
建築火災において発生する有毒ガスは、人命を脅かす最も危険な要素の一つです。火災による死亡原因の多くは、実は「焼死」ではなく、有毒ガスによる窒息死であることをご存知でしょうか。これらのガスは、建物内の区画火災において特に問題となります。
火災時に発生する主な有毒ガスには以下のようなものがあります。
これらのガスの発生量と危険度は、燃焼物の種類、量、および室内の燃焼状態によって大きく異なります。特に建物の規模が大きくなり、用途が複雑化するにつれて、有毒ガスによる危険性は増大します。
建築材料の種類によって、火災時に発生する有毒ガスの種類と量は大きく異なります。区画火災における燃焼物としては、区画の内装材料とその区画の用途に応じた収納物品があります。内装材料は建物に固着しているため、火災時のガス毒性を建物固有の性質として評価する上で重要です。
特に注意すべき建築材料には以下のようなものがあります。
これらの材料が燃焼する際のガスの毒性は、与えられた加熱条件における材料固有の値と熱分解特性の両方に影響されます。そのため、ガス毒性の低減対策としては、材料そのものの毒性対策と同時に、難燃化による熱分解量の低下対策も重要となります。
建築火災で発生する有毒ガスは、人体に様々な悪影響を及ぼします。その影響の程度は、ガスの種類、濃度、暴露時間によって異なりますが、短時間でも致命的な被害をもたらすことがあります。
主な有毒ガスの人体への影響は以下の通りです。
ガスの種類 | 主な発生源 | 人体への影響 | 危険濃度 |
---|---|---|---|
一酸化炭素 | ほぼすべての有機物の不完全燃焼 | 酸素運搬能力の低下、意識障害、死亡 | 1,000ppm以上で1時間以内に意識不明 |
二酸化炭素 | 完全燃焼 | 呼吸促進、窒息 | 5%以上で呼吸困難 |
シアン化水素 | 窒素含有物質(ウレタン、ナイロン等) | 細胞呼吸阻害、急速な意識喪失、死亡 | 100ppm以上で数分以内に致命的 |
塩化水素 | 塩化ビニル製品 | 気道刺激、肺水腫 | 50ppm以上で即時の呼吸困難 |
火災現場では、これらの有毒ガスが複合的に発生するため、相乗効果によってさらに危険性が高まります。また、煙による視界不良と相まって、避難を困難にする要因となります。
大規模火災事例として、1972年の大阪市千日デパート火災(死者118人)や1973年の熊本大洋デパート火災(死者100人)では、多くの犠牲者が有毒ガスによる窒息で亡くなりました。これらの事故を契機として、建築材料のガス有害性に関する試験方法の開発が進められました。
建築火災における有毒ガスの危険性を低減するため、日本では建築基準法に基づく様々な規制が設けられています。1976年(昭和51年)には、旧建設省告示として「ガス有害性試験」が制定されました。
建築基準法における主な規制と対策には以下のようなものがあります。
これらの規制は、建築物の用途や規模によって適用される基準が異なります。特に不特定多数の人が利用する建物や就寝を伴う施設では、より厳しい基準が適用されます。
建築現場では、工事中に予期せぬ有毒ガスに遭遇するケースもあります。特に地盤からのメタンガス発生は、建設工事中に注意すべき重要な安全課題です。
メタンガス自体は無色・無臭・無毒ですが、可燃性であり、空気中の濃度が約5%~15%で火源があると爆発する危険があります。大阪・関西万博会場の建設現場でも、メタンガスの検出が問題となりました。
建築現場での有毒ガス対策として、以下の点に注意が必要です。
杭の施工方法の選択も重要です。杭周固定液等を使用する工法や場所打ちコンクリート杭は、杭周囲が固められるため、ガス漏出の心配が比較的少なくなります。また、既成杭の継ぎ手溶接は火気を使用するため、機械式継ぎ手の採用も検討すべきでしょう。
近年、環境や健康への配慮から自然素材を活用した建築が注目されています。自然素材建築は、火災時の有毒ガス発生リスクという観点からも大きなメリットがあります。
自然素材建築の有毒ガス発生リスクに関する特徴は以下の通りです。
自然素材建築でも、不完全燃焼による一酸化炭素や二酸化炭素の発生は避けられませんが、合成建材から発生する複雑な有害化学物質のリスクは大幅に低減できます。特に、塩化ビニル、ウレタン、合成接着剤などに含まれる有機化学物質から発生する有害ガスの心配がほとんどないという大きなメリットがあります。
ただし、自然素材だからといって火災に強いわけではなく、適切な防火対策は必要です。また、建築基準法の防火規制を満たすための工夫も求められます。
建築物の安全性を維持するためには、竣工後も定期的な点検が重要です。特に有毒ガスの検知と対策は、建物の長期的な安全性を確保する上で欠かせません。
建築物の定期点検における有毒ガス検知の重要ポイントは以下の通りです。
特に重要なのは、建物の特性に応じたリスク評価です。例えば、地下室を持つ建物や地盤からのガス発生リスクがある場所では、メタンガスなどの検知が重要になります。また、化学物質を扱う施設や特殊な建材を使用している建物では、それに応じた検知計画が必要です。
定期点検で異常が見つかった場合は、原因究明と適切な対策が必要です。場合によっては、換気システムの強化やガス抜き設備の追加設置などの対策が求められることもあります。
建築物の定期点検における有毒ガス検知は、入居者の健康と安全を守るだけでなく、火災や爆発などの重大事故を未然に防ぐためにも重要な役割を果たします。建築・外壁塗装に従事する専門家は、これらの知識を持ち、適切な点検と対策を提案できることが求められています。