

「SDSでタンパク質の構造をほどかないと、分子量が大きくても小さく見える」とあなたは知っていましたか?
SDS-PAGE(SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動)は、タンパク質を分子量の差によって分離する分析手法です。「SDS-PAGE」という名前は、Sodium Dodecyl Sulfate(ドデシル硫酸ナトリウム)+ Polyacrylamide Gel Electrophoresis(ポリアクリルアミドゲル電気泳動)を組み合わせた略称で、生化学・分子生物学の研究室ではほぼ毎日行われるほど基本的な実験手法です。
タンパク質は数kDa(キロダルトン)から数百kDaまでさまざまな大きさをもっています。SDS-PAGEでは、このサイズ差を利用して、複数のタンパク質が混在するサンプルからそれぞれを「ふるい分け」て検出できます。
主な用途は以下の3つです。
操作が比較的簡便で再現性が高く、安価に実施できることから、今もなお最も広く使われているタンパク質分離法の1つです。これが基本です。
SDS-PAGEの基本原理と実験例についての詳細(Cytiva公式)
SDS-PAGEの原理を理解するには、まず「なぜタンパク質をそのまま電気泳動できないのか」を知ることが重要です。
通常のタンパク質は、アミノ酸の種類によって正電荷をもつものと負電荷をもつものが混在しています。そのままの状態で電場をかけても、電荷の向きや大きさがバラバラなため、分子量順に整然と並べることができません。さらに、タンパク質にはそれぞれ固有の立体構造があり、同じ分子量でもコンパクトに折りたたまれたものは見かけの大きさが小さく見え、実際よりも速く移動してしまいます。意外ですね。
この2つの問題を同時に解決するのが、SDSと還元剤による「前処理」です。
| 問題点 | 解決する試薬 | 効果 |
|---|---|---|
| 電荷がバラバラ | SDS(陰イオン界面活性剤) | すべてのタンパク質に負電荷を均一に付与 |
| 立体構造による移動差 | 還元剤(β-ME / DTT) | ジスルフィド(S-S)結合を切断し直鎖状に変換 |
| 不完全な変性 | 加熱(通常95℃・3〜5分) | 水素結合を壊し、立体構造を完全に解体 |
SDSがタンパク質に結合する量は、タンパク質1gあたり約1.4gという高い一定比率です。この均一な結合によって、大きいタンパク質には多くのSDS分子が結合して強い負電荷をもち、小さいタンパク質には少量のSDSが結合して弱い負電荷をもつ状態が作られます。つまり「負電荷の大きさ≒分子量の大きさ」という関係が成り立つのです。
こうして処理されたタンパク質は、幅18オングストロームの「負電荷をもつ直鎖状の分子」として電場内に置かれます。全員が同じ方向(陽極方向)に向かって移動を始め、あとはゲルの網目構造による「ふるい分け」で分子量の大きさに応じて分離される、というのがSDS-PAGEの基本的な流れです。
SDS-PAGEの仕組みと各試薬の役割(TetraMedia)
SDS-PAGEで使われるポリアクリルアミドゲルは、アクリルアミドモノマーとN,N'−メチレンビスアクリルアミド(架橋剤)が重合してできた三次元の網目構造体です。この網目が「分子ふるい」として機能します。
ゲルの網目は均一な細孔(ポア)の集合体で、小さなタンパク質はこの網目をスルスルと通り抜けるため移動が速く、大きなタンパク質は網目に引っかかりやすいため移動が遅くなります。これが「分子量による分離」の正体です。
アクリルアミドの濃度を変えることで、網目の細かさ(ポアサイズ)を調整できます。
ポリアクリルアミドゲルは一般的には6〜15%の範囲で設定されますが、分離したいタンパク質の分子量が不明な場合は、複数の分子量域を一枚でカバーできる「グラジエントゲル」(濃度勾配ゲル)の使用が有効です。
重要な注意点があります。アクリルアミドモノマー(重合前の状態)は神経毒性をもつ物質です。環境省の報告によると、皮膚からも吸収されやすく、高濃度ばく露の場合は筋力低下・知覚麻痺・歩行異常などの末梢神経障害を引き起こすことが確認されています。そのため、自作ゲルを調製する際には必ずニトリルゴム手袋を着用し、重合後のゲル(ポリマー状態)で使用することが原則です。
