電子線後方散乱回折法とは材料強度評価と結晶方位解析の基礎

電子線後方散乱回折法とは材料強度評価と結晶方位解析の基礎

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電子線後方散乱回折法と材料評価の基礎

電子線後方散乱回折法の基本情報
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測定原理

試料に電子線を照射し、結晶面で回折した後方散乱電子から菊池パターンを取得して結晶方位を解析

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空間分解能

ナノオーダー(約50~100nm)の高い空間分解能で微細な結晶構造の変化を捉えることが可能

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建築材料への応用

鋼構造材料の疲労損傷評価、結晶粒界解析、ひずみ分布測定により構造物の安全性評価に貢献

電子線後方散乱回折法の測定原理と装置構成

電子線後方散乱回折法(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)は、走査型電子顕微鏡(SEM)に搭載された検出器を用いて、結晶性材料の微細構造を解析する評価手法です。測定時には試料を水平面に対して約60~70度に大きく傾斜させ、その表面に電子線を照射します。照射された電子線は試料表面から約50nm以下の極めて浅い領域で各結晶面と相互作用し、ブラッグの法則(λ=2dsinθ)を満たす条件で回折現象が発生します。
参考)https://www.nstec.nipponsteel.com/technology/physical-analysis/structural/structural_06_ebsd.html

この回折により生成されるのが「菊池パターン」と呼ばれる特徴的な回折パターンで、蛍光スクリーンや高感度検出器によって捉えられます。菊池パターンは結晶構造と結晶方位を反映した幾何学的情報を含んでおり、専用ソフトウェアで解析することで電子線が照射された一点の結晶方位を高精度に決定できます。従来のCCD検出器に比べて、最新のCMOS検出器では4500点/秒という高速測定が実現されており、短時間で広範囲の結晶情報を取得することが可能になりました。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E7%B7%9A%E5%BE%8C%E6%96%B9%E6%95%A3%E4%B9%B1%E5%9B%9E%E6%8A%98%E6%B3%95

X線回折法が試料全体の平均的な情報を提供するのに対し、EBSD法は個々の結晶粒ごとの詳細な情報を取得できる点が大きな特徴です。電子線を走査しながら各測定点の方位情報を収集することで、結晶方位マップ、結晶粒分布、粒界構造など、材料の微細組織に関する多面的な情報を視覚化できます。
参考)https://nano.oxinst.jp/products/ebsd/

電子線後方散乱回折法による結晶方位マッピングと集合組織解析

EBSD法の最も重要な応用の一つが、結晶方位マッピングによる材料組織の可視化です。結晶方位マップでは、各測定点の結晶方位を色で表現し、同じ色を持つ領域が一つの結晶粒を構成します。この方位情報は逆極点図スケールと呼ばれる三角形の図で色と方位の対応関係が示され、例えば鉄鋼材料では特定の結晶面方位が優先的に配向している状態を直感的に把握できます。
参考)https://www.ebsd.jp/ebsd-for-beginners/ebsd-applications

結晶粒の方位分布は材料の機械的特性に大きな影響を与えます。特に金属加工業界では、アルミニウム板の集合組織管理が製品品質を左右する重要因子となっています。飲料缶に使用されるアルミ板では、集合組織が適切に制御されていないと缶上部に凹凸が生じたり、必要な強度を得るために板厚を増やさざるを得なくなりコストが上昇します。同様に、変圧器コアに使われる電気鋼板では、結晶方位に依存する磁気特性を最適化するために集合組織の形成が不可欠です。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms/66/11/66_861/_article/-char/ja/

建築用鋼材においても、EBSD法による結晶方位解析は重要な役割を果たします。北海道で建設された鋼構造建築物の調査研究では、リユースを前提とした鋼部材の材料科学的分析にEBSD法が活用されており、塑性ひずみを受けた鋼材試料の結晶粒内方位差の定量評価が行われています。この技術により、使用済み鋼材の損傷状態を客観的に評価し、再利用の可否を科学的根拠に基づいて判断することが可能になります。
参考)http://hokudai-str-eng.jpn.org/wp-content/uploads/2024/02/%E4%BF%AE%E8%AB%96%E6%A2%97%E6%A6%822024_%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%8F%B2%E9%83%BD.pdf

電子線後方散乱回折法を活用した疲労損傷とクリープ評価

建築構造物に使用される鋼材は、長期間の使用により疲労やクリープといった損傷が蓄積します。EBSD法は、こうした損傷を結晶方位の局所的な変化として検出し、定量的に評価できる強力なツールです。材料に疲労やクリープ損傷が加わると、内部に転位などの格子欠陥が発生し、金属原子の規則的な配列が乱れます。この乱れは結晶方位差として現れ、EBSD測定によって捉えることができます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/3310fbd441034a6fafcb66eadc38e26ff53a1885

