リン酸緩衝生理食塩水作り方と組成や保存やオートクレーブ

リン酸緩衝生理食塩水作り方と組成や保存やオートクレーブ

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リン酸緩衝生理食塩水の作り方

リン酸緩衝生理食塩水(PBS)完全ガイド
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正確な組成と試薬計算

モル濃度計算や水和物の違いによる秤量値を解説

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10xストックと希釈

効率的な10倍濃度溶液の調整と使用時の希釈法

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滅菌と適切な保存

オートクレーブ条件や冷蔵・室温保存の使い分け

PBSの基本組成と試薬の計算

 

生物学や生化学の実験において最も基本となるバッファーであるリン酸緩衝生理食塩水(PBS)は、細胞培養や洗浄、免疫染色など多岐にわたる用途で使用されます。その組成はシンプルですが、試薬のグレードや水和物の違いによって秤量するグラム数が変わるため、正確な計算が不可欠です。基本となる「1x PBS(-)」の組成は、一般的に以下の4種類の試薬を混合して作成します。ここで「(-)」はカルシウムイオン(Ca²⁺)とマグネシウムイオン(Mg²⁺)を含まないことを意味しており、これらが含まれる「PBS(+)」とは区別されます。通常の洗浄用途では沈殿を防ぐためにPBS(-)が用いられることが一般的です。
標準的な1リットル(1L)分の1x PBSの組成(pH 7.4)は以下の通りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試薬名 化学式 1Lあたりの量 (g) モル濃度 (mM)
塩化ナトリウム NaCl 8.0 g 137 mM
塩化カリウム KCl 0.2 g 2.7 mM
リン酸水素二ナトリウム(無水) Na₂HPO₄ 1.44 g 10 mM
リン酸二水素カリウム KH₂PO₄ 0.24 g 1.76 mM

ここで最も注意すべき点は、リン酸水素二ナトリウム(Na₂HPO₄)の水和物の形態です。実験室にある試薬瓶が「無水(Anhydrous)」であれば上記の通り1.44gですが、「二水和物(Dihydrate, Na₂HPO₄・2H₂O)」や「十二水和物(Dodecahydrate, Na₂HPO₄・12H₂O)」である場合、水分子の重さを考慮して秤量値を補正する必要があります。

     

  • 無水 (Na₂HPO₄, MW: 141.96):1.44 g
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  • 二水和物 (Na₂HPO₄・2H₂O, MW: 177.99):約 1.81 g
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  • 十二水和物 (Na₂HPO₄・12H₂O, MW: 358.14):約 3.63 g
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この計算を間違えると、リン酸濃度がずれてしまい、最終的なpHや緩衝能力(バッファー能)に影響を与えるため注意が必要です。作り方の手順としては、まず最終容量の約80%(800mL程度)の超純水(Milli-Q水など)を用意し、スターラーで撹拌しながら試薬を順次加えて溶かしていきます。全ての試薬が完全に溶解したことを確認してから、必要に応じてpH調整を行い、最後にメスシリンダー等で全量を1Lに合わせます(メスアップ)。いきなり1Lの水に試薬を入れると、体積が増えて濃度が薄くなってしまうため、必ず「溶かしてからメスアップ」の順序を守ってください。
試薬メーカーによる緩衝液の調整手順や注意点が詳しく解説されています。
https://direct.hpc-j.co.jp/shop/pages/how_to_buffer_solution.aspx

PBSの10xストック溶液の調整と希釈

実験室では、使用するたびに粉末試薬を秤量して1LのPBSを作るのは効率が悪いため、10倍の濃度で調整した「10x PBS」をストック溶液として大量に作製し、使用時に蒸留水で10倍に希釈して使う方法が一般的です。この方法は保管スペースの節約になるだけでなく、秤量誤差の影響を相対的に小さくできるというメリットもあります。
10x PBS(1リットル分)を作る場合の試薬量は、単純に1xの時の10倍量を秤量します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試薬名 10x PBS 1Lあたりの量 (g)
塩化ナトリウム (NaCl) 80.0 g
塩化カリウム (KCl) 2.0 g
リン酸水素二ナトリウム(無水) 14.4 g
リン酸二水素カリウム 2.4 g

