

建設現場では様々な化学薬品や洗浄剤、建設副産物が発生しますが、その中でも「液状の廃棄物」の取り扱いは法律で極めて厳格に定められています。特に「廃酸」と「廃アルカリ」は、その性質(pH)によって普通の産業廃棄物として扱えるか、より危険性の高い「特別管理産業廃棄物」として扱わなければならないかの判定が分かれます。
この判定を誤ると、不適切な処理委託となり、排出事業者である建設会社が重い罰則を受けることになります。「ただの水だろう」という認識は非常に危険です。ここでは、現場監督や産廃担当者が知っておくべき正確な基準と判定フローを解説します。
まず、廃棄物処理法における「廃酸」と「廃アルカリ」の定義を明確にしましょう。これらはあらゆる事業活動(建設業含む)に伴って生じた廃棄物のうち、酸性またはアルカリ性を呈する液体状のものを指します。固形状のものは、たとえ酸性であっても「汚泥」や「燃え殻」などに分類されることが一般的であり、あくまで「液体」であることが前提です。
判定の核となるのが pH(水素イオン濃度指数) です。
化学的な定義としては pH7.0 が中性ですが、廃棄物処理の実務上は以下のように分類されます。
しかし、単に酸かアルカリかという区分以上に重要なのが、「腐食性(ものを溶かす性質)」の強さです。これが次の項で説明する「特別管理産業廃棄物」への該当基準となります。通常の廃酸・廃アルカリであれば、通常の許可を持つ産業廃棄物収集運搬・処分業者に委託できますが、腐食性が強い場合は、より高度な許可を持つ業者でなければ運ぶことさえできません。
建設現場でよくある間違いとして、泥状の廃棄物(含水率が高い泥)を廃アルカリとして扱ってしまうケースがあります。泥状のものは、pHが高くても「汚泥」として分類されることが多く、この区分の違いは契約書やマニフェストの記載内容に直結するため注意が必要です。
【環境省】特別管理産業廃棄物の種類及び判定基準等(公式PDF)
上記の環境省資料には、詳細な判定フローと基準値が明記されています。判断に迷った際の一次情報の確認先として活用してください。
「特別管理産業廃棄物」とは、爆発性、毒性、感染性、その他の人の健康や生活環境に被害を生ずるおそれがある性状を有する廃棄物のことです。廃酸・廃アルカリにおいては、著しい腐食性を持つものがこれに該当します。
具体的な数値基準は以下の通りです。この数値を1つでも超えれば、通常の産廃業者には委託できません。
この「pH 2.0以下」「pH 12.5以上」という数字は、必ず暗記しておくべきラインです。例えば、pH 13.0のコンクリートはつり洗浄水は、ただの汚れた水ではなく「特別管理産業廃棄物」としての「廃アルカリ」になります。
特別管理産業廃棄物に該当した場合、以下の厳しい規制が課されます。
もし、pH 1.5の廃酸を通常の「廃酸」として普通の産廃業者に委託した場合、排出事業者は「委託基準違反」となります。また、運搬した業者も「無許可営業(特別管理の許可がないため)」となり、共倒れになるリスクがあります。
建設現場では、「廃酸」「廃アルカリ」という名前の薬品缶があるわけではありません。作業工程の中で副次的に発生するため、見落とされがちです。以下に、現場で発生しやすい具体的なソースと、典型的なpHの傾向をリストアップします。
現場では簡易pH測定器やリトマス試験紙(pH試験紙)を常備し、液体の廃棄物が発生した際は「見た目で判断せず、必ず測る」習慣をつけることが、法令遵守の第一歩です。
廃酸・廃アルカリを処理業者に委託する際、最も重要なツールが WDS(廃棄物データシート) です。これは、廃棄物の性状や成分、有害性を排出事業者が処理業者に正確に伝えるための書類です。
特に廃酸・廃アルカリは、見た目ではpHや含有成分(重金属など)が分かりません。もし情報を伝えずに委託し、処理施設で他の廃棄物と混ざった瞬間に化学反応を起こして有毒ガス(硫化水素など)が発生したり、爆発事故が起きたりした場合、その責任は情報を伝えなかった排出事業者に問われます。
処理委託の重要チェックリスト:
【環境省】廃棄物データシート(WDS)記入例(公式PDF)
環境省が提供するWDSの記入例です。廃酸・廃アルカリの項目において、どのような情報を記載すべきかが具体的に示されています。
ここは多くの建設業者が誤解している、非常に危険な「落とし穴」です。
「現場で酸とアルカリを混ぜて中和し、pH7(中性)にしてから下水に流せば問題ない」と考えていませんか?
実は、この行為は廃棄物処理法違反になる可能性が極めて高いです。
廃棄物の処理(中和を含む)を行うには、本来「廃棄物処分業」の許可が必要です。自社で発生した廃棄物を自社で処理する場合(自社処理)は許可不要という例外規定がありますが、これには極めて厳しい「処理基準」が適用されます。
簡易的にバケツやドラム缶で混ぜ合わせるような行為は、「不適正処理」とみなされるリスクが高いです。もし中和反応で有毒ガスが発生し近隣から苦情が来た場合、「無許可処分」として警察の捜査対象になります。
罰則の重さ:
無許可で処分(中和含む)を行った場合、5年以下の懲役もしくは1,000万円以下の罰金、またはその両方(廃棄物処理法第25条)という、法人の存続に関わる重い刑罰が科されます。
また、中和処理によって生じた沈殿物(スラッジ)は「汚泥」として産業廃棄物になります。結局、産廃処理が必要になるのです。
「中和すればタダで捨てられる」という安易な考えは捨て、専門の処理業者にそのままの状態で委託するか、正規の排水処理設備(プラント)を導入して適法に処理するかの二択で考えるべきです。現場レベルでのDIY的な中和は、リスクに対するリターンが見合いません。