
多層盛り溶接とは、溶接金属を複数の層に分けて積み重ねる施工方法です。脚長8mm以上の隅肉溶接では、1回の溶接では必要な溶接脚長を確保できないため、溶接ビードを何層も重ねて盛る必要があります。母材厚みが大きい場合や図面で多層盛りの指示がある場合、さらに溶接熱による変形を抑えたい場合に採用される工法です。半自動溶接では下向き水平姿勢のすみ肉溶接において、1パスで施工できる脚長は最大7~8mm程度とされており、それを超える場合は2パス以上の多層盛りが必要になります。
参考)【溶接】半自動溶接の多層盛り - ものつくりおじさんの制作日…
多層盛り溶接の層数とは、開先が消えるまでに形成される階層の数を指します。例えば5層14パスという表記は、5つの層を14回の溶接パスで仕上げることを意味しています。パス数とは溶接ビードを引いた回数のことで、何回溶接を走らせたかを示す数値です。層数とパス数は溶接入熱量や変形量に直接影響するため、施工前に図面指示を確認し、適切な計画を立てることが重要です。
参考)【Tig,被覆アーク共通】★図解★多層盛り溶接の層数,パス数…
1層目の溶接は多層盛りの基礎となる重要な工程です。トーチ角度は45度程度に設定し、角の交点を狙って溶接を開始します。この段階ではソリッドワイヤを使用することで、溶け込みすぎてペタッとなることを防ぎます。1層目は後続の層を支える土台となるため、適度な盛り上がりを持たせることが大切です。
脚長9mmを出す場合の狙い位置は、アークが角に当たるか当たらないかの位置を狙います。1層目では下板側に数ミリずらして溶接することで、下板側の脚長を満足する位置にビードを形成します。角度はやや倒し気味に保ち、垂直から50度程度の角度で施工すると安定したビード形状が得られます。表側ビード1層目の溶接では、後工程で裏はつりを行う場合は盛り上げすぎないように注意が必要です。youtube
参考)溶接初心者です。隅肉溶接を2パスで仕上げるとき、1パス目の狙…
2層目の溶接では、1層目とは異なるアプローチが必要です。ソリッドワイヤからフラックス入りワイヤに変更することで、溶け込みやすくなり見た目も良くなります。トーチの先端は1層目の下際を45度くらいの角度で狙い、1層目の中心くらいに2層目が被るように盛ります。この段階での目的は、3層目のための棚を作ることです。
2層目の施工では、1パスで盛り切れない場合は複数のパスに分けて積層します。ウィービングを行いながら確実にすみ肉ビードの際にアークを当て、十分に溶かす必要があります。2層目が完成した時点で、下際にしっかりとした脚長が形成されていることが重要で、画像では約12mm程度の脚長が確保されています。棚になっているかどうか不安に感じるくらいでも、実際にはちょうど良い形状になることが多いです。
参考)解説コーナー WES8101 すみ肉溶接技能者の資格認証基準…
3層目は上際の脚長を出していく最終工程です。トーチ角度を大きく変更し、15度程度の浅い角度で溶接します。この浅い角度により、溶接金属を下から上に押し上げていくようにアークを出すことができます。普通の角度で施工してしまうと、重力の影響で下ばかり溶接されて上側の脚長が出ない問題が発生します。
3層目の完成形は、横から見た時に概ね45度の直角三角形で上も下も同じくらいに溶接できている状態が理想です。10mmの脚長を目指す場合、上下ともに10mm盛れていることが望ましいとされています。細くなる隅部などは溶け込みが悪くなりやすいため、上からさらに溶接を盛って隅の合流部分を溶かし込む追加施工が必要になる場合もあります。完成形の脚長をイメージして何層で仕上げるかを明確にしてから始めないと、上と下の脚長がアンバランスになる問題が発生します。
溶接入熱量の管理は多層盛り溶接において極めて重要な要素です。同じ成分の母材や溶材を使っても、溶接入熱の大小でビードの強度がかなり変わってしまいます。ワンパス毎のビードの溶接条件は、溶接部の強度が十分かどうか確認するため、入熱の記録を残し履歴を確認できなければなりません。定性的には、一定の溶接長でアークタイムが長いと溶接入熱は大きくなります。
参考)http://mitzba.uiui.net/tasoumori.html
角変形を防止するためには、曲げ剛性が大きくなる積層法が有効です。多層継手の角変形は基本的にV開先の角変形であり、パス数のみで決まります。炭酸ガス溶接では手溶接より比溶着熱が小さいため、同じ開先を溶接仕上げする総パス数は少なくなり、角変形も小さくなります。溶接変形を小さくする最も有効な方法は、継手を仕上げるのに必要な総合の溶接入熱を小さくすることです。
