

赤瓦の屋根を葺き替えるだけなら許可は不要と思っていると、最大50万円の罰金を科される自治体があります。
石州瓦が「赤瓦」と呼ばれる理由は、見た目の美しさだけではありません。その赤褐色は、島根県東部・出雲地方で採掘される「来待石(きまちいし)」を原料とした釉薬に由来します。この来待石には鉄分が豊富に含まれており、高温焼成によって酸化鉄が発色し、独特の赤みを帯びます。
来待石だけにこだわる窯元では、焼成温度を1,350℃以上に設定します。一般的な三州瓦や淡路瓦の焼成温度が1,000〜1,100℃前後であることと比べると、その差は歴然です。この高温焼成によって瓦の内部まで完全に焼き締まり、微小な空隙(ポア)がほぼなくなります。つまり吸水率が極めて低くなる、ということです。
吸水率の低さは、寒冷地での「凍害」防止に直結します。瓦が水分を吸うと、冬場の凍結・膨張によってひびが入るのが一般的ですが、石州瓦はこの問題をほぼクリアしています。耐用年数は50〜60年と業界でも屈指の長さです。
建築業者として見落としやすいのは、石州瓦には「来待瓦」と「一般陶器瓦」の2種類があるという点です。来待釉薬を100%使用し1,350℃で焼く「来待瓦」と、1,200℃以上で焼く標準品では、スペックが異なります。施主に特定の耐久性を約束するなら、素材の確認が条件です。
また、施工時には重量への配慮が欠かせません。石州瓦(陶器瓦)の重量は1㎡あたりおよそ40〜50kgに達します。金属屋根の5〜6kgと比べると約8倍です。古い木造住宅に葺き替える場合は、事前に構造計算と耐震補強の検討をセットで行いましょう。重さを見落とすと損失につながります。
| 屋根材の種類 | 重量(1㎡あたり) | 耐用年数の目安 |
|---|---|---|
| 石州瓦(陶器瓦) | 約40〜50kg | 50〜60年 |
| 三州瓦(陶器瓦) | 約40〜50kg | 50〜60年 |
| スレート | 約15〜20kg | 20〜30年 |
| ガルバリウム鋼板 | 約5〜6kg | 20〜30年 |
参考:石州瓦の耐久性と焼成技術の解説
厳しい自然から家を守り抜く強く美しい石州瓦の魅力
倉吉・打吹玉川地区を特徴づけるもう一つの要素が、玉川に架かる「一枚石の石橋」です。石橋というと、アーチ型の大橋をイメージする方が多いかもしれません。しかし倉吉の石橋はまったく異なります。一枚の石板を渡しただけのシンプルな構造でありながら、「むくり(反り)」と呼ばれる緩やかな上反りが施されています。
この「むくり」には、明確な機能的理由があります。一枚石の平板に人や荷物の重みが加わると、中央部がたわんで下に沈もうとする力が発生します。あらかじめ上に反らせておくことで、荷重を受けたときに板がほぼ水平に近い状態に戻り、構造的に安定するのです。
加えて、水切りとしての役割も担っています。反りがあることで雨水が中央に溜まらず左右に流れやすくなり、石が滑らかに濡れて水分が排出される設計になっています。橋が長持ちする工夫です。
倉吉の保存計画文書によれば、各土蔵の木戸口にはそれぞれ独立してこの一枚石の石橋が架けられており、蔵ごとに玉川に連なる様子が独特の景観を形成しています。これは単なる美観ではなく、商家が玉川越しに物資を搬入・搬出するための実用的な設備だったことを示しています。利便性と美観を同時に実現した設計という点で、現代の建築業者にも刺さる発想です。
なお、石橋を構成する「来待石」そのものは、倉吉の商家建築では棟石(ハナイシ・ヒライシ)としても使われています。端部が反り上がったハナイシと平坦なヒライシを棟に乗せることで、強風・積雪・凍害への対応をひとつの素材で解決しています。素材の地産地消と多用途活用、これが伝統建築の合理性です。
参考:倉吉の石橋と町並みの詳細な建築的記録
白壁土蔵のまち倉吉|住まいと暮らし|地域レポート
倉吉・打吹玉川地区は、1998年(平成10年)に国の「重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)」に選定されています。この指定は、建築業者にとって単なる観光情報ではありません。施工上の大きなリスクを含む法的な枠組みです。
重伝建地区内では、建物の外観を変更する行為のすべてに「現状変更許可」が必要です。対象となる行為は幅広く、屋根の葺き替え・外壁の塗り替え・材料の変更・増改築・解体まで含まれます。許可なく外観変更を行った場合、市町村の保存条例に基づく罰金が科されます。金沢市では5万円以下、京都市では50万円以下の罰金を定めており、自治体によって金額は異なりますが法的リスクは全国どこでも共通です。
