
電磁両立性(EMC:Electromagnetic Compatibility)規格は、異なる電子機器やシステムが互いに影響を与えずに共存し、正常に機能するための技術的な基準を定めたものです。JIS(日本産業規格)では電磁両立性を「機器が存在する環境において、許容できないような電磁妨害をいかなるものに対しても与えず、かつ、電磁環境において満足に機能するための能力」と定義しています。
建築業界では、建設現場で使用される土工機械や建設用機械、ICT機器、通信機器などが発する電磁波が、他の機器の動作に影響を与えたり、逆に外部からの電磁波によって機器が誤動作したりすることを防ぐため、この規格が重要な役割を果たしています。電磁両立性は、エミッション(放射)とイミュニティ(耐性)の二つの観点から評価されます。
日本における電磁両立性規格は、国際規格であるIEC 61000シリーズに対応したJIS C 61000シリーズとして整備されています。基本規格としては、JIS C 60050-161「EMCに関する国際電気用語」やJIS C 61000-6-1「住宅、商業及び軽工業環境におけるイミュニティ規格」、JIS C 61000-6-2「工業環境におけるイミュニティ規格」などがあります。
試験・測定技術に関する規格としては、JIS C 61000-4シリーズが重要です。具体的には、JIS C 61000-4-2「静電気放電イミュニティ試験」、JIS C 61000-4-3「放射無線周波電磁界イミュニティ試験」、JIS C 61000-4-4「電気的ファストトランジェント/バーストイミュニティ試験」、JIS C 61000-4-5「サージイミュニティ試験」などが定められています。これらの規格は、建築現場で使用される電気機器の電磁適合性を評価する際の基準となります。
建設機械に特化した規格としては、JIS A 8316シリーズ「土工機械及び建設用機械の電磁両立性(EMC)」があり、ISO 13766に対応しています。この規格では、内部電源形機械の電磁両立性や機能安全のための追加要求事項が定められており、建築現場で使用される重機や建設機械のEMC性能を保証するための重要な基準となっています。
電磁両立性試験は、大きく分けてエミッション試験とイミュニティ試験の二つに分類されます。エミッション試験は、機器から放出される電磁エネルギーを測定し、そのレベルが規格で定められた制限値を超えないかを判断するプロセスです。一方、イミュニティ試験は、被測定物にRFエネルギーを照射し、その環境下で正常に動作するかどうかを判定します。
エミッション試験には、放射エミッション試験と伝導エミッション試験があります。放射エミッション試験では、機器から意図的または非意図的に放出される電磁波を測定します。測定には、アンテナと受信機を使用し、30 MHz~1000 MHzの周波数範囲で実施されます。測定距離は、土工機械の場合、10 m±0.2 mまたは3 m±0.05 mの2種類が規定されており、アンテナの高さは10 m試験で3 m±0.05 m、3 m試験で1.8 m±0.05 mと定められています。
イミュニティ試験では、機器に対して電磁界を照射し、その耐性を評価します。建設機械の機械動作制御系では、基準限度値80 V/m(非変調波の実効値)が適用され、実際の試験では25%増の100 V/mで実施されます。試験周波数は20 MHz~1000 MHzの範囲で、1 kHz正弦波の80%振幅変調を用いて行われます。静電気放電試験では、接触による放電8 kV、空中放電15 kVのレベルが基準となっています。
建設機械に対する電磁両立性規格ISO 13766(JIS A 8316)では、土工機械が稼働する環境での電磁的な課題に対応するための具体的な要求事項が定められています。この規格は、ISO 6165で定義される土工機械およびISO/TR 12603で定義される建設用機械を対象としており、機械全体だけでなく電気・電子サブアセンブリ(ESA)についても個別に評価することが可能です。
広帯域エミッションの基準限度値は、10 m測定距離の場合、30 MHz~75 MHzで34 dB(μV/m)すなわち50 μV/m、75 MHz~400 MHzで34 dB~45 dBと周波数に応じて段階的に設定されています。3 m測定距離では、30 MHz~75 MHzで44 dB(160 μV/m)となり、より厳しい基準が適用されます。狭帯域エミッションについても同様に、測定距離に応じた基準限度値が規定されています。