また、一般的なSDS-PAGEのゲルは「2層構造」になっており、上の濃縮ゲル(スタッキングゲル、pH6.8)と下の分離ゲル(セパレーティングゲル、pH8.8)が組み合わされています。濃縮ゲルの役割はタンパク質を一列に揃えて濃縮し、シャープなバンドが得られるようにすることです。
SDS-PAGEの原理・手順・失敗例の詳細解説(LifeSci Lab)
SDS-PAGEで分子量を「推定」するためには、分子量既知のタンパク質群である分子量マーカー(分子量スタンダード)を同一ゲル上で一緒に泳動することが必須です。これは必須です。
電気泳動後、分子量マーカーの各バンドの「移動距離」を測定します。泳動開始位置からブロモフェノールブルー(BPB)という先行色素の位置を「1.00」とした相対的移動度(Rf値)を縦軸、各マーカータンパク質の分子量の対数(log分子量)を横軸にプロットすると、良好な直線関係が得られます。これが検量線です。
この検量線を使って、目的タンパク質のバンドのRf値から分子量の推定値を算出します。ただし、SDS-PAGEで得られる分子量はあくまでも「見かけの分子量」です。注意が必要なのは以下のケースです。
より正確な分子量の決定が必要な場合は、SDS-PAGEより精度の高い質量分析法(LC-MS)の使用を検討するのが現実的な選択肢です。
分子量マーカーには、タンパク質に色素が結合した「有色マーカー(プレステインドマーカー)」と、色素なしの「スタンダードマーカー」の2種類があります。正確な分子量測定にはスタンダードマーカーが推奨されます。有色マーカーは泳動の進捗確認やブロッティング効率の目視チェックに有効です。
分子量マーカーの選択と検量線を使った分子量測定法(Cytiva公式)
電気泳動でタンパク質を分離した後、ゲル上のバンドを「見える化」するための検出ステップが必要です。代表的な3つの方法の特徴を整理しておきましょう。
| 検出法 | 検出感度 | 操作の難しさ | 特徴 |
|---|---|---|---|
| CBB(クマシーブリリアントブルー)染色 | 25ng以上/バンド | 簡便 | すべてのタンパク質を青く染色。定量性あり。 |
| 銀染色 | 1〜数ng/バンド | やや煩雑 | CBBの10倍以上の感度。微量検体に有効。 |
| ウェスタンブロッティング | pg(ピコグラム)レベル | 複数工程が必要 | 特定タンパク質のみ検出。抗体を使用。最も高感度。 |
CBB染色は最もシンプルな方法で、酸性条件下でCBBがタンパク質の塩基性・疎水性残基に結合して青いバンドを形成します。操作が簡単でコストも低く、精製サンプルの純度確認に最適です。ただし感度は高くなく、25ng/バンド以下の微量タンパク質は検出できないことがあります。
銀染色は銀イオンがタンパク質の官能基(カルボキシル基・チオール基など)と結合し、還元によって金属銀が析出してバンドを形成します。感度はCBBの10倍以上で、微量サンプルの解析に向いています。これは使えそうです。ただし操作が煩雑で、使用後の染色液は爆発性の銀アミドが生成するリスクがあるため、直ちに塩酸や塩化ナトリウムで処理して廃棄する必要があります。
ウェスタンブロッティングは、ゲルからタンパク質をニトロセルロース膜などのメンブランに転写し、特異的な抗体を用いて目的タンパク質だけを検出する方法です。pg(ピコグラム:ngの1000分の1)レベルまで検出できる高感度かつ高特異性の手法として、最も広く使われています。ただし、SDS処理によってタンパク質の立体構造が壊れているため、立体構造を認識するタイプの抗体では反応しない場合があります。
なお、SDS-PAGEとは別に、タンパク質の立体構造を保ったまま分離する「Native PAGE(ネイティブPAGE)」という手法もあります。Native PAGEは分子量測定には使えませんが、酵素活性を維持した状態での分離が可能なため、タンパク質の機能解析や相互作用の研究に活用されます。
SDS-PAGE基本操作と試薬組成・実験手順(アトー株式会社)