見落としがちな点として、「修繕」と「修理」の区分があります。外観に変化が生じない範囲の維持管理は許可不要とされる場合もありますが、同じ瓦の葺き直しでも「元の材料・形状に戻す修理」と「別素材への変更」では扱いが変わります。倉吉市であれば、施工前に倉吉市教育委員会の担当部署へ事前協議の場を持つことが原則です。
一方で、重伝建地区での修理・修景工事には国や市からの補助金制度が用意されています。伝統的な工法と材料で修理を行う場合、費用の一部が補助されるケースがあります。規制を正しく理解することは、施主へのコスト提案にも活かせます。これは使える知識です。
参考:文化庁による伝統的建造物群保存地区制度の公式解説
伝統的建造物群保存地区制度のご案内|文化庁
石州瓦(赤瓦)の葺き替え工事は、一般的な屋根リフォームとは異なる準備が必要です。参考価格として、施工面積71㎡・工期約5日の葺き替え事例では費用がおよそ69万円とされています(石州陶器瓦53B使用)。一般的な戸建て住宅の屋根面積は80〜120㎡程度ですので、総額は70〜200万円前後が目安になります。
費用の中でも特に気をつけるべきなのは、石州瓦が「塗り替え不要」であるという点です。一般の金属屋根やセメント瓦では10〜20年ごとに塗装が必要ですが、石州瓦(陶器瓦)は釉薬で表面が保護されているため再塗装の必要がありません。つまり長期的なメンテナンスコストで比較すると、初期費用の高さが相殺される計算になります。60年で割れば1年あたりのコストは思いのほか低くなります。
また、倉吉の歴史地区のように既存の石州瓦を使った建物を修繕する場合、既存と同ロットの瓦が入手できるかという在庫問題が現場で発生することがあります。色・形・釉薬のバッチが違うと微妙な色ムラが生じ、特に重伝建地区では「修理後の外観が変わった」と判断されるリスクがあります。事前に窯元や石州瓦工業組合に問い合わせて在庫・対応ロットを確認することが重要です。在庫確認は必須です。
ガイドライン工法(2001年以降に業界標準化)の適用も見逃せません。瓦をステンレスビスで野地板に固定するこの工法は、台風・地震への耐性を大幅に高めます。特に棟部は地震時に脱落しやすい部位であるため、「耐震のし瓦」や金具を用いた防災棟仕様での施工が推奨されています。
参考:石州瓦工業組合による施工ガイドラインと性能解説
石州瓦の性能に関するQ&A|石州瓦工業組合
倉吉の赤瓦と石橋の景観は、近代以降の建築業界が「効率化」の名のもとに手放してきたある重要な概念を体現しています。それは「素材の地産地消と多世代耐久の設計思想」です。
石州瓦は島根県の陶土と来待石という地元素材だけで作られ、その土地の気候(日本海側の厳冬・積雪・塩害)に対応するように1,000年以上かけて最適化されてきました。一方で石橋も、地域で採れる石材を一枚板として使うことで、仕口や接着剤なしに構造を成立させています。素材と気候と用途が完全に一致しているのです。
現代の建築業者が参考にすべき視点は、「50年・60年後のメンテナンスコストまで含めた提案力」です。石州瓦を例にとれば、初期費用は他の屋根材よりも高いものの、再塗装コストが発生しない分、60年のライフサイクルコストでは競合屋根材より有利になるケースが多くあります。
施主への説明では「初期費用○○万円で60年ノーメンテナンス」という具体的な数字を使った提案が、他社との差別化につながります。これは使えるアプローチです。
また、倉吉の建築群では、土蔵の基礎石積みにも職人の技術が表れています。「打ち込みハギ積み(粗割石を精密に加工して組む技法)」は、城の石垣にも使われた積み方と同じであり、防水・耐久・美観をすべて1つの手法で解決しています。現代のコンクリート基礎が代替できていない「通気と水はけの両立」という問題を、素材と技法の組み合わせで解決していた点は、現代建築の設計者にも改めて考察する価値があります。
景観は単なる美しさではなく、先人が積み上げた技術の集積です。赤瓦と石橋が並ぶ倉吉の町並みを「技術書」として読むことができれば、現場での判断力は確実に上がります。
参考:倉吉市打吹玉川の伝統的建造物群保存活用計画(倉吉市公式PDF)
倉吉市打吹玉川伝統的建造物群保存地区 保存活用計画|倉吉市公式