作り方のポイントは溶解性です。10倍濃度となると、特に塩化ナトリウムやリン酸塩の量が多いため、水への溶解に時間がかかることがあります。800mL程度の超純水をビーカーに入れ、マグネチックスターラーの回転速度を上げながら少しずつ粉末を加えるとスムーズに溶けます。冬場など水温が低い場合は溶解度が下がり、結晶が残りやすくなるため、必要に応じて軽く加温(30〜40℃程度)することもありますが、過度な加熱は成分の変質を招く可能性があるため避けます。
10x PBSの場合、高濃度塩溶液であるため、pHが1xの状態とは異なる値(通常はpH 6.8付近など酸性寄り)を示すことがありますが、これを無理にpH 7.4に合わせる必要はありません。10x PBSは「10倍に希釈したときにpH 7.4になる」ように設計されている場合が多いためです。ただし、厳密な実験を行う場合は、使用時に1xに希釈した後、pHメーターを用いて最終確認を行い、必要であれば塩酸(HCl)や水酸化ナトリウム(NaOH)で微調整を行うのがベストプラクティスです。
使用時の希釈方法は、例えば1Lの1x PBSを作りたい場合、100mLの10x PBSをメスシリンダーで測り取り、900mLの超純水と混合します。この際、10x溶液は粘度や比重が水より高いため、単に混ぜただけでは不均一になりがちです。混合後はボトルを転倒混和するか、スターラーで十分に攪拌して均一な溶液にしてから使用してください。
10x PBSの作成と使用方法、組成に関する詳細なレシピです。
https://doctor-m.xyz/pbs/

PBSのpH調整とオートクレーブ滅菌

PBSの「緩衝(Buffered)」という名前の通り、この溶液はpHの変化を抑える働きを持っていますが、調整時には狙ったpH(通常は7.4、用途によっては7.2)に正確に合わせる必要があります。試薬を規定量溶かした段階でpHを測定すると、多少のズレが生じることがあります。この場合、pHメーターの電極を液に浸し、スターラーで撹拌しながら、1N 塩酸(HCl)または1N 水酸化ナトリウム(NaOH)をパスツールピペット等で滴下して調整します。pH調整は必ず「メスアップ(全量を合わせる)前」に行うのが鉄則ですが、PBSの場合は塩濃度が高く、希釈によるpH変動が少ないため、ほぼ全量に近い状態で合わせても大きな問題にはなりにくいですが、基本に忠実に行うなら800〜900mLの段階で合わせます。
調製したPBSを細胞培養などの無菌操作で使用する場合、**オートクレーブ滅菌(高圧蒸気滅菌)**が必須となります。一般的な条件は、121℃で20分間です。オートクレーブにかける際は、以下の点に注意してください。

     

  • ボトルのキャップを緩める:密閉した状態で加熱すると内圧で瓶が破裂する恐れがあります。キャップは軽く締めた後、半回転ほど戻して緩め、アルミホイルで蓋をしてから滅菌機に入れます。
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  • 液量の確認:容器の容量ギリギリまで入れていると、沸騰時に吹きこぼれる(ボイルオーバー)可能性があります。容器容量の7〜8割程度に留めるのが安全です。
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  • 成分の沈殿(PBS-とPBS+の違い):通常のPBS(-)であればオートクレーブで問題ありませんが、Ca²⁺やMg²⁺を含むPBS(+)の場合、オートクレーブの熱でリン酸カルシウム等の不溶性沈殿が生じ、白く濁ってしまうことがあります。PBS(+)を滅菌する場合は、オートクレーブではなく、0.22μmのフィルターを使用した濾過滅菌(フィルター滅菌)を行う必要があります。

オートクレーブ後は、急激に冷やすとガラス瓶に負荷がかかるため、自然冷却させます。冷却後、キャップをしっかり締め込みます。滅菌直後のPBSは、溶存CO₂の変化などでpHが一時的に変動していることがありますが、室温に戻って平衡状態になれば安定します。もし、オートクレーブ後に白い浮遊物や濁りが見られる場合は、コンタミネーション(汚染)ではなく、試薬の不純物や硬水成分との反応による沈殿の可能性があるため、そのバッファーは使用せず、原因(使用した水や試薬のグレード)を見直す必要があります。
基本的な緩衝液の調整からオートクレーブ処理までの流れが記述されています。
https://www.dojindo.co.jp/technical/pdf/material8.pdf