日本材料学会では、EBSD法による材料評価のための標準化が進められており、2016年には「結晶方位差測定標準」が発行されました。この標準では、測定装置メーカに依存しない用語と方位差指標の定義、測定品質を確保するための基本設定条件、クリープ損傷材のラウンドロビン試験結果などが包括的にまとめられています。標準化により、経験の有無に関わらず一定の品質で測定を行い、異なる研究機関や企業間で測定結果を比較することが可能になりました。​
鉄鋼材料における疲労き裂周辺のEBSD解析では、き裂進展に伴う結晶方位の変化や、幾何学的に必要な転位密度の分布を可視化できます。9Cr鋼のようなクリープ強度に優れた高温用鋼材では、EBSD法によって損傷度評価と余寿命予測を行う研究が活発に進められています。ステンレス鋼SUS316やSUS316NGについても、引張・疲労・クリープ損傷とEBSD解析結果の相関が詳細に調査されており、構造物の安全性評価における実用化が進んでいます。
参考)http://www.jstage.jst.go.jp/article/jsms1963/53/9/53_9_987/_article/-char/ja/

電子線後方散乱回折法による結晶相同定と粒界エンジニアリング

EBSD法は結晶方位解析だけでなく、材料中に存在する異なる結晶相の識別と分布測定にも威力を発揮します。自動車産業で使用される最新世代の高強度鋼では、オーステナイト、フェライト、マルテンサイトといった複数の相が混在しており、それぞれの生成比率が材料の強度特性を決定します。EBSD法を用いることで、これらの相を明確に識別し、相の分布状態や各相の面積率を定量的に評価できます。
参考)https://www.jfe-tec.co.jp/analysis/main05_07.html

結晶相の同定は、菊池パターンの幾何学的特徴と既知の結晶構造データベースを照合することで行われます。各相は固有の結晶系(体心立方格子、面心立方格子など)を持つため、パターンの対称性やバンド間隔から相を特定できます。ステンレス鋼SUS329の分析例では、EBSD観察によってα相(体心立方格子)とγ相(面心立方格子)の境界を特定し、その境界付近での炭素などの元素偏析を3次元アトムプローブ(3DAP)と組み合わせて解析することで、ナノスケールからマクロスケールまでの包括的な材料評価が実現されています。
参考)https://www.ebsd.jp/ebsd-for-beginners/how-does-ebsd-work

粒界エンジニアリングは、材料の耐久性を向上させるための重要な技術です。腐食や破壊は粒界から始まることが多いですが、粒界には耐性の高いものと低いものが存在します。EBSD法では、粒界の性格(傾角、対応粒界(CSL)など)を詳細に解析できるため、耐性の高い粒界の形成を促進する材料加工ルートを設計することが可能です。電池の電極材料では、特定の粒界を多く含むように加工することで寿命が向上することが知られており、EBSD法による粒界群の特性評価が製品性能の向上に直結しています。​

電子線後方散乱回折法による建築鋼材のひずみ・応力評価と品質管理

建築構造物の安全性を確保する上で、使用される鋼材のひずみ分布や残留応力の把握は極めて重要です。EBSD法では、結晶方位の局所的な変化を高精度に測定することで、材料内部のひずみ状態を評価できます。IQ(Image Quality)マップと呼ばれる解析手法では、各測定点から得られた菊池パターンの鮮明度を指標化し、鮮明度が低い領域は塑性変形やひずみが大きいことを示します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jinstmet/88/9/88_J202404/_article/-char/ja/

高分解能EBSD(HR-EBSD)技術の発展により、従来のハフ変換ベースのEBSD法と比較して約100倍の角度分解能が実現されています。この技術では相対方位差0.0001ラジアン(約0.006度)という極めて微小な方位変化や、格子ひずみの変化を10⁻⁴という精度で測定できます。地質学分野では既にHR-EBSD技術が格子歪みと回転の同時マッピングに活用されていますが、建築鋼材の微小損傷評価への応用も期待されています。
参考)https://arxiv.org/pdf/1710.00728.pdf

鋼構造建築物のリユースを実現するためには、既存部材の損傷状態を正確に評価する必要があります。北海道大学の研究では、EBSD解析とビッカース硬さ試験を組み合わせることで、塑性変形後の鋼材におけるひずみ時効の進行状態を定量化しています。塑性ひずみを受けた鋼材は結晶粒内に方位差を生じ、時間経過とともにビッカース硬さが向上しますが、結晶構造自体は変化しません。このような材料科学的知見に基づいた評価により、使用済み鋼材の機械的特性を推定し、リユース可否を判断する客観的基準の確立が進められています。
参考)https://www.nanoanalysis.co.jp/business/nanostructure/05/

さらに、In-Situ EBSD測定技術の発展により、材料試験中の組織変化をリアルタイムで観察することが可能になっています。加熱や機械試験を行いながらEBSD測定を実施することで、荷重負荷時の結晶方位変化や変形メカニズムを直接的に解明できます。2軸引張のその場SEM/EBSD観察試験法では、複雑な応力状態下での材料挙動を詳細に追跡でき、建築構造物が実際に受ける多軸応力状態での材料評価に貢献しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/tetsutohagane/105/1/105_TETSU-2018-122/_html/-char/ja

日鉄テクノロジーによるEBSD法の原理と特徴の詳細解説(装置構成、測定可能な情報、In-Situ測定技術など包括的な情報)
JFEテクノリサーチによる広領域EBSD測定技術の紹介(長焦点深度モードを用いた最新測定事例と応用分野)
日本材料学会によるEBSD法の結晶方位差測定標準の解説(測定品質確保のための標準化と損傷評価への応用)