参考)https://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0010040270
多層盛り溶接では様々な溶接欠陥が発生しやすく、適切な防止対策が必要です。溶接金属の拡散性水素量の低減、予熱の採用、溶接金属の強度の適正化、パス間温度の維持、溶接直後熱処理の採用が有効な防止対策とされています。高張力鋼用サブマージアーク溶接金属では、強度が低いほど、及び水素量が少ないほど、割れ防止予熱・パス間温度を軽減できることが明らかになっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjws/78/6/78_555/_pdf
スラグ巻込みは多層盛り溶接での発生が多い欠陥です。特にアンダーカットや凸形状の溶接ビード止端部に残留しやすいため、これらがスラグ巻込みの原因となる場合があります。各層の溶融池の幅、高さが適切になるよう運棒し、溶融スラグの巻き込みに注意する必要があります。適切な仕上げビード高さ(余盛)にするためには、アーク長を2-3mm程度に保つことが推奨されています。
参考)http://www.monozukuri.org/mono/db-dmrc/arc-weld/case/skill/sk22.html
多層盛り溶接の実践的な施工手順と各層のトーチ角度の詳細解説
層数とパス数の数え方と図面指示の読み方に関する基礎知識
隅肉溶接の脚長とのど厚の計算方法とJIS規格基準の解説
長尺物を切らずに多層盛り溶接する場合は、特別な身体の使い方が必要です。エッジのフランジをガイドにし右手を乗せて、腰も密着させてゆっくり後ろに下がっていきます。このやり方ならトーチが届く限り何メートルでも施工できます。2590mmのような長い溶接線を切らずに施工する際は、身体全体でトーチの動きをコントロールすることが重要です。youtube
拘束が極めて大きいはめ込み溶接では、全長を一方向に連続して溶接することは避けるべきです。まず①を表面まで溶接を完成させて、次に②を表面まで溶接するという具合に順序を区切って溶接します。順序の決め方には、端から順にやっていく方法と対称的にやっていく方法があり、拘束による割れを防止できます。多層盛りのビードの盛り方による溶着法として、全長多層法、ブロック法、カスケード法などが存在します。
参考)溶接管理技術者2級電子化教材
脚長は隅肉溶接における三角形断面の直角をなす辺の長さを指します。JIS規格では板厚に応じた最小脚長が定められており、板厚の0.7~1.0倍が推奨されています。例えば板厚8mmの場合、脚長は約6mm~8mmが基準となります。板厚10mmの鋼材を溶接する場合、基準値0.7~1.0倍を適用すると、計算結果は7mm~10mmとなります。
参考)隅肉溶接の基礎知識|脚長・のど厚の計算から品質管理まで徹底解…
多層盛り溶接によって所定の溶接脚長を満たすためには、溶接の積層数とパス数を決める必要があります。溶接脚長と積層数の関係を事前に計算し、各層で確保すべき脚長を明確にすることが重要です。1層だけでは脚長が確保できない場合、多層盛りは脚長確保に欠かせない工法となります。のど厚は脚長で簡単に求められるため、脚長の確保は溶接強度に直結します。
参考)https://patents.google.com/patent/JPH06277844A/ja
最近完成した東京スカイツリーや都内の中高層ビルの鉄骨柱と梁の継ぎ手は、ほとんど多層盛り溶接工法で製作されています。建築鉄骨では板厚60mmを超える継手も珍しくなく、これらの厚板長尺部材を突合わせた継手部には多層盛り溶接が必須となります。板厚が60mmまではトーチ角度シフトが大きく取れるためあまり問題になりませんが、これを超えると壁側の狙い位置が甘くなり溶け込み不良の危険性が高まります。
参考)https://www.kawada.co.jp/technology/gihou/pdf/vol08/08_gijyutu02.pdf
造船業界でもすみ肉多層盛り溶接は広く採用されており、SM-1Fなどの溶接材料を使用した施工が一般的です。多パスでも前層のビード表面の高さ位置に横並びになるよう、センサで検出される上下位置ずれの検出値を基にトーチ位置を修正します。開先底部の溶接原点からビード表面までの距離を測定し、修正すべき上下方向の位置ずれを算出することで、溶接線方向に良好な溶接ビードを形成できます。
参考)https://patents.google.com/patent/JP4341172B2/ja
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