が挙げられます。価格競争が激化する中で生き残るためには、特定分野での高い技術力や専門知識を持つことが重要です。資格取得や継続的な技術研修への参加により、代替困難な人材としての価値を高めることができます。
安全管理への意識向上も欠かせません。技術者の兼務が認められる中でも、現場の安全を最優先する姿勢を貫くことが、長期的な信頼獲得につながります。リスクアセスメントの手法を学び、危険予知活動を習慣化することで、事故を未然に防ぐことができます。
参考)https://anzeninfo.mhlw.go.jp/risk/ken01.html
また、横のつながりを強化することも有効です。同業者とのネットワークを構築し、情報交換や相互支援の体制を整えることで、急激な環境変化にも柔軟に対応できます。業界団体や技術者組合への参加も、権利保護や労働環境改善の声を上げる重要な手段となります。
働き方の見直しも重要です。時間外労働の上限規制が適用される中、業務の効率化や生産性向上を図る必要があります。無駄な作業の削減、ICT建設機械の活用、プレファブ化の推進など、現場レベルでできる改善を積み重ねることが求められます。
参考)https://biz.service.ntt-east.co.jp/columns/construction-business-2024-Issue/
内閣府規制改革推進会議資料 - 人材不足解決と規制改革の方向性について記載されています
最後に、顧客との信頼関係構築です。価格だけでなく、品質や安全性、アフターサービスなど付加価値で差別化を図ることで、価格競争に巻き込まれにくいポジションを確立できます。丁寧な説明と誠実な対応により、長期的な顧客基盤を築くことが、規制緩和時代を生き抜く鍵となります。