特筆すべきは、建設機械の機能安全に関する追加要求事項です。JIS A 8316-2では、機能安全のためのEMC追加要求事項として、安全関連機能を持つ機器に対してより高い電磁適合性が求められています。これは、建設現場での作業員の安全を確保するため、ステアリング系統、ブレーキ系統、エンジン速度制御など、機械の直接制御に関わる電気・電子系が外部からの電磁妨害によって誤動作しないことを保証するためのものです。
電磁両立性試験の実施にあたっては、まず試験所との事前打合せが重要です。打合せでは、自主測定(立会い試験)、依頼試験(受託試験)、または出張測定(オンサイト測定)といった試験場利用方法を決定します。製品の概要、サイズ・重量、電源条件と消費電力、適用規格と試験項目、試験日程などの情報を提供することで、スムーズな試験実施が可能になります。
試験現場は、電磁波を反射する表面のない見通しのよい平らな場所でなければなりません。屋外試験場の場合、土工機械とアンテナの間の中間点から測定して最小30 m半径の円内に反射物がない環境が求められます。密閉した試験施設を使用する場合は、アンテナの受信要素が無線吸収材の1 m以内、密閉施設の壁の1.5 m以内にあってはならないという制約があります。
試験結果に基づいて、製品が基準に適合しない場合は再試験が必要となります。その際、EMC試験所によってはノイズ対策のコンサルティングや各種申請書類の代行サービスを提供しているところもあります。試験に合格すると、EMC試験報告書(EMC TEST Report)が発行され、この報告書をもとに製品の電磁適合性を証明することができます。固定設備の場合は、オンサイトEMC試験を実施し、その結果を基に技術文書を作成して適合証明を行うことが推奨されています。
建築現場では、発電機、高圧線、各種建設機械、通信機器など、多様な電磁ノイズ源が存在します。これらのノイズが、ICT機器の通信を途切れさせたり、データ損失を引き起こしたりする問題が発生しています。効果的な対策としては、まずノイズ源と影響を受けやすい機器を物理的に離すことが基本となります。特に高圧線とLANケーブルなどの通信線は、可能な限り離して配線することが重要です。
九州工業大学の研究によれば、通信周波数帯が30 MHzの場合、電波の波長が10 mとなるため、理想的には10 m程度離すことが推奨されています。現場で十分な距離を確保できない場合は、最低限、ケーブル類を束ねないことが大事です。また、LANケーブルは外部ノイズを受けにくい構造になっていますが、押しつぶされたり劣化したりすると、より線の構造が変わりノイズ耐性が低下するため、できるだけ新品または劣化が進んでいないケーブルを使用することが望ましいとされています。
ケーブル対策としては、フェライトコアなどのノイズ抑制部品の追加も効果的です。パソコンのキーボードやケーブルについている小さな部品がこれにあたり、磁性体であるフェライトがノイズを吸収します。電源線には、ラインフィルターやノイズ抑制素子を追加することで、伝導ノイズを低減できます。さらに、機器の筐体やケーブルに対してシールドやガスケット材を使用することで、放射・侵入ノイズを遮断することも可能です。
設計段階からのEMC対策が最もコストパフォーマンスが高いことも重要なポイントです。機器構成でノイズ源とノイズ被害装置を物理的に離す、プリント基板設計ではグラウンドパターンの適正配置やループ面積低減を図る、アース接続を適切に設計する(浮遊アースや多点アースの回避)などの対策を初期段階で実装することで、後処理によるコスト増や納期遅延を防ぐことができます。建設DXの推進においても、ノイズ対策を含めたオンサイトEMC試験の実施とそれにかかる技術文書の作成が、トラブル回避のために推奨されています。
電磁両立性(EMC)の JIS 規格 - Qiita
JIS規格の一覧と各規格の対応国際規格について詳しく解説されています。基本規格、限度値、試験・測定技術、個別機器の要求事項など、体系的に規格を理解するための参考資料として有用です。
EMCとは - ノイズ対策・EMC対策の CEND
EMCの基本概念、ノイズの分類、対策・設計方法について分かりやすく説明されています。エミッション(EMI)とイミュニティ(EMS)の関係性を理解するための入門資料として最適です。
建設DX Journal - ICT機器の「天敵」現場の電磁ノイズ
建設現場における電磁ノイズの実態と対策について、九州工業大学准教授へのインタビュー形式で詳しく解説されています。現場での具体的な対応方法を知りたい方に推奨される記事です。
JISA8316:2010 土工機械-電磁両立性(EMC)
土工機械および建設用機械に特化したEMC規格の全文が掲載されています。試験方法、基準限度値、測定位置など、技術的な詳細を確認する際の公式参考資料です。