PBSの保存期間と使用期限の目安

作ったPBSはいつまで使えるのか、という疑問は実験室でよく挙がりますが、これは「滅菌されているか」と「保存温度」に大きく依存します。
1. オートクレーブ滅菌済みの場合
密閉容器に入れて室温(15〜25℃)で保存可能です。直射日光を避けた冷暗所であれば、通常6ヶ月〜1年程度は問題なく使用できます。ただし、一度開封して使用を開始した後は、空気中の雑菌が混入するリスクがあるため、なるべく早く使い切るか、クリーンベンチ内でのみ開封するなどの管理が必要です。長期間保存していると、水分が蒸発して濃度が濃くなってしまうことがあるため、ボトルの口をパラフィルム等でシールしておくと安心です。
2. 未滅菌(手作り直後)の場合
滅菌していないPBSは、栄養源(リン酸や塩分)が含まれており、水中の微量な菌が増殖しやすい環境です。室温保存では数日〜1週間以内にカビが生えたり、白く濁ったり(コンタミ)します。未滅菌のまま保存したい場合は、必ず**冷蔵(4℃)**で保存し、1ヶ月以内を目安に使用します。使用前には必ずボトルを光にかざして、モヤモヤとした浮遊物(カビやバクテリアのコロニー)がないか確認する習慣をつけると良いでしょう。
3. 10x ストック溶液の場合
高塩濃度(約10%塩分)であるため、浸透圧が高く、微生物が繁殖しにくい環境になっています。そのため、**室温でも長期間(1年以上)**安定して保存できる場合が多いです。ただし、低温(冷蔵庫)に入れると、リン酸塩や塩化ナトリウムの結晶が析出してしまうことがあります。もし結晶が出てしまった場合は、使用前に37℃程度のウォーターバスで温め、完全に溶け切ってから希釈に使用すれば問題ありません。10x PBSは「室温保存」が基本と覚えておくと良いでしょう。
容器には必ず「作成日」「作成者」「滅菌の有無(Autoclaved / Non-sterile)」を記載したラベルを貼るようにします。期限切れやコンタミが疑われるPBSを惜しんで使うと、細胞が死滅したり実験データにノイズが入ったりして、結果的に大きな時間のロスにつながります。「怪しいと思ったら作り直す」のが、実験成功への近道です。

PBSのタブレット利用とコスト比較

検索上位の記事では粉末試薬からの調整方法が主流ですが、独自視点として「PBSタブレット」や「粉末パック」を利用した際のコストと手間のバランスについて考えてみます。最近では、1錠を水に溶かすだけで、pH調整不要で即座に1x PBSや10x PBSができる製品が多くの試薬メーカーから販売されています。
タブレット・パック製品のメリット

     

  • 秤量の手間がゼロ:天秤での計量ミスや、粉末の飛散リスクがありません。
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  • pH調整が不要:規定量の水に溶かすだけでpH 7.4になるように調整されています。
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  • 再現性が高い:誰が作っても同じ品質のバッファーができ、実験のばらつきを抑えられます。
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  • 保存場所を取らない:大量の液体ストックを置く必要がなく、必要な時に必要な分だけ作れます。

コスト比較(概算)
例えば、500mLの1x PBSを作る場合を想定します。

     

  • 試薬調合(自作):試薬代は極めて安価です。1リットルあたり数十円〜百円程度(人件費含まず)。大量に消費する研究室では圧倒的なコストパフォーマンスを誇ります。
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  • タブレット・パック製品:1リットル分あたり数百円〜千円程度かかる場合があります。自作に比べると材料費は割高ですが、「秤量・pH調整・洗浄」にかかる時間(人件費)を考慮すると、少量のPBSしか使わない研究室や、忙しい現場では逆にコストダウンになる場合もあります。

特に、pHメーターの校正や管理が面倒な場合や、共通機器としてのpHメーターがない環境では、タブレット型が推奨されます。また、10x PBSなどのストックを作っておく場所がない場合も、固形のまま保管できるタブレットは有用です。一方で、毎日数リットル単位で消費するような洗浄用途(ELISAの洗浄など)であれば、試薬特級グレードではなく一級グレードの安価な試薬を用いて自作する方が、予算を大幅に節約できます。
自分の実験スタイルや使用頻度に合わせて、「手間をお金で買う(タブレット)」か「手間をかけて安く済ませる(自作)」かを選択するのが賢い運用法と言えるでしょう。また、重要度の高い実験(貴重なサンプルの処理など)には信頼性の高い市販品を使い、日常的な器具洗浄や予備実験には自作PBSを使うといった「使い分け」も有効なテクニックです。

